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社会的不公正
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「わっくんの話、どうしようか」
僕は隣を歩く奨君に行った。
学校から帰るところだった。
朝、僕達はわっくんに悩みを打ち明けられたが、話を聞き終わったところで担任の先生が来たために大したアドバイスもできずに「ちょっと解決法を考える」とだけ伝えて離れてしまった。
「僕達にはどうしようもないよ。精神科医とかに頼むしかないんじゃない?」
奨君が無表情に言う。
自分の無力さを悔いているのを悟られないように必死に隠しているのを僕は知っている。
奨君の言っていることが正しいのはわかるが、僕は食い下がった。
「でも既にお医者さんに診てもらってるらしいじゃん。それでも解決しないんだから、今のまま難しいんじゃないかな」
なんとか力になってあげたいが、かと言って何かできることもなく、もどかしさだけが胸に残った。
わっくんには高校生のお姉さんがいる。
そのお姉さんの様子が最近おかしいらしい。
「無口で部屋に閉じこもりがちになっちゃったんだ。もともと友達とかは多い方ではなかったみたいだけど、学校も休みがちになって。お父さんとお母さんが心配して何があったか聞き出そうとするんだけど、何も言わないし、とにかく塞いでる感じで」
それで、とわっくんは言葉を濁した。
言いづらいことのようで、歯切れ悪く言葉にならない何かを呟いていた。
僕達が聞き取れないのを察したのか、少し黙り、意を決して話し始めた。
「何日か前に、自殺未遂をしたんだ」
「え!?」
僕達は衝撃で言葉が出なくなってしまった。
部屋で首を吊ろうとしたところ、紐が切れて落下し、音を聞いたお母さんが慌てて駆けつけたということらしい。
「前にお姉ちゃんの服の袖の隙間から、翔生君と同じデバイスが見えたんだ。だから、煌君も奨君ももしあのデバイスについて知っていたら教えて欲しいんだ」
「ごめん。僕達も皆が知っている事と同じ事しか分からないんだ」
わっくんは僕の言葉を聞き、しょんぼりと肩を落とした。
「お姉ちゃんが死ぬなんて、僕嫌だよ。どうしたらいい?」
わっくんからの問いに僕達は答えることができなかった。
大人でも対処できないことなのに、子どもの僕達が解決できるわけないじゃないか。
そう自分に言い聞かせて己の無力さを正当化した。
「わっくんのお姉さん、大丈夫かなあ……」
僕はぽつりと呟いた。
校門を抜け、歩道を歩く。
前に教祖だというおじさんが路上販売をやっていた場所を僕達はのろのろと通り過ぎた。
わっくんのお姉さんの話を思い出す。
翔生君と同じデバイスを付けているということは、わっくんのお姉さんも幽体離脱をしているのだろうか。
幽体離脱……幽体……。
「……幽体って幽霊みたいなものかな」
僕は奨君に聞いた。
「まあ、魂が抜け出てるしね」
奨君がこともなげに返事をする。
「じゃあ、陰陽師の領分?」
僕がそう言うと、奨君は合点がいったというような表情を見せた。
「頼んでみようか」
話がまとまり、少し気が楽になった。
今までだって助けてくれたんだ。
きっと今回も解決してくれるに違いない。
僕はスマートホンでメッセージアプリを開いた。
「あれ? あのおじさん……」
奨君の指差す先には、一人の初老の男性がいた。
光沢のあるボルドーのスーツに長い白髪、曇った眼鏡。
あれは間違いない。
「 積乱雲大迷惑皇帝!」
「 乱雲ダイタロス 光聖」
奨君は冷静のぼくの間違いを訂正した。
「奨君はよくそんな長い名前覚えてるね。どこに行くのかな?」
乱雲ダイタロス光聖はスマートホンを口元に寄せ、大声で喚いている。
十メートルほど離れたこちらにもはっきりと聞こえてくるくらい大きな声だ。
内容から察するに、タクシーの予約が取れなかったようだ。
みっともなく悪態を吐いていおり、周囲の人達からは不審な目で見られていた。
「ちょっと追っかけてみよう」
奨君は悪戯っぽい笑みを浮かべていった。
僕は気が乗らなかったが、奨君は乱雲ダイタロス光聖の行く末が気になるらしく、視線はガッチリと教祖を捉えていた。
肩を怒らせながら歩くダイタロス光聖の向かった先は駅だった。
「電車に乗るみたいだよ。どうする?」
僕は奨君に尋ねた。
しかし僕が声をかけた時には奨君はすでに僕の横を通り過ぎて改札を 潜っていた。
生体認証で改札をパスし、僕達も電車に乗り込んだ。
二両目の後方、前方に座ったダイタロス光聖が見えるギリギリの位置に陣取った。
彼はこれからどこへ向かうのだろう?
教祖は普段何をしているのだろう?
