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2.彼は勇者です

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 空気を入れた紙袋のように、膨れ上がった腹部。
 顔面は肥大化した肉によって埋もれており、目鼻、そして口などは小さく、微かに見て取れる程度になってしまっていた。加えてそれらのパーツは各々、不細工なモノであり、見る者に自ずと不快感を与えるようなそれである。四肢はどれも短く、さながら家畜であった。
 背丈も低く、アルの三分の二ほどのみ。イナンナよりも矮小な男であった。

「うはwww出迎えご苦労でござるwww」

 ミドウ・ハヤト――そう名乗った彼は、自身を待っていた者達を認めるとそう言って笑う。そして最大限大股で、蓄えに蓄えた肉を弾ませながら歩み寄った。
 カール、アル、イナンナの三人は明らかに引きつった表情でそれを見つめる。
 あたかも珍獣が、あるいは貧弱な魔物が迫ってくるのを目の当たりにするかのように。それもそうだろう。彼――ミドウ・ハヤトの身にまとっていたモノもまた異質であった。瞳の大きな、愛くるしい服装をした人間の少女。それが描かれた白い布で出来た上着。下肢にはダボダボとした黒のパンツ。

 いや。出で立ちなど、今さら気にもならない。
 三人の絶望に満ちた顔からは、そんなこと度外視にした軽蔑の視線が放たれていた。そう――出会って五秒で彼らは確信したのである。この勇者に、関わるべきではない、と。だが、しかし――。

「いやぁwwwコミマ帰りに事故ったと思えば、異世界転移――転生? どっちでもいいかwwwとにかく、そんなことをするなんて、拙者どんな主人公なりwww?」

 ――あぁ、非情。

 神は何という試練をお与えになったのであろうか。
 ミドウ・ハヤトという存在は紛れもなくそこに在り、なおかつこの世界の命運を握っているのである。そして自分たちはこの世界、その人間側の首脳。関わらざるを得ない状況なのであった。
 そのこともまた同時に理解したのであろう。異口同音ならぬ異顔同色、とでも表現すれば良いのだろうか。とにもかくにも、そこにあったのは同じ顔色であった。

「あぁ、あなたが勇者――様、ですよね……?」

 その中において、精一杯の勇気を絞り出したのであろう。
 アルが目の前の醜い男に向かって問いかけた。
 すると、返ってきたのは――。

「いかにも! 拙者は女神様よりこの聖痕を与えられた、勇者でござる!」

 そんな、迷いのない肯定であった。
 握られた右手の甲には、まさしく伝説に語られている聖痕それが存在している。ハープに剣が重なったように思われる痣。それは、人々が崇拝している神の授けるモノに相違なかった。

「…………………………」

 それを聞いた三名は、改めて絶望する。
 おそらくは心のどこかで、まだ間違いであることを期待していたのであろう。もっとも、そのような希望などいとも容易く打ち砕かれたのであったが……。

「にゅふ? どうしたでござるか、御三方?」
「……あ、あぁ。なんでもありませんよ勇者、ハヤト様」
「うはwwwハヤトで良きにござるwww様付けなんて初めてで照れる///」
「……………………」

 アルの返答に身体をくねらせて、頬を赤らめるハヤト。
 その面妖とも取れる姿に、賢者は再び言葉を失った。国王カールは半眼となり、神官長イナンナに至ってはどこか遠くを眺めている。その他、数名の兵士たちも目に力がなく死んでいた。そうすでに、この場にいる者すべてが期待をしなくなったのである。

 ――うわぁ、ないわぁ……。

 それが、ここにいる人々の総意であったことは間違いない。
 しかしそれでも、である。このミドウ・ハヤトが異世界より舞い降りし勇者であることは、疑いようのない事実であった。つまりはここにいる者すべてが、現実と理想のギャップに苛まれているのである。

『神よ、どうしてこいつをお選びになられたのですか?』――と。

 だが、そんな皆の気持ちなど知らない、といった風にハヤトはこう言った。

「ところで、カール氏。一つお聞きしてもよろしいですかな?」

 一国の主に対するにしては、あまりに気楽な態度で。
 よもや自分に話が振られるとは思ってもみなかったのであろう。国王は数秒の間を置いた後に、ようやく「う、うむ?」と小さく首を傾げた。浮かんでいる表情は、何とも複雑なそれ。

「拙者、昨日の昼から何も食べてないでござるよ。なので食事を希望するなり」
「………………分かった。すぐに準備させよう」

 たっぷり時間をかけて、カールはそう答えた。
 たぶん脳が上手く稼働していないのだと、そのように思われるほどの時間。それを経由してからようやく、兵士の一人を呼びつけて一言二言、簡単な指示を出すのであった。

「うっひょ~っ! 異世界メシとか、ラノベやアニメの中だけのモノだと思ってたから感動! それじゃあ楽しみにしてるでござるよ~っ!」
「…………………………………………」

 兵士に連行され――もとい、誘導されていくハヤトの背中を見つめる三人。
 言葉はなかった。ただ、重苦しい空気だけがそこにあった。
 その中で、最初に口を開いたのはイナンナ。

「…………キモい」

 それだけだった。
 ただただ、皆の気持ちがそこに集約されていた。
 しかしあえて、誰も首を縦には振らない。神に仕える彼女でさえ堪え切れずに言ってしまったそれであるが、ここで同意してはどんな罰が当たるか分かったモノではない。そのため、場は沈黙に包まれた。

 そんな中でただ一人、その賢さからであろう。
 アルフレッドだけは前を向いた――『神の御心を信ずるのだ』と。
 ハヤトあれは、世界を救済する唯一といっても良い存在なのである。きっと神は戦闘能力とかその辺を見て判断して下さったに違いない。そう、思うことにしたのであった。

 それに、魔王さえ討伐してしまえば、彼ともおさらばである。

「我慢……我慢だ、アルフレッド……」





 そんなわけだから。
 騎士団長にして国の参謀を務める賢者アルフレッドは、拳を握りしめた。
 きっとこれも、神の課した試練の一つに過ぎないのであると。そう思うこととして……。

 
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