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 ――丘の上の幽霊屋敷。その格式ある洋館の第一印象は『DIOの館』だった。
 
(実際に元吸血鬼の館だったんだから、的を射ていると思うが――まさか『ペットショップ』のような番鳥はいないだろうな? 『不死の使い魔』を飼っているそうだが……)
 
 庭の手入れはある程度されており、色々とカラフルな花が植えられているが、ラスボスが住まう館に相応しい風格というか威圧感をこの屋敷は漂わせている。
 何というか、先ほどの茶番が遥か彼方に忘れ去られるほど、濃密な死の気配を感じるのだ。
 
(本当にこの屋敷に足を踏み入れて生還出来るのか……?)
 
 生きて無事に帰れるビジョンがまるで見えない。なるほど、誰も彼も此処に来る事を躊躇する筈だ。
 重い足取りで恐る恐る近寄り、永遠に辿り着けない事を願ったが、不運な事に玄関前に辿り着いてしまう。
 厳つい扉の前には呼び鈴らしき文明の利器は無く、明らかに来る者を全力で拒んでいた。来訪者を拒んでおいて、去るのは許さないのが何ともあの世界の魔法使いらしい処だろう。
 
(……落ち着け。今回は取引相手として来たんだ。この『ケース』を渡して報酬を受け取るだけの簡単な仕事だ。何も恐れる事は無い)
 
 一・二回深呼吸し、意を決して扉を開く。気分はレベル1で魔王の城に殴り込みに逝く感じであり、遊び人ソロとか正気の沙汰じゃねぇ。
 
「す、すみませーん! 誰か居ませんかぁー?」
 
 思わず声が上擦る。
 館の中は予想以上に明るく、玄関後の広間には如何にも高そうな壺やら絵画が飾っており、どう見ても罠にしか見えず、警戒心を更に強める。
 
(近寄ったらクレイモア地雷が発動して鉄球数百発が飛んでくるに違いない……って、それは『魔術師殺し』の衛宮切嗣限定か?)
 
 程無くしてぱたぱたと軽い足音を立てながら――何と、猫耳メイドの、自分と背が同じぐらいの、九~十歳程度の少女が現れたのだった。
 どうやらこの屋敷に日本国の労働基準法は適用されてないらしい。思わず彼女を雇う『ロリコン』魔術師に殺意が芽生えたのだった。
 
「はい、どなたでしょうか。自殺志願者は教会で浄化されてください」
 
 言っている事はかなり酷いが、漆黒の髪に金色の瞳、漫画の世界から出て来たような可愛らしい美少女だった。
 黒色の猫の耳みたいな頭飾りを付け、黒色のメイド服を着こなしている。フリフリのミニスカートは太股半分隠す程度の短さで、これまたフリフリのニーソックスの絶対領域が何とも情欲をそそる。

「いきなり性欲まみれの視線を向けるとは、随分失礼な能力使いですね」
 
 少女は絶対零度の視線を向けてくる。というか、『能力使い』だと解っている? 明らかに見逃してはいけない文面があったぞ……!
 
「あ、いや、えと、此方の要件はご存知で……?」
 
 見目麗しい外見に騙される処だった。此処が人外魔境の『魔法工房』である事を片時も忘れてはいけないのに。
 オレは恐る恐る猫耳メイドの少女に尋ねる。
 
「はい、承っております。それではご主人様の下にご案内しますが、私が歩いた箇所以外は危険ですので、絶対に踏み込まないで下さい。接触式で発動する罠とかもありますので不用意に屋敷の物を触るのも超危険です」
「……え? もしかして、正式な来訪者とかが来ても、屋敷の魔術的な仕掛けを一旦解除とかはしてないの?」
「勿論、年中無休で発動中ですよ? ですから、私の案内中に死亡するのだけはよして下さいね。それだと私がご主人様に責められてしまいますから」
 
 ああ、オレの生死は最初から度外視なのね。やっぱり人でなしの『魔法使い』の飼う猫耳メイド娘は人でなしの性格だったようだ。実に残念である。
 
(……あの猫耳、本当に頭飾りか? 何か揺れているし、動いているし、オマケに尻尾まである……? パタパタ揺れているという事は結構ご機嫌なのかな? やはり犬より猫だなぁ……!)
 
