上 下
28 / 42

第28話 誰にでも一つくらいいいところがあるものだ

しおりを挟む
ヒムヤルの街についてすぐ、クリフレインディアの角を薬店に持ち込んだ。
予想していたよりも高値で売れ、路銀もばっちり稼ぐことができた。
私たちの旅の費用は、ファーティマ国王陛下のポケットマネーから出ている。よって資金は潤沢なのだが、サリッドがあまり陛下のお金を使うことを好まないので、旅の途中でレアアイテムを入手してはこうやって売り、自分たちで旅費を稼いでいるのだ。

そのあとは天然石の加工工房へ行き、ロッシュ洞窟から持ち帰った純化石のカットと研磨を依頼した。
3個に分け、それぞれ球体に磨いてもらう。
出来上がったら、革で作ったポマンダーに収め、お守りのように腰にぶら下げるのだ。


住宅地を通りかかると、広い庭でガーデンパーティが行われていた。
色とりどりの花や風船が会場を飾り、金色の刺繍の入ったカラフルなクロスがかけられたいくつものテーブルには豪華な料理や酒が並べられている。
ひな壇には伝統的な花嫁衣裳に身を包んだ女性がいた。
結婚式だ。
出入りは自由なようで、通りすがりの人がみなお祝いの言葉を投げかけていく。

「私たちもお祝いしましょうよ!」

花嫁に近づくと、なにか慌てているようだ。

「お困りごとですか?」
「ええ、実は、演奏家がこられなくなってしまって」

西の大陸の結婚式では、新郎新婦が招待客たちにダンスを披露する習慣があり、そのためにバイオリン奏者を呼んでいたが、なぜか楽器は届いたものの肝心のバイオリニストが来ない。どうやら前日に食中毒をおこし、病院に担ぎ込まれたらしい。
うーん、ピアノだったら私も弾けるのだけど。

王子がひょいとバイオリンを構える。弓を持つと、軽快なリズムの曲を弾きだした。
新郎新婦や招待客たちが一斉にこちらを見た。
サリッドが訊く。

「ハリソン殿下、どうして結婚の曲を弾けるのですか?」
「ファーティマ国王の妹君の結婚式に出席して、その時に聞いたことがあるからな。そんなに難しい曲でなければ一度聞けば弾けるようになる」

花婿が駆け寄ってきた。

「旅の方ですか? お願いです。パーティで演奏してもらえないでしょうか?」
「ああ、かまわぬぞ。聞いたのは数年前だから、少々間違うかもしれないが、それでよければ演奏しよう」

王子がスタンバイすると、お披露目のダンスが始まった。
新郎が新婦の手を取り、招待客の手拍子に合わせて、二人で息の合ったステップを踏む。
晴れて澄み渡った空に、バイオリンの音色が心地よく響く。
新郎新婦が最後のポーズを決めると歓声が起きた。

「たしかこの後は、皆で踊るのだったな」

続けてアップテンポな曲を奏でると、招待客たちがみな思い思いにダンスを始めた。

サリッドは感心したように言う。

「殿下は素晴らしい音楽の才能をお持ちなのだな」
「ええ。コルトレーン王国でも優秀な楽器奏者だと評判だったわ」

しかし、耳コピでこれだけ弾けるとは恐れ入った。

五曲ほど弾いていただろうか、結婚式のダンスタイムは無事に終了したようだ。
パーティ会場は暖かな拍手に包まれた。

お世辞抜きで美しい調べだった。
招待客たちは喜び、王子を取り囲むと、他の曲も聴かせて欲しいと口々にリクエストする。

「余の国の音楽でもよいか?」

再びバイオリンを構える。
始まったのは、コルトレーン王国の祝いの曲だ。
国王陛下の即位20周年記念式典でハリソン王子が演奏しているのを聞いたことがある。
その時は、あの性格でよくこんなきれいな音を出せるものだと感心したっけ。

結婚パーティは無事にお開きになった。
新郎新婦だけでなく、その親族たちからも厚く礼を言われていた。

「おにいちゃん、ありがとう!」

小さな女の子がナフキンでくるんだクッキーを王子に手渡す。

「あ、ああ」

戸惑いながら受け取る王子。


宿に戻る道すがら、王子はずっとクッキーの包みを見つめていた。

「ハリソン殿下、どうされました? お疲れになりましたか」
「いや、王子ではない自分が感謝されるのは初めてのことだと思ってな。今までさんざん礼を言われ続けてきたが、それは王族の権威に対してだった」
「王子のバイオリンは本当に素晴らしいわ。国にいたときからそう思ってた」
「あははっ、まさかレイシーに褒められることがあるとはな」

愉快そうに声を立てて笑った。

「以前、そなたに、余もただの冒険者だと言われただろう。今、王族ではない、いち冒険者であるを非常に嬉しく思っている」


バカ王子こと、ハリソン・ティモシー・カールトン・ウェルズリー第一王子には、一つ年下の異母弟がいる。
リチャード・ウェルズリー第二王子殿下。
眉目秀麗、博識多才、智勇兼備などなど、彼を誉める言葉は枚挙にいとまない。
見た目も麗しいが、知識が深く学問にも政治にも秀でていて、それでいて驕り高ぶったところがなく、温かで情に厚い誠実な人柄は、特に平民に人気が高い。

