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③〈フレドリクサス編〉
12『秘密を沈めたつもりでも、水は全部知っている』①
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泡に守られながら水中へ潜る――もしも、世界中のダイバーがそれを聞いたら、
どれほどの人がうらやましがるでしょうか? または、不安がるでしょうか?
海上の陽の光が、こちらに手を振るようにゆらめく中、
真っ青な静寂の世界が、子どもたちとドラギィたちを出迎えました。
泡の表面は、まるで透明なビニールのようにピンと張っています。
どこかのゲームに出てくる潜水魔法のようですが、
爪の伸びた指先でちょっと触ったら、たちまち破れてしまいそう。
その表面をなめるように、後ろへ流れ去る細かな泡が、
プクプクとささやきながらゆらめくのが見えます。
ドラギィたちは、頭からつま先まで水平に伸ばして、
流れるように青い深みへ潜っていきました。
泡に包まれて、水をかくことすらできないのに、どんどん進んでいきます。
これも、ドラギィたちの特殊な移動法なのかもしれませんね。
(こんな状況じゃあ、フラップとしか言葉を交わせないからなあ)
不思議なことに、はなもり山の湖は、思っていた以上に深そうでした。
レンたちが小さくなっているのですから、
その分、余計に深く感じるのかもしれませんが――。
「ふぅぅっ……水中って、案外冷えるもんだなあ。
タクの言った通り、暑かったけど、少し厚着をしてきてよかったよ」
「まあ、レンくんだけはね。ぼくの身体の中、火を焚いているから。
ジュンくんと、タクくんは、さらに厚着してるみたいだけど――
あ、レンくん、あの先! ものすごく深いみたいだよ」
見てみると、なだらかに沈んでいた前方の水底が、
出しぬけに、はるか深みへと落ちこんでいました。
「まるで、湖の底が大瀑布みたいに途切れてますね」
フレディの合図により、一行は、途切れた水底の淵で、一旦止まります。
みんなで下の様子を確認するためでした。
さらなる水底は、ぞっとするような深みがあり、底も見えません。
真っ青に染まった底なしの地から、切り立つようにそびえるいくつもの岩柱。
もしや、あの下にウワサの巨大生物がいるのでしょうか?
「あ、また合図してますよ」
フレディが、後ろのフラップとフリーナにむかって、
何やら手話のように両手を使って何かを伝えようとしています。
「あの手の動きは……、一列になって……、隠れながら……、進む……、
先頭は、自分。一番後ろは……、ぼくたちだね。はい、了解っと」
フラップも、同様の手話と見られる方法で、返事をしました。
フリーナも、同じ要領で返事をしています。
「なんか、手話に似てるね。ああいうのも、スクールで習うの?」
「まあ、簡単なやつはね。『犬竜肉球手話』っていうんだ。
レッド種のクラスと、イエロー種のクラスは、
ブルー種のクラスとよく合同で授業をやるんですけど、
その時に、いつも教わってたんです。覚えておいて損はないって理由で」
覚えておいて損はない――レンは少し関心を抱いていました。
「ちょっと難しそうだけど、フリーナもさっきので返事してたの、なんか意外」
「まあ、パッドサインは、案外、だれでも覚えやすいから。
フリーナがそれなりに理解できた、数少ない授業の一つですよ。はぁ、やれやれ」
フラップの気持ちを知ってか知らずか、
フリーナが、ジュンと何か会話をした最後に、両手を腰にそえて、
エッヘンどんなもんだい! と、ドヤ顔を決めていました……。
*
フレディの指示通り、一行は、三組一列の形を取りながら、
湖のはるか底へむかって探索を続けました。
その間、一行は、まだいるとも知れない謎の存在が、
どこから姿を見せてもいいように、周囲をつぶさに警戒していました。
(しろさんのレーダーアプリ、水中じゃ使えないなんて不便だよ。
完全版みたいに、もう少し性能が高かったらなあ。
オレたちの簡易版、ちっともアップデートしてくれないんだもの)
ここが海水だということは、相手は海の生物なのでしょうか。
その割には、ここには小魚一匹、泳いでいません。
なんにもいないのです。不気味なほど、閑静としています。
もしや、何もかも謎の生物に、骨まで食べつくされたのでしょうか?
