近未来怪異譚

洞仁カナル

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遺伝子改造

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翔生達を追いかけて走っていると、いつの間にか無骨山まで来ていた。



体力がなく足の遅い僕達は、無骨山に着いて早々に翔生達を見失った。



古びた立ち入り禁止の看板が見える。



お父さんがいなくなった場所。



足を踏み入れるのが怖かった。



でも止まるわけにはいかない。



僕と奨君はお互い手を握り、僕はわたげをしっかりと抱え、無骨山の内部へと足を踏み入れた。



いつのまにか空は曇り、薄暗くなっていた。



山の中は整備されていない無法地帯だった。


薄暗く、茂った木々や伸びた草があちこちにあり、僕達を迷わせて捕えようとしているように見えた。



神経が過敏になっているのか物音がよく聞こえてくる。



虫の音、草を踏む音、何かが落ちる音。



木の茂みの中をしばらく歩くと、何かを踏んだ。


ぱきりと割れる音。枯れ枝だろうか。



「うわあ!」



奨君が小さな悲鳴を上げる。



彼の視線の先、僕の足元をよく見ると、そこにあったのはーー無数の骨。


そして、朽ちた頭蓋骨ーー。



僕が踏んだのは人の骨だった。



僕は慌てて足を避けた。



しかし至る所に骨はあり、避けた先でまた踏んでしまった。



僕はヒッと悲鳴を上げた。



雨風に晒されてか、かなり脆くなった骨は、大部分が粉々になって散らばっていた。



なぜこんなところに人の骨が?



ーー行方不明者の骨?



もしかして、ここでお父さんがーーーー



絶望的な気持ちで立ちすくんでいると、上から何かが頭に垂れてきた。



触ってみると、指に付いたのは透明で粘性のある液体だった。



肩にも垂れてくる。



奨君と顔を見合わせて恐る恐る上を見た。



垂れていたのは翔生達の涙、鼻水、唾液だった。



頭上では翔生達が太い糸のようなものでがんじがらめにされ、逆さに宙づりにされていた。



「煌、奨、助けて……」



ぐしゃぐしゃに汚れた翔生の顔は、恐怖で歪んでいた。



翔生たちがぶら下がっているさらに上を見ると、太くて大きな蜘蛛の巣が張っていた。



そしてその中央に一人の女性。



女性は背中から蜘蛛のような足を生やし、器用に巣を縦横無尽に移動していた。


女性の周りにはわたげ達と同じ白い塊が蠢いていた。


蜘蛛の巣の下には、古い骨。



太い、鉛筆くらいの蜘蛛の糸、それに絡め取られて宙吊りになっている翔生たち。



この恐ろしい光景は現実なのだろうか?



「ずいぶんと獲物が引っかかったねエ。よくやったよ、お前たち」



女性の声を聞き、わたげは僕の手の中で嬉しそうに小刻みに震えると、節くれだった黒い脚を数本身体から出した。


脚が皮膚に触れる不快な感触に鳥肌が立ち、僕はハッとしてわたげを放り出した。



こんな気持ちの悪い脚がふわふわの毛の中で蠢いていたのかと、一気に気持ち悪さが込み上げた。



もぞもぞと動くわたげは木を伝って蜘蛛の巣に乗り、女性のもとへすり寄っていった。



「お前はわたしの自慢の子どもだよ」



今まで自分になついていたわたげが、今では気色の悪い脚をバタつかせて女性にすり寄っている。



女の赤い唇が動くたびに、僕の背中を冷たいものが流れた。



奨君も僕も恐怖で女から目を離せないでいた。



「あれは…… 絡新婦じょろうぐもだ……」



「ジョロウグモ……?」



「蜘蛛の妖怪だよ……きっと下にある骨は、絡新婦に食べられた……」



奨君は言葉を濁した。


僕もすぐに理解した。


考えたくもなかった。


そんなおぞましいこと。



絡新婦が手をかざすと、太い蜘蛛の糸が放射状に伸び、僕たちにまとわりついた。



僕達は同時に悲鳴を上げた。



粘着質な糸はすごい力で身体を締め付ける。



糸を引きちぎろうと身を捩らせるが、びくともしない。



前に奨君が話していたことが頭をよぎった。



ーーーー蜘蛛の糸が鉛筆くらいまで太くなると、飛行機を受け止められるくらいまでの強度が出るんだって。



絶望が僕の頭を支配した。



奨君も同じ気持ちだろう。



彼の表情がそれを物語っていた。



僕と奨君も、いとも簡単に逆さ吊りにされてしまった。



「今夜はごちそうだねエ、お前たちも食べるだろう? どの子から食べようかねエ」



絡新婦の傍で飛び跳ねる何匹もの子蜘蛛。



その中に僕達が可愛がっていたわたげとボルボもいる。



わたげは僕を騙していたの?



いたいけなペットになりきって、僕を食べるためにこの蜘蛛の巣へと引き摺り込んだの?



「あれ? お前さん、前に取っ捕まえた男にそっくりだねえ」



絡新婦の視線は僕を捕らえていた。



僕にそっくりな男。



そんなの、一人しかいないじゃないか。



僕の、お父さんーーーー



脳裏によみがえった記憶。


お父さんが白いふわふわのものを抱えていた光景。



そうか、わたげを見た時の既視感は、気のせいじゃなかったんだ。



僕はお父さんが、わたげのような生き物を連れているのを見ていたんだ。忘れてしまっていただけで。



そして、お父さんは、この絡新婦にーーーー



その先は考えたくなかった。


考えることを脳が拒否した。



嫌だ嫌だいやだいやだいやだ



絡新婦が糸を手繰り寄せ、僕の身体はなされるがままに引き寄せられていった。



女が顔を寄せて、舌舐めずりをする。



仕草一つひとつが僕の恐怖心を逆立てる。


涙がとめどなく流れ落ちる。



誰か助けて!



絡新婦の口が大きく裂けた。



そこで、何か音がした。



足音だ。


何かが力強く地面を蹴って近づいてくる。


足音のする方向から風が吹き込んでくる。


大きな咆哮が聞こえた。
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