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人体実験
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分厚いグレーの雲が空を覆い尽くし、抱えきれなくなった雫を次々と垂らす。
水滴は外気の温度と共に僕の気力も吸い取り、地に落ちていく。
「最近雨ばっかりだね。気が滅入ってくるよ」
通算四日目の雨空を見て、僕は奨君に話しかける。
奨君は綺麗に背筋を伸ばして本を読んでいた。
タブレットでも読めるのだが、奨君は紙の本が好きらしい。
「晴耕雨読」
「ん?」
「晴れた日は田畑を耕し、雨の日は家で本を読む」
「奨君は晴れてても読書ばっかりじゃん」
「否定はしないよ」
僕の軽い嫌味を奨君は受け流す。
僕と奨君のいつも通りの昼休みの過ごし方だ。
周囲では女子が何かを見せ合ってキャッキャと声をあげている。
お披露目しているのは手首につけているパワーストーンなどがついたブレスレットだ。
先生に見つかったら没収されてしまうので普段は袖に隠して、休憩時間や放課後にお披露目し、こだわりを語り合う。
それが女子のブームらしい。
「女子は宝石とかパワーストーンが好きだね」
「天然と違って、人工宝石なら安く買えるからね。綺麗だし、石にはそれぞれ効果があるらしいし、女子はおまじないとかも好きだから、パワーストーンが人気出るのも理解はできるね」
本から目を離さずに奨君は言う。
よく話しながら本が読めるな、と僕は感心する。
「でも効果なんて薬とちがって科学的根拠があるものじゃないのに、怪異は否定してパワーストーンみたいなおまじないは信じるってちょっとよく分からないなあ。どっちもオカルトじゃん」
僕は予てからの疑問を口にした。
僕達が怪異について話すと、女子は僕達が気色の悪い虫であるかのような顔で見る。
その一方で、おまじないのような根拠のないことを楽しそうに話す。
どちらも同じようなものなのに態度が全然違う、そのダブルスタンダードに違和感を持っていた。
「僕は両方信じるよ。プラシーボ効果なんてものがあるし、おまじないによる思い込みも実際に効果が出ることもあるんだよね」
奨君の達観したような口振りに、僕は子供っぽく扱われた気分になり口を窄めていじけた。
「僕も両方信じてるけどさ、ちょっと都合がいいなーって思っただけ。ところでプラシーボ効果って何?」
奨君の目はすごい速さで本の文字を追っていた。
その忙しない目の動きが面白くてつい見入ってしまった。
「『病は気から』ってやつ」
「へー」
「分かってないでしょ」
「バレた? 精神関係のことよく分からなくて」
奨君は本を閉じて机に置き、僕の方を見た。
これから長い話が始まるな、とうんざりしたが、話を振ったのは僕だし、黙って聞くことにした。
「薬の成分が入ってない見かけだけの薬を、『プラシーボ』って言うんだけど、プラシーボを本物の薬と思い込ませて飲ませると、不思議と症状が回復することがあるんだよ。それがプラシーボ効果」
今度はきちんと理解できた。
人間というのは不思議な生き物だなと改めて思う。
「まあ精神関係の技術や学問はここ二百年前くらいから発展した比較的新しいものだからね。僕も分からないことばかりだし、勉強しづらいよね」
こんな調子で二人で話を続けていると、昼休憩が終わる直前に、クラスメイトの水鈴ちゃんが僕に声をかけてきた。
水鈴ちゃんは顎くらいまでのふわふわの髪をなびかせながらやってきた。
「煌君に相談があるんだけど、放課後教室に残ってくれない?」
水鈴ちゃんからの突然のお誘いに、僕は戸惑った。
僕に相談事?
なんだろう。
水鈴ちゃんと僕の仲は相談されるような深い関係でもない。
ーーもしかして告白?