「フレディは、ずっと底の方まで行くつもりみたいです。
ああ、そっちのほうには、出くわしませんように……!」
太陽の光もだいぶ薄れてきて、周囲は夕方のように暗くなってきました。
もう百メートル以上は潜りこんだはずです。
水の世界は、耳が痛くなるほどの静寂で、ずっと口を閉じていると、
この不気味な静けさの中に飲みこまれてしまいそうでした。
「……おとといの夜だけど」フラップがふいに口を開きました。
「フレディと、久しぶりにふたりきりで話をしたんだ」
「え、どんな?」
「ぼくの火のこと。彼も、ぼくが心のせいで火を吹けないことは知ってたけど、
それを理由に下界落としされるのはキツイなって、心配してた」
「そっか。フリーナと同じように、優しいんだね、フレディも」
「で、あの日からどれくらい火を吹けるようになったんだって聞かれたから、
ぼくは、小さな花火を打ち上げられるくらいにはって、答えました。
そしたらフレディは、まだまだだなって。
そのくらいだと、せいぜい細い炎を一秒間だけ吹ける程度。
卒業するために最低限必要なのは、太い炎を十秒間、吹き続けることだから、
もっと勇気の鍛錬が必要だぞって」
「フレディはすごいね。自分とは違う色のクラスの合格ラインとか、
キミの炎のことを、そこまで分かってるなんて」
「ええ。フレディは本当に物知りだから。
それで彼、こうも言ってくれたんです。
もしもぼくが、あやまってレンくんの部屋を燃やすようなことがあっても、
自分の水の力があれば、すぐに消し止めてやるって。嬉しかったなあ」
「………」
「でも、やっぱりぼくは、だれかに迷惑かけてばかりの性分みたい。
ぼくなんて、昔からそう。あの日、友達の家を燃やしてしまった時から」
「その友達って、フリーナ? それとも、フレディ?」
「ううん、どっちでもない。ぼくには、もうひとりいたんですよ。いい友達が」
「そのもうひとりって、だれ?」
「えーっと、それは――あれ? レンくん、何か変な音がするよ」
フラップが真剣な表情で、耳をそばだてます。
「オレには、水の音しか聞こえないけどなあ」
するとフレディが、パッドサインで後ろの二匹に指示を出しました。
フラップとフリーナも、それに答えてサインを出し合います。
あとでフラップが言うには、どうやら他の二匹にも妙な音が聞こえるようで、
これからその音の源を突きとめに行くというのです。
その音は、さらに下から聞こえてくるとも。
一行はゆるやかな螺旋を描くように、一気に下まで降りていきました。
そうなると、人間の子どもたちの耳にも、だんだんと聞こえてきました。
何かが地の底から湧き出してくるような、水のうなり音が。
「そろそろ最深部に着く頃ですね」
青緑色にぼんやりとかすんでいた湖底が、ようやくうっすらと見えてきました。
「うわっ! なんだ、あれ!!」
どれほどの人がうらやましがるでしょうか? または、不安がるでしょうか?
海上の陽の光が、こちらに手を振るようにゆらめく中、
真っ青な静寂の世界が、子どもたちとドラギィたちを出迎えました。
泡の表面は、まるで透明なビニールのようにピンと張っています。
どこかのゲームに出てくる潜水魔法のようですが、
爪の伸びた指先でちょっと触ったら、たちまち破れてしまいそう。
その表面をなめるように、後ろへ流れ去る細かな泡が、
プクプクとささやきながらゆらめくのが見えます。
ドラギィたちは、頭からつま先まで水平に伸ばして、
流れるように青い深みへ潜っていきました。
泡に包まれて、水をかくことすらできないのに、どんどん進んでいきます。
これも、ドラギィたちの特殊な移動法なのかもしれませんね。
(こんな状況じゃあ、フラップとしか言葉を交わせないからなあ)
不思議なことに、はなもり山の湖は、思っていた以上に深そうでした。
レンたちが小さくなっているのですから、
その分、余計に深く感じるのかもしれませんが――。
「ふぅぅっ……水中って、案外冷えるもんだなあ。
タクの言った通り、暑かったけど、少し厚着をしてきてよかったよ」
「まあ、レンくんだけはね。ぼくの身体の中、火を焚いているから。
ジュンくんと、タクくんは、さらに厚着してるみたいだけど――
あ、レンくん、あの先! ものすごく深いみたいだよ」
見てみると、なだらかに沈んでいた前方の水底が、
出しぬけに、はるか深みへと落ちこんでいました。
「まるで、湖の底が大瀑布みたいに途切れてますね」
フレディの合図により、一行は、途切れた水底の淵で、一旦止まります。
みんなで下の様子を確認するためでした。
さらなる水底は、ぞっとするような深みがあり、底も見えません。
真っ青に染まった底なしの地から、切り立つようにそびえるいくつもの岩柱。
もしや、あの下にウワサの巨大生物がいるのでしょうか?
