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第28話 誰にでも一つくらいいいところがあるものだ
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ヒムヤルの街についてすぐ、クリフレインディアの角を薬店に持ち込んだ。
予想していたよりも高値で売れ、路銀もばっちり稼ぐことができた。
私たちの旅の費用は、ファーティマ国王陛下のポケットマネーから出ている。よって資金は潤沢なのだが、サリッドがあまり陛下のお金を使うことを好まないので、旅の途中でレアアイテムを入手してはこうやって売り、自分たちで旅費を稼いでいるのだ。
そのあとは天然石の加工工房へ行き、ロッシュ洞窟から持ち帰った純化石のカットと研磨を依頼した。
3個に分け、それぞれ球体に磨いてもらう。
出来上がったら、革で作ったポマンダーに収め、お守りのように腰にぶら下げるのだ。
住宅地を通りかかると、広い庭でガーデンパーティが行われていた。
色とりどりの花や風船が会場を飾り、金色の刺繍の入ったカラフルなクロスがかけられたいくつものテーブルには豪華な料理や酒が並べられている。
ひな壇には伝統的な花嫁衣裳に身を包んだ女性がいた。
結婚式だ。
出入りは自由なようで、通りすがりの人がみなお祝いの言葉を投げかけていく。
「私たちもお祝いしましょうよ!」
花嫁に近づくと、なにか慌てているようだ。
「お困りごとですか?」
「ええ、実は、演奏家がこられなくなってしまって」
西の大陸の結婚式では、新郎新婦が招待客たちにダンスを披露する習慣があり、そのためにバイオリン奏者を呼んでいたが、なぜか楽器は届いたものの肝心のバイオリニストが来ない。どうやら前日に食中毒をおこし、病院に担ぎ込まれたらしい。
うーん、ピアノだったら私も弾けるのだけど。
王子がひょいとバイオリンを構える。弓を持つと、軽快なリズムの曲を弾きだした。
新郎新婦や招待客たちが一斉にこちらを見た。
サリッドが訊く。
「ハリソン殿下、どうして結婚の曲を弾けるのですか?」
「ファーティマ国王の妹君の結婚式に出席して、その時に聞いたことがあるからな。そんなに難しい曲でなければ一度聞けば弾けるようになる」
花婿が駆け寄ってきた。
「旅の方ですか? お願いです。パーティで演奏してもらえないでしょうか?」
「ああ、かまわぬぞ。聞いたのは数年前だから、少々間違うかもしれないが、それでよければ演奏しよう」
王子がスタンバイすると、お披露目のダンスが始まった。
新郎が新婦の手を取り、招待客の手拍子に合わせて、二人で息の合ったステップを踏む。
晴れて澄み渡った空に、バイオリンの音色が心地よく響く。
新郎新婦が最後のポーズを決めると歓声が起きた。
「たしかこの後は、皆で踊るのだったな」
続けてアップテンポな曲を奏でると、招待客たちがみな思い思いにダンスを始めた。
サリッドは感心したように言う。
「殿下は素晴らしい音楽の才能をお持ちなのだな」
「ええ。コルトレーン王国でも優秀な楽器奏者だと評判だったわ」
しかし、耳コピでこれだけ弾けるとは恐れ入った。
五曲ほど弾いていただろうか、結婚式のダンスタイムは無事に終了したようだ。
パーティ会場は暖かな拍手に包まれた。
お世辞抜きで美しい調べだった。
招待客たちは喜び、王子を取り囲むと、他の曲も聴かせて欲しいと口々にリクエストする。
「余の国の音楽でもよいか?」
再びバイオリンを構える。
始まったのは、コルトレーン王国の祝いの曲だ。
国王陛下の即位20周年記念式典でハリソン王子が演奏しているのを聞いたことがある。
その時は、あの性格でよくこんなきれいな音を出せるものだと感心したっけ。
結婚パーティは無事にお開きになった。
新郎新婦だけでなく、その親族たちからも厚く礼を言われていた。
「おにいちゃん、ありがとう!」
小さな女の子がナフキンでくるんだクッキーを王子に手渡す。
「あ、ああ」
戸惑いながら受け取る王子。
宿に戻る道すがら、王子はずっとクッキーの包みを見つめていた。
「ハリソン殿下、どうされました? お疲れになりましたか」
