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②〈フリーナ編〉
7『友達を驚かす手は、一度に三手以上あるとすごい』
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レンは、内心焦っていました。
フラップの元気がなくなって、もう三日が経ちます。
いくらレンやしろさんが呼びかけても、今やろくに返事を返しません。
ただ、力なく笑顔を返すだけ……。
今日は祝日。学校はお休みです。
レンは、最近耳にしなくなった例の放電飛行生物の行方を追うべく、
みらい町まで聞きこみ調査に出かけようとしていました。
「レンよ、本当に行くのか?
あれが本当にドラギィだという保証などないんじゃぞ」
レンの右肩に乗っていたしろさんが、
バッグに手帳やみらい町の地図をしまっていたレンに聞きます。
「だって、自分と同じように、スクールで下界落としを受けたドラギィが、
他にもいるかもしれないって、この間フラップが言ってたじゃない。
例の放電生物……あの映像の生き物は、フラップの仲間なんだよ」
「ただの早計じゃろう? 別生物の可能性も十分に――」
「あーもう! とにかく、今日はフラップの仲間を見つけるんだ。
都会まで連れて行くのはかなりヤバいけど、フラップにも来てもらおう。
もしかしたらあの嗅覚で、仲間の匂いを嗅ぎつけるかもしれないから」
レンは、出窓のそばで相変わらず魂がぬけたように座っているフラップに、
手を差しのべました。
「さあ、行こうフラップ。いつまでもくよくよしたってしょうがない。
キミが修行を続けられるようにするためにも、仲間を探そう」
すると、フラップがゆっくりとこちらを向き、
覇気のかけらもない弱々しい声で答えました。
「……そんな、いいんですよ。ぼくのために、そこまでしなくても――」
「何をゆうちょる!」しろさんが出しぬけに威張りちらしました。
「レンはな、別におぬしのためにやっとるんじゃない。
自分自身のためにやっとるんじゃ。二匹目のドラギィ出会いたさにのう!」
「なっ、なっ!?」レンは驚きあきれてしまいました。
「違うってば、もう! よくもそんな……ぼくはフラップのためを思って――」
ピンポーン!
インターホンが鳴りました。
こんな時にいったいだれが……
レンは、しろさんを肩からベッドに降ろし、玄関へ飛んでいきました。
ガチャ。
――さて、玄関ドアを開いたとたん、いったい何が起きたでしょう?
まず、レンの目に飛びこんできたのは……ユカの姿でした!
バッグ両手に、何やら真剣そうに眉根をひそめて、怒っているかのような。
「えっ、なっ、わわわわっ!!」
レンは驚きのあまり、慌てて二、三歩後ずさりし、ドスン! と尻餅。
言葉にならない気持ちが、次々あふれてきます。
相手は好きな子。だけれど、ケンカ中。そんな相手が、今、玄関に入ってきて――。
「ち、違うの、レン君。わたし、おどかしに来たんじゃ……あ、その……、
驚かそうとは思ってたけど、そんな意味じゃなくて……」
ユカは急いで説明しようとしますが、うまく言葉がまとまりません。
レンはその様子を見て、ポカンとしていました。
「あのね……その」ユカは目を泳がせて、もじもじします。
「こないだは、ごめんね、レン君」
「あ、いや……ぼくも、ごめん、ね?」
まさか、こんな思いがけない形で謝りあうことになるとは。
腰をぬかしたままでは格好がつきません。
レンは、痛めたお尻をさすりながら立ち上がりました。
「びっくり、した……連絡もなしに、突然、訪ねてくるから」
「や、約束も取りつけずに来ちゃって、いけなかったね……。
今日はね、レン君に見てほし――あ、ううん、
会ってほしい子がいるの!」
「会ってほしい子? じゃあ、昨日隠してたのって……」
これでやっと、昨日から胸に抱いていた違和感が解消しました。
昨日の学校では、ユカと一度も話ができなかったのです。
お互いに目が合うことはあっても、ユカはすぐに目をそらします。
ただ、そのそらし方が、相手に冷たくするような素っ気ない感じではなくて、
申しわけなさそうな、それでいて悪戯っぽいような――
何か面白いことでも隠している風だったのでした。
フラップのこともあって、余計に混乱させられていたわけですが……。
「このバッグの中にいるの。
でもここじゃ、ちょっとあれだし、部屋に入ってもいい?
もしかして、お出かけするところだった?」
「あ、いや、いいの気にしないで! 上がって上がって。
(バッグの中? いやいや、まっさか……そんなこと)」
もしかすると、もしかするような気がしました。
さすがに、そんな都合のよすぎることはあるわけないと、
この時レンは、まんまと高をくくっていたのです。
(新しい抱きぐるみを、持ってきてくれたってところだよね、きっと)
*
「こんにちは、ユカだよ。今日はね、あなたに会ってほしい子がいるの!」
レンの部屋に入るなり、ユカはバッグを大きく開いてみせました。
するとどうでしょう。
その中から、黄色いドラギィがぴょこっと身を乗り出して、
陽気に手をふりふり、こう叫んだではありませんか。
「ハァーイ! あたしフリーナ! 仲間に会えてよかったよ~!」
明るい部屋がさらに色味をまして、ぱあっと華やかになるような、
かん高くて、エネルギッシュで、茶目っ気たっぷりの声。
それを見たレンは、石になりました。あんぐりと大口を開いて。
とんだまさかの――そんなことがあったのです!
フリーナの声は、フラップの耳の奥へと痛烈なほど鋭く浸透して、
気力もエネルギーも失いかけていた全身をバチのように叩き起こし、
彼の首を素早い鞭のように振り向かせたのです。
「えっ、えっ……今、なんて名前を言いました?」
次の瞬間、フラップの胸にどっとあふれてきた感情。それは――
それは、懐かしさでした。
しかも驚くべきことに、フリーナの気持ちも同じだったのです。
「うっそ……その声。それに、この部屋に広がる、覚えのある匂い……。
もしかして、もしかして、もしかしてキミ! フラップ!?」
「フリーナだ、フリーナがいる!!」
「あ~~~ん! フラップ~!!」
フラップは弾丸のように飛び上がり、フリーナ目がけて一直線!
二匹は強く強く抱きしめ合い、感動の再会を分かちあっているようでした。
「ええ~~っ! ふたりとも、知りあいだったの?」
ユカは仰天しました。フラップを驚かせるつもりが、こっちが驚かされています。
――いいえ、もっと驚いている人物が、およそふたりいました。
「こいつはおったまげじゃ……そいつはドラギィではないか!
いったいどこで見つけてきたんじゃ!?」
レンのベッドの上で、しろさんが何度もこすった目をこらして、
黄色いドラギィの姿を見つめていました。
「――も、もうぼく、何がなんだか……」
レンは、何から驚けばいいのか、頭の判断が追いついていません。
「会いたかったよ、フリーナぁ……!」
「あたしもだよ、あたしも……嬉しいよう」
フラップとフリーナが、幸せそうに頬をすり合わせています。
「よかったね、フラップ! フリーナも! 大好きな友達同士なんだね!
よかったね……ぐすん。本当によかったね」
いつの間にやら、ユカの瞳に涙がにじんでいました。
今日ここに来るまで、ゆらぐ決意を何度も固め直し、
ようやくレンに謝ることができた……今、その気持ちが報われたのでした。
フラップの元気がなくなって、もう三日が経ちます。
いくらレンやしろさんが呼びかけても、今やろくに返事を返しません。
ただ、力なく笑顔を返すだけ……。
今日は祝日。学校はお休みです。
レンは、最近耳にしなくなった例の放電飛行生物の行方を追うべく、
みらい町まで聞きこみ調査に出かけようとしていました。
「レンよ、本当に行くのか?
あれが本当にドラギィだという保証などないんじゃぞ」
レンの右肩に乗っていたしろさんが、
バッグに手帳やみらい町の地図をしまっていたレンに聞きます。
「だって、自分と同じように、スクールで下界落としを受けたドラギィが、
他にもいるかもしれないって、この間フラップが言ってたじゃない。
例の放電生物……あの映像の生き物は、フラップの仲間なんだよ」
「ただの早計じゃろう? 別生物の可能性も十分に――」
「あーもう! とにかく、今日はフラップの仲間を見つけるんだ。
都会まで連れて行くのはかなりヤバいけど、フラップにも来てもらおう。
もしかしたらあの嗅覚で、仲間の匂いを嗅ぎつけるかもしれないから」
レンは、出窓のそばで相変わらず魂がぬけたように座っているフラップに、
手を差しのべました。
「さあ、行こうフラップ。いつまでもくよくよしたってしょうがない。
キミが修行を続けられるようにするためにも、仲間を探そう」
すると、フラップがゆっくりとこちらを向き、
覇気のかけらもない弱々しい声で答えました。
「……そんな、いいんですよ。ぼくのために、そこまでしなくても――」
「何をゆうちょる!」しろさんが出しぬけに威張りちらしました。
「レンはな、別におぬしのためにやっとるんじゃない。
自分自身のためにやっとるんじゃ。二匹目のドラギィ出会いたさにのう!」
「なっ、なっ!?」レンは驚きあきれてしまいました。
「違うってば、もう! よくもそんな……ぼくはフラップのためを思って――」
ピンポーン!
インターホンが鳴りました。
こんな時にいったいだれが……
レンは、しろさんを肩からベッドに降ろし、玄関へ飛んでいきました。
ガチャ。
――さて、玄関ドアを開いたとたん、いったい何が起きたでしょう?
まず、レンの目に飛びこんできたのは……ユカの姿でした!
バッグ両手に、何やら真剣そうに眉根をひそめて、怒っているかのような。
「えっ、なっ、わわわわっ!!」
レンは驚きのあまり、慌てて二、三歩後ずさりし、ドスン! と尻餅。
言葉にならない気持ちが、次々あふれてきます。
相手は好きな子。だけれど、ケンカ中。そんな相手が、今、玄関に入ってきて――。
「ち、違うの、レン君。わたし、おどかしに来たんじゃ……あ、その……、
驚かそうとは思ってたけど、そんな意味じゃなくて……」
ユカは急いで説明しようとしますが、うまく言葉がまとまりません。
レンはその様子を見て、ポカンとしていました。
「あのね……その」ユカは目を泳がせて、もじもじします。
「こないだは、ごめんね、レン君」
「あ、いや……ぼくも、ごめん、ね?」
まさか、こんな思いがけない形で謝りあうことになるとは。
腰をぬかしたままでは格好がつきません。
レンは、痛めたお尻をさすりながら立ち上がりました。
「びっくり、した……連絡もなしに、突然、訪ねてくるから」
「や、約束も取りつけずに来ちゃって、いけなかったね……。
今日はね、レン君に見てほし――あ、ううん、
会ってほしい子がいるの!」
「会ってほしい子? じゃあ、昨日隠してたのって……」
これでやっと、昨日から胸に抱いていた違和感が解消しました。
昨日の学校では、ユカと一度も話ができなかったのです。
お互いに目が合うことはあっても、ユカはすぐに目をそらします。
ただ、そのそらし方が、相手に冷たくするような素っ気ない感じではなくて、
申しわけなさそうな、それでいて悪戯っぽいような――
何か面白いことでも隠している風だったのでした。
フラップのこともあって、余計に混乱させられていたわけですが……。
「このバッグの中にいるの。
でもここじゃ、ちょっとあれだし、部屋に入ってもいい?
もしかして、お出かけするところだった?」
「あ、いや、いいの気にしないで! 上がって上がって。
(バッグの中? いやいや、まっさか……そんなこと)」
もしかすると、もしかするような気がしました。
さすがに、そんな都合のよすぎることはあるわけないと、
この時レンは、まんまと高をくくっていたのです。
(新しい抱きぐるみを、持ってきてくれたってところだよね、きっと)
*
「こんにちは、ユカだよ。今日はね、あなたに会ってほしい子がいるの!」
レンの部屋に入るなり、ユカはバッグを大きく開いてみせました。
するとどうでしょう。
その中から、黄色いドラギィがぴょこっと身を乗り出して、
陽気に手をふりふり、こう叫んだではありませんか。
「ハァーイ! あたしフリーナ! 仲間に会えてよかったよ~!」
明るい部屋がさらに色味をまして、ぱあっと華やかになるような、
かん高くて、エネルギッシュで、茶目っ気たっぷりの声。
それを見たレンは、石になりました。あんぐりと大口を開いて。
とんだまさかの――そんなことがあったのです!
フリーナの声は、フラップの耳の奥へと痛烈なほど鋭く浸透して、
気力もエネルギーも失いかけていた全身をバチのように叩き起こし、
彼の首を素早い鞭のように振り向かせたのです。
「えっ、えっ……今、なんて名前を言いました?」
次の瞬間、フラップの胸にどっとあふれてきた感情。それは――
それは、懐かしさでした。
しかも驚くべきことに、フリーナの気持ちも同じだったのです。
「うっそ……その声。それに、この部屋に広がる、覚えのある匂い……。
もしかして、もしかして、もしかしてキミ! フラップ!?」
「フリーナだ、フリーナがいる!!」
「あ~~~ん! フラップ~!!」
フラップは弾丸のように飛び上がり、フリーナ目がけて一直線!
二匹は強く強く抱きしめ合い、感動の再会を分かちあっているようでした。
「ええ~~っ! ふたりとも、知りあいだったの?」
ユカは仰天しました。フラップを驚かせるつもりが、こっちが驚かされています。
――いいえ、もっと驚いている人物が、およそふたりいました。
「こいつはおったまげじゃ……そいつはドラギィではないか!
いったいどこで見つけてきたんじゃ!?」
レンのベッドの上で、しろさんが何度もこすった目をこらして、
黄色いドラギィの姿を見つめていました。
「――も、もうぼく、何がなんだか……」
レンは、何から驚けばいいのか、頭の判断が追いついていません。
「会いたかったよ、フリーナぁ……!」
「あたしもだよ、あたしも……嬉しいよう」
フラップとフリーナが、幸せそうに頬をすり合わせています。
「よかったね、フラップ! フリーナも! 大好きな友達同士なんだね!
よかったね……ぐすん。本当によかったね」
いつの間にやら、ユカの瞳に涙がにじんでいました。
今日ここに来るまで、ゆらぐ決意を何度も固め直し、
ようやくレンに謝ることができた……今、その気持ちが報われたのでした。
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