近未来怪異譚

洞仁カナル

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社会的不公正

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 晴れた青空の下、僕達は歩いた。


 雲がそこそこ早く動くくらいには風が強く、爽やかな空気が肌を撫でて心地いい。


 僕の前を歩くのは、道案内役のわっくんと、遊馬君だ。


 そのすぐ後ろに僕と奨君、そして一人の女性がついていく。


 これからわっくんの家族に話を聞きに行くところだ。



 森から帰った後、僕は遊馬君に連絡を入れた。


 遊馬君はできるだけ早く被害者に話を聞きたいからと、まずわっくんと話をさせてほしいと言った。


 依頼を受けた僕は、翌日早速わっくんに事情を説明したが、わっくんは陰陽師について半信半疑でなかなか了承してくれなかった。


 まあ確かに急に陰陽師を紹介すると言われたら警戒するのは当たり前だ。


 得体の知れない人物に自分の大事な家族を任せろと言うのも無理がある。


 でも、僕達だってわっくんのお姉さんを助けたいと思って提案したことだし、疑われたまま引き下がるわけにはいかない。



「とりあえず話してみるだけでいいから」と僕と奨君で 懇願こんがんしたら、わっくんは渋々頷いた。


 そしてその日の帰りに遊馬君と会った。


 わっくんも遊馬君の人当たりの良さに安心したのか、あっという間に家族に会う約束までしてしまっていた。



「わっくん、僕達が提案した時と全然態度違くない?」と奨君は唇を尖らせていた。


 僕も同意した。


 だが僕がわっくんの立場でも同じような態度を取るだろうなと思い、奨君も同じ気持ちのようで、それ以上は何も言わなかった。


 そしてこれから、わっくんの親御さんおよび被害者であるお姉さんから事情を聞くのである。


 僕達がついていく必要はなかったと思うが、わっくんに「付いていてほしい」とお願いされたので付き添った。


 僕達もこの事件の決着を見届けたいという気持ちがあったので、わっくんからのお願いは好都合だった。



 待ち合わせ場所であるコンビニ前にいたのは遊馬君と、今まで会ったことのない背の高い女性だった。



「たぶんお姉さんは僕より女の人の方が話しやすいと思うから一緒に来てもらった。信頼のおける存在だから安心して任せてほしい」



 そう言って遊馬君は女性を紹介してくれた。


 僕と奨君は驚いたが、わっくんはあらかじめ聞いていたようで、まったく驚かなかった。



 珱華おうかと申します」



 名乗ると女性は頭をペコリと下げ、微笑んだ。


 少し茶色がかった綺麗な黒髪は背中にかかるほど長く、すらりと長い手足は驚くほど白かった。


 薄桃色のワンピースが風になびくたびに良いにおいがする。


 桜の木のような人だなと僕は思った。


 そして僕達五人はわっくんの家に向かった。


 わっくんは遊馬君を信用しているようで、遊馬君にべったりくっついている。


 不安などを吐き出して、遊馬君に励ましてもらっているようだ。


 遊馬くんは時折わっくんの背中を優しく励ますようにポンポンしている。


 人見知りの僕は、隣を歩く珱華さんと何を話すべきか頭をフル回転させて考えた。


 しかし頭は空回りするばかりで何もいい話題は思いつかなかった。


 自分の社交力の低さを痛感していると、珱華さんの方から話を振ってくれた。



「お二人のお話は龍治様から聞いております。わたしの主人もお二人に会うのを楽しみにしておりますよ」



 今日の空のように透き通った綺麗な声だ。


 ずっと聞いていたくなるくらい心地良い響きがある。



「主人?」



 珱華さんの声にうっとりと聞き惚れている僕を無視して奨君が尋ねた。



「説明がまだでしたね。わたしは式神です」



 そう言って珱華さんは笑顔を見せた。


