近未来怪異譚

洞仁カナル

文字の大きさ
上 下
9 / 37
遺伝子改造

9

しおりを挟む
翔生達を追いかけて走っていると、いつの間にか無骨山まで来ていた。



体力がなく足の遅い僕達は、無骨山に着いて早々に翔生達を見失った。



古びた立ち入り禁止の看板が見える。



お父さんがいなくなった場所。



足を踏み入れるのが怖かった。



でも止まるわけにはいかない。



僕と奨君はお互い手を握り、僕はわたげをしっかりと抱え、無骨山の内部へと足を踏み入れた。



いつのまにか空は曇り、薄暗くなっていた。



山の中は整備されていない無法地帯だった。


薄暗く、茂った木々や伸びた草があちこちにあり、僕達を迷わせて捕えようとしているように見えた。



神経が過敏になっているのか物音がよく聞こえてくる。



虫の音、草を踏む音、何かが落ちる音。



木の茂みの中をしばらく歩くと、何かを踏んだ。


ぱきりと割れる音。枯れ枝だろうか。



「うわあ!」



奨君が小さな悲鳴を上げる。



彼の視線の先、僕の足元をよく見ると、そこにあったのはーー無数の骨。


そして、朽ちた頭蓋骨ーー。



僕が踏んだのは人の骨だった。



僕は慌てて足を避けた。



しかし至る所に骨はあり、避けた先でまた踏んでしまった。



僕はヒッと悲鳴を上げた。



雨風に晒されてか、かなり脆くなった骨は、大部分が粉々になって散らばっていた。



なぜこんなところに人の骨が?



ーー行方不明者の骨?



もしかして、ここでお父さんがーーーー



絶望的な気持ちで立ちすくんでいると、上から何かが頭に垂れてきた。



触ってみると、指に付いたのは透明で粘性のある液体だった。



肩にも垂れてくる。



奨君と顔を見合わせて恐る恐る上を見た。



垂れていたのは翔生達の涙、鼻水、唾液だった。



頭上では翔生達が太い糸のようなものでがんじがらめにされ、逆さに宙づりにされていた。



「煌、奨、助けて……」



ぐしゃぐしゃに汚れた翔生の顔は、恐怖で歪んでいた。



翔生たちがぶら下がっているさらに上を見ると、太くて大きな蜘蛛の巣が張っていた。



そしてその中央に一人の女性。



女性は背中から蜘蛛のような足を生やし、器用に巣を縦横無尽に移動していた。


女性の周りにはわたげ達と同じ白い塊が蠢いていた。


蜘蛛の巣の下には、古い骨。



太い、鉛筆くらいの蜘蛛の糸、それに絡め取られて宙吊りになっている翔生たち。



この恐ろしい光景は現実なのだろうか?



「ずいぶんと獲物が引っかかったねエ。よくやったよ、お前たち」



女性の声を聞き、わたげは僕の手の中で嬉しそうに小刻みに震えると、節くれだった黒い脚を数本身体から出した。


脚が皮膚に触れる不快な感触に鳥肌が立ち、僕はハッとしてわたげを放り出した。



こんな気持ちの悪い脚がふわふわの毛の中で蠢いていたのかと、一気に気持ち悪さが込み上げた。



もぞもぞと動くわたげは木を伝って蜘蛛の巣に乗り、女性のもとへすり寄っていった。



「お前はわたしの自慢の子どもだよ」



今まで自分になついていたわたげが、今では気色の悪い脚をバタつかせて女性にすり寄っている。



女の赤い唇が動くたびに、僕の背中を冷たいものが流れた。



奨君も僕も恐怖で女から目を離せないでいた。



「あれは…… 絡新婦じょろうぐもだ……」



「ジョロウグモ……?」



「蜘蛛の妖怪だよ……きっと下にある骨は、絡新婦に食べられた……」



奨君は言葉を濁した。


僕もすぐに理解した。


考えたくもなかった。


そんなおぞましいこと。



絡新婦が手をかざすと、太い蜘蛛の糸が放射状に伸び、僕たちにまとわりついた。



僕達は同時に悲鳴を上げた。



粘着質な糸はすごい力で身体を締め付ける。



糸を引きちぎろうと身を捩らせるが、びくともしない。



前に奨君が話していたことが頭をよぎった。



ーーーー蜘蛛の糸が鉛筆くらいまで太くなると、飛行機を受け止められるくらいまでの強度が出るんだって。



絶望が僕の頭を支配した。



奨君も同じ気持ちだろう。



彼の表情がそれを物語っていた。



僕と奨君も、いとも簡単に逆さ吊りにされてしまった。



「今夜はごちそうだねエ、お前たちも食べるだろう? どの子から食べようかねエ」



絡新婦の傍で飛び跳ねる何匹もの子蜘蛛。



その中に僕達が可愛がっていたわたげとボルボもいる。



わたげは僕を騙していたの?



いたいけなペットになりきって、僕を食べるためにこの蜘蛛の巣へと引き摺り込んだの?



「あれ? お前さん、前に取っ捕まえた男にそっくりだねえ」



絡新婦の視線は僕を捕らえていた。



僕にそっくりな男。



そんなの、一人しかいないじゃないか。



僕の、お父さんーーーー



脳裏によみがえった記憶。


お父さんが白いふわふわのものを抱えていた光景。



そうか、わたげを見た時の既視感は、気のせいじゃなかったんだ。



僕はお父さんが、わたげのような生き物を連れているのを見ていたんだ。忘れてしまっていただけで。



そして、お父さんは、この絡新婦にーーーー



その先は考えたくなかった。


考えることを脳が拒否した。



嫌だ嫌だいやだいやだいやだ



絡新婦が糸を手繰り寄せ、僕の身体はなされるがままに引き寄せられていった。



女が顔を寄せて、舌舐めずりをする。



仕草一つひとつが僕の恐怖心を逆立てる。


涙がとめどなく流れ落ちる。



誰か助けて!



絡新婦の口が大きく裂けた。



そこで、何か音がした。



足音だ。


何かが力強く地面を蹴って近づいてくる。


足音のする方向から風が吹き込んでくる。


大きな咆哮が聞こえた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》

小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です ◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ ◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます! ◆クレジット表記は任意です ※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください 【ご利用にあたっての注意事項】  ⭕️OK ・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用 ※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可 ✖️禁止事項 ・二次配布 ・自作発言 ・大幅なセリフ改変 ・こちらの台本を使用したボイスデータの販売

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【ショートショート】おやすみ

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

処理中です...