「あ、また合図してますよ」
フレディが、後ろのフラップとフリーナにむかって、
何やら手話のように両手を使って何かを伝えようとしています。
「あの手の動きは……、一列になって……、隠れながら……、進む……、
先頭は、自分。一番後ろは……、ぼくたちだね。はい、了解っと」
フラップも、同様の手話と見られる方法で、返事をしました。
フリーナも、同じ要領で返事をしています。
「なんか、手話に似てるね。ああいうのも、スクールで習うの?」
「まあ、簡単なやつはね。『犬竜肉球手話』っていうんだ。
レッド種のクラスと、イエロー種のクラスは、
ブルー種のクラスとよく合同で授業をやるんですけど、
その時に、いつも教わってたんです。覚えておいて損はないって理由で」
覚えておいて損はない――レンは少し関心を抱いていました。
「ちょっと難しそうだけど、フリーナもさっきので返事してたの、なんか意外」
「まあ、パッドサインは、案外、だれでも覚えやすいから。
フリーナがそれなりに理解できた、数少ない授業の一つですよ。はぁ、やれやれ」
フラップの気持ちを知ってか知らずか、
フリーナが、ジュンと何か会話をした最後に、両手を腰にそえて、
エッヘンどんなもんだい! と、ドヤ顔を決めていました……。
*
フレディの指示通り、一行は、三組一列の形を取りながら、
湖のはるか底へむかって探索を続けました。
その間、一行は、まだいるとも知れない謎の存在が、
どこから姿を見せてもいいように、周囲をつぶさに警戒していました。
(しろさんのレーダーアプリ、水中じゃ使えないなんて不便だよ。
完全版みたいに、もう少し性能が高かったらなあ。
オレたちの簡易版、ちっともアップデートしてくれないんだもの)
ここが海水だということは、相手は海の生物なのでしょうか。
その割には、ここには小魚一匹、泳いでいません。
なんにもいないのです。不気味なほど、閑静としています。
もしや、何もかも謎の生物に、骨まで食べつくされたのでしょうか?
「フレディは、ずっと底の方まで行くつもりみたいです。
ああ、そっちのほうには、出くわしませんように……!」
太陽の光もだいぶ薄れてきて、周囲は夕方のように暗くなってきました。
もう百メートル以上は潜りこんだはずです。
水の世界は、耳が痛くなるほどの静寂で、ずっと口を閉じていると、
この不気味な静けさの中に飲みこまれてしまいそうでした。
「……おとといの夜だけど」フラップがふいに口を開きました。
「フレディと、久しぶりにふたりきりで話をしたんだ」
「え、どんな?」
「ぼくの火のこと。彼も、ぼくが心のせいで火を吹けないことは知ってたけど、
それを理由に下界落としされるのはキツイなって、心配してた」
「そっか。フリーナと同じように、優しいんだね、フレディも」
「で、あの日からどれくらい火を吹けるようになったんだって聞かれたから、
ぼくは、小さな花火を打ち上げられるくらいにはって、答えました。
そしたらフレディは、まだまだだなって。
そのくらいだと、せいぜい細い炎を一秒間だけ吹ける程度。
卒業するために最低限必要なのは、太い炎を十秒間、吹き続けることだから、
もっと勇気の鍛錬が必要だぞって」
「フレディはすごいね。自分とは違う色のクラスの合格ラインとか、
キミの炎のことを、そこまで分かってるなんて」
「ええ。フレディは本当に物知りだから。
それで彼、こうも言ってくれたんです。
もしもぼくが、あやまってレンくんの部屋を燃やすようなことがあっても、
自分の水の力があれば、すぐに消し止めてやるって。嬉しかったなあ」
「………」
「でも、やっぱりぼくは、だれかに迷惑かけてばかりの性分みたい。
ぼくなんて、昔からそう。あの日、友達の家を燃やしてしまった時から」
「その友達って、フリーナ? それとも、フレディ?」
「ううん、どっちでもない。ぼくには、もうひとりいたんですよ。いい友達が」
「そのもうひとりって、だれ?」
「えーっと、それは――あれ? レンくん、何か変な音がするよ」
フラップが真剣な表情で、耳をそばだてます。
「オレには、水の音しか聞こえないけどなあ」
するとフレディが、パッドサインで後ろの二匹に指示を出しました。
フラップとフリーナも、それに答えてサインを出し合います。
あとでフラップが言うには、どうやら他の二匹にも妙な音が聞こえるようで、
これからその音の源を突きとめに行くというのです。
その音は、さらに下から聞こえてくるとも。
一行はゆるやかな螺旋を描くように、一気に下まで降りていきました。
そうなると、人間の子どもたちの耳にも、だんだんと聞こえてきました。
何かが地の底から湧き出してくるような、水のうなり音が。
「そろそろ最深部に着く頃ですね」
青緑色にぼんやりとかすんでいた湖底が、ようやくうっすらと見えてきました。
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