 僕と奨君は失礼にも珱華さんをジロジロ見てしまった。


 麗璃さんもだが、式神は人間と見分けがつかない。


 案外式神や妖怪が人の中に紛れ込んでいる可能性もあるのだな。


 十分ほど歩くとわっくんは住宅街のあたりを指差した。


「あの辺りだよ」


 そういえば僕はわっくんの家に来るのは初めてだ。


 どんな家なんだろう。



「ここだよ」



 わっくんがそう言って指差した建物を見て、僕と奨君は言葉を失った。


 遊馬君も目を見開いていた。


 薄い灰色の巨大な壁には磨かれた窓がはめ込まれており、その傍らにはカーポート、そして高そうに光る車。


 いわゆる大豪邸というやつではないか。


 家というよりは施設に近いのではないかというくらい大きな家だった。


 開いた口が塞がらず、目だけを動かして周囲を見渡した。


 珱華さんと目が合い、間抜けな顔を晒してしまったことを恥ずかしく思った。


 わっくんの家も翔生君に負けない大金持ちのようだ。


 わっくんは重厚で頑丈そうな黒いドアを開けて、僕達に入るよう促した。


 僕の住むアパートの部屋より広い玄関に通される。


 すぐに大きな猫を抱いたわっくんのお母さんが出迎えてくれた。


 わっくんのお母さんは笑顔で出迎えてくれたが、遊馬君を見て少し怪訝そうな顔をした。


 陰陽師と聞いていた人間が予想以上に若くて、少し見下しているのではないか。


 僕の中に不快感が生じる。


「この人すごいですよ!」と反論したくなったが、ぐっと堪えた。


 お母さんは僕と奨君を見て不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。


 僕の不快感はさらに大きくなる。


 僕達は関係者としてカウントされなかったらしい。



「和久、お姉ちゃんが大変なんだからあんまり人を呼ばないで」



 わっくんに小声で話しているのが聞こえた。


 僕は居心地が悪くなり奨君を見たが、奨君は全然気にしていないようだ。


 わっくんは「二人が紹介してくれたんだよ! 関係なくないよ!」と反抗した。


 それでもお母さんは不服そうな顔をしていた。


 僕達はLDKに通された。


 天井は高く、壁一面が窓になっていてかなり明るく、開放的な空間だった。


 猫がお母さんの腕を離れて走り回り、キャットタワーによじ登る。


 これがわっくんの家の日常風景なのか。


 お母さんはダイニングテーブルに遊馬君と珱華さんを促し、わっくんに「あなた達はそこで遊んでいなさい」とソファを指さした。


 仕方なく僕達はソファに腰を下ろし、テレビを観ることにした。


 お母さんが遊馬君と珱華さんに現状を説明していた。


 僕は話に耳を傾けていたが、わっくんから聞いていた話と変わらなかったためがっかりした。


 新情報は無しか。


 しばらくしてお母さんと珱華さんが席を立った。


 どうやらお姉さんのところに話を聞きに行くようだ。


 状況が動いたことに少し興奮し、僕は珱華さんの背中を見送った。


 お母さんだけが戻ってきて椅子に座る。


 遊馬君に向き直り、お母さんは睨むように見つめる。



「……あなた、本当に解決できるんですか?」



 お母さんが遊馬君にきつい口調で言った。


 まるで子どもを自分勝手に叱るような、もしくは店員に理不尽な要求をするようなヒステリックめいた口調だった。


「本当は報酬金が欲しいだけで、何もしないんじゃないの? 適当な事を言って無理やり解決させようとしているんじゃないの?」



 その失礼な発言を聞き、僕は否定しようと立ち上がったが、それより先に奨君が口を挟んだ。



「おばさん! 僕と煌君はこの人に命を救われたんだよ!」



 珍しく声を荒らげている奨君に、僕とわっくんは呆気に取られた。


 わっくんのお母さんも、大人しそうな奨君が怒っているので驚いたようだ。



「信じてないかもしれないけど、この人すごいからね! 子どもだからって馬鹿にしない方が良いよ!」