ハリソン王子の母親、つまり王妃殿下が貴族の中でもトップクラスの名門公爵家出身なのに対し、側妃であるリチャード王子の母親は辺境の落ちぶれた男爵家の娘だ。
身分からしてリチャード王子が国王になる可能性はないのだが、ハリソンよりもリチャードを即位させるべしという声は少なくない。
リチャードは決して自ら表に出ることはなく、陰から王室を支える姿勢を貫いている。またそれがリチャードの株を爆上げしている。

ハリソン王子は能天気でわがまま、短絡的で単細胞、自己中心的な性格だが、音楽の才能は天才的だし、見た目もそこそこ、学業でもリチャードほどではないけれど優秀な成績を残している。
トータルではそう悪くはないのだが、優秀過ぎる異母弟と常に比較されては国王にふさわしくないと、口さがない人たちから陰口をたたかれてきた。
王族ゆえのプレッシャーに王子なりに苦しんできたんだろう。
旅に出たがったのも、そういったわずらわしさから、ほんのひと時でも逃れたかったからだろうか。


王子はナフキンを広げると、クッキーをつまみ上げた。
ぽいと口に放り込む。
なんの変哲もない、素朴でありふれたクッキーだ。
それでも今の王子にとっては、一流の王宮パティシエの作ったどんなスイーツより美味しいのだろう。
それはその満ち足りた顔を見ればよくわかる。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【短編】悪役令嬢と蔑まれた私は史上最高の遺書を書く

とによ
恋愛
婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれ、いじめを受け。 まさに不幸の役満を食らった私――ハンナ・オスカリウスは、自殺することを決意する。 しかし、このままただで死ぬのは嫌だ。なにか私が生きていたという爪痕を残したい。 なら、史上最高に素晴らしい出来の遺書を書いて、自殺してやろう! そう思った私は全身全霊で遺書を書いて、私の通っている魔法学園へと自殺しに向かった。 しかし、そこで謎の美男子に見つかってしまい、しまいには遺書すら読まれてしまう。 すると彼に 「こんな遺書じゃダメだね」 「こんなものじゃ、誰の記憶にも残らないよ」 と思いっきりダメ出しをされてしまった。 それにショックを受けていると、彼はこう提案してくる。 「君の遺書を最高のものにしてみせる。その代わり、僕の研究を手伝ってほしいんだ」 これは頭のネジが飛んでいる彼について行った結果、彼と共に歴史に名を残してしまう。 そんなお話。

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

エリート騎士は、移し身の乙女を甘やかしたい

当麻月菜
恋愛
娼館に身を置くティアは、他人の傷を自分に移すことができる通称”移し身”という術を持つ少女。 そんなティアはある日、路地裏で深手を負った騎士グレンシスの命を救った。……理由は単純。とてもイケメンだったから。 そして二人は、3年後ひょんなことから再会をする。 けれど自分を救ってくれた相手とは露知らず、グレンはティアに対して横柄な態度を取ってしまい………。 これは複雑な事情を抱え諦めモードでいる少女と、順風満帆に生きてきたエリート騎士が互いの価値観を少しずつ共有し恋を育むお話です。 ※◇が付いているお話は、主にグレンシスに重点を置いたものになります。 ※他のサイトにも重複投稿させていただいております。

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

時間が戻った令嬢は新しい婚約者が出来ました。

屋月 トム伽
恋愛
ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。(リディアとオズワルド以外はなかった事になっているのでifとしてます。) 私は、リディア・ウォード侯爵令嬢19歳だ。 婚約者のレオンハルト・グラディオ様はこの国の第2王子だ。 レオン様の誕生日パーティーで、私はエスコートなしで行くと、婚約者のレオン様はアリシア男爵令嬢と仲睦まじい姿を見せつけられた。 一人壁の花になっていると、レオン様の兄のアレク様のご友人オズワルド様と知り合う。 話が弾み、つい地がでそうになるが…。 そして、パーティーの控室で私は襲われ、倒れてしまった。 朦朧とする意識の中、最後に見えたのはオズワルド様が私の名前を叫びながら控室に飛び込んでくる姿だった…。 そして、目が覚めると、オズワルド様と半年前に時間が戻っていた。 レオン様との婚約を避ける為に、オズワルド様と婚約することになり、二人の日常が始まる。 ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。 第14回恋愛小説大賞にて奨励賞受賞

自己肯定感の低い令嬢が策士な騎士の溺愛に絡め取られるまで

嘉月
恋愛
平凡より少し劣る頭の出来と、ぱっとしない容姿。 誰にも望まれず、夜会ではいつも壁の花になる。 でもそんな事、気にしたこともなかった。だって、人と話すのも目立つのも好きではないのだもの。 このまま実家でのんびりと一生を生きていくのだと信じていた。 そんな拗らせ内気令嬢が策士