上 下
1 / 3
オープニング

~婚約破棄されました~

しおりを挟む




「はぁ、エレミオ様。いまなんと仰いましたか?」

 私――エレナ・ファーガソンは呆れてそう言った。
 目の前に立つ青年貴族、エレミオ・リードハルトに対して。淡い青の髪をし、小柄なほっそりとした体格の彼は金の瞳に嬉々とした輝きを宿して答えた。

「何度でも言いましょう。ボクは今――キミに婚約破棄を言い渡した!」

 大げさに両手を広げて。
 その宣告をする自分に酔い痴れるかのように。
 自分は正義だと、そう信じて疑わない男の恍惚とした表情であった。

「一応、理由だけはうかがっておきましょうか……」

 そんな彼に、私は仕方なしにそう言う。なお、すでに頭が痛い。
 しかしそんな私の様子など気にもしないで、エレミオはウキウキとした表情で語るのである。その内容というのも、実はなんとなく理解できるのだけど……。
 さて、そんな私の気持ちも把握できない彼はこう言うのであった。

「いやぁ、キミがボクの家の財産を狙っている、という話には驚いたよ。キミの学友――レイラ・フランソワから教えてもらわなければ、とんだ災難に見舞われるところだった」――と。

 それは、どう考えても濡れ衣としか思えないモノだった。
 正直なところ私は親の決めた結婚に従おうとしていただけで、彼の家の財産なんて興味がない。ファーガソン家の三女として、とりあえず貴族と婚約しただけに過ぎない。それなのに、どうしてそんな話が出てきたのか――レイラ・フランソワ。その名が鍵であった。

「なるほど。レイラの虚言をそのまま信じた、ということですか」
「虚言だって!? 今すぐ、訂正したまえエレナ!!」
「はぁ……」

 私の言葉に、キッと目を吊り上げて抗議する優男。
 ちなみに補足しておくと、レイラ・フランソワは私の学友ではあるが、そこまで仲の良い女性ではない。その理由というのも、彼女の性格に難があるためだった。
 自分が有利になるため、利益を得るためなら、臆面もなく嘘をつく。
 正直なところ、女性人気は地に落ちている人物だった。

「……こほん。まぁ、いいだろう」

 咳払いをするエレミオ。
 彼は仕切り直すように、あるいは確認のために改めてこう言った。

「とにかく! 金輪際、ボクの家の敷居を跨ぐことは許さない! いいな!!」

 絶縁宣言。
 しかし、私にとってはどうでも良いコトだったため――。

「――あー、はいはい」

 なんとも軽い返事をしてしまう。
 そしてその日以来、私はこの男と出会うことはなくなったのだった――。


◆◇◆


「――さて、エレナ? お前の今後についてであるが……」

 私の父ことダン・ファーガソンは顎鬚を撫でながらそう切り出した。
 食卓を囲んで。しかし、場の空気はそこまで重いモノではない。二人の兄も、母も、みなが私の気持ちをしっかりと理解してくれているからだった。

「……どうする? ぶっちゃけ、好きにしていいよ?」
「お父様。せめて、最後まで威厳は保って下さいまし」

 唐突に口調が軽くなった父に、私は思わずそうツッコみを入れる。

「いや、だってさ。元々エレミオくんとの結婚には乗り気じゃなかったっしょ? それなら今後は、お前の好きなように生きてほしいなって、そう思うのよ儂は」
「はぁ。好きなように、ですか」

 しかし、口調を戻すつもりがないらしい父は、そのままに語る。
 仕方ないのでそれを無視して、私は少し考え込む。

「エレナは昔から、アレになりたいと言っていたじゃないか。この際だから、家を飛び出してみるのもいいんじゃないか?」
「アレンお兄様――本気でそう仰っているのですか?」

 さて。そうしていると、一番上の兄ことアレンがそう言った。
 私は少しだけ眉をひそめて答える。

「そうだね。アレン兄さんの言う通りだよ。アレになるための鍛錬なんて、騎士の僕が引くほどやっていたじゃないか」
「もう。リューク兄様まで……」

 さらには、もう一人の兄ことリュークまでそう口にした。
 たしかに私は幼少期から『アレ』になりたいと思って、色々と勉学に励んできてはいる。だがそれも、あくまで趣味としての知識であって……。

「お母様は、どう思われますか?」
「あららぁ? わたくし、ですかぁ?」

 困り果てた私は、ついに最後の砦である母にそう問いかけた。
 ほんわかとした彼女は、う~んと、少しだけ考えてから笑顔でこう述べる。

「エレナちゃんがやってみたいなら、それで良いんじゃないかしら?」――と。

 あまりに、気の抜けた声で。
 頭の上にお花畑が咲いていそう、とは前々から思っていたが。ここまでか……。
 しかし、そこまでとなると。もうその道に進んでも良いような気がしてきてしまった。そう――子供の頃から夢に見てきた、自由の象徴とも呼べる職業。

