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遺伝子改造
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「煌君、あれから何かわかった?」
「全く何も。ひたすらうずくまってプルプルしてるだけだし」
「エサって何あげてる?」
「虫」
「うちも虫。ひまわりの種とかペットフードとかあげてみたけどだめで、落ちてたハエの死骸を食べた」
「鳥か何かなのかな?」
「どんな感じで食べてる?」
「餌に覆いかぶさるようにしてる。だから口は見えない」
たいして中身のない情報交換の後、僕たちは前を走るクラスメイトの後ろ姿を眺めた。
今日はハードル走の授業だった。
レーンは三つしかないからかなり長蛇の列ができていて、僕の後ろに奨君が並んでいる。
こんなことをするよりも有酸素運動などの健康的な運動をすればいいのに、なぜわざわざほとんど順番待ちで終わるような種目を選んだのか謎である。
運動が苦手な僕にとってはありがたいけど。
「ペットっていいね」
奨君は嬉しそうに呟いた。
一人っ子の僕たちは、お母さんが仕事から帰ってくるまで家で一人だから、ペットの存在はことのほか大きい。
「昔猫を飼ってたんだ」
僕はスルガのことを初めて誰かに打ち明けた。
「そうなんだ?」
「でも、いなくなっちゃった」
「そっか。寂しいね」
「どこかで死んじゃったのかな」
「猫は死ぬ時姿を眩ませるっていうけど、それかな」
「そうなんだ」
そんな会話を続けていると、前方から声が聞こえてきた。
「煌ー、早くしろー」
気づいたら僕の順番が回ってきていた。
先生が大きく手を振って早く走るよう合図する。
「ちょっと行ってくる」
奨君の方を振り向いたところ、その後ろで翔生達がゴルフボールのようなもので遊んでいるのが見えた。
いつもどおりニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。
どうせ僕の走りを見て馬鹿にするのだろう。
不快だからさっさと終わらせよう。
僕は一つ目のハードル目掛けて走った。
タータンの地面は走りやすく、スニーカーの底が地面をしっかりとらえる。
残りの距離と歩数を計算しながら走る。
突如、何か空気の振動のようなものを感じた。
変な予感がして足を止めると、ハードルに何かが当たって倒れた。
あのまま飛んでいたら足に引っかかって転んでいたかもしれない。
近くを転がっていたのは翔生が持っていたボールだ。
俺は翔生の方を見た。すると翔生は悔しそうな顔で拳を降り下げていた。
なるほど、僕を転ばせようとしたわけか。
取り巻きは翔生に対して拍手を送っている。ハードルを倒した翔生の狙撃力をたたえているのだろう。
あまりにも腹が立って翔生達のほうへ詰め寄った。
翔生の顔からは笑みが消え、恐怖におののくような表情を浮かべていた。
そんなに僕って怖い? そこまで怖がることもないだろうに。
そんな事を考えていると、突如悲鳴が上がった。
声の主はハードルの順番待ちをしていた女子たちだ。
空気の振動が大きくなる。
僕は彼女たちが見つめるほうへと視線を走らせた。
見えたのは、虎ともライオンともつかないような猛獣だった。
茶色の長い毛を逆立てて、口から覗く鋭い牙をむき出しにして、威嚇しながらこちらに向かってくる。
生徒たちは蜘蛛の子を散らすように有象無象に走る。
僕と奨君、翔生達も走ったが、翔生がつまずぎ、そこからドミノ倒しのように転倒した。
猛獣が地面を蹴り、跳躍する。
踏み込んだ場所から予測するに、着地先は僕たちの転倒している場所だ。
身動きが取れずに重なり合って地べたを這う僕たち。
襲われる――鋭い爪が自分の皮膚に食い込む光景が頭をよぎった。
――キイン
猛獣の指先を中心に、水面にしずくが落ちたときのように光が輪となって広がった。
一枚の板があるように、猛獣は光にぶつかりはじかれた。
弧を描くように弾き飛ばされた猛獣の身体は地面に叩きつけられた。
ぐしゃりという嫌な音が響く。
猛獣は見た目の傷こそないものの、衝撃を受けたのか、しばらく立ち上がれなかった。
「大丈夫か!?」
先生が駆けつけてくる。
猛獣はよろけながら立ち上がり、恨みがましい表情を浮かべながら、校庭を囲むフェンスを越えて走り去った。
フェンスの向こうの明らかに身体より小さい茂みに駆け寄るとそのまま姿を消した。
どこに行ったのだろう?
