隠れゲイシリーズ

芹澤柚衣

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隠れゲイとスプモーニ

8.

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「旧ソ、旧ソ……カム!」
「窮鼠、猫を噛む?」
「そうそれ!」
 ぶるぶると震える両腕でなけなしのつっかえ棒的なものを作りながら、俺は絞り出すような声で叫んだ。ぎりぎり覚えていた単語を発しただけの俺の言い分を拾い上げ、まさかコレが言いたいの? とでも言いたげに眉を寄せた後輩の顔が、相も変わらずイケメンでどうしようかと思う。いやどうしようかっつうか、今のこの状況をどうしようと言うか。
「窮鼠猫を噛む的なことをしでかしそうなんで、一旦離れてください」
「んー……」
 了承を得られるものだとばかり思っていたお願いにまさかの灰色な生返事をされ、ぎくりと体を強張らせる。え? どうしたの棚橋。まさか聞いてくれないとか言わないよな?
「今ここで拒否られるのと噛まれるのどっちが良いかって聞かれたら、断然噛まれる方だから……とりあえず止めない方向でいくけどいい?」
「いい訳あるかあ!」
 冗談じゃない! ノンケ相手のえっちがどれだけ怖いと思ってるんだ。待ってほしい時に待ってもらえないなんて鬼過ぎる。とか思ってるうちに妙に器用な後輩はシャツのボタンを半分ほど外しにかかっててびびった。すげーなお前片腕でこの早さかよ。
「ちょ、ちょ……っ、ほんまに、待って」
「俺が今待っても、先輩が輪島さんに抱かれた過去は消えないよね?」
「……は?」
 唐突の哲降臨に思わず固まった。え? この流れで何故いきなり哲の話?
「あー……もしかして、お下がりは嫌とか」
「ばかじゃないの」
 一瞬の杞憂を一蹴されてそれにはほっとしたんだけど、不機嫌丸出しにさせてしまってこれはこれでセレクトミスっつーか。
「先輩、ほんとばかなの。同じこと何回も言わせないでよ。俺はまだ許されてないのに、他に知ってるやつがいるってだけで、どうにかなりそうなんだよ」
 何て可愛いこと言うんだお前。先輩の上にまたがって言う科白じゃないけど許す。解かれた襟元と一緒に、頑なだった何かまで一緒に解かれた気分だ。
 俺が怖いってだけで、いつまでも同じところにいる訳にいかないのは分かってる。こいつと一緒に歩くって決めた時から、先に続く道を歩かなきゃいけないんだから。
「なあ、棚橋。ちゅうして」
「え」
「まだキスもしたことないのに、順番おかしいだろ馬鹿!」
 照れ隠しで罵った俺が「馬鹿」の「か」を言い終わる前に噛みつかれた。やや乱暴にキスされてから漸く、ずっとこれが欲しかったんだって思い出して涙が滲む。
「痛かったら言って。加減が出来る自信ないから」
 言葉の通り全体的に乱暴に扱われた。ベッドに押し付けられたまま、剥がれる勢いで服を取っ払われ、その最中に二、三回頭を打った。痛ぇとか普段なら思うけれど、俺は俺でいっぱいいっぱいだったっていうか、そもそも痛覚って何だったっけ? のレベルで脳内が浮かれていたのだから問題はない。だって片恋してた相手に今めっちゃ欲しがられてて、そりゃ意味わかんないくらい幸せ感じたってしょうがねえだろという話だ。さっきまでの不安どうしたってくらいもう、頭の中がピンク一色に染まっていた。
 もう大丈夫。この大丈夫は、俺が床スキルにやたらの自信があるからとかそういうのでなく、もしいざという時に棚橋が無理って思っても、それならそれで体の関係なしで、うまく恋人としてやっていける方法を二人で探せばいいと思えたからだ。一人じゃないって、もの凄いパワーだ。棚橋がいるだけで俺は、どんな不格好な歩き方でも、先へ行こうと思えるんだから。
 とか何とか殊勝なことを考えてる余裕が最初のうちはまだあった。でもピンクに染められて以降はもう何だかよくわからなくなってる。乱暴に扱うと言った割に棚橋はいきなり突っ込むことはせず、やたら丁寧に俺の体をなぞってきた。お前前戯とかしないタイプ? なんてその昔思ったこともあったけど違った。こいつ、めちゃめちゃ前戯するタイプだ。繰り返し脇やら腰やらなぞられて、もう俺の理性は崩壊寸前。まだ言う程の所は触られていないのに、好きにして早くぶちこんで状態だ。やばい。やばすぎる。
「ひゃあん……っ」
 際どい所を触っていた手がぴたりと止まり、唐突に乳首を舐められた。ばか。もうこいつほんとばか。心の準備くらいさせてくれよ。
「何、今の可愛い声」
 舐めた本人が虚を突かれたみたいな顔してっけど! 俺のが突かれとるわばか!