「いや、王子ではない自分が感謝されるのは初めてのことだと思ってな。今までさんざん礼を言われ続けてきたが、それは王族の権威に対してだった」
「王子のバイオリンは本当に素晴らしいわ。国にいたときからそう思ってた」
「あははっ、まさかレイシーに褒められることがあるとはな」
愉快そうに声を立てて笑った。
「以前、そなたに、余もただの冒険者だと言われただろう。今、王族ではない、いち冒険者であるを非常に嬉しく思っている」
バカ王子こと、ハリソン・ティモシー・カールトン・ウェルズリー第一王子には、一つ年下の異母弟がいる。
リチャード・ウェルズリー第二王子殿下。
眉目秀麗、博識多才、智勇兼備などなど、彼を誉める言葉は枚挙にいとまない。
見た目も麗しいが、知識が深く学問にも政治にも秀でていて、それでいて驕り高ぶったところがなく、温かで情に厚い誠実な人柄は、特に平民に人気が高い。
ハリソン王子の母親、つまり王妃殿下が貴族の中でもトップクラスの名門公爵家出身なのに対し、側妃であるリチャード王子の母親は辺境の落ちぶれた男爵家の娘だ。
身分からしてリチャード王子が国王になる可能性はないのだが、ハリソンよりもリチャードを即位させるべしという声は少なくない。
リチャードは決して自ら表に出ることはなく、陰から王室を支える姿勢を貫いている。またそれがリチャードの株を爆上げしている。
ハリソン王子は能天気でわがまま、短絡的で単細胞、自己中心的な性格だが、音楽の才能は天才的だし、見た目もそこそこ、学業でもリチャードほどではないけれど優秀な成績を残している。
トータルではそう悪くはないのだが、優秀過ぎる異母弟と常に比較されては国王にふさわしくないと、口さがない人たちから陰口をたたかれてきた。
王族ゆえのプレッシャーに王子なりに苦しんできたんだろう。
旅に出たがったのも、そういったわずらわしさから、ほんのひと時でも逃れたかったからだろうか。
王子はナフキンを広げると、クッキーをつまみ上げた。
ぽいと口に放り込む。
なんの変哲もない、素朴でありふれたクッキーだ。
それでも今の王子にとっては、一流の王宮パティシエの作ったどんなスイーツより美味しいのだろう。
それはその満ち足りた顔を見ればよくわかる。
予想していたよりも高値で売れ、路銀もばっちり稼ぐことができた。
私たちの旅の費用は、ファーティマ国王陛下のポケットマネーから出ている。よって資金は潤沢なのだが、サリッドがあまり陛下のお金を使うことを好まないので、旅の途中でレアアイテムを入手してはこうやって売り、自分たちで旅費を稼いでいるのだ。
そのあとは天然石の加工工房へ行き、ロッシュ洞窟から持ち帰った純化石のカットと研磨を依頼した。
3個に分け、それぞれ球体に磨いてもらう。
出来上がったら、革で作ったポマンダーに収め、お守りのように腰にぶら下げるのだ。
住宅地を通りかかると、広い庭でガーデンパーティが行われていた。
色とりどりの花や風船が会場を飾り、金色の刺繍の入ったカラフルなクロスがかけられたいくつものテーブルには豪華な料理や酒が並べられている。
ひな壇には伝統的な花嫁衣裳に身を包んだ女性がいた。
結婚式だ。
出入りは自由なようで、通りすがりの人がみなお祝いの言葉を投げかけていく。
「私たちもお祝いしましょうよ!」
花嫁に近づくと、なにか慌てているようだ。
「お困りごとですか?」
「ええ、実は、演奏家がこられなくなってしまって」
西の大陸の結婚式では、新郎新婦が招待客たちにダンスを披露する習慣があり、そのためにバイオリン奏者を呼んでいたが、なぜか楽器は届いたものの肝心のバイオリニストが来ない。どうやら前日に食中毒をおこし、病院に担ぎ込まれたらしい。
うーん、ピアノだったら私も弾けるのだけど。
王子がひょいとバイオリンを構える。弓を持つと、軽快なリズムの曲を弾きだした。
新郎新婦や招待客たちが一斉にこちらを見た。
サリッドが訊く。
「ハリソン殿下、どうして結婚の曲を弾けるのですか?」
「ファーティマ国王の妹君の結婚式に出席して、その時に聞いたことがあるからな。そんなに難しい曲でなければ一度聞けば弾けるようになる」
花婿が駆け寄ってきた。