「ケガはないか?」
聞き慣れない人の声がした。
落ち着いた声質、しかし口調はどこか少年のようなあどけなさが残っているような、不思議な声だった。
僕たちに声をかけてきたのは、知らない男の人だった。
身長はあまり高くないが、バランスのとれた身体、耳の下あたりまで伸びた青みがかった緩やかな黒髪、切れ長の目、黒く澄んだ瞳。
高校生なのだろう、この県で一番頭がいいといわれている中高一貫校の高校の方の制服を着ていた。
綺麗な人だ。つい見惚れてしまった。
「誰だお前は?」
先生は何とか威厳を保とうと高校生の前に強く出たが、先生自身も相当怖かったのだろう。足が震えていた。
「すみません、不法侵入ですね。身体が勝手に動いちゃって」
高校生は悪びれもせずに答えた。
「油断しているとまた来ますから、あまり外での体育はやめておいたほうがいいと思いますよ」
物腰はやわらかだが有無を言わせない威圧感に圧されて先生は黙った。
「あなたが助けてくれたんですか?今のって何?」
「あの化け物は何? ライオンか虎の遺伝子改良種?」
僕と奨君は同時に尋ねた。高校生はにっこりと微笑んだ。
「しっぽが二つに分かれていたから、猫又かな」
「猫又?」
「それって妖怪ですよね?」
僕の言葉の後に奨君が間髪入れずに発言した。
こんな初対面の人にまで妖怪の話を振るなんてやめてくれよと思ったが、高校生の反応は僕の予想と正反対だった。
「よく知ってるな。君は頭がいいね」
高校生は奨君の頭を撫でた。
よく考えたら『猫又』と口にしたのは高校生の方だったな。
この人、一体なんなんだ?
「おい!高校生が何でこんな時間にこんなところにいるんだよ! さぼりか!?」
翔生が濁声で高校生に言葉を投げつける。
みっともない姿を見られて苛立っているのだろう。八つ当たりだ。
「小学生にはわからないだろうが、高校生の試験期間中は午前中で帰宅できるんだよ」
高校は翔生の言葉を意に介さず、飄々と答えた。
「あんまり悪いことするなよ。天罰が下るぞ」
高校生は翔生のおでこにデコピンをするフリをして校庭を後にした。
「全く何も。ひたすらうずくまってプルプルしてるだけだし」
「エサって何あげてる?」
「虫」
「うちも虫。ひまわりの種とかペットフードとかあげてみたけどだめで、落ちてたハエの死骸を食べた」
「鳥か何かなのかな?」
「どんな感じで食べてる?」
「餌に覆いかぶさるようにしてる。だから口は見えない」
たいして中身のない情報交換の後、僕たちは前を走るクラスメイトの後ろ姿を眺めた。
今日はハードル走の授業だった。
レーンは三つしかないからかなり長蛇の列ができていて、僕の後ろに奨君が並んでいる。
こんなことをするよりも有酸素運動などの健康的な運動をすればいいのに、なぜわざわざほとんど順番待ちで終わるような種目を選んだのか謎である。
運動が苦手な僕にとってはありがたいけど。
「ペットっていいね」
奨君は嬉しそうに呟いた。
一人っ子の僕たちは、お母さんが仕事から帰ってくるまで家で一人だから、ペットの存在はことのほか大きい。
「昔猫を飼ってたんだ」
僕はスルガのことを初めて誰かに打ち明けた。
「そうなんだ?」
「でも、いなくなっちゃった」
「そっか。寂しいね」
「どこかで死んじゃったのかな」
「猫は死ぬ時姿を眩ませるっていうけど、それかな」
「そうなんだ」
そんな会話を続けていると、前方から声が聞こえてきた。
「煌ー、早くしろー」
気づいたら僕の順番が回ってきていた。
先生が大きく手を振って早く走るよう合図する。
「ちょっと行ってくる」
奨君の方を振り向いたところ、その後ろで翔生達がゴルフボールのようなもので遊んでいるのが見えた。
いつもどおりニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。
どうせ僕の走りを見て馬鹿にするのだろう。
不快だからさっさと終わらせよう。
僕は一つ目のハードル目掛けて走った。
タータンの地面は走りやすく、スニーカーの底が地面をしっかりとらえる。
残りの距離と歩数を計算しながら走る。
突如、何か空気の振動のようなものを感じた。
