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社会的不公正
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僕は宿題を適当に終わらせ、テレビにかじりついた。
動画サイトで情報収集に躍起になっていたのだ。
お母さんはまだ仕事から帰ってきていないが、まもなく帰ってくる。
玄関に足音が近づいてきていないか注意しながら動画を見た。
以前僕が夜中に家を抜け出してから、お母さんは夜勤をやめた。
だから前ほど自由な時間は減ったが、お母さんが家にいる時間が増えたのは素直に嬉しかった。
しかし今お母さんに帰って来られるのは困る。
動画の内容を踏まえると、お母さんに知られるのは避けたい。
タブレットで見られればいいのだが、学校から貸し出されているタブレットは閲覧制限がついていて見られない。
だから家のテレビで見るしかないのだ。
検索ワードは『村ノ戸連続殺人事件 解説』。
僕は例の事件について調べるために片っ端から解説動画を見ていった。
お母さんはこの事件の詳細を調べようとすると「やめておきなさい」と言ったが、その理由が動画を見てようやく分かった。
『少年三人は、同級生の男女を順番に 嬲った。男子生徒が止めるよう叫ぶたびに笑いながら女子生徒の顔を殴った』
『赤ん坊を連れた男性を誘拐して森の中に連れ出し、木に男性を縛りつけ、赤ん坊を男性の目の前でいたぶり始めた』
『ゲームセンターですれ違った男性に、「財布を盗んだだろう!」といちゃもんをつけて、人通りのない夜の公園に連れ出し、五時間にもわたり暴行を加えた』
『命乞いをする女の子に「お前不細工だな、泣き顔マジウケる」と言いながら、鉄の棒で殴り続けた』
動画配信者が淡々と語る内容に僕は吐き気を覚えた。
被害者は八人。
高校生の同級生カップル、親子、すれ違っただけの男性二人、ナンパしたが断られて無理やり連れだした女性、アルバイト帰りの女の子……目に付いた人間を手あたり次第暴行して殺していったようだ。
あまりにも残酷で凄惨な事件に、気分が悪くなった。
僕は吐き気を抑え、定期的に動画を停止しながら、時には別の動画に変えながらこの事件の全体像を掴んだ。
胃に鉛を落とされたように気が重くなり、胸が苦しい。
何度も「もう見てはいけない」と思う一方で、「目を背けてはいけない」という義務感が湧いた。
もしくは怖いもの見たさだろうか、とにかく見ずにはいられなかった。
僕は次々に新しい情報を欲していた。
『少年三人の暴行はどんどんエスカレートしていき、被害者の顔が……』
「煌! あんた何を見てるの!」
動画に夢中になりすぎて、お母さんが帰ってきたことに気づかなかった。
僕が驚いて固まっていると、お母さんは慌ててチャンネルを変えた。
僕は怒られると思い萎れたが、お母さんは慌てて怒鳴ってしまっただけらしく、すぐに落ち着きを取り戻し、「大丈夫? ショックだったでしょ? もう見ちゃだめよ」と言った。
そして買ってきてくれたアイスを僕にくれた。
僕は気を紛らわそうと無我夢中になってアイスに齧り付いたが、表面のコーティングチョコレートも中のバニラアイスも僕の気持ちを変えてはくれなかった。
身体の芯が冷やされるような恐怖に怯え、僕はその夜眠ることができなかった。
僕が住んでいるのは 杜ノ都市、その隣の県にある村ノ戸市。
加害者や被害者がすぐそばにいたかもしれない。
自分がもし被害者になっていたら。
もしお母さんやお父さん、奨君やスルガが被害者になったら。
被害者が実際に受けた暴行を自分が受けたら。
誰かに助けを求めることもできずに、絶えず耐えられないような痛みを笑いながら与えられたら。
事件の詳細は僕に根深い恐怖を与えたらしく、一睡もできずに布団の中で丸くなっていた僕は、太陽の光が差し込んできてようやく少し恐怖が解けた。
翌日寝不足の頭で登校すると、教室に着くや否や、翔生君が興奮した顔で話しかけてきた。
「煌! 聞いてくれよ! 幽体離脱できたんだ!」
徒競走で一位になったような興奮状態の翔生君の声が頭に響き、僕は辟易しながら教科書や筆箱を机にしまった。
「できたの? どうだった?」
ぼんやりした頭で聞くと、翔生君は待ってましたというような顔で喜んだ。
「それがよォ、もう最高!」
僕の肩をバンバン叩きながら続けた。
力の加減というものを知らないようで、痣ができるんじゃないかと思うくらい痛い。
「気づくと自分が寝ている枕元に立って自分の身体を見下ろしてたんだ」
翔生君は身振り手振りを交えて話した。
朝から元気だなと年寄りじみた事を思ってしまう。
「自分の体をしばらく見ているうちに、ようやく幽体離脱したって理解したんだ。そして慌てて窓を開けて外に出たんだ」
「壁とか通り抜けられないの?」
「馴れるとできるようになるらしいけど、初めてだからそこまではできなかった」
「そうなんだ」
「なんか体が軽くてさ、窓から飛び降りてみたら、そこからはもう最高! 空を駆け巡る解放感といったらないね!」
「よかったね」