 そしてオレは彼女の後ろ姿をまじまじと和みながら眺め、彼女の歩む道を寸分も狂わずに辿って屋敷の奥に進んでいく。
 
(……とは言え、屋敷そのものは異常だな。空気が完全に淀んでやがる。まるで千年間煮詰めたような地獄の釜みたいだ)
 
 何というか、屋敷の中は豪華絢爛で、予想以上に陽の光が差し込んでいるのに関わらず、何処か息苦しい。
 何事もない廊下なのに魔的な雰囲気を漂わせているぐらいだ、どんな凶悪な即死トラップが仕込まれているのか想像すら出来ない。
 地雷原だらけの敵地を恐る恐る行軍する兵士の如く、警戒心を最大にして歩いていく。
 
「それにしても能力使いは酷い人ばっかですねぇ」
「……と、言うと?」
「新人に最もやりたくない危険な仕事を押し付けるなんて最低です。でもまぁ次の新人が来るまでの辛抱です。どうか挫けずに頑張って下さい」
 
 咄嗟に振り向いて見せる、その穢れ無き純真無垢な笑顔に癒されるが、何気無い世間話でも言っている事は相変わらず酷い。
 危うくその笑顔に流される処だった。恐るべし、猫耳メイド……! 破壊力ありすぎじゃね? というか『魔法使い』爆ぜろ。
 
「何で『ケース』を届けるだけでそんなに危険なんだよ!?」
「だってうちのご主人様、超ドSですし、愉悦研究会入り間違い無しの性格破綻者ですし、無事で済む方がおかしいと思いません?」
「可愛く小首傾げておいて、こっちに聞くなよそんな事ッ!?」
 
 あれこれそんな馬鹿話をする間に緊張感が皆無になってしまったが――そういえば、『魔法使い』が飼う『不死の使い魔』ってまさか彼女の事なのか……?
 
(ははは、そんな馬鹿な。どうせ他に化物じみた奴が居るんだろう。そうに違いない)
 
 人、それをフラグというが、知らんと言ったら知らん。

 「――初めまして。私の名前は魔法使いだ。短い付き合いか長い付き合いになるかは君次第だが、以後宜しく」
 
 そして幽霊屋敷の居間にて、噂の『魔法使い』と対峙する事となる。
 
 ――薄影の中でも尚煌めく長髪は、豪炎の如くというよりも鮮血の如く麗しき真紅。
 両眼は頑なに瞑られており、その作り物めいた容姿端麗な顔立ちは恐ろしいほど無表情のまま微動だにしない。
 
(年齢は十八歳ぐらいか……にしても、威圧感パネェ……)
 
 洋館の主でありながら、その身に纏うのは不似合いなまでの和風の着物であり、喪服を思わせるような漆黒に赤い浅葱模様が強烈に浮かんでいる。
 ただ靴は洋風のブーツであり、その無国籍の和洋折衷振りは『両儀式』を連想させる。
 確かに彼の整った顔立ちもまた中性的だが、彼の纏う気質と風格は絶対零度の冷徹さと太陽の如き苛烈さを束ね合わせ、他を認めぬ唯我性を悠然と見せつけ――率直に言うなれば、極めて排他的だった。
 
「……ルナティック・ササキです。宜しくお願いします」
 
 一応、失礼の無いように細心の注意を払いながら挨拶する。
 とりあえず、世間話をするような仲でもあるまい。早速本題に入る事とする。
 まるで生きた心地がしない。地に足がついてない、というよりも、首に巻き付いたロープ一本で吊らされているような感覚、一秒足りても長く此処に居たくないのが本音だ。
 