「僕のお父さんを助けてくれたのも遊馬君なんです!」


 僕も援護する。


 お母さんは顔を赤くして反論をしようとしたが、部が悪いと思ったのかそれ以上は何も言わなかった。


 僕達の言葉を受け、遊馬君は照れくさそうに顔を伏せた。


 重たい沈黙が場を支配する。



「すみません、水を一杯もらえますか?」



 遊馬君がわっくんのお母さんに言った。



 お母さんは急な依頼に気を悪くしたようで、何も言わずに立ち上がり、コップに水を汲んで乱暴に遊馬君の前に置いた。



「ありがとうございます。右手、火傷ですよね? 見せてもらえますか?」



 お母さんは面食らった顔をしていた。


 何を言っているんだと非難するような表情だが、言い返さないのは遊馬君の言うことが合っているからだろう。


 不審な顔をして右手の甲を遊馬君に見せた。


 遊馬君はお母さんの手の甲を見ると、少し険しい顔をした。


 遊馬君を取り巻く空気がピリピリと逆立つ。


 その空気の変化を感じ、僕達は背筋を伸ばした。


 今から何を始めるのだろうか。


 皆の視線が遊馬君に集まる。



「猿沢の池に大蛇がすんで……」



 遊馬君が何か呟いた。


 どうやら呪文を唱えているようだ。


 唱え終わるとお母さんの右手にコップの水をかけて、三回息を吹きかけた。


 みるみるうちにお母さんの表情が変わった。


 驚愕しているのか、目を見開き口を半開きにして硬直していた。


 その表情の変化から、僕達は遊馬君が火傷を治してしまったのだと察した。



「……先ほどは失礼いたしました」



 陰陽師の実力を実際に体験した以上、信じないわけにはいかない。


 お母さんは消え入りそうなか細い声で遊馬君にお詫びを言った。


 しばらくして、何も知らない珱華さんが戻ってきた。


 この空気を察したのか、首を傾げながら椅子に座る。



「話を聞いて来ました。精神的に深い傷を負っているようです。今はわたしの療養術で落ち着いていますが、心の方を非常に病んでいます」



 哀れむような表情で珱華さんが伝える。



「お母様にはお辛いことかと思いますが申し上げます。性的暴行含む暴力を受け続けているようです」



 よく分からない言葉が出てきたが、お姉さんが酷い目にあっているのは間違いない。


 お母さんは糸が切れたように泣き崩れた。


 嗚咽が部屋に響く。



「今から警察に行くわ」



 涙を流しながらお母さんは立ち上がる。



「しかし肉体に傷はありません」


「どういうこと!?」


「生身の人間の仕業ではありません」



 珱華さんの発する言葉が威力を持っているように、お母さんは一言一言にダメージを受けている。



「じゃあどうすればいいの? 証拠がなければ警察に行っても相手にしてもらえないじゃない!」



 取り乱すお母さんに遊馬君は力強い声で言う。



「娘さんを苦しめている原因を突き止め、これ以上被害に遭わないように対処します」



 真っ直ぐにお母さんを見据えて続ける。



「ただ、俺達ができることはそこまでです。兄がよく言うのですが、既に負った傷を治すには、とても時間がかかります。家族の協力も必要になります。そこを忘れないでください」


 お母さんは顔を両手で覆い頷いた。


「明日また来ます。これ以上被害を受けないように娘さんの部屋に結界を張らせてください」



 遊馬君が立ち上がると、お母さんが叫んだ。



「娘を見捨てないで!」



 お母さんは遊馬君に縋りついた。



「絶対に見捨てません。準備が必要なので明日まで待って下さい」


「今日解決して!」



 お母さんの無茶な要望に遊馬君は溜息を吐き、頷いた。



「もう時間がないのですぐに準備に取り掛かります。今日の夜にまた来るので一旦帰らせて下さい」
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