7 / 26
07
しおりを挟む
――丘の上の幽霊屋敷。その格式ある洋館の第一印象は『DIOの館』だった。
(実際に元吸血鬼の館だったんだから、的を射ていると思うが――まさか『ペットショップ』のような番鳥はいないだろうな? 『不死の使い魔』を飼っているそうだが……)
庭の手入れはある程度されており、色々とカラフルな花が植えられているが、ラスボスが住まう館に相応しい風格というか威圧感をこの屋敷は漂わせている。
何というか、先ほどの茶番が遥か彼方に忘れ去られるほど、濃密な死の気配を感じるのだ。
(本当にこの屋敷に足を踏み入れて生還出来るのか……?)
生きて無事に帰れるビジョンがまるで見えない。なるほど、誰も彼も此処に来る事を躊躇する筈だ。
重い足取りで恐る恐る近寄り、永遠に辿り着けない事を願ったが、不運な事に玄関前に辿り着いてしまう。
厳つい扉の前には呼び鈴らしき文明の利器は無く、明らかに来る者を全力で拒んでいた。来訪者を拒んでおいて、去るのは許さないのが何ともあの世界の魔法使いらしい処だろう。
(……落ち着け。今回は取引相手として来たんだ。この『ケース』を渡して報酬を受け取るだけの簡単な仕事だ。何も恐れる事は無い)
一・二回深呼吸し、意を決して扉を開く。気分はレベル1で魔王の城に殴り込みに逝く感じであり、遊び人ソロとか正気の沙汰じゃねぇ。
「す、すみませーん! 誰か居ませんかぁー?」
思わず声が上擦る。
館の中は予想以上に明るく、玄関後の広間には如何にも高そうな壺やら絵画が飾っており、どう見ても罠にしか見えず、警戒心を更に強める。
(近寄ったらクレイモア地雷が発動して鉄球数百発が飛んでくるに違いない……って、それは『魔術師殺し』の衛宮切嗣限定か?)
程無くしてぱたぱたと軽い足音を立てながら――何と、猫耳メイドの、自分と背が同じぐらいの、九~十歳程度の少女が現れたのだった。
どうやらこの屋敷に日本国の労働基準法は適用されてないらしい。思わず彼女を雇う『ロリコン』魔術師に殺意が芽生えたのだった。
「はい、どなたでしょうか。自殺志願者は教会で浄化されてください」
言っている事はかなり酷いが、漆黒の髪に金色の瞳、漫画の世界から出て来たような可愛らしい美少女だった。
黒色の猫の耳みたいな頭飾りを付け、黒色のメイド服を着こなしている。フリフリのミニスカートは太股半分隠す程度の短さで、これまたフリフリのニーソックスの絶対領域が何とも情欲をそそる。
「いきなり性欲まみれの視線を向けるとは、随分失礼な能力使いですね」
少女は絶対零度の視線を向けてくる。というか、『能力使い』だと解っている? 明らかに見逃してはいけない文面があったぞ……!
「あ、いや、えと、此方の要件はご存知で……?」
見目麗しい外見に騙される処だった。此処が人外魔境の『魔法工房』である事を片時も忘れてはいけないのに。
オレは恐る恐る猫耳メイドの少女に尋ねる。
「はい、承っております。それではご主人様の下にご案内しますが、私が歩いた箇所以外は危険ですので、絶対に踏み込まないで下さい。接触式で発動する罠とかもありますので不用意に屋敷の物を触るのも超危険です」
「……え? もしかして、正式な来訪者とかが来ても、屋敷の魔術的な仕掛けを一旦解除とかはしてないの?」
「勿論、年中無休で発動中ですよ? ですから、私の案内中に死亡するのだけはよして下さいね。それだと私がご主人様に責められてしまいますから」
ああ、オレの生死は最初から度外視なのね。やっぱり人でなしの『魔法使い』の飼う猫耳メイド娘は人でなしの性格だったようだ。実に残念である。
(……あの猫耳、本当に頭飾りか? 何か揺れているし、動いているし、オマケに尻尾まである……? パタパタ揺れているという事は結構ご機嫌なのかな? やはり犬より猫だなぁ……!)