「お前も買うといいよ!」
ランナーズ・ハイならぬ幽体離脱・ハイ状態の翔生君は、僕に一通り話した後、別のクラスメイトへ話しに行った。
動画サイトで情報収集に躍起になっていたのだ。
お母さんはまだ仕事から帰ってきていないが、まもなく帰ってくる。
玄関に足音が近づいてきていないか注意しながら動画を見た。
以前僕が夜中に家を抜け出してから、お母さんは夜勤をやめた。
だから前ほど自由な時間は減ったが、お母さんが家にいる時間が増えたのは素直に嬉しかった。
しかし今お母さんに帰って来られるのは困る。
動画の内容を踏まえると、お母さんに知られるのは避けたい。
タブレットで見られればいいのだが、学校から貸し出されているタブレットは閲覧制限がついていて見られない。
だから家のテレビで見るしかないのだ。
検索ワードは『村ノ戸連続殺人事件 解説』。
僕は例の事件について調べるために片っ端から解説動画を見ていった。
お母さんはこの事件の詳細を調べようとすると「やめておきなさい」と言ったが、その理由が動画を見てようやく分かった。
『少年三人は、同級生の男女を順番に 嬲った。男子生徒が止めるよう叫ぶたびに笑いながら女子生徒の顔を殴った』
『赤ん坊を連れた男性を誘拐して森の中に連れ出し、木に男性を縛りつけ、赤ん坊を男性の目の前でいたぶり始めた』
『ゲームセンターですれ違った男性に、「財布を盗んだだろう!」といちゃもんをつけて、人通りのない夜の公園に連れ出し、五時間にもわたり暴行を加えた』
『命乞いをする女の子に「お前不細工だな、泣き顔マジウケる」と言いながら、鉄の棒で殴り続けた』
動画配信者が淡々と語る内容に僕は吐き気を覚えた。
被害者は八人。
高校生の同級生カップル、親子、すれ違っただけの男性二人、ナンパしたが断られて無理やり連れだした女性、アルバイト帰りの女の子……目に付いた人間を手あたり次第暴行して殺していったようだ。
あまりにも残酷で凄惨な事件に、気分が悪くなった。
僕は吐き気を抑え、定期的に動画を停止しながら、時には別の動画に変えながらこの事件の全体像を掴んだ。
胃に鉛を落とされたように気が重くなり、胸が苦しい。
何度も「もう見てはいけない」と思う一方で、「目を背けてはいけない」という義務感が湧いた。
もしくは怖いもの見たさだろうか、とにかく見ずにはいられなかった。
僕は次々に新しい情報を欲していた。
『少年三人の暴行はどんどんエスカレートしていき、被害者の顔が……』
「煌! あんた何を見てるの!」
動画に夢中になりすぎて、お母さんが帰ってきたことに気づかなかった。
僕が驚いて固まっていると、お母さんは慌ててチャンネルを変えた。
僕は怒られると思い萎れたが、お母さんは慌てて怒鳴ってしまっただけらしく、すぐに落ち着きを取り戻し、「大丈夫? ショックだったでしょ? もう見ちゃだめよ」と言った。
そして買ってきてくれたアイスを僕にくれた。
僕は気を紛らわそうと無我夢中になってアイスに齧り付いたが、表面のコーティングチョコレートも中のバニラアイスも僕の気持ちを変えてはくれなかった。
身体の芯が冷やされるような恐怖に怯え、僕はその夜眠ることができなかった。
僕が住んでいるのは 杜ノ都市、その隣の県にある村ノ戸市。
加害者や被害者がすぐそばにいたかもしれない。
自分がもし被害者になっていたら。
もしお母さんやお父さん、奨君やスルガが被害者になったら。
被害者が実際に受けた暴行を自分が受けたら。
誰かに助けを求めることもできずに、絶えず耐えられないような痛みを笑いながら与えられたら。
事件の詳細は僕に根深い恐怖を与えたらしく、一睡もできずに布団の中で丸くなっていた僕は、太陽の光が差し込んできてようやく少し恐怖が解けた。
翌日寝不足の頭で登校すると、教室に着くや否や、翔生君が興奮した顔で話しかけてきた。
「煌! 聞いてくれよ! 幽体離脱できたんだ!」
徒競走で一位になったような興奮状態の翔生君の声が頭に響き、僕は辟易しながら教科書や筆箱を机にしまった。
「できたの? どうだった?」
ぼんやりした頭で聞くと、翔生君は待ってましたというような顔で喜んだ。
「それがよォ、もう最高!」
僕の肩をバンバン叩きながら続けた。
力の加減というものを知らないようで、痣ができるんじゃないかと思うくらい痛い。
「気づくと自分が寝ている枕元に立って自分の身体を見下ろしてたんだ」
翔生君は身振り手振りを交えて話した。
朝から元気だなと年寄りじみた事を思ってしまう。
「自分の体をしばらく見ているうちに、ようやく幽体離脱したって理解したんだ。そして慌てて窓を開けて外に出たんだ」
「壁とか通り抜けられないの?」
「馴れるとできるようになるらしいけど、初めてだからそこまではできなかった」
「そうなんだ」
「なんか体が軽くてさ、窓から飛び降りてみたら、そこからはもう最高! 空を駆け巡る解放感といったらないね!」
「よかったね」
「お前も買うといいよ!」
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