「可愛い」
「ば、ばか……だ、め、だめ」
 味をしめたのか、今度はマジで吸いついてきた。ばかだろもう。ばかだよな。そんなことされて冷静でいられる訳ないだろお前俺に死ねって言ってんの?
「あ、あ、あ」
「……ん。気持ちいい?」
「だめ、だめ……や、ん」
 何この甘ったるい女みたいな声。とか思う余裕は悲しいかなもう俺には残されていなかった。まるで乳首と連動してるみたく、吸われたり舐められたりする度に下半身が疼いて、好きにして状態に拍車がかかる。
 まるで俺の前に二、三人ホモ抱いた? って聞きたくなるくらい慣れた手つきで棚橋が俺の腰をなぞり、その指はナチュラルに尻の割れ目に到達した。器用にも乳首を甘噛みしながらのこの行為、俺の脳みそが溶けない筈がなかった。
「痛かったら、ほんとに言って」
 やたら真剣な声で棚橋がそう耳元で呟いたけど、言葉はおろか、頷く余裕さえもなかった。
「あ……ん、あ」
 頭が回らない。棚橋の女みたいに細い指が、大袈裟すぎるくらいの量のローションを纏って、中に入った一瞬までははっきりしてたんだけど。そこからはもうひどかった。ひどいって言っても、別に乱暴にされた訳じゃない。ただただ焦らしのオンパレードだった。
 こういっちゃアレだけど、哲に何回か抱かれたことはある。そんなに丁寧にしなくったって、最初だけ順序踏んでくれたら、それなりに体が追いついてくるだろうとは思っていた。それは半分正解で、棚橋の指が入った瞬間、俺はトびそうになった。ここでイく訳にはいかないと、腹を据えてひたすら感じ過ぎないようにしてたのに、棚橋はそれを分かってるのか分かってないのか、指一本だけでひたすら慣らしてくる。
「もういい……っ、ばか、ゆび……増やせ……っ」
「いい訳ないでしょ。ちゃんと慣らさなきゃ」
「やだ、やだあ、もー……はじっこ、かゆ……」
「ん? どこ……?」
 どこじゃねーよ! 足りねーの!
「もっと、太いの……ゆび、足りな……」
 みっともなく啜り泣いたら、棚橋がびっくりするほど低い声で分かったって言ってくれた。正直指どころか、いきなりお前のいきり勃ってるそれ、突っ込んでくれたって天国いけそうなくらい気持ちいい自信あるんだけど。だめかな、だめ? 俺もう早くお前のチンコ、挿れて欲しくておかしくなりそうなんだけど。
「先輩、わかる……?」
「あ、あっ……ひど……」
 入れてって言ってるのに、中指で穴をなぞるだけ。人差し指だけでぐりぐり内壁を擦られて、こっちの理性はもう半分ぶっ飛んでるっていうのに。
「いじわるすんな、ばかっ……いれて、いれて」
「んー……」
「あんっ」
 今度はすげー馬鹿正直にすぐ入れてきた。もっと焦らされると思ってたから、逆に追いつかない。ナカに入れるなりバラバラに動かされて、頭が沸騰したみたいに興奮した。
「あ、あん、や……やう、あ」
「……ほんっとかわいーね、先輩……」
 耳元で囁くな馬鹿! 孕むわ!
「やだ、も、ゆび」
「ん……? 抜くの?」
「ち、ちが……あん、もー……っ」
 すっとぼけんな! こんなとろとろになってる状態で抜けなんて言う訳ないだろ!
「さんぼん、三本ちょうだい、あ……も」
「だぁめ。まだもうちょっと」
「やー……もう、やだあ、ほし……っ」
 絶対痛いなんてことないのに。棚橋はとろけたように笑うだけで、三本目の指をくれない。もう理性なんて、探したってどこにもなかった。瞼の裏側に貼りついてるかと思うくらいの、しつこい恐怖さえ霧散した。ただ欲しい。棚橋がもらえない今以上につらいことなんかもう、何もない。
「いれてえ、お願い……お願い……っ」
「しょうがないなあ」
「あ、やう!」
 緩い動きになっていた二本の指に混ざるようにして、三本目が一気にナカヘ突き刺さった。奥より少し前の前立腺を掠められ、目の奥がチカチカした。一瞬脳みそがぶれたような感覚がして、はっと気付く。俺……俺今もしかして。軽くイった?