そしてオレは彼女の後ろ姿をまじまじと和みながら眺め、彼女の歩む道を寸分も狂わずに辿って屋敷の奥に進んでいく。
(……とは言え、屋敷そのものは異常だな。空気が完全に淀んでやがる。まるで千年間煮詰めたような地獄の釜みたいだ)
何というか、屋敷の中は豪華絢爛で、予想以上に陽の光が差し込んでいるのに関わらず、何処か息苦しい。
何事もない廊下なのに魔的な雰囲気を漂わせているぐらいだ、どんな凶悪な即死トラップが仕込まれているのか想像すら出来ない。
地雷原だらけの敵地を恐る恐る行軍する兵士の如く、警戒心を最大にして歩いていく。
「それにしても能力使いは酷い人ばっかですねぇ」
「……と、言うと?」
「新人に最もやりたくない危険な仕事を押し付けるなんて最低です。でもまぁ次の新人が来るまでの辛抱です。どうか挫けずに頑張って下さい」
咄嗟に振り向いて見せる、その穢れ無き純真無垢な笑顔に癒されるが、何気無い世間話でも言っている事は相変わらず酷い。
危うくその笑顔に流される処だった。恐るべし、猫耳メイド……! 破壊力ありすぎじゃね? というか『魔法使い』爆ぜろ。
「何で『ケース』を届けるだけでそんなに危険なんだよ!?」
「だってうちのご主人様、超ドSですし、愉悦研究会入り間違い無しの性格破綻者ですし、無事で済む方がおかしいと思いません?」
「可愛く小首傾げておいて、こっちに聞くなよそんな事ッ!?」
あれこれそんな馬鹿話をする間に緊張感が皆無になってしまったが――そういえば、『魔法使い』が飼う『不死の使い魔』ってまさか彼女の事なのか……?
(ははは、そんな馬鹿な。どうせ他に化物じみた奴が居るんだろう。そうに違いない)
人、それをフラグというが、知らんと言ったら知らん。
「――初めまして。私の名前は魔法使いだ。短い付き合いか長い付き合いになるかは君次第だが、以後宜しく」
そして幽霊屋敷の居間にて、噂の『魔法使い』と対峙する事となる。
――薄影の中でも尚煌めく長髪は、豪炎の如くというよりも鮮血の如く麗しき真紅。
両眼は頑なに瞑られており、その作り物めいた容姿端麗な顔立ちは恐ろしいほど無表情のまま微動だにしない。
(年齢は十八歳ぐらいか……にしても、威圧感パネェ……)
洋館の主でありながら、その身に纏うのは不似合いなまでの和風の着物であり、喪服を思わせるような漆黒に赤い浅葱模様が強烈に浮かんでいる。
ただ靴は洋風のブーツであり、その無国籍の和洋折衷振りは『両儀式』を連想させる。
確かに彼の整った顔立ちもまた中性的だが、彼の纏う気質と風格は絶対零度の冷徹さと太陽の如き苛烈さを束ね合わせ、他を認めぬ唯我性を悠然と見せつけ――率直に言うなれば、極めて排他的だった。
「……ルナティック・ササキです。宜しくお願いします」
一応、失礼の無いように細心の注意を払いながら挨拶する。
とりあえず、世間話をするような仲でもあるまい。早速本題に入る事とする。
まるで生きた心地がしない。地に足がついてない、というよりも、首に巻き付いたロープ一本で吊らされているような感覚、一秒足りても長く此処に居たくないのが本音だ。
「これがオレが預かった『ケース』です。お受け取り下さい」
「へぇ、随分と頑張ったようだね」
運んできた『ケース』をテーブルに置き、少しだけ前に押す。
『魔法使い』は淀みない動作で『ケース』を自分の下に引き寄せ、目の不自由さを全く感じさせずに平然と『ケース』を開いた。
何て考えながら、気になっていた『ケース』の中身を確認する。
其処には十個の、小さな黒い球体状の何かが納められていた。球体の中心には針のような突起物が上下の両端に伸びており、よくよく見れば一つ一つ微妙に模様が違っていた。
一瞬、これが何なのか解らなかったが、瞬時に思い至った。
「……なっ、『魔女の卵』だとォ!? し、しかも十個も……!?」
「何だ、彼等から説明されてないのか? 新人教育がなっていないなぁ」
やれやれ、と言った感じの素振りを見せ、『魔術師』は『ケース』を閉めて猫耳メイドに運ばせる。
一体全体、何がどうなっているのか、混乱して思考が定まらない。此方の混乱を察してか、『魔術師』は口元を嬉々と歪めた。
「最近の海鳴市では『魔女』が多数目撃されている。放置するには危険過ぎる災害だが、生憎と此方は忙しくて手が回らない。それ故に私の処では『魔女の卵』一つ二百万円で取引している」
となると、あの道中襲ってきた魔導師は金目当てだったという事か?