一瞬胸が高鳴ったが、水鈴ちゃんの顔が強張っていたので、それはないなと落胆する。
とりあえず承諾すると、水鈴ちゃんは大きく深呼吸して自分の席に戻っていった。
僕は水鈴ちゃんから言われるであろう様々な可能性を頭に浮かべながら、残りの授業を適当に過ごした。
水滴は外気の温度と共に僕の気力も吸い取り、地に落ちていく。
「最近雨ばっかりだね。気が滅入ってくるよ」
通算四日目の雨空を見て、僕は奨君に話しかける。
奨君は綺麗に背筋を伸ばして本を読んでいた。
タブレットでも読めるのだが、奨君は紙の本が好きらしい。
「晴耕雨読」
「ん?」
「晴れた日は田畑を耕し、雨の日は家で本を読む」
「奨君は晴れてても読書ばっかりじゃん」
「否定はしないよ」
僕の軽い嫌味を奨君は受け流す。
僕と奨君のいつも通りの昼休みの過ごし方だ。
周囲では女子が何かを見せ合ってキャッキャと声をあげている。
お披露目しているのは手首につけているパワーストーンなどがついたブレスレットだ。
先生に見つかったら没収されてしまうので普段は袖に隠して、休憩時間や放課後にお披露目し、こだわりを語り合う。
それが女子のブームらしい。
「女子は宝石とかパワーストーンが好きだね」
「天然と違って、人工宝石なら安く買えるからね。綺麗だし、石にはそれぞれ効果があるらしいし、女子はおまじないとかも好きだから、パワーストーンが人気出るのも理解はできるね」
本から目を離さずに奨君は言う。
よく話しながら本が読めるな、と僕は感心する。
「でも効果なんて薬とちがって科学的根拠があるものじゃないのに、怪異は否定してパワーストーンみたいなおまじないは信じるってちょっとよく分からないなあ。どっちもオカルトじゃん」
僕は予てからの疑問を口にした。
僕達が怪異について話すと、女子は僕達が気色の悪い虫であるかのような顔で見る。
その一方で、おまじないのような根拠のないことを楽しそうに話す。
どちらも同じようなものなのに態度が全然違う、そのダブルスタンダードに違和感を持っていた。
「僕は両方信じるよ。プラシーボ効果なんてものがあるし、おまじないによる思い込みも実際に効果が出ることもあるんだよね」
奨君の達観したような口振りに、僕は子供っぽく扱われた気分になり口を窄めていじけた。
「僕も両方信じてるけどさ、ちょっと都合がいいなーって思っただけ。ところでプラシーボ効果って何?」
奨君の目はすごい速さで本の文字を追っていた。
その忙しない目の動きが面白くてつい見入ってしまった。
「『病は気から』ってやつ」
「へー」
「分かってないでしょ」
「バレた? 精神関係のことよく分からなくて」
奨君は本を閉じて机に置き、僕の方を見た。
これから長い話が始まるな、とうんざりしたが、話を振ったのは僕だし、黙って聞くことにした。
「薬の成分が入ってない見かけだけの薬を、『プラシーボ』って言うんだけど、プラシーボを本物の薬と思い込ませて飲ませると、不思議と症状が回復することがあるんだよ。それがプラシーボ効果」
今度はきちんと理解できた。
人間というのは不思議な生き物だなと改めて思う。
「まあ精神関係の技術や学問はここ二百年前くらいから発展した比較的新しいものだからね。僕も分からないことばかりだし、勉強しづらいよね」
こんな調子で二人で話を続けていると、昼休憩が終わる直前に、クラスメイトの水鈴ちゃんが僕に声をかけてきた。
水鈴ちゃんは顎くらいまでのふわふわの髪をなびかせながらやってきた。
「煌君に相談があるんだけど、放課後教室に残ってくれない?」
水鈴ちゃんからの突然のお誘いに、僕は戸惑った。
僕に相談事?
なんだろう。
水鈴ちゃんと僕の仲は相談されるような深い関係でもない。
ーーもしかして告白?
一瞬胸が高鳴ったが、水鈴ちゃんの顔が強張っていたので、それはないなと落胆する。
とりあえず承諾すると、水鈴ちゃんは大きく深呼吸して自分の席に戻っていった。
僕は水鈴ちゃんから言われるであろう様々な可能性を頭に浮かべながら、残りの授業を適当に過ごした。
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