二十分程度電車に揺られ、ダイタロス光聖が降りた駅で僕達も降りた。
改札を潜り、しばらく歩く。
ダイタロス光聖は怒りが沈んだのか、機嫌が良さそうに優雅に歩を進めた。
そんな足取りでたどり着いたのは、予想外の場所だった。
「奨君、ここって……」
強固な塀で覆われた厳かな建物、時が止まったような独特の静けさ。
杜ノ都刑務所だ。
最近改修工事を終えたようで、いやに新しい。
「なんで刑務所なんかに?」
奨君が呟く。
屈強な塀、門に刻まれた『刑務所』の文字、駐車場に停まっている数台の車。
ここに大罪を犯した人達がたくさんいるのかと思うと、恐怖で全身の毛が逆立った。
今ここではたくさんの人が罪を償っている。
その償いと同じくらい、犯罪被害者の苦しみや悲しみがあるのだ。
僕と奨君は初めて見る刑務所に変に興奮してしまい、ダイタロス光聖の姿を見失ってしまった。
「なんの用事があるんだろうね」
奨君は緊張しているようで、声が上擦っていた。
「帰ろうか」
踵を返したすぐ後ろに人が立っていて、危うくぶつかりそうになった。
僕の視界を塞いだのは暗い紫、ワインのような色──ボルドーだった。
「そんなに私に興味があるかい?」
僕達は神経が昂っていたせいか、「ひあああ!」という奇妙な叫び声を上げてしまった。
追跡していたのがバレていたらしい。
怒られるかと思ったが、ダイタロス光聖は機嫌が良いようでホッホと笑った。
「私はいわゆる宗教家でね。ここで 教誨師をしているんだ」
「教誨師?」
「受刑者が更生できるように教え導くことをしている。まあ私が請け負っているのは特別な受刑者だがね」
ところで、とダイタロス光聖は続けた。
「君達のお母さんは、何か悩み事などを抱えていないかい? 抱えていたらこの私が相談に乗ってあげるが」
急に何を言い出すのかと不審に思ったが、宗教家であればこうやって信者を増やしていく必要があるのだろうと納得した。
うちのお母さんは金銭関係では慢性的に悩んでいるようだが、そんな事をこのおじさんに知られたくない。
そもそもお母さんとこのおじさんを会わせたくない。
「ないです」
「僕の家もないです」
僕に続いて奨君が答える。
「そうか、では何かあったら相談するようにお母さん達に言いなさい」
そう言ってダイタロス光聖は、お母さんに渡すようにと名刺を僕達に押し付けて「ホッホ」と笑いながら刑務所の方へ消えていった。
僕は隣を歩く奨君に行った。
学校から帰るところだった。
朝、僕達はわっくんに悩みを打ち明けられたが、話を聞き終わったところで担任の先生が来たために大したアドバイスもできずに「ちょっと解決法を考える」とだけ伝えて離れてしまった。
「僕達にはどうしようもないよ。精神科医とかに頼むしかないんじゃない?」
奨君が無表情に言う。
自分の無力さを悔いているのを悟られないように必死に隠しているのを僕は知っている。
奨君の言っていることが正しいのはわかるが、僕は食い下がった。
「でも既にお医者さんに診てもらってるらしいじゃん。それでも解決しないんだから、今のまま難しいんじゃないかな」
なんとか力になってあげたいが、かと言って何かできることもなく、もどかしさだけが胸に残った。
わっくんには高校生のお姉さんがいる。
そのお姉さんの様子が最近おかしいらしい。
「無口で部屋に閉じこもりがちになっちゃったんだ。もともと友達とかは多い方ではなかったみたいだけど、学校も休みがちになって。お父さんとお母さんが心配して何があったか聞き出そうとするんだけど、何も言わないし、とにかく塞いでる感じで」
それで、とわっくんは言葉を濁した。
言いづらいことのようで、歯切れ悪く言葉にならない何かを呟いていた。
僕達が聞き取れないのを察したのか、少し黙り、意を決して話し始めた。
「何日か前に、自殺未遂をしたんだ」
「え!?」
僕達は衝撃で言葉が出なくなってしまった。
部屋で首を吊ろうとしたところ、紐が切れて落下し、音を聞いたお母さんが慌てて駆けつけたということらしい。
「前にお姉ちゃんの服の袖の隙間から、翔生君と同じデバイスが見えたんだ。だから、煌君も奨君ももしあのデバイスについて知っていたら教えて欲しいんだ」
「ごめん。僕達も皆が知っている事と同じ事しか分からないんだ」
わっくんは僕の言葉を聞き、しょんぼりと肩を落とした。
「お姉ちゃんが死ぬなんて、僕嫌だよ。どうしたらいい?」
わっくんからの問いに僕達は答えることができなかった。
大人でも対処できないことなのに、子どもの僕達が解決できるわけないじゃないか。
そう自分に言い聞かせて己の無力さを正当化した。