そう考えると、納得出来る話である。あの追い詰められっぷり、金銭に大層困っていたに違いない。
「尤も、これは『魔女』討伐の報酬であって――『魔女』を養殖した愚者の結末は聞きたいかね?」
「全力で遠慮させて貰います、はい!」
全力で怖がる此方の反応を見て(?)か、『魔術師』は「そうか、残念だ」とくつくつ笑う。性格の悪さが処々で滲み出ているなぁ。早く帰りたい。
(にしても、魔女討伐させるだけが目的じゃないだろうなぁ。どうせえげつない事に再利用するに違いない)
本当にコイツに渡して良いのだろうかと思うが、もう今回のは持っていかれたからどうしようも無いか。
程無くして帰ってきた猫耳メイドの少女はある物を両手に抱えて運んで来て、自分の目の前に丁寧に置いた。
それは聳え立つ長方形の塊が二つ、一瞬、それが何か判別出来ずに頭を傾げたが――表面に諭吉さんが輝いており、想像出来ないほど束ねられた万札のブロックだった。
一生を費やしても入手出来るか、否かの大金が今、自分の目の前にあった。
「――『二千万』だ。一応確認しておいてくれ、数え間違えから無用なトラブルに発展するなど、双方にとって不利益だろう?」
……うわぁ、やべぇ。こんな大金をぽんぽんと出せるほど財力も持っているのか。
最初から底知れぬ『魔術師』にびくびくしながら札束の勘定を始める。金を数える指先の震えが止まらない。一応百万単位でも小分けにされているので数えやすい配慮はされているようだ。
数えながら、オレは私用を果たす事にした。此処に来た理由の半分はそれである。
「……一つ、聞いていいか? 行方不明になった四人の転校生の事だ。アンタなら知っているのだろう?」
「勿論、知っているとも。その内の一人に関しての情報料は無料だ。聞くかね?」
世界を裏から支配する大魔王の如く『魔術師』は愉快気に嘲笑う。
それを聞いては後戻り出来ない、そのある種の予感はひしひしとしていた。けれども、躊躇せずに首を縦に頷く。
真相を知らずに暮らすなんて、そんな事は我慢ならない。例えそれが地獄への招待状だろうが構うものか。
(実際に元吸血鬼の館だったんだから、的を射ていると思うが――まさか『ペットショップ』のような番鳥はいないだろうな? 『不死の使い魔』を飼っているそうだが……)
庭の手入れはある程度されており、色々とカラフルな花が植えられているが、ラスボスが住まう館に相応しい風格というか威圧感をこの屋敷は漂わせている。
何というか、先ほどの茶番が遥か彼方に忘れ去られるほど、濃密な死の気配を感じるのだ。
(本当にこの屋敷に足を踏み入れて生還出来るのか……?)
生きて無事に帰れるビジョンがまるで見えない。なるほど、誰も彼も此処に来る事を躊躇する筈だ。
重い足取りで恐る恐る近寄り、永遠に辿り着けない事を願ったが、不運な事に玄関前に辿り着いてしまう。
厳つい扉の前には呼び鈴らしき文明の利器は無く、明らかに来る者を全力で拒んでいた。来訪者を拒んでおいて、去るのは許さないのが何ともあの世界の魔法使いらしい処だろう。
(……落ち着け。今回は取引相手として来たんだ。この『ケース』を渡して報酬を受け取るだけの簡単な仕事だ。何も恐れる事は無い)
一・二回深呼吸し、意を決して扉を開く。気分はレベル1で魔王の城に殴り込みに逝く感じであり、遊び人ソロとか正気の沙汰じゃねぇ。
「す、すみませーん! 誰か居ませんかぁー?」
思わず声が上擦る。
館の中は予想以上に明るく、玄関後の広間には如何にも高そうな壺やら絵画が飾っており、どう見ても罠にしか見えず、警戒心を更に強める。
(近寄ったらクレイモア地雷が発動して鉄球数百発が飛んでくるに違いない……って、それは『魔術師殺し』の衛宮切嗣限定か?)