変な予感がして足を止めると、ハードルに何かが当たって倒れた。
あのまま飛んでいたら足に引っかかって転んでいたかもしれない。
近くを転がっていたのは翔生が持っていたボールだ。
俺は翔生の方を見た。すると翔生は悔しそうな顔で拳を降り下げていた。
なるほど、僕を転ばせようとしたわけか。
取り巻きは翔生に対して拍手を送っている。ハードルを倒した翔生の狙撃力をたたえているのだろう。
あまりにも腹が立って翔生達のほうへ詰め寄った。
翔生の顔からは笑みが消え、恐怖におののくような表情を浮かべていた。
そんなに僕って怖い? そこまで怖がることもないだろうに。
そんな事を考えていると、突如悲鳴が上がった。
声の主はハードルの順番待ちをしていた女子たちだ。
空気の振動が大きくなる。
僕は彼女たちが見つめるほうへと視線を走らせた。
見えたのは、虎ともライオンともつかないような猛獣だった。
茶色の長い毛を逆立てて、口から覗く鋭い牙をむき出しにして、威嚇しながらこちらに向かってくる。
生徒たちは蜘蛛の子を散らすように有象無象に走る。
僕と奨君、翔生達も走ったが、翔生がつまずぎ、そこからドミノ倒しのように転倒した。
猛獣が地面を蹴り、跳躍する。
踏み込んだ場所から予測するに、着地先は僕たちの転倒している場所だ。
身動きが取れずに重なり合って地べたを這う僕たち。
襲われる――鋭い爪が自分の皮膚に食い込む光景が頭をよぎった。
――キイン
猛獣の指先を中心に、水面にしずくが落ちたときのように光が輪となって広がった。
一枚の板があるように、猛獣は光にぶつかりはじかれた。
弧を描くように弾き飛ばされた猛獣の身体は地面に叩きつけられた。
ぐしゃりという嫌な音が響く。
猛獣は見た目の傷こそないものの、衝撃を受けたのか、しばらく立ち上がれなかった。
「大丈夫か!?」
先生が駆けつけてくる。
猛獣はよろけながら立ち上がり、恨みがましい表情を浮かべながら、校庭を囲むフェンスを越えて走り去った。
フェンスの向こうの明らかに身体より小さい茂みに駆け寄るとそのまま姿を消した。
どこに行ったのだろう?
「ケガはないか?」
聞き慣れない人の声がした。
落ち着いた声質、しかし口調はどこか少年のようなあどけなさが残っているような、不思議な声だった。
僕たちに声をかけてきたのは、知らない男の人だった。
身長はあまり高くないが、バランスのとれた身体、耳の下あたりまで伸びた青みがかった緩やかな黒髪、切れ長の目、黒く澄んだ瞳。
高校生なのだろう、この県で一番頭がいいといわれている中高一貫校の高校の方の制服を着ていた。
綺麗な人だ。つい見惚れてしまった。
「誰だお前は?」
先生は何とか威厳を保とうと高校生の前に強く出たが、先生自身も相当怖かったのだろう。足が震えていた。
「すみません、不法侵入ですね。身体が勝手に動いちゃって」
高校生は悪びれもせずに答えた。
「油断しているとまた来ますから、あまり外での体育はやめておいたほうがいいと思いますよ」
物腰はやわらかだが有無を言わせない威圧感に圧されて先生は黙った。
「あなたが助けてくれたんですか?今のって何?」
「あの化け物は何? ライオンか虎の遺伝子改良種?」
僕と奨君は同時に尋ねた。高校生はにっこりと微笑んだ。
「しっぽが二つに分かれていたから、猫又かな」
「猫又?」
「それって妖怪ですよね?」
僕の言葉の後に奨君が間髪入れずに発言した。
こんな初対面の人にまで妖怪の話を振るなんてやめてくれよと思ったが、高校生の反応は僕の予想と正反対だった。
「よく知ってるな。君は頭がいいね」
高校生は奨君の頭を撫でた。
よく考えたら『猫又』と口にしたのは高校生の方だったな。
この人、一体なんなんだ?
「おい!高校生が何でこんな時間にこんなところにいるんだよ! さぼりか!?」
翔生が濁声で高校生に言葉を投げつける。
みっともない姿を見られて苛立っているのだろう。八つ当たりだ。
「小学生にはわからないだろうが、高校生の試験期間中は午前中で帰宅できるんだよ」
高校は翔生の言葉を意に介さず、飄々と答えた。
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