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②〈フリーナ編〉

12『ダマせば自分もダマされる、そう覚えておくこと』②

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ドラギィの巨大化は、とてもとてもエネルギーを使う能力です。
とはいえ、こんなにも早々に縮んでしまうのは妙でした。

「なにしろ、ぼく……こうなること知らなくって、
朝から何も食べてなかったので……」

「だから出かける前に、クッキーだけでもつまんでって言ったのに。
フリーナはここに来てからも、お菓子いっぱい食べてたみたいだよ?」

「……お菓子は食べたくなかったんです。
ドラギィは本来、甘いものをほとんど口にしませんから。
フリーナは少し変わってて、甘いものが大好きだから、平気なんですけどね」

「もう好きにしてよ……それにしても、困ったなあ。
ぼく、食べ物持ってないよ。これじゃあ、空から二人を探せない……」

レンは仕方なく、渡されていたチヂミガンを使って、元の大きさに戻り、
フラップを地面から拾ってあげました。

見上げると、背の高いばかりの針葉樹の森です。
どの木も、十五メートル以上はあるでしょうか。
森の薄暗さは、いやに恐ろしげで、得体の知れない気配があります。
先ほどまで、鳥の声一つしなかった森は、
今やカラスの群れにおおわれ、品のない鳴き交わしの声に満ちていました。
これほど森が恐ろしげに豹変ひょうへんする現象は、
今までの調査では一度も確認できなかったのに。

「せめて、二人の足跡だけでも見つけられたらなあ」

レンが頼りなく地面に目を泳がせていると、
レンの胸に抱かれていたフラップが、顔をしかめながら言いました。

「なんだかここ、とっても変な感じがします……時空間の乱れかも」

「時空間の!?」

「ええ。森の中に、数えきれない空間の裂け目があるみたいで」

ドラギィでなければ察知できない異変でしょうか。
フラップは、なおも暗がりに目をこらしながら言いました。

「パッと見ただけじゃ分かりませんけども、
ちょっと進んだだけで、出るはずのないまったく違う場所に出ちゃうように、
森が変化してるみたいですよ」

「森じゅうが、空間的にめちゃくちゃになってるってこと?
つまり、ゲームでよくある、ワープ系迷路に近いやつ!?」

ジュンとタクは、そのせいで森から出られないのかもしれません。
二人の安否が、ますます気にかかります。

「嘘でしょ……困ったなあ。これじゃあ、下手に動くこともできないよ」

レンが途方に暮れていると、
フラップが急にあわただしく鼻をうならせて、何かの匂いを嗅ぎつけました。

「この匂い……ぼく知ってます。チョコレートの匂いですよ!」

「チョコレートの?」

そういえば、タクがチョコレートバーを持っていた覚えがあります。
きっと、その匂いに違いありません。

「フラップ、その匂いをたどれば、二人に会えるかもよ!」

「なら、まかせてください!  ドラギィの鼻は、犬よりすごいんですから」

フラップは、誇らしげにドンと胸を張ると、
「まず、匂いはこっちから!」と、正面を指さしました。

しばらく木々の間を走って前進していると、
今度は急に、「こっち、こっち。右です!」と、
三時の方角を指さします。

さらにその方向へ進んでいると、またぞろフラップは、
「今度は、左へ!」と、十時の方向を指します。

どうやら、空間的にバラバラ、というふたりの推測は、アタリのようでした。
ちょっと進むたびに、てんで違う方向から、
チョコレートの匂いがただよってくるのです。


そうやって、方向転換を幾度くり返したことか、もう分かりません。
陽が傾き、ますます暗くなる森の中を、ふたりは迷わず進み続けました。


「――匂いが強くなってきましたよ。もうすぐです!」


歩を進めるほどに、レンのみぞおちは罪悪感できりきりと痛みました。
このような事態になったのも、自分の調査不足のせいです。
……いえ、ジュンとタクを、こんな裏側の世界に連れてきたことが、
そもそもの間違いだったのではないでしょうか――。


「見つけた!!」


杉の木の根本でうずくまり、うなだれているジュンとタクがいました。
フラップは、すぐさま近くの手頃な茂みに跳びこんで、身を隠します。

「ジュンー!  タクー!」

レンがやってくると、二人はやつれたような顔を上げて、一瞬目を見開くと、
それから、レンに厳しい視線をむけて、立ち上がりました。

「レン!  遅すぎなんだよー!」

「キミのこと、どれだけ待ちくたびれたと思ってるの!」

やはり、二人ともかなり怒っていました。
それもそのはず……森は安全だとレンに聞かされていたので、
二人はなんの心配も抱くことなく、ここに入りこんだのです。

それなのに、いざ入ってみれば、進めば進むほど道が分からなくなり、
時には、同じ場所をぐるぐると歩く事態にもなったのです。
気がつけば、空は奇妙な勢いで暗くなりはじめ――
こんな得体の知れない力を秘めた森だとは、思わなかったのでした。

「おまけに、どういうわけか、スマホのアプリも役に立たなかったんだから!」

「おかげでおれたち、お前んとこに戻ろうにも戻れなかったんだぜ!」

幸いだったのは、二人がはぐれずにいっしょにいた、ということと、
タクが食べかけのチョコバーを服のポケットに入れていた、ということです。

「もう、ホントにキミさあ……マジで、カンベンしてよね」

「今回ばかりはヒドすぎだぜ。どう落とし前つけてくれるんだ、え?」

ジュンが、きつい形相で威圧してきます。

レンは、これまでの自分を恥じました。
自分の秘密を探ってくる二人に、よく知らない世界を見せつけて納得させ、
自分が魔法使いだという嘘までつき、あげく二人をこんな事態にさらして――。

「……ごめん。本当に、ごめん!  言い訳になるかもだけど、
ぼくがこれまで調査したかぎり、森がこんな風になることは一度もなかったんだ。
予想だにしなかったんだよ、こんなことになるなんて……」

それを聞いたジュンとタクは、親友の目に涙が浮かんでいるのを見て、
おたがいに、だんだん――レンのことを、責めにくい気分になってきました。
レンは、友達を困らせるようなやつじゃない。それを昔から知っていましたから。

「約束する!」レンは、服の袖で涙をぬぐい、強く言いました。

「必ず二人を、元の場所へ連れていくから。そのために――」

そのために――レンは、決心する他ありませんでした。

「二人に、ぼくたちが隠してた本当の秘密を、教えなくちゃ!」
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