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遺伝子改造
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あまりにも突然なことが多すぎて僕と奨君はしばらく呆けていた。
翔生達は気絶していた。
本当にこれは現実のことなんだろうか?
締め付けられていた跡が痛む。
痛みにより、これが夢ではなく実際に起こったことだということを思い知らされた。
高校生と中学生は散らばっていた人骨と、絡新婦が燃え尽きた跡に向かって手を合わせていた。
人間の敵とはいえ、命が失われたことに違いはない。
弔いをするに越したことはないだろう。
僕もその場で同じように手を合わせた。
「遊馬、兄貴への連絡はしておくから、他に異常はないか周囲を見てもらっていいか?」
「ほいほい」
拝み終わると二人はキビキビ動き出した。
行動一つひとつが慣れていて無駄がない。
二人の動きを呆然と見ていた僕の後ろから、太い唸り声が聞こえてきた。
猫又の声だ。
僕が振り返ると、猫又は恐る恐る近づいてきた。
「スルガ……? 本当に?」
風が巻き起こり、スルガを包み込んだ。
風が止むとスルガは僕の知っている小さな子猫の姿に戻っていた。
小さい頃に一緒に遊んだ大切な家族。
ずっと会いたかった存在がそこにいた。
「スルガ!」
僕は萎えている足腰を奮い立たせ、スルガを拾い上げた。
「今までどこに行ってたの? 急にいなくなったりして。ずっと、ずーっと待ってたんだよ?」
スルガは謝るように僕の頬を舐めた。
「きっとどこかで修行でもしてたんだろう」
高校生が僕達を見て微笑んだ。
一仕事終えた狐を労うように撫でている。
後方から蜘蛛の巣を調べていた中学生が「うげー!」と言っているのが聞こえてきた。
高校生はその声を完全に無視している。
「修行?」
「どんな修行をしたかはわからないけど、どこかの寺で坊さんの経でもずっと聞いていたとか、徳を積んだんじゃねえかな」
「何のために?」
「そりゃ君を守るためだろうな。だからこうして体を張って助けてくれたんだよ」
スルガはミャアと鳴いて答えた。
そうか、あの弱虫だったスルガが、こんなに強く勇敢になったんだ。
僕を守るために……。
「ありがとう、スルガ」
僕はスルガに頬擦りをした。
柔らかい毛が顔をくすぐる。
その温かさが僕の心を落ち着かせてくれた。
「ところで、あの絡新婦はなんだったんですか?」
人の姿をした蜘蛛、無数の子蜘蛛達。
思い出しただけで身体が震える。
「あれは遺伝子改造種だな。遺伝子改造の結果、無駄に寿命が延びちまって余計な力をつけたんだろうな。人間の姿にまでなったくらいだし。だから不用意に遺伝子改造なんてするもんじゃねえんだよな」
高校生はスルガを撫でた。
愛しむような声と表情が優しくて、安心感が湧いてきた。
この人、きっといい人だ。
「うげー! 臭いえっぐ! え? 何? あの蜘蛛の保存食? マジかよ……」
緊張感を削ぐような声に高校生は苦笑いした。
見回りをしている中学生は相当やばい物を見ているのか愚痴が止まらない。
心配になり蜘蛛の巣の方を覗き込んだが、高校生は「気にしなくていい」と手で制した。
僕は少し離れたところにいた奨君の背中を見た。
彼の落ち込みようは僕以上だった。
生き別れた家族と再会できた僕と違い、奨君は失っただけなのだ。
彼のそばまで寄ったが、かける言葉が見つからなかった。
華奢な身体がさらに小さくなったように感じる。
少し触れただけでも砕けてしまいそうな危うさを持っていた。
「ボルボは僕のことを家族だと思ってなかったんだね。母親や兄弟がいて、僕は餌でしかなかったんだ」
背中越しに話す奨君の声は消え入りそうで、いたたまれない気持ちになる。
今どんな表情をしているのか、見ることができない。
「僕はボルボが好きだった。大事な家族だと思ってた」
鼻を啜る音。
「何が悲しいのか分かんない。ボルボに裏切られたことか、家族がまたいなくなったことか……この悲しみは誰のせい? 僕を騙していたボルボ? ボルボを操っていた絡新婦? 絡新婦を作った過去の研究者? それとも騙されていた僕?」
頭を抱えて乱暴に首を振った。
嫌な考えを振り切るように激しく揺れる。
けれど決して振り切れることのない靄の中を彼はもがいている。
「もういい。僕、独りがいい。こんな思いするくらいなら、一生独りでいい」
自棄になった奨君の肩へ、スルガが飛び移り、彼の頬を舐めた。
スルガの愛情表現だ。
きっとスルガも、奨君のつらい気持ちを理解したのだろう。
僕もスルガに倣って、奨君の背中をポンポンと叩いた。
言葉なんていらない。
僕は奨君が何と言っても、奨君の友達だ。
「ありがとう、煌君、スルガくん」
奨君も落ち着きを取り戻したようだ。
涙に濡れているが、奨君ははにかんだ笑顔を見せた。
僕達はお互い笑い合い、友情を確かめ合った。
「ところでお兄さん達、もしかして陰陽師?」
奨君は高校生に声をかけた。
赤く充血している目を輝かせて高校生を見た。
陰陽師って、映画とかにもなっている、あの悪霊を祓ったりする、あの陰陽師?