「これがオレが預かった『ケース』です。お受け取り下さい」
「へぇ、随分と頑張ったようだね」
 
 運んできた『ケース』をテーブルに置き、少しだけ前に押す。
 『魔法使い』は淀みない動作で『ケース』を自分の下に引き寄せ、目の不自由さを全く感じさせずに平然と『ケース』を開いた。
 
 何て考えながら、気になっていた『ケース』の中身を確認する。
 其処には十個の、小さな黒い球体状の何かが納められていた。球体の中心には針のような突起物が上下の両端に伸びており、よくよく見れば一つ一つ微妙に模様が違っていた。
 一瞬、これが何なのか解らなかったが、瞬時に思い至った。
 
「……なっ、『魔女の卵』だとォ!? し、しかも十個も……!?」
「何だ、彼等から説明されてないのか? 新人教育がなっていないなぁ」
 
 やれやれ、と言った感じの素振りを見せ、『魔術師』は『ケース』を閉めて猫耳メイドに運ばせる。
 一体全体、何がどうなっているのか、混乱して思考が定まらない。此方の混乱を察してか、『魔術師』は口元を嬉々と歪めた。
 
「最近の海鳴市では『魔女』が多数目撃されている。放置するには危険過ぎる災害だが、生憎と此方は忙しくて手が回らない。それ故に私の処では『魔女の卵』一つ二百万円で取引している」
 
 となると、あの道中襲ってきた魔導師は金目当てだったという事か?
 そう考えると、納得出来る話である。あの追い詰められっぷり、金銭に大層困っていたに違いない。
 
「尤も、これは『魔女』討伐の報酬であって――『魔女』を養殖した愚者の結末は聞きたいかね?」
「全力で遠慮させて貰います、はい!」
 
 全力で怖がる此方の反応を見て(?)か、『魔術師』は「そうか、残念だ」とくつくつ笑う。性格の悪さが処々で滲み出ているなぁ。早く帰りたい。
 
(にしても、魔女討伐させるだけが目的じゃないだろうなぁ。どうせえげつない事に再利用するに違いない)
 
 本当にコイツに渡して良いのだろうかと思うが、もう今回のは持っていかれたからどうしようも無いか。
 程無くして帰ってきた猫耳メイドの少女はある物を両手に抱えて運んで来て、自分の目の前に丁寧に置いた。
 それは聳え立つ長方形の塊が二つ、一瞬、それが何か判別出来ずに頭を傾げたが――表面に諭吉さんが輝いており、想像出来ないほど束ねられた万札のブロックだった。
 一生を費やしても入手出来るか、否かの大金が今、自分の目の前にあった。
 
「――『二千万』だ。一応確認しておいてくれ、数え間違えから無用なトラブルに発展するなど、双方にとって不利益だろう?」
 
 ……うわぁ、やべぇ。こんな大金をぽんぽんと出せるほど財力も持っているのか。
 最初から底知れぬ『魔術師』にびくびくしながら札束の勘定を始める。金を数える指先の震えが止まらない。一応百万単位でも小分けにされているので数えやすい配慮はされているようだ。
 数えながら、オレは私用を果たす事にした。此処に来た理由の半分はそれである。
 
「……一つ、聞いていいか? 行方不明になった四人の転校生の事だ。アンタなら知っているのだろう?」
「勿論、知っているとも。その内の一人に関しての情報料は無料だ。聞くかね?」
 
 世界を裏から支配する大魔王の如く『魔術師』は愉快気に嘲笑う。
 それを聞いては後戻り出来ない、そのある種の予感はひしひしとしていた。けれども、躊躇せずに首を縦に頷く。
 真相を知らずに暮らすなんて、そんな事は我慢ならない。例えそれが地獄への招待状だろうが構うものか。
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