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隠れゲイとカプチーノ
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そうだ、新しい恋だ。
「……って、何べんゆうねんこれ……」
前にも思った。あの時は、哲のことを振り切りたかっただけだと思っていたけど。何か無意識に、棚橋のことも怖かったような気がする。棚橋は脅威だ。俺はもともと彼の存在には何となく怯えていたけれど、その怖さについて今回改めて認識したと言う訳だ。脅威と思っている時点で、もっと突き放してしまえたら良かったのに。甘かった。完全に見くびっていた。もうノンケには惚れへんやろそこまで阿呆ちゃうか! て思ってた。結果がこれだよ。そこまで阿呆でしたすみません。しかも友達だろ。最悪だ。ゲイの言い分として男全員恋愛対象じゃねえっての、気持ち悪いとか考える方が自意識過剰じゃボケ! というのがあるが、これは気持ち悪がられても仕方ない。本当に見境ないみたいじゃないか。でも言わせてくれ。マイノリティじゃなくたって、友達に惚れることもあるだろ。例えば前から可愛いなとか思ってた女子に失恋直後優しくされたら、即効で落ちるだろ。だからごめん。あんまりホモを責めてくれるな。ホモは一般人よりナイーブに出来ています。いや、いかん。話が逸れた。
そうだ。新しい恋だ。前は何となく思ってた程度だったけど、今は違う。可及的速やかに激しく熱く、どこかのホモと恋に落ちなければならないのだ。これは俺の現状維持の為でもあり、棚橋との友情を守る為でもある。このままでいい訳ない。ぼんやりイケメンだなとか好きだなとか、思ってた頃とは訳が違う。自覚したら最後だ。あとはもう、落ちるところまで落ちるだけ。
単に他で恋愛をするだけでは駄目だ。棚橋と過ごす時間も減らさなければ。今までは、ホモと分かってくれている友達の隣なんて超居心地良いんですけどヤッタネ! な感じだったけど。もうそれに甘んじていい状況ではない。奥深くまで入り込んでしまった棚橋という脅威を、ウイルスバスターだ。ウインドウズアップデートだ。アドビフラッシュプレイヤーを、最新版に更新しなければならないのだ。
「先輩、そんなところで何やってんの」
「ゆうてる傍から!!」
びっくりした。こいついつも足音しないんだけど何で? 前世忍者?
「先輩って、何かいつも唐突に叫ぶよね。しかも毎回意味のわからない科白をさ」
「きしょいならきしょいてゆえ、ホモは今更きしょい言われてももう傷つかへんで」
「しかも卑屈だし」
「うっといなら、うっといてゆえや」
「ううん。面白くて好きだよ」
死ねばいいのに!
この野郎とんでもないことさらっと言いやがって。どれだけ心臓に悪いと思ってんだ今の。駆除だ駆除。ポップアップをブロックせねば。クイックスキャンの後にコンピューター全体の総合スキャンだ。欠片でもときめきを、体内に残しておく訳にはいかない。後々の為にも。一時期世で騒がれたウイルスなんかより、お前の方が俺はよっぽど怖い。
「ね、先輩。今日何か予定ある?」
「何か予定があるやつが一人、学食の隅でアミダ作っとると思うんか、お前」
しかも作りかけだけど。棚橋のことを占おうと思っていたので、何となく気恥かしい。見られる前にとくしゃくしゃにした。案の定、そんなゴミに棚橋の興味はないようだった。
「じゃあさ、一緒に栄行こうよ。今オアシスで、期間限定のお化け屋敷やってるんだって。超気にならない?」
「厭や」
「あれ、先輩。怖いの苦手だっけ?」
「…………」
当たり前のように誘って来る棚橋に苛立った。くそお前、思い悩むホモの気持ちも知らないで。ホモでも何でも先輩の勝手だからと切り離したそいつが、自分に恋慕を抱いているとはよもや思わない顔だ。改めて思った。俺は、切り捨てられた部分だ。実の母でさえ別のものだからと認識出来るこいつに、一旦ひかれたホモ野郎なんかが太刀打ち出来る筈もないのだ。
「大丈夫だよ。臨時で出来たやつだから、距離も短いし。お化けも多分バイトの人ばかりだから、きっとそんなに怖くないよ」
――怖くない訳、あるか。