「もー……何でそんなに可愛いの」
「ち、ちが……っん、あん」
 お腹のあたりに飛んでる、白い液体が何なのかなんて考えたくもない。言い訳する前にすぐ指を奥まで入れられて、また軽くスパーク。冗談じゃない。やだ。こんな風に俺ばっかり、訳わかんなくなるエッチは嫌だ。
「も、挿れて……」
「……まだ早いでしょ」
 掠れた声で反対される。早い? どうして? もうこんなにとろとろで気持ち良いのに、どうしてまだ早いなんて言うんだよ?
「やだ、もうほしい、たなはしので、うんと奥……ねぇ、ちょうだい、ねえ」
「……先輩やめてよ、そういうの。ほんとに俺我慢出来なくなっちゃうから」
 我慢? 何の我慢だよ……?
「やら、ほし……ねぇ、ぐりぐりして? ねー……たなはしの、おれ、ほしい……っ」
「……ばかなの?」
「ぐりぐりして、奥っ……もっと、えっちなことしてぇ……っ」
 勢い良く、指が抜かれた。物足りなく思う前に、びっくりするほど大きなものがとろけまくった穴の先に押し付けられる。
「ほんと、先輩ばかでしょ……!」
「あっ、やあああああん……っ」
 一気に貫かれた。直後に、最奥に叩きつけられるものを全身で感じて、棚橋が俺の中ですぐにイったのが分かる。うっそ、ばか……こいつ中出し……!
 そういやゴムつけてなかったなとか、考える余裕もなかった。もう死んだって思った。ほんっと気持ち良くて、これで死なないなんて嘘だろって感じ。今まで経験したこともないような、長めのスパーク。チカチカする瞼の刺激が、耳鳴りに繋がる。
「え……あ、れ?」
 イった。確実に俺も今イったのに。射精が出来てない。何で?
「先輩、動くよ」
「え、あ……待っ」
 腰を掴まれて、息をつく間もなく激しいストローク。ローションやらたった今中出しされた棚橋のアレやらで、ぐちゅぐちゅすげー卑猥な音がして恥ずかしい。何なのこれ、何の羞恥プレイ? っていうか馬鹿、何でこのタイミングでこうも動く訳!?
「先輩も、イって」
「や、ちが……今おれ、イってるから……だめっ」
「何言ってんの、イけてないでしょ」
「ちが、ほんと……イってるから、ほんと、ほんとだめ、イってるからああ……っ、あ」
 何これもしかしてドライ? 話には聞いてたけど、すげえ怖い。意識ごともってかれる感じが堪らない。自分を保っていられないくらい気持ち良い。何これ俺知らない。何、なんなの俺今どうなってんの。
「っ、ごめん、出すよ」
「やああ、だめ、ばか、だめっ……」
 意味が分からないくらい気持ち良かった。体中が熱くて、ナカに感じた棚橋のそれが冷たいと思うくらいだ。ベッドに沈みそうになった俺を、ぎりぎりで掬い上げる両腕。怖いくらいきつく抱きしめられて、俺はまた小さくイってしまった。
「……先輩、大丈夫?」
「だいじょぶ、な、わけ……っ」
「うん。ごめんね、乱暴にして」
 乱暴にされたなんて、思ってないけど。こんなに乱されたのって初めてで、未だに心臓がどきどきしてる。優しく髪を撫でてくれるのに、挿れたそれはそのまんまって、何? どういうこと? 意識しちゃってしょうがねえんだけど。てゆうかお前全然萎えてねえんだけど。
「でも反則だよ……あんなにエロ可愛くなるなんて、聞いてない」
「誰が、エロ可愛いだばか!」
「その、ばかっていうのも可愛いから。諦めて」
 砂糖だけを練り固めて作ったお菓子みたいな甘い笑顔で、棚橋がふふって笑う。それだけで脳みそが痺れたみたいに、体が動かなくなるなんてどうしちゃったの俺。
 トクトクと今更、動いてることを主張するような心臓がうるさい。どうしよう。幸せで泣いてしまいそうなんて、言ったらお前は笑うだろうか。お前が、俺の体に欲情してくれて嬉しい。抱かれた事実が、ただ嬉しいんだ。
 空気を読んだ後輩が、ゆっくりと背中に手を回す。ナカに感じるヤツの分身はまだ芯を持ったままだったけれど、今は俺の気持ちを優先してくれたようだ。
 優しく何度も撫でてくれるから、俺はついに泣いてしまった。
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