「それじゃあ、せっかくですし――お言葉に甘えることにします」

 そう。私が、子供の頃からなりたかった職業。
 それは――。


「――私は、明日から一人の冒険者として、生きますわ」


 そう、冒険者。
 それが家柄や決め事に縛られてた私の抱いた夢だった。
 そして、この決断で私の人生は大きく変貌することになる。しかし思ってもみなかった。この決断がいずれ――。






 ――国をも揺るがす、大きなうねりになるなんて……。



 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~

きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。 洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。 レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。 しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。 スキルを手にしてから早5年――。 「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」 突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。 森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。 それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。 「どうせならこの森で1番派手にしようか――」 そこから更に8年――。 18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。 「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」 最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。 そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。

いずれ殺される悪役モブに転生した俺、死ぬのが嫌で努力したら規格外の強さを手に入れたので、下克上してラスボスを葬ってやります!

果 一
ファンタジー
二人の勇者を主人公に、ブルガス王国のアリクレース公国の大戦を描いた超大作ノベルゲーム『国家大戦・クライシス』。ブラック企業に勤務する久我哲也は、日々の疲労が溜まっている中、そのゲームをやり込んだことにより過労死してしまう。 次に目が覚めたとき、彼はゲーム世界のカイム=ローウェンという名の少年に生まれ変わっていた。ところが、彼が生まれ変わったのは、勇者でもラスボスでもなく、本編に名前すら登場しない悪役サイドのモブキャラだった! しかも、本編で配下達はラスボスに利用されたあげく、見限られて殺されるという運命で……? 「ちくしょう! 死んでたまるか!」 カイムは、殺されないために努力することを決める。 そんな努力の甲斐あってか、カイムは規格外の魔力と実力を手にすることとなり、さらには原作知識で次々と殺される運命だった者達を助け出して、一大勢力の頭へと駆け上る! これは、死ぬ運命だった悪役モブが、最凶へと成り上がる物語だ。    本作は小説家になろう、カクヨムでも公開しています 他サイトでのタイトルは、『いずれ殺される悪役モブに転生した俺、死ぬのが嫌で努力したら規格外の強さを手に入れたので、下克上してラスボスを葬ってやります!~チート魔法で無双してたら、一大勢力を築き上げてしまったんだが~』となります

外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~

そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」 「何てことなの……」 「全く期待はずれだ」 私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。 このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。 そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。 だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。 そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。 そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど? 私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。 私は最高の仲間と最強を目指すから。

芋くさ聖女は捨てられた先で冷徹公爵に拾われました ~後になって私の力に気付いたってもう遅い! 私は新しい居場所を見つけました~

日之影ソラ
ファンタジー
アルカンティア王国の聖女として務めを果たしてたヘスティアは、突然国王から追放勧告を受けてしまう。ヘスティアの言葉は国王には届かず、王女が新しい聖女となってしまったことで用済みとされてしまった。 田舎生まれで地位や権力に関わらず平等に力を振るう彼女を快く思っておらず、民衆からの支持がこれ以上増える前に追い出してしまいたかったようだ。 成すすべなく追い出されることになったヘスティアは、荷物をまとめて大聖堂を出ようとする。そこへ現れたのは、冷徹で有名な公爵様だった。 「行くところがないならうちにこないか? 君の力が必要なんだ」 彼の一声に頷き、冷徹公爵の領地へ赴くことに。どんなことをされるのかと内心緊張していたが、実際に話してみると優しい人で…… 一方王都では、真の聖女であるヘスティアがいなくなったことで、少しずつ歯車がズレ始めていた。 国王や王女は気づいていない。 自分たちが失った者の大きさと、手に入れてしまった力の正体に。 小説家になろうでも短編として投稿してます。

最難関ダンジョンで裏切られ切り捨てられたが、スキル【神眼】によってすべてを視ることが出来るようになった冒険者はざまぁする

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
【第15回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞作】 僕のスキル【神眼】は隠しアイテムや隠し通路、隠しトラップを見破る力がある。 そんな元奴隷の僕をレオナルドたちは冒険者仲間に迎え入れてくれた。 でもダンジョン内でピンチになった時、彼らは僕を追放した。 死に追いやられた僕は世界樹の精に出会い、【神眼】のスキルを極限まで高めてもらう。 そして三年の修行を経て、僕は世界最強へと至るのだった。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。

ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

処理中です...