「みたいなものかな」
高校生は適当に答える。
その適当さが肯定の証のように思えた。
「すごい! 本物の陰陽師だ!」
奨君は興奮を隠さない。
「あ、もしかして、僕達の記憶とか消しちゃいますか?」
「え? なんで?」
「幽霊とか妖怪のこと、僕達が誰かに話すかもしれないじゃないですか」
「別にいいよ。俺は困らないし」
「でも、こういうのって記憶を消すのが決まりなんじゃ」
「記憶を直接いじるのって犯罪になるんだよ。精神技術が発達し始めたころに法律ができてさ、捕まるよ」
高校生は手をひらひらさせた。
「むしろ、もうちょっと知って欲しいくらいなんだよね、妖怪が事件を起こしてるってこと。まあショックがでかいから一般の警察はうまいこと隠すんだろうけど」
高校生は小さな溜息を吐いた。
そこでものすごいボリュームで中学生が喚き立てた。
「龍兄ィー! ちょっと下に障壁張って! 衝撃を吸収するやつ!」
中学生が慌てた様子で叫んだ。
高校生はハイハイと溜息混じりに駆け足で巣の下まで行き、呪文を唱えた。ネットのような光が地面の少し上に張り巡らされる。
すると上から五つほど、荷物のような物が立て続けに落ちてきた。
サイズは大人の男の人くらいだ。
中学生が滑るように木を降りる。
「遊馬!これって……」
「まだ息がある。治療しないと」
落ちてきたのは人間だった。
髪や髭が伸び、ガリガリに痩せ細った男の人達。
異常な臭気が鼻を突く。
男の人達を見て、奨君は唇を震わせた。
「え……お父さん……?」
お父さんって、行方不明になっていた、奨君のお父さん?
まさかそんな奇跡、あるの?
「ススム……? そこにいるのは本当にススムか?」
男の人は酷く疲弊しているようで、目がほとんど開いていなかった。
本当に奨君のお父さんがいた。
じゃあ、もしかしたら……!
僕は男の人達の顔を順番に見た。
あの優しかった笑顔を思い浮かべる。
そして重なった。
過去の記憶と、倒れている男の人の顔が。
僕がずっと会いたかった存在。
お父さんは気を失っていたが、息があった。
すぐに警察と救急車が来て、絡新婦に捕まっていた大人達は保護された。
この数日後、僕はすぐに、目を覚ましたお父さんと再会することができた。
奇跡はあるんだと知った。
翔生達は気絶していた。
本当にこれは現実のことなんだろうか?
締め付けられていた跡が痛む。
痛みにより、これが夢ではなく実際に起こったことだということを思い知らされた。
高校生と中学生は散らばっていた人骨と、絡新婦が燃え尽きた跡に向かって手を合わせていた。
人間の敵とはいえ、命が失われたことに違いはない。
弔いをするに越したことはないだろう。
僕もその場で同じように手を合わせた。
「遊馬、兄貴への連絡はしておくから、他に異常はないか周囲を見てもらっていいか?」
「ほいほい」
拝み終わると二人はキビキビ動き出した。
行動一つひとつが慣れていて無駄がない。
二人の動きを呆然と見ていた僕の後ろから、太い唸り声が聞こえてきた。
猫又の声だ。
僕が振り返ると、猫又は恐る恐る近づいてきた。
「スルガ……? 本当に?」
風が巻き起こり、スルガを包み込んだ。
風が止むとスルガは僕の知っている小さな子猫の姿に戻っていた。
小さい頃に一緒に遊んだ大切な家族。
ずっと会いたかった存在がそこにいた。
「スルガ!」
僕は萎えている足腰を奮い立たせ、スルガを拾い上げた。
「今までどこに行ってたの? 急にいなくなったりして。ずっと、ずーっと待ってたんだよ?」
スルガは謝るように僕の頬を舐めた。
「きっとどこかで修行でもしてたんだろう」
高校生が僕達を見て微笑んだ。
一仕事終えた狐を労うように撫でている。
後方から蜘蛛の巣を調べていた中学生が「うげー!」と言っているのが聞こえてきた。
高校生はその声を完全に無視している。
「修行?」
「どんな修行をしたかはわからないけど、どこかの寺で坊さんの経でもずっと聞いていたとか、徳を積んだんじゃねえかな」
「何のために?」
「そりゃ君を守るためだろうな。だからこうして体を張って助けてくれたんだよ」
スルガはミャアと鳴いて答えた。
そうか、あの弱虫だったスルガが、こんなに強く勇敢になったんだ。
僕を守るために……。
「ありがとう、スルガ」
僕はスルガに頬擦りをした。
柔らかい毛が顔をくすぐる。
その温かさが僕の心を落ち着かせてくれた。
「ところで、あの絡新婦はなんだったんですか?」
人の姿をした蜘蛛、無数の子蜘蛛達。
思い出しただけで身体が震える。
「あれは遺伝子改造種だな。遺伝子改造の結果、無駄に寿命が延びちまって余計な力をつけたんだろうな。人間の姿にまでなったくらいだし。だから不用意に遺伝子改造なんてするもんじゃねえんだよな」