「わっくんのお姉さん、大丈夫かなあ……」
僕はぽつりと呟いた。
校門を抜け、歩道を歩く。
前に教祖だというおじさんが路上販売をやっていた場所を僕達はのろのろと通り過ぎた。
わっくんのお姉さんの話を思い出す。
翔生君と同じデバイスを付けているということは、わっくんのお姉さんも幽体離脱をしているのだろうか。
幽体離脱……幽体……。
「……幽体って幽霊みたいなものかな」
僕は奨君に聞いた。
「まあ、魂が抜け出てるしね」
奨君がこともなげに返事をする。
「じゃあ、陰陽師の領分?」
僕がそう言うと、奨君は合点がいったというような表情を見せた。
「頼んでみようか」
話がまとまり、少し気が楽になった。
今までだって助けてくれたんだ。
きっと今回も解決してくれるに違いない。
僕はスマートホンでメッセージアプリを開いた。
「あれ? あのおじさん……」
奨君の指差す先には、一人の初老の男性がいた。
光沢のあるボルドーのスーツに長い白髪、曇った眼鏡。
あれは間違いない。
「 積乱雲大迷惑皇帝!」
「 乱雲ダイタロス 光聖」
奨君は冷静のぼくの間違いを訂正した。
「奨君はよくそんな長い名前覚えてるね。どこに行くのかな?」
乱雲ダイタロス光聖はスマートホンを口元に寄せ、大声で喚いている。
十メートルほど離れたこちらにもはっきりと聞こえてくるくらい大きな声だ。
内容から察するに、タクシーの予約が取れなかったようだ。
みっともなく悪態を吐いていおり、周囲の人達からは不審な目で見られていた。
「ちょっと追っかけてみよう」
奨君は悪戯っぽい笑みを浮かべていった。
僕は気が乗らなかったが、奨君は乱雲ダイタロス光聖の行く末が気になるらしく、視線はガッチリと教祖を捉えていた。
肩を怒らせながら歩くダイタロス光聖の向かった先は駅だった。
「電車に乗るみたいだよ。どうする?」
僕は奨君に尋ねた。
しかし僕が声をかけた時には奨君はすでに僕の横を通り過ぎて改札を 潜っていた。
生体認証で改札をパスし、僕達も電車に乗り込んだ。
二両目の後方、前方に座ったダイタロス光聖が見えるギリギリの位置に陣取った。
彼はこれからどこへ向かうのだろう?
教祖は普段何をしているのだろう?
二十分程度電車に揺られ、ダイタロス光聖が降りた駅で僕達も降りた。
改札を潜り、しばらく歩く。
ダイタロス光聖は怒りが沈んだのか、機嫌が良さそうに優雅に歩を進めた。
そんな足取りでたどり着いたのは、予想外の場所だった。
「奨君、ここって……」
強固な塀で覆われた厳かな建物、時が止まったような独特の静けさ。
杜ノ都刑務所だ。
最近改修工事を終えたようで、いやに新しい。
「なんで刑務所なんかに?」
奨君が呟く。
屈強な塀、門に刻まれた『刑務所』の文字、駐車場に停まっている数台の車。
ここに大罪を犯した人達がたくさんいるのかと思うと、恐怖で全身の毛が逆立った。
今ここではたくさんの人が罪を償っている。
その償いと同じくらい、犯罪被害者の苦しみや悲しみがあるのだ。
僕と奨君は初めて見る刑務所に変に興奮してしまい、ダイタロス光聖の姿を見失ってしまった。
「なんの用事があるんだろうね」
奨君は緊張しているようで、声が上擦っていた。
「帰ろうか」
踵を返したすぐ後ろに人が立っていて、危うくぶつかりそうになった。
僕の視界を塞いだのは暗い紫、ワインのような色──ボルドーだった。
「そんなに私に興味があるかい?」
僕達は神経が昂っていたせいか、「ひあああ!」という奇妙な叫び声を上げてしまった。
追跡していたのがバレていたらしい。
怒られるかと思ったが、ダイタロス光聖は機嫌が良いようでホッホと笑った。
「私はいわゆる宗教家でね。ここで 教誨師をしているんだ」
「教誨師?」
「受刑者が更生できるように教え導くことをしている。まあ私が請け負っているのは特別な受刑者だがね」
ところで、とダイタロス光聖は続けた。
「君達のお母さんは、何か悩み事などを抱えていないかい? 抱えていたらこの私が相談に乗ってあげるが」
急に何を言い出すのかと不審に思ったが、宗教家であればこうやって信者を増やしていく必要があるのだろうと納得した。
うちのお母さんは金銭関係では慢性的に悩んでいるようだが、そんな事をこのおじさんに知られたくない。
そもそもお母さんとこのおじさんを会わせたくない。
「ないです」
「僕の家もないです」
僕に続いて奨君が答える。
「そうか、では何かあったら相談するようにお母さん達に言いなさい」
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