程無くしてぱたぱたと軽い足音を立てながら――何と、猫耳メイドの、自分と背が同じぐらいの、九~十歳程度の少女が現れたのだった。
どうやらこの屋敷に日本国の労働基準法は適用されてないらしい。思わず彼女を雇う『ロリコン』魔術師に殺意が芽生えたのだった。
「はい、どなたでしょうか。自殺志願者は教会で浄化されてください」
言っている事はかなり酷いが、漆黒の髪に金色の瞳、漫画の世界から出て来たような可愛らしい美少女だった。
黒色の猫の耳みたいな頭飾りを付け、黒色のメイド服を着こなしている。フリフリのミニスカートは太股半分隠す程度の短さで、これまたフリフリのニーソックスの絶対領域が何とも情欲をそそる。
「いきなり性欲まみれの視線を向けるとは、随分失礼な能力使いですね」
少女は絶対零度の視線を向けてくる。というか、『能力使い』だと解っている? 明らかに見逃してはいけない文面があったぞ……!
「あ、いや、えと、此方の要件はご存知で……?」
見目麗しい外見に騙される処だった。此処が人外魔境の『魔法工房』である事を片時も忘れてはいけないのに。
オレは恐る恐る猫耳メイドの少女に尋ねる。
「はい、承っております。それではご主人様の下にご案内しますが、私が歩いた箇所以外は危険ですので、絶対に踏み込まないで下さい。接触式で発動する罠とかもありますので不用意に屋敷の物を触るのも超危険です」
「……え? もしかして、正式な来訪者とかが来ても、屋敷の魔術的な仕掛けを一旦解除とかはしてないの?」
「勿論、年中無休で発動中ですよ? ですから、私の案内中に死亡するのだけはよして下さいね。それだと私がご主人様に責められてしまいますから」
ああ、オレの生死は最初から度外視なのね。やっぱり人でなしの『魔法使い』の飼う猫耳メイド娘は人でなしの性格だったようだ。実に残念である。
(……あの猫耳、本当に頭飾りか? 何か揺れているし、動いているし、オマケに尻尾まである……? パタパタ揺れているという事は結構ご機嫌なのかな? やはり犬より猫だなぁ……!)
そしてオレは彼女の後ろ姿をまじまじと和みながら眺め、彼女の歩む道を寸分も狂わずに辿って屋敷の奥に進んでいく。
(……とは言え、屋敷そのものは異常だな。空気が完全に淀んでやがる。まるで千年間煮詰めたような地獄の釜みたいだ)
何というか、屋敷の中は豪華絢爛で、予想以上に陽の光が差し込んでいるのに関わらず、何処か息苦しい。
何事もない廊下なのに魔的な雰囲気を漂わせているぐらいだ、どんな凶悪な即死トラップが仕込まれているのか想像すら出来ない。
地雷原だらけの敵地を恐る恐る行軍する兵士の如く、警戒心を最大にして歩いていく。
「それにしても能力使いは酷い人ばっかですねぇ」
「……と、言うと?」
「新人に最もやりたくない危険な仕事を押し付けるなんて最低です。でもまぁ次の新人が来るまでの辛抱です。どうか挫けずに頑張って下さい」
咄嗟に振り向いて見せる、その穢れ無き純真無垢な笑顔に癒されるが、何気無い世間話でも言っている事は相変わらず酷い。
危うくその笑顔に流される処だった。恐るべし、猫耳メイド……! 破壊力ありすぎじゃね? というか『魔法使い』爆ぜろ。
「何で『ケース』を届けるだけでそんなに危険なんだよ!?」
「だってうちのご主人様、超ドSですし、愉悦研究会入り間違い無しの性格破綻者ですし、無事で済む方がおかしいと思いません?」
「可愛く小首傾げておいて、こっちに聞くなよそんな事ッ!?」
あれこれそんな馬鹿話をする間に緊張感が皆無になってしまったが――そういえば、『魔法使い』が飼う『不死の使い魔』ってまさか彼女の事なのか……?
