隠れゲイシリーズ

芹澤柚衣

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隠れゲイとカプチーノ

4.

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「先輩、ちょっとページ捲るの早い」
「……ちゅうか、お前いつから読んどおねん」
 部室で一人週刊少年漫画を読んでいたら、ナチュラルに背後から駄目出しされて一瞬びびる。振り返れば、予想通りの後輩だ。何故だか上から目線口調で――机に座っているせいかそれこそ文字通り上から目線で――此方の手元を覗きこんでいる。
「てゆうか、先輩基本長い科白飛ばして読むよね。こないだ探偵漫画の新刊回した後も、犯人て結局誰? あの眼鏡? とか普通に聞いてきてびっくりした。誰あの眼鏡って。こっちが聞きたいよ。まさかとは思うけど主人公のことじゃないよね」
「や、てゆうか俺のがびっくりしたわ。何自然に人の背後に立ってんのお前。ドラクエみたいな並びで、一冊の漫画を同時並行に読む必要性がどこにあんねん。読みたかったら、ゆえや。貸したるから」
「ううん、別にいい。視界に入ってちょっと気になっただけだから」
 棚橋はしらっとした顔で、フローズン何ちゃらと書かれた謎のパックを口に咥えながら超面倒臭そうに答えた。てめぇこの野郎。何だその物言いは。目下俺がハマり中の、某海賊漫画の作者様に謝れ。今コックとクルーの絆がすげえことになってんだぞ。
「先輩、テスト来週なのに結構余裕そうだね」
 無視して続きを読もうとした俺を、放っておいてくれない無遠慮な声。俺の海賊になりきる素敵タイムを、テストなんて単語で汚しやがって。棚橋じゃなかったら、ゴム的なガトリンクぶちかましてるところだったぞ。
「今更俺が、そんなもんに焦ったりするレベルと思うとるんか。舐められたもんやな」
「あれ? ほんとに余裕なんだね」
 意外そうに目をパチパチやりながら、聞いてくる顔は結構可愛かった。でも飲む? って聞きながら得体の知れないフローズン近づけてくんのやめろ。今何時だと思ってんだ。
「ちゅうか、もう諦めたんや。ほかってまえあんなもん。て、思ったので俺は今ある意味余裕な訳です」
「……そんなことだろうと思った。こないだ先輩超真顔で、あの先生日本語喋ってる? って言ってたから。あ、絶対テスト前に死ぬだろうなこの人って思ってたんだよね」
 俺にやるのを諦め、自分で残りをちゅるちゅる吸い始める棚橋。くそううざい。うざいぞイケメン。
「教えてあげるよ先輩。教科書出して」
「え、マジで。お前も同じのとってたんか。ちゅうかあの授業理解出来るとか、お前すげーな」
「……一応先生の言ってること、日本語って思ってるからね」
 呆れたように笑う大先生の気が変わらぬうちにと、俺は手早く漫画を伏せる。教科書を取り出しながら、筆箱をひっくり返した。ちらっと棚橋を見れば、俺に付き合い鞄を漁っている。
 今日、件の授業はなかったのに。最初から俺に教えるつもりで、教科書を持ってきてくれたんだと思ったら……何か変な気持ちになった。
 ――正直。
「とりあえずさ。どの辺りがよく分かんないの?」
 正直俺は、今もの凄く戸惑っているのです。
「全体的なものが……」
「何それ」
 眉間に皺を寄せながら、厭そうに棚橋が聞き返してきた。
「分からないとこはここですとかはっきりゆえる程度に理解しとったら、テスト前に投げ出す程絶望などしないのだよ棚橋君」
「言っとくけど俺、分かんないところが分かんない系の言い分は認めないからね。矛盾してるじゃん、それ。分かんない訳ないでしょ? 現に今わかんないんだから」
「……あれ、ちょお待て。何か、よぉ分からんくなってきた」
「だから、分かんないとこくらい、分かって貰わなきゃ困るよ。それくらいは真面目に向き合って、先輩」
「……ん? うん」
 棚橋はそう言うが、分からないことだらけのやつは、分からないところが分からないくらいの矛盾は持ち合わせているもんだと思う。
