近未来怪異譚

洞仁カナル

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人体実験

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 真っ暗な夜、僕達は森の中を歩いていた。


 何かが軋む音やふくろうの鳴き声が僕の弱々しい精神を煽る。


 やっぱり来なければ良かったかもと今の段階で後悔していた。


 肩に乗ったスルガは僕の恐怖心を察してか、身体を頬に寄せて暖めてくれた。




 僕達の前方を、銀色の狐と金色の狸がトコトコ歩いている。


 この二匹は龍治さんの式神らしい。


 狐はこの間の勇ましい姿と違って、ペットのようにモフモフと愛らしかった。


 ということは、狸の方も戦闘になると変わるのだろうか。



 僕は少し前を歩く龍治さんへ視線を向けた。


 龍治さんはいつもの黒いジャージを着ている。


 見失いそうになるからできれば明るい色の服を来て欲しかったな。


 僕は龍治さんと奨君が近くにいる事を何度も確認した。



「おそらくこのあたりだな。 暉狐キコ 雷狸ライリ



 龍治さんの指示を受け、狐と狸がクンクンと周囲のにおいを嗅ぎながら進む。


 何かのにおいを辿っているようだが、僕にはわからなかった。


 二匹の後をついていくと、木のない開けた場所についた。



 前方の二匹、そしてスルガの毛が逆立つのが分かった。


 そこには大きな石──おそらく石碑──があり、その前で一人の人間が 蹲うずくまっていた。


 身体の大きさから察するに、子どものようだ。


 月明かりが辺りを照らす。



 僕達はゆっくりその人物に近づいた。




 そこにいたのは水鈴ちゃんだった。




 水鈴ちゃんは布団から出てそのままここに来たのか、パジャマに裸足という格好だった。


 僕が声をかけようとすると、龍治さんは手で制した。


 僕は大人しく従う。




 石碑の前には穴があった。



 白い女性が言っていた通りの風景だ。


 ということは、あの女性はあの穴の中にいるはずだ。


 助けなければ。


 でも、どうやって……?


 そもそも何から助ければいいのか、僕には分からない。


 僕が考えあぐねている間に、水鈴ちゃんは穴の中に手を突っ込んだ。


 僕はハッと息を呑んだ。


 良く見えたわけではないが、穴の縁は反り返っていて、穴の入り口より中は広くなっているようだ。


 水鈴ちゃんが穴の中から何かを取り出した。


 細長い縄のようなものが、抵抗するようにクネクネと水鈴ちゃんの手に絡み着く。




 それは白蛇だった。




 引っ張り出されて観念したのか、白蛇は力無く垂れ下がった。


 白い鱗を月の光が艶かしく照らし出す。



 しかしこの白蛇、どこかおかしい。


 顔の周りの鱗が逆立っているように見える。

 
 いや、違う。


 白蛇の身体には無数の玉のような何かが群がるようについていた。


 白蛇の身体をブツブツが包んでいるようで、それを見た僕は全身の毛穴が締まるような気持ち悪さを感じた。


 奨君も顔を顰めて口を手で覆っている。



「何、アレ?」


「ダニだな」


「ダニ?」


「蛇の血を吸ってパンパンに膨れてやがるな」



 水鈴ちゃんがダニを蛇から毟り取り、手で握りつぶす。


 ダニは水風船のように破裂して血を噴出した。


 ぼたぼたと血が手からしたたり落ち、水鈴ちゃんはそれを口に運んだ。


 服の襟元に血の染みができる。


 あまりの光景に僕と奨君はその場でしゃがみ込んだ。


 震える手を口にあて、込み上げる吐き気を必死に抑え込む。



「こいつが悪いんだ!こいつのせいでわたしは、わたしは……」



 口から血を垂らし、歯を血で染めながら水鈴ちゃんは唸った。



 水鈴ちゃんの身体から闇が溶け出しているかのように黒い気が漂い始めた。


 夜空よりも暗い、憎悪に満ちたような気体。


 触れたら 爛ただれてしまいそうな禍々しさを帯びていた。



「何かに取り憑かれているの?」



 僕は吐き気を堪えながら聞いた。



「ああ」


 龍治さんが短く答える。



「わたしが雨を降らせてやったんだ! だからみんな、水不足に苦しむことがなかったんだ。それがいつの間にかこいつに奪われた。わたしの地位も人々からの信頼も! こいつが……憎い……」