高校生はスルガを撫でた。
愛しむような声と表情が優しくて、安心感が湧いてきた。
この人、きっといい人だ。
「うげー! 臭いえっぐ! え? 何? あの蜘蛛の保存食? マジかよ……」
緊張感を削ぐような声に高校生は苦笑いした。
見回りをしている中学生は相当やばい物を見ているのか愚痴が止まらない。
心配になり蜘蛛の巣の方を覗き込んだが、高校生は「気にしなくていい」と手で制した。
僕は少し離れたところにいた奨君の背中を見た。
彼の落ち込みようは僕以上だった。
生き別れた家族と再会できた僕と違い、奨君は失っただけなのだ。
彼のそばまで寄ったが、かける言葉が見つからなかった。
華奢な身体がさらに小さくなったように感じる。
少し触れただけでも砕けてしまいそうな危うさを持っていた。
「ボルボは僕のことを家族だと思ってなかったんだね。母親や兄弟がいて、僕は餌でしかなかったんだ」
背中越しに話す奨君の声は消え入りそうで、いたたまれない気持ちになる。
今どんな表情をしているのか、見ることができない。
「僕はボルボが好きだった。大事な家族だと思ってた」
鼻を啜る音。
「何が悲しいのか分かんない。ボルボに裏切られたことか、家族がまたいなくなったことか……この悲しみは誰のせい? 僕を騙していたボルボ? ボルボを操っていた絡新婦? 絡新婦を作った過去の研究者? それとも騙されていた僕?」
頭を抱えて乱暴に首を振った。
嫌な考えを振り切るように激しく揺れる。
けれど決して振り切れることのない靄の中を彼はもがいている。
「もういい。僕、独りがいい。こんな思いするくらいなら、一生独りでいい」
自棄になった奨君の肩へ、スルガが飛び移り、彼の頬を舐めた。
スルガの愛情表現だ。
きっとスルガも、奨君のつらい気持ちを理解したのだろう。
僕もスルガに倣って、奨君の背中をポンポンと叩いた。
言葉なんていらない。
僕は奨君が何と言っても、奨君の友達だ。
「ありがとう、煌君、スルガくん」
奨君も落ち着きを取り戻したようだ。
涙に濡れているが、奨君ははにかんだ笑顔を見せた。
僕達はお互い笑い合い、友情を確かめ合った。
「ところでお兄さん達、もしかして陰陽師?」
奨君は高校生に声をかけた。
赤く充血している目を輝かせて高校生を見た。
陰陽師って、映画とかにもなっている、あの悪霊を祓ったりする、あの陰陽師?
「みたいなものかな」
高校生は適当に答える。
その適当さが肯定の証のように思えた。
「すごい! 本物の陰陽師だ!」
奨君は興奮を隠さない。
「あ、もしかして、僕達の記憶とか消しちゃいますか?」
「え? なんで?」
「幽霊とか妖怪のこと、僕達が誰かに話すかもしれないじゃないですか」
「別にいいよ。俺は困らないし」
「でも、こういうのって記憶を消すのが決まりなんじゃ」
「記憶を直接いじるのって犯罪になるんだよ。精神技術が発達し始めたころに法律ができてさ、捕まるよ」
高校生は手をひらひらさせた。
「むしろ、もうちょっと知って欲しいくらいなんだよね、妖怪が事件を起こしてるってこと。まあショックがでかいから一般の警察はうまいこと隠すんだろうけど」
高校生は小さな溜息を吐いた。
そこでものすごいボリュームで中学生が喚き立てた。
「龍兄ィー! ちょっと下に障壁張って! 衝撃を吸収するやつ!」
中学生が慌てた様子で叫んだ。
高校生はハイハイと溜息混じりに駆け足で巣の下まで行き、呪文を唱えた。ネットのような光が地面の少し上に張り巡らされる。
すると上から五つほど、荷物のような物が立て続けに落ちてきた。
サイズは大人の男の人くらいだ。
中学生が滑るように木を降りる。
「遊馬!これって……」
「まだ息がある。治療しないと」
落ちてきたのは人間だった。
髪や髭が伸び、ガリガリに痩せ細った男の人達。
異常な臭気が鼻を突く。
男の人達を見て、奨君は唇を震わせた。
「え……お父さん……?」
お父さんって、行方不明になっていた、奨君のお父さん?
まさかそんな奇跡、あるの?
「ススム……? そこにいるのは本当にススムか?」
男の人は酷く疲弊しているようで、目がほとんど開いていなかった。
本当に奨君のお父さんがいた。
じゃあ、もしかしたら……!
僕は男の人達の顔を順番に見た。
あの優しかった笑顔を思い浮かべる。
そして重なった。
過去の記憶と、倒れている男の人の顔が。
僕がずっと会いたかった存在。
お父さんは気を失っていたが、息があった。
すぐに警察と救急車が来て、絡新婦に捕まっていた大人達は保護された。
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