怖いよ、棚橋。こんなに俺に興味のないお前に、これ以上惚れちゃってどうすんの? 結果なんて見えてるよ。どうにもならないって分かってんだよ。
それなのに――俺は取り返しのつかない阿呆だ。どんな弊害があろうとも、お前と一緒に居たくて堪らない。結果お前と一緒にいるだけで、どんどん好きになって。何て最悪なループ。
ちょっと拗ねたら、すぐ宥めてくれるところも好きだ。テスト前に漫画読んでたら、ちゃんと怒ってくれる生真面目な性格も好き。日本人離れした、明るい色の柔らかい髪も。カラオケで歌うミスチルの曲、大抵サビで外しちゃうところも。優男な風貌で、意外とクールなところも。全部、全部好きだ。
「……本当に、怖くないんやな」
渋ったふりをして、了解の返答。棚橋は嬉しそうに笑って、顔を近づけて来る。
「うん、多分大丈夫だと思う。万一先輩が怖くなったら、俺を盾にしたらいいし」
今の一言で完全萎えた。超行きたくない。片恋中の男と、抱きついても手を繋いでもギリギリ許される系のデートなんて逆に空し過ぎるだろ。お化け屋敷自体も、苦手は苦手だし。
直前になってやっぱり厭だとわめいてみたが、結局聞いて貰えず。怖いのは最初だけだから、なんて訳のわからない説得で強引に押し切られてしまった。何が怖いのは最初だけだから、だ。最初が怖かったらもう、後は怖いものしか残ってねぇんだよ。馬鹿棚橋。死ね!
「死ねって言ってすみませんでした……」
狭いダイニングキッチンでえのきを洗いながら、ぼそりと呟く俺。自分で言うのもあれだけど、超不気味だ。でもこれだけは言っておく神様。死ねなんて嘘だから。本当にあいつを、殺して貰っちゃ困るんだ。俺みたいなノンケに邪心を抱く阿呆なら構わないけど、棚橋は人畜無害。棚橋の半分が優しさで出来ています。そんな彼だからこそ、殺すなんて滅相もない。寧ろ優しく包んであげてください。
(まぁ、俺が言うかって話やねんけどな……)
早くも三回生間近の斎藤潤也。若干二十一歳。俺は今、全力で棚橋という脅威を避けているところです。その避け方たるや全国ツアー前のボーカルがする風邪予防もかくやというくらいで、徹底に徹底を極めているのです。
俺が決めたルールは三つある。
まずは、会わないこと。実際会うと、絶対やばい。何かを誘われたら、大抵うんと言ってしまう。断わって残念がる顔よりも、了承して喜んでくれる顔の方が見たい――そんな下心が発動するのが視覚の脅威だ。だからまず、会わないこと。サークルなんてもっての外だ。
そして俺ルールその二は、なるべく一人にならないこと。いつでも誰かと用事がある体を装い、気軽に声の掛けられない雰囲気を常に保つこと。友達の少ない俺には、実はこれが一番難しかった。そんなにしょっちゅう、顔会わせるような関係を築けた相手もいないし。けれどこれは一番重要なルールだ。万一避けてることに気がついた棚橋が俺を待ち伏せしてようとも、誰か一人隣に居ればまだ、上手く回避できる可能性を秘めているからだ。でも正直、毎日なんて無理に決まってる。行き詰った俺は、此方に近づく棚橋を避けようと、赤の他人とハグしたこともあるくらいだ。わお久しぶり元気にしてた? 俺超元気! 露骨にお前誰って顔された。うん、俺も今更だけど思うよ。お前誰だったマジで。やたら鳩胸だったけどお前誰だった。
まぁ、美しくない思い出話はいいや。で、最後のルール。電話には必ず出ること。矛盾してるかもしれないが、これは、棚橋に俺が避けていると少しでも長く悟らせない為の秘策で、超重要なのだ。電話でのお誘いならまだ、断ることも出来る。若干強気になれるから。視覚がないって万歳。電話万歳ベル良くやった! ただこれには少し問題があった。いい加減断るネタも尽きてきたのだ。約束あるから、風邪引いたから、レポート追い込んでるから……さまざまな事例で回避を試みたが、正直あいつ俺を誘い過ぎ。一日何回電話掛けてくんの。嬉しいけど、正直しんどい。
前回風邪治りかけだから、安静にしてると言ってしまった俺。今日はもう流石に風邪ネタは使えないなと早速追い詰められ、結果出た言い訳は「えのきが腐るから」だ。阿呆かこれ。完全にただの阿呆だろ。今どき小学生でももっとまともな言い訳使うぞ。何えのきって。何でえのきの腐敗を危惧してんの。遊びに出かけたせいで腐るえのきってどういう状況?
しかし棚橋は動じなかった。そんな情けない断り文句だったにも関わらず、何かあっさりじゃあしょうがないねとか言いながら切りやがった。地味にショックだ。まぁ問い詰められるよりかは良いんだけど。
あともう一個問題があるとしたら、棚橋に会えないのが続いて、いい加減フラストレーションをぶっちぎりそうな俺だ。やばい、超寂しい。すげえ会いたい。何だよ、えのきを理由に断られて、あっさりひくなよ馬鹿棚橋死ね! 死ねって言ってすみませんでした! の、完全ループ。本当参る。
会わなきゃ忘れられると思っていた。別に、何年来の親友って訳じゃない。大学で知り合って、サークルで時々話す程度の関係だ。最近はやたら一緒に遊びに行っていたけれど、それを元に戻せば良いだけの話で。なのに、それがどうしても出来ない。会わなきゃ会わないで、愛しさは募る一方。もう何をどうやっても、今更俺は、あいつのことを嫌いになれないんだと思う。こんなくさくさした気持ちで叶わぬ想いを引き摺るくらいなら、いっそ玉砕してものの見事に振られた方がまだ諦めもつくんじゃないかって気もする。いやいやいや、それは駄目だろ。絶対ひかれる。もう二度と友達としても会えなくなる。そんなの厭だ。でも、それってどれだけの意味がある? 告白して気まずくなって喋れなくなるのと、理由も言わず避けまくって喋れてない今現在は、何がどう違う訳?
そんなことを繰り返し考えながら、結局いつもの結論に至る訳だ。大して変わらない。それは認めよう。でも後者の方が、まだ希望がある――棚橋と、友達でいられる希望が。
(我ながら、女々しい男だな……)
情けない。そんな小さな希望に縋って、棚橋に厭な気持ちをさせている。直せばいいと思うのに、直らない。俺はどんな手を使ってでも、絶対に棚橋を失いたくない――だから、新しい恋人を作らなければならないのだ。
(かといって、二丁目とか、それっぽいバーに一人で行くのは……)
無理。試す前からそう思う。今までひた隠してきた性癖を、丸出しにしなければならないってことだろ。どんな顔で行ったらいいの。もうそんな初歩的なところからわからん。ヘイ! 俺ホモだぜ! 抱いて! みたいな? うわーないわ。だいぶない。そんなやつ居たら俺ならひく。許されるなら一発殴る。店のドアの取っ手を持つところからやり直せって思う。
……駄目だ。やっぱりそういう店に行くとか、いきなりハードルが高すぎる。もっと身近でお手軽な恋とかしてみたい。だいぶ無茶だな。無茶なのはわかってるんだけど。そんな身近にお手軽ホモがいたら、俺だってこんなに苦労してないし。あーあ、ゲイ専用の婚活パーティとかないかな。
えのきを片手にぐるぐるしていたら、電話が鳴った。わお、棚橋? だよな。そりゃそうだ。えのきが心配で遊べへんとか、どないやねん! の突っ込み電話だよな。しかし何という時間差。お前いつのまにそんな高度な突っ込みマスターしたんだ。
困るのに、どこかうきうきと携帯を掴む。我ながら超矛盾。電話はいいのだ。俺ルールで電話には出て良いことになってる。遊べない分、電話でめいっぱい棚橋といる時間を味わってやろう――そんな浮足立った気分は、着信元を確認するなり一気に冷めた。てゆうか萎えた。
何だこのタイミング。確かに身近でお手軽な恋がしたいと言った。それは認めよう。そんな風に新しい相手が出来たらって理想は、間違っていない、勿論。だけど。
『ねー……潤也、今何してんの?』
ちょっと前なら、聞き慣れた一番愛しい声。
だからって、このタイミングでお前とか。
「どないやねん!!」
八つ当たり任せに怒鳴ってやると、電話口の向こうでえ、何何? と暢気に慌てる哲の声が聞こえた。死ねばいいのに!
「……って、何べんゆうねんこれ……」
前にも思った。あの時は、哲のことを振り切りたかっただけだと思っていたけど。何か無意識に、棚橋のことも怖かったような気がする。棚橋は脅威だ。俺はもともと彼の存在には何となく怯えていたけれど、その怖さについて今回改めて認識したと言う訳だ。脅威と思っている時点で、もっと突き放してしまえたら良かったのに。甘かった。完全に見くびっていた。もうノンケには惚れへんやろそこまで阿呆ちゃうか! て思ってた。結果がこれだよ。そこまで阿呆でしたすみません。しかも友達だろ。最悪だ。ゲイの言い分として男全員恋愛対象じゃねえっての、気持ち悪いとか考える方が自意識過剰じゃボケ! というのがあるが、これは気持ち悪がられても仕方ない。本当に見境ないみたいじゃないか。でも言わせてくれ。マイノリティじゃなくたって、友達に惚れることもあるだろ。例えば前から可愛いなとか思ってた女子に失恋直後優しくされたら、即効で落ちるだろ。だからごめん。あんまりホモを責めてくれるな。ホモは一般人よりナイーブに出来ています。いや、いかん。話が逸れた。
そうだ。新しい恋だ。前は何となく思ってた程度だったけど、今は違う。可及的速やかに激しく熱く、どこかのホモと恋に落ちなければならないのだ。これは俺の現状維持の為でもあり、棚橋との友情を守る為でもある。このままでいい訳ない。ぼんやりイケメンだなとか好きだなとか、思ってた頃とは訳が違う。自覚したら最後だ。あとはもう、落ちるところまで落ちるだけ。
単に他で恋愛をするだけでは駄目だ。棚橋と過ごす時間も減らさなければ。今までは、ホモと分かってくれている友達の隣なんて超居心地良いんですけどヤッタネ! な感じだったけど。もうそれに甘んじていい状況ではない。奥深くまで入り込んでしまった棚橋という脅威を、ウイルスバスターだ。ウインドウズアップデートだ。アドビフラッシュプレイヤーを、最新版に更新しなければならないのだ。
「先輩、そんなところで何やってんの」
「ゆうてる傍から!!」
びっくりした。こいついつも足音しないんだけど何で? 前世忍者?
「先輩って、何かいつも唐突に叫ぶよね。しかも毎回意味のわからない科白をさ」
「きしょいならきしょいてゆえ、ホモは今更きしょい言われてももう傷つかへんで」
「しかも卑屈だし」
「うっといなら、うっといてゆえや」
「ううん。面白くて好きだよ」
死ねばいいのに!
この野郎とんでもないことさらっと言いやがって。どれだけ心臓に悪いと思ってんだ今の。駆除だ駆除。ポップアップをブロックせねば。クイックスキャンの後にコンピューター全体の総合スキャンだ。欠片でもときめきを、体内に残しておく訳にはいかない。後々の為にも。一時期世で騒がれたウイルスなんかより、お前の方が俺はよっぽど怖い。
「ね、先輩。今日何か予定ある?」
「何か予定があるやつが一人、学食の隅でアミダ作っとると思うんか、お前」
しかも作りかけだけど。棚橋のことを占おうと思っていたので、何となく気恥かしい。見られる前にとくしゃくしゃにした。案の定、そんなゴミに棚橋の興味はないようだった。
「じゃあさ、一緒に栄行こうよ。今オアシスで、期間限定のお化け屋敷やってるんだって。超気にならない?」
「厭や」
「あれ、先輩。怖いの苦手だっけ?」
「…………」
当たり前のように誘って来る棚橋に苛立った。くそお前、思い悩むホモの気持ちも知らないで。ホモでも何でも先輩の勝手だからと切り離したそいつが、自分に恋慕を抱いているとはよもや思わない顔だ。改めて思った。俺は、切り捨てられた部分だ。実の母でさえ別のものだからと認識出来るこいつに、一旦ひかれたホモ野郎なんかが太刀打ち出来る筈もないのだ。
「大丈夫だよ。臨時で出来たやつだから、距離も短いし。お化けも多分バイトの人ばかりだから、きっとそんなに怖くないよ」
――怖くない訳、あるか。
怖いよ、棚橋。こんなに俺に興味のないお前に、これ以上惚れちゃってどうすんの? 結果なんて見えてるよ。どうにもならないって分かってんだよ。
それなのに――俺は取り返しのつかない阿呆だ。どんな弊害があろうとも、お前と一緒に居たくて堪らない。結果お前と一緒にいるだけで、どんどん好きになって。何て最悪なループ。
ちょっと拗ねたら、すぐ宥めてくれるところも好きだ。テスト前に漫画読んでたら、ちゃんと怒ってくれる生真面目な性格も好き。日本人離れした、明るい色の柔らかい髪も。カラオケで歌うミスチルの曲、大抵サビで外しちゃうところも。優男な風貌で、意外とクールなところも。全部、全部好きだ。
「……本当に、怖くないんやな」
渋ったふりをして、了解の返答。棚橋は嬉しそうに笑って、顔を近づけて来る。
「うん、多分大丈夫だと思う。万一先輩が怖くなったら、俺を盾にしたらいいし」
今の一言で完全萎えた。超行きたくない。片恋中の男と、抱きついても手を繋いでもギリギリ許される系のデートなんて逆に空し過ぎるだろ。お化け屋敷自体も、苦手は苦手だし。
直前になってやっぱり厭だとわめいてみたが、結局聞いて貰えず。怖いのは最初だけだから、なんて訳のわからない説得で強引に押し切られてしまった。何が怖いのは最初だけだから、だ。最初が怖かったらもう、後は怖いものしか残ってねぇんだよ。馬鹿棚橋。死ね!
「死ねって言ってすみませんでした……」
狭いダイニングキッチンでえのきを洗いながら、ぼそりと呟く俺。自分で言うのもあれだけど、超不気味だ。でもこれだけは言っておく神様。死ねなんて嘘だから。本当にあいつを、殺して貰っちゃ困るんだ。俺みたいなノンケに邪心を抱く阿呆なら構わないけど、棚橋は人畜無害。棚橋の半分が優しさで出来ています。そんな彼だからこそ、殺すなんて滅相もない。寧ろ優しく包んであげてください。
(まぁ、俺が言うかって話やねんけどな……)
早くも三回生間近の斎藤潤也。若干二十一歳。俺は今、全力で棚橋という脅威を避けているところです。その避け方たるや全国ツアー前のボーカルがする風邪予防もかくやというくらいで、徹底に徹底を極めているのです。
俺が決めたルールは三つある。
まずは、会わないこと。実際会うと、絶対やばい。何かを誘われたら、大抵うんと言ってしまう。断わって残念がる顔よりも、了承して喜んでくれる顔の方が見たい――そんな下心が発動するのが視覚の脅威だ。だからまず、会わないこと。サークルなんてもっての外だ。
そして俺ルールその二は、なるべく一人にならないこと。いつでも誰かと用事がある体を装い、気軽に声の掛けられない雰囲気を常に保つこと。友達の少ない俺には、実はこれが一番難しかった。そんなにしょっちゅう、顔会わせるような関係を築けた相手もいないし。けれどこれは一番重要なルールだ。万一避けてることに気がついた棚橋が俺を待ち伏せしてようとも、誰か一人隣に居ればまだ、上手く回避できる可能性を秘めているからだ。でも正直、毎日なんて無理に決まってる。行き詰った俺は、此方に近づく棚橋を避けようと、赤の他人とハグしたこともあるくらいだ。わお久しぶり元気にしてた? 俺超元気! 露骨にお前誰って顔された。うん、俺も今更だけど思うよ。お前誰だったマジで。やたら鳩胸だったけどお前誰だった。
まぁ、美しくない思い出話はいいや。で、最後のルール。電話には必ず出ること。矛盾してるかもしれないが、これは、棚橋に俺が避けていると少しでも長く悟らせない為の秘策で、超重要なのだ。電話でのお誘いならまだ、断ることも出来る。若干強気になれるから。視覚がないって万歳。電話万歳ベル良くやった! ただこれには少し問題があった。いい加減断るネタも尽きてきたのだ。約束あるから、風邪引いたから、レポート追い込んでるから……さまざまな事例で回避を試みたが、正直あいつ俺を誘い過ぎ。一日何回電話掛けてくんの。嬉しいけど、正直しんどい。
前回風邪治りかけだから、安静にしてると言ってしまった俺。今日はもう流石に風邪ネタは使えないなと早速追い詰められ、結果出た言い訳は「えのきが腐るから」だ。阿呆かこれ。完全にただの阿呆だろ。今どき小学生でももっとまともな言い訳使うぞ。何えのきって。何でえのきの腐敗を危惧してんの。遊びに出かけたせいで腐るえのきってどういう状況?
しかし棚橋は動じなかった。そんな情けない断り文句だったにも関わらず、何かあっさりじゃあしょうがないねとか言いながら切りやがった。地味にショックだ。まぁ問い詰められるよりかは良いんだけど。
あともう一個問題があるとしたら、棚橋に会えないのが続いて、いい加減フラストレーションをぶっちぎりそうな俺だ。やばい、超寂しい。すげえ会いたい。何だよ、えのきを理由に断られて、あっさりひくなよ馬鹿棚橋死ね! 死ねって言ってすみませんでした! の、完全ループ。本当参る。
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そんなことを繰り返し考えながら、結局いつもの結論に至る訳だ。大して変わらない。それは認めよう。でも後者の方が、まだ希望がある――棚橋と、友達でいられる希望が。
(我ながら、女々しい男だな……)
情けない。そんな小さな希望に縋って、棚橋に厭な気持ちをさせている。直せばいいと思うのに、直らない。俺はどんな手を使ってでも、絶対に棚橋を失いたくない――だから、新しい恋人を作らなければならないのだ。
(かといって、二丁目とか、それっぽいバーに一人で行くのは……)
無理。試す前からそう思う。今までひた隠してきた性癖を、丸出しにしなければならないってことだろ。どんな顔で行ったらいいの。もうそんな初歩的なところからわからん。ヘイ! 俺ホモだぜ! 抱いて! みたいな? うわーないわ。だいぶない。そんなやつ居たら俺ならひく。許されるなら一発殴る。店のドアの取っ手を持つところからやり直せって思う。
……駄目だ。やっぱりそういう店に行くとか、いきなりハードルが高すぎる。もっと身近でお手軽な恋とかしてみたい。だいぶ無茶だな。無茶なのはわかってるんだけど。そんな身近にお手軽ホモがいたら、俺だってこんなに苦労してないし。あーあ、ゲイ専用の婚活パーティとかないかな。
えのきを片手にぐるぐるしていたら、電話が鳴った。わお、棚橋? だよな。そりゃそうだ。えのきが心配で遊べへんとか、どないやねん! の突っ込み電話だよな。しかし何という時間差。お前いつのまにそんな高度な突っ込みマスターしたんだ。
困るのに、どこかうきうきと携帯を掴む。我ながら超矛盾。電話はいいのだ。俺ルールで電話には出て良いことになってる。遊べない分、電話でめいっぱい棚橋といる時間を味わってやろう――そんな浮足立った気分は、着信元を確認するなり一気に冷めた。てゆうか萎えた。
何だこのタイミング。確かに身近でお手軽な恋がしたいと言った。それは認めよう。そんな風に新しい相手が出来たらって理想は、間違っていない、勿論。だけど。
『ねー……潤也、今何してんの?』
ちょっと前なら、聞き慣れた一番愛しい声。
だからって、このタイミングでお前とか。
「どないやねん!!」
八つ当たり任せに怒鳴ってやると、電話口の向こうでえ、何何? と暢気に慌てる哲の声が聞こえた。死ねばいいのに!
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