「まずね、すぐ全部理解しようとしないこと。先輩って結構せっかちで面倒臭がりだから、何でも真っ先に全体像を掴もうとするけど……とりあえず今はそれやめてね」
 ――まず一つ。棚橋がわからない。
 あの日コールドドリンクを互いに一気飲みしながら分かり合い、その後のカラオケで完璧に仲直りした。疑うべくもない。それは良いんだ。俺的に超万々歳。今ならキロロのベスト的なフレンドだって、超余裕で歌える自信ある。あ、でもキーは下げて貰わないと困るけど。じゃなくて。キーの話じゃなくて。
(あれ以来、妙に懐かれてるんだよな)
「……で、ここ注意ね。基本教科書の要点抑えておいたら大丈夫だと思うけど、このカテゴリーだけは駄目。教科書と教授の解釈が違うから」
 妙に、という言い方が正しいと思う。月火水木金土日。今週で挙げるなら、月火水と会った。月曜日はゲーセン、火曜日はカラオケ、水曜日はボーリング。で、木曜の昨日が唯一何もなくて、今日は仲良くお勉強。
 この展開はどう読んだら良いのでしょうか。ギャルゲーなら間違いなくフラグ成立だけど。主人公の俺男、相手は男でそれもノンケ。これじゃあ立つフラグもないだろう。もしかして、あれか。可哀想とか思われてんのか。先輩、ホモで超可哀想。しかも最近振られて超可哀想。うわ駄目だ、この仮説泣きそう。
「集中して、先輩」
「いたたた、やめろ阿呆! 丁度虫歯がある辺りの頬を突くな!」
 機嫌の悪い声で怒られて、同時に痛みが走る左頬。涙目で撫でながら棚橋を睨むと、屈託のない顔で笑われた。超可愛い。
 馬鹿だ俺。今更最低なことを疑った。棚橋は同情で遊びに誘うとか、そんな安い優越感に浸ろうとする男なんかじゃない。
「てゆうか先輩。微妙な色のカラーペンしか持ってないんだね」
「人の趣味にケチつけんな。きらきら光って綺麗やんか」
「今更そんな、一昔前の中学生が持ってそうなペンを自慢げに集められても……」
「うっさい! ペンくらい俺の好きなもん使うてええやろ!」
「いいけど。こういう素材は教科書みたいな紙質超弾くからね……仕方ないから、こっちにまとめ直そう」
 綺麗な指が、ノートを開く。見蕩れるように眺めて、我返った。
(……あかん)
 妙に好かれてる現状に、妙に浮かれてる俺がいる。かろうじてこのイケメンに、欲情しないのがぎりぎり救いだけど。どきどきはする。またノンケにときめいてどうすんの俺。死にたい。
 失恋直後ってやばいな。見境ないったらありゃしねぇ。ギアが恋愛の位置にハマったまんまだから、そこそこ良いやつには簡単にときめいてしまうらしい。でも安心しろ、棚橋。俺はお前を巻き込んで、ゴタゴタするつもりはない。友情を愛情に変えてしまえば、元の友情は二度と手に入らないだろう。俺はお前をそんな風にして、失うつもりは毛頭ないんだ。思い出せ俺。つい最近のことじゃないか。こんな短期間で身近な後輩で二の舞を踏むとか、さすがに浅はか過ぎるってもんだ。
「……先輩。いい加減怒っていい?」
「大丈夫や、棚橋。俺はお前に二番目の舞を演じさせるつもりは毛頭ない」
「あのさ先輩。お願いだから、俺とちゃんと会話してよ」
 どうせこいつで食あたりになるのなら、友情がいい。恋愛なんて生クリームと一緒だ。一回大量に食っちまえば、きっともう一生食いたいとも思わないだろ。まぁそれ以前に、こいつはノンケなんだけど。
「泡だて器(俺)と砂糖(甘い気持ち)があっても、肝心のクリームがないんなら成立せえへんもんな……」
「先輩ってさ、教授以上に日本語喋れてない自覚ないよね」
 呆れた後輩は、遠慮がちにポコンと俺の頭を叩いてきた。集中して。もう一回注意される。えへへ、何か良いなこの友情な感じ。
 とりあえず、危惧したより哲のことを思い出さないで済んでいる現状をありがたく思った。そしてちょっと、切なくも思った。自分的には、結構真剣に恋愛してる気だったけど。身近なイケメンの前に、こんな簡単に色褪せるもんなのか。くだらねぇ人間だな、俺も。
 伏せ目で教科書の文字を辿る棚橋を盗み見ながら、泣きたい気持ちを少しだけ堪えた。
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