「旅の方ですか? お願いです。パーティで演奏してもらえないでしょうか?」
「ああ、かまわぬぞ。聞いたのは数年前だから、少々間違うかもしれないが、それでよければ演奏しよう」
王子がスタンバイすると、お披露目のダンスが始まった。
新郎が新婦の手を取り、招待客の手拍子に合わせて、二人で息の合ったステップを踏む。
晴れて澄み渡った空に、バイオリンの音色が心地よく響く。
新郎新婦が最後のポーズを決めると歓声が起きた。
「たしかこの後は、皆で踊るのだったな」
続けてアップテンポな曲を奏でると、招待客たちがみな思い思いにダンスを始めた。
サリッドは感心したように言う。
「殿下は素晴らしい音楽の才能をお持ちなのだな」
「ええ。コルトレーン王国でも優秀な楽器奏者だと評判だったわ」
しかし、耳コピでこれだけ弾けるとは恐れ入った。
五曲ほど弾いていただろうか、結婚式のダンスタイムは無事に終了したようだ。
パーティ会場は暖かな拍手に包まれた。
お世辞抜きで美しい調べだった。
招待客たちは喜び、王子を取り囲むと、他の曲も聴かせて欲しいと口々にリクエストする。
「余の国の音楽でもよいか?」
再びバイオリンを構える。
始まったのは、コルトレーン王国の祝いの曲だ。
国王陛下の即位20周年記念式典でハリソン王子が演奏しているのを聞いたことがある。
その時は、あの性格でよくこんなきれいな音を出せるものだと感心したっけ。
結婚パーティは無事にお開きになった。
新郎新婦だけでなく、その親族たちからも厚く礼を言われていた。
「おにいちゃん、ありがとう!」
小さな女の子がナフキンでくるんだクッキーを王子に手渡す。
「あ、ああ」
戸惑いながら受け取る王子。
宿に戻る道すがら、王子はずっとクッキーの包みを見つめていた。
「ハリソン殿下、どうされました? お疲れになりましたか」
「いや、王子ではない自分が感謝されるのは初めてのことだと思ってな。今までさんざん礼を言われ続けてきたが、それは王族の権威に対してだった」
「王子のバイオリンは本当に素晴らしいわ。国にいたときからそう思ってた」
「あははっ、まさかレイシーに褒められることがあるとはな」
愉快そうに声を立てて笑った。
「以前、そなたに、余もただの冒険者だと言われただろう。今、王族ではない、いち冒険者であるを非常に嬉しく思っている」
バカ王子こと、ハリソン・ティモシー・カールトン・ウェルズリー第一王子には、一つ年下の異母弟がいる。
リチャード・ウェルズリー第二王子殿下。
眉目秀麗、博識多才、智勇兼備などなど、彼を誉める言葉は枚挙にいとまない。
見た目も麗しいが、知識が深く学問にも政治にも秀でていて、それでいて驕り高ぶったところがなく、温かで情に厚い誠実な人柄は、特に平民に人気が高い。
ハリソン王子の母親、つまり王妃殿下が貴族の中でもトップクラスの名門公爵家出身なのに対し、側妃であるリチャード王子の母親は辺境の落ちぶれた男爵家の娘だ。
身分からしてリチャード王子が国王になる可能性はないのだが、ハリソンよりもリチャードを即位させるべしという声は少なくない。
リチャードは決して自ら表に出ることはなく、陰から王室を支える姿勢を貫いている。またそれがリチャードの株を爆上げしている。
ハリソン王子は能天気でわがまま、短絡的で単細胞、自己中心的な性格だが、音楽の才能は天才的だし、見た目もそこそこ、学業でもリチャードほどではないけれど優秀な成績を残している。
トータルではそう悪くはないのだが、優秀過ぎる異母弟と常に比較されては国王にふさわしくないと、口さがない人たちから陰口をたたかれてきた。
王族ゆえのプレッシャーに王子なりに苦しんできたんだろう。
旅に出たがったのも、そういったわずらわしさから、ほんのひと時でも逃れたかったからだろうか。
王子はナフキンを広げると、クッキーをつまみ上げた。
ぽいと口に放り込む。
なんの変哲もない、素朴でありふれたクッキーだ。
それでも今の王子にとっては、一流の王宮パティシエの作ったどんなスイーツより美味しいのだろう。
それはその満ち足りた顔を見ればよくわかる。
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