(ははは、そんな馬鹿な。どうせ他に化物じみた奴が居るんだろう。そうに違いない)
人、それをフラグというが、知らんと言ったら知らん。
「――初めまして。私の名前は魔法使いだ。短い付き合いか長い付き合いになるかは君次第だが、以後宜しく」
そして幽霊屋敷の居間にて、噂の『魔法使い』と対峙する事となる。
――薄影の中でも尚煌めく長髪は、豪炎の如くというよりも鮮血の如く麗しき真紅。
両眼は頑なに瞑られており、その作り物めいた容姿端麗な顔立ちは恐ろしいほど無表情のまま微動だにしない。
(年齢は十八歳ぐらいか……にしても、威圧感パネェ……)
洋館の主でありながら、その身に纏うのは不似合いなまでの和風の着物であり、喪服を思わせるような漆黒に赤い浅葱模様が強烈に浮かんでいる。
ただ靴は洋風のブーツであり、その無国籍の和洋折衷振りは『両儀式』を連想させる。
確かに彼の整った顔立ちもまた中性的だが、彼の纏う気質と風格は絶対零度の冷徹さと太陽の如き苛烈さを束ね合わせ、他を認めぬ唯我性を悠然と見せつけ――率直に言うなれば、極めて排他的だった。
「……ルナティック・ササキです。宜しくお願いします」
一応、失礼の無いように細心の注意を払いながら挨拶する。
とりあえず、世間話をするような仲でもあるまい。早速本題に入る事とする。
まるで生きた心地がしない。地に足がついてない、というよりも、首に巻き付いたロープ一本で吊らされているような感覚、一秒足りても長く此処に居たくないのが本音だ。
「これがオレが預かった『ケース』です。お受け取り下さい」
「へぇ、随分と頑張ったようだね」
運んできた『ケース』をテーブルに置き、少しだけ前に押す。
『魔法使い』は淀みない動作で『ケース』を自分の下に引き寄せ、目の不自由さを全く感じさせずに平然と『ケース』を開いた。
何て考えながら、気になっていた『ケース』の中身を確認する。
其処には十個の、小さな黒い球体状の何かが納められていた。球体の中心には針のような突起物が上下の両端に伸びており、よくよく見れば一つ一つ微妙に模様が違っていた。
一瞬、これが何なのか解らなかったが、瞬時に思い至った。
「……なっ、『魔女の卵』だとォ!? し、しかも十個も……!?」
「何だ、彼等から説明されてないのか? 新人教育がなっていないなぁ」
やれやれ、と言った感じの素振りを見せ、『魔術師』は『ケース』を閉めて猫耳メイドに運ばせる。
一体全体、何がどうなっているのか、混乱して思考が定まらない。此方の混乱を察してか、『魔術師』は口元を嬉々と歪めた。
「最近の海鳴市では『魔女』が多数目撃されている。放置するには危険過ぎる災害だが、生憎と此方は忙しくて手が回らない。それ故に私の処では『魔女の卵』一つ二百万円で取引している」
となると、あの道中襲ってきた魔導師は金目当てだったという事か?
そう考えると、納得出来る話である。あの追い詰められっぷり、金銭に大層困っていたに違いない。
「尤も、これは『魔女』討伐の報酬であって――『魔女』を養殖した愚者の結末は聞きたいかね?」
「全力で遠慮させて貰います、はい!」
全力で怖がる此方の反応を見て(?)か、『魔術師』は「そうか、残念だ」とくつくつ笑う。性格の悪さが処々で滲み出ているなぁ。早く帰りたい。
(にしても、魔女討伐させるだけが目的じゃないだろうなぁ。どうせえげつない事に再利用するに違いない)
本当にコイツに渡して良いのだろうかと思うが、もう今回のは持っていかれたからどうしようも無いか。
程無くして帰ってきた猫耳メイドの少女はある物を両手に抱えて運んで来て、自分の目の前に丁寧に置いた。
それは聳え立つ長方形の塊が二つ、一瞬、それが何か判別出来ずに頭を傾げたが――表面に諭吉さんが輝いており、想像出来ないほど束ねられた万札のブロックだった。
一生を費やしても入手出来るか、否かの大金が今、自分の目の前にあった。
「――『二千万』だ。一応確認しておいてくれ、数え間違えから無用なトラブルに発展するなど、双方にとって不利益だろう?」
……うわぁ、やべぇ。こんな大金をぽんぽんと出せるほど財力も持っているのか。
最初から底知れぬ『魔術師』にびくびくしながら札束の勘定を始める。金を数える指先の震えが止まらない。一応百万単位でも小分けにされているので数えやすい配慮はされているようだ。
数えながら、オレは私用を果たす事にした。此処に来た理由の半分はそれである。
「……一つ、聞いていいか? 行方不明になった四人の転校生の事だ。アンタなら知っているのだろう?」
「勿論、知っているとも。その内の一人に関しての情報料は無料だ。聞くかね?」
世界を裏から支配する大魔王の如く『魔術師』は愉快気に嘲笑う。
それを聞いては後戻り出来ない、そのある種の予感はひしひしとしていた。けれども、躊躇せずに首を縦に頷く。
真相を知らずに暮らすなんて、そんな事は我慢ならない。例えそれが地獄への招待状だろうが構うものか。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。
飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。
ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。
そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。
しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。
自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。
アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!
七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる