DRAGGY!-ドラギィ!- 【一時完結】

Sirocos(シロコス)

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①〈フラップ編〉

1『夢は本物になるのです、たぶん』

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他のどこにもないような、面白いものと出会いたい……
小学四年生の男の子、坂本レンは、教室の窓際にある自分の席で、
心の中でぼやきながら頬杖をついていました。

だいたい近頃は、だれにでも触れられるような薄っぺらなものなのに、
さもきらめかしい最高の体験みたいに感じさせるものが多い。
そう言った物事に多くの子が虜になっているのが、どうも気に入らない……。
レンはただ一人、そうして人知れず不満を抱いていたのです。

「ねえねえ、昨日の『魔獣の刃』見た? ラストシーンが超かっこよかったよね!」

「え? お前『ブルーモンキー』読んでないの?  今一番おすすめの漫画なのに」

「なあ、今日俺んちで『スプラッシャーズ3』やらない?  人数足りなくてさ!」

朝のホームルーム前、レンの耳にひっきりなしに飛びこんできたのは、
クラスの子どもたちのにぎわいに満ちた話し声。
しかもだいたい、今ちまたで大流行中のアニメや漫画、ゲームの話ばかり。
他にも、人気のタレントやお笑いユニット、新しくできたテーマパークの話題。

レンは、うんざりでした。
話題沸騰中のアニメも、漫画も、ゲームも、レンはあまり興味がありません。
そんな流行の波に乗っかると、自分も得体の知れない大きな力に取りこまれ、
がんじがらめにされてしまうようで、気分が乗らないのです。

(自分だけの、特別な体験がしたい)

それが今のレンがひそかに抱く、一番強い願いでした。

レンの家がある小ビルの一階では、両親がカレー専門店を経営していました。
町内ではそれなりに名の知れた人気店で、毎日のようにお客が絶えません。
レンもたまにお店の手伝いをしますが、皿洗いやテーブル拭きくらい。
この先、もっとお店の手伝いができるようになりたいと思ってはいますが、
何ぶん夢見がちな性格ですから、そんな将来が他へそれないとも言い切れません。


「みなさん、スケッチ画の宿題はすすんでいますか?
来週の月曜日が提出の期限ですから、忘れないようにね~」

担任の先生が、ホームルームでクラスのみんなに注意を呼びかけます。
レンは頭に小石を投げられたように、急に危機感をつのらせました。

(あっ、まだそれ手つけてない。忘れてた!)

何せそのスケッチの宿題は、先週の月曜日から出されていたもので、
今日は提出期限の三日前……金曜日でした。もうすぐそこまで迫っています。

(もういい加減、取りかかるしかない)

スケッチのテーマとして出されたのは、花や木といった植物。
難しいテーマではありませんが、レンにとっては決して低くない壁でした。
レンは、絵を描くのがあまり得意ではないのです。
ただ、レンには、なんとか描けるかな、と思える木が思い当っていました。

(明日の予報は、たしか晴れだ。一日で一気に仕上げてしまおう)

    *

その木は、町内の少しはずれにある緑生い茂る丘の上にありました。
今日は友達の家に行って、アニメ映画をいっしょに見る予定でしたが、
提出がみんなよりだいぶ遅れているとあれば、仕方ありません。

「ふう、この木なんだよね。ぼくが一番描きたいの」

密集している他の木々とは違って、レンの描こうとしている木は、
開けた場所にポツンと立っている一本杉でした。

(形もシンプルだし、授業で習った通りに描けば、なんとかなるよね)

でも、一番の障害は、レンの絵の下手さ加減ではありませんでした。
レンは、こういう地道な作業になると、どうにも集中力が途切れがちなのです。
描きはじめてから十五分もしないうちに、
レンは草の上に鉛筆とスケッチボードを投げ出すと、
はるか青空にむかって大の字になりました。

(ダメだぁ……いらないことが頭に次々浮かぶ……集中できない)

今夢中になっているネット小説のこと、ほしいジグソーパズルのこと。
そして、今頭上を飛んでいるハトのように、空を飛びたいという欲求。
まだだれも出会ったことのない、羽を生やした不思議な生き物の背中に乗り、
悠然と青空をただよう、あの大きな雲のむこうまで……。
そうすればきっと、ぼくは今よりもがんばれる男になれるのに。

(そういう生き物を描く宿題にしてくれたら、よかったのになあ……)



――そう。運命的な出会いとはこんな時、突如として空から降ってくるものです。
だれもが想像できる展開です。でも、それが夢と魔法の扉というもの。

きっと、レンのまっすぐな思いが、空の神様のイタズラを招いたのでしょう。

最初、レンの瞳には、青空からポコリと緑の玉が生えてくるように見えました。
しかしそれは、みるみる大きくふくれ上がり、いやに迫力をともなって、
レンの元へぐんぐんと迫ってきたのです。

「やっ、やばい……!」

レンは、大砲に打ち出されるように跳ね上がると、
一目散に近くの茂みに飛びこみました。


ドオォォォォォン……!


巻き起こる一陣の風。辺りをおおう砂煙。吹っ飛ぶスケッチボード……。
今まさにレンが寝転がっていた場所に、それは勢いよく落下したのです。

「いいい、いったい何……?」

突然すぎる出来事に、レンはひどくすくみ上がっていました。
爆弾でも投下されたかのような衝撃に、一本杉もうろたえて激しく揺れています。

砂煙が吹き散り、見通しがよくなると、レンはのっそりと茂みからはい出ました。

(……なんだ、これ?)

たしかに落ちてきたのは、緑の球体のようなものだったはずです。
しかし、今レンの目の前に転がっているのは、まったく別の『何か』でした。



「……竜?  いや、これはちょっと違うな」

背中が赤、お腹が白の全身毛まみれ。丸みをおびた大きな耳。
突き出た鼻先には黒いもの。両掌には動物のそれを思わせるピンクの肉球。
そのくせ、頭には二本の角を生やし、背中にはコウモリのような立派な翼。
太くてしなやかなしっぽの先には、ヤギのひげのような毛の塊。

竜のような、犬のような生き物でした。
大人のシロクマよりも、ほんの一回り大きいくらいでしょうか。
レンは、あきれたような、感激したようなため息をつきました。

「……はぁ~、ぼくってやつは」

なんという遭遇を果たしてしまったのでしょう。
この日レンは、こういう生き物との出会いを、ひとりじめにしてしまったのです。
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