 水鈴ちゃんはまた蛇からダニをむしり取り、握りつぶした。



「こいつの力、わたしが奪い取ってやる!」



 血を口に運ぶ。


 顔は血の雫でベトベトに濡れている。


 グロテスクな光景に、僕と奨君は震えるしかなかった。


 白蛇は苦しそうに目を細めていた。


 爬虫類の表情はわからないが、辛そうにしているのは分かる。


 僕の視線と白蛇の視線がぶつかった。


 虚な目──あの白い女性と同じ目だ。



「助けてください」



 聞き慣れた声が聞こえた気がした。


 僕の枕元でずっと訴えてきた言葉。


 頭の中で繰り返し響く。



「憎い……憎い……みんな憎い!」



 白蛇を握る手に力が込められて、指がくいこむ。



「だめ!」



 僕は叫ばずにはいられなかった。


「誰だ!?」


 僕の声を聞き、水鈴ちゃんがこちらを睨んだ。


 しまった、と思ったが、じっとしているなんて出来なかった。



 僕に助けを求めてきた女性が、僕の目の前で僕の友人に苦しめられている。


 助けなければという義務感が僕の中で生じた。


 でも、一体どうしたらいいのだろうか。



「そういうことか」



 龍治さんは呟いて、水鈴ちゃんに近づいた。



「誰だお前は!」



 水鈴ちゃんが吠える。



「今あなたを苦しめている呪いを解きます」


「余計な事をするな! もう誰にも頼らない!」



 水鈴ちゃんの怒声に怯む事もなく、龍治さんは前に進み出て、地面から何かを拾い上げた。


 そして穴の中にも手を入れ、何かを掴み取った。


 水鈴ちゃんが龍治さんに掴みかかろうとしたのを、二匹の式神が威嚇して退けた。


 手を出せずに、水鈴ちゃんは龍治さんを睨みつけている。


 龍治さんは左手のひらに拾い上げたものを並べた。


 それは、水鈴ちゃんが身につけていたものと同じ、ピラミッド型の黒い石だった。


 全部で三つ。


 水鈴ちゃんのとは違い全部錆びていた。


 そしてポケットからもう一つ、水鈴ちゃんから預かっていたものを取り出して、左手のひらに置いた。


 全部で石は四つとなった。



 そして呪文を唱えると、石は粉々に砕け散り、その直後に水鈴ちゃんは 頽くずおれた。



 白蛇は水鈴ちゃんの手から逃れ、僕の前にやってきた。


 まだダニが数匹付いていたので、きれいに取り除いてあげると、白蛇はお礼をするように首を垂れて、そのままどこかへ消えていった。



 倒れた水鈴ちゃんの方を見ると、身体から煙のように白い光が湧き出た。


 その光はやがてまとまり、一人の人間の姿となった。


 和服を着た女性だった。


 着こなしがだらしなく、着慣れていないような雰囲気だ。


 しかしそれ以上に目を引いたのは、彼女の身体だった。


 肌は、鱗に覆われていて、わずかに口から見える舌は二つに分かれている。


 まるで蛇だ。


 手足の生えた蛇だ。


 縦長の瞳孔が龍治さんを捉える。



「あなたはどうしてみずちになろうとしたのですか?」



 龍治さんが優しい声で女性に問う。



「町の人から必要とされたかった。わたしを讃えてほしかった。蛟になれば、またわたしを見てくれると思ったの」


「そうだったのですか」


「でも、あの男達に騙された。また人々に振り向いてもらえるって言うから身を委ねてこんな姿になったのに、何も変わらなかった。あいつらに騙されたの」



 鱗に覆われた手で涙を拭う。


「未練がましくこの世に執着して、たまたまこの子がいたから身体を借りて、やり直そうと思ったの。でも駄目だった」



 女性は涙を拭くと顔を上げて月を見上げた。



「でも不思議。あれほど喉が渇いて苦しかったのに、今はそんな事もない。心地いい」



「あなたを縛りつけるものは何もありません。もうこの世に未練はありませんか?」



 女性はゆっくり頷いた。



「最後に舞ってもいいかしら」



「もちろんです」


「見様見真似なんだけれどね」



 女性は懐から扇子を取り出し、舞を踊り始めた。


 しなやかな身体の動き、美しく流れる着物の袖。


 呼応するように空には絹のような雲が漂い始め、わずかに雨が落ち始めた。


 月の光を受けた雫は、舞う女性を艶やかに彩る。



「わたしは蛟になれたかしら」


「はい。この雨を見てください。あなたが降らせたんです」



 最後に女性は嬉しそうに微笑み、消えていった。


 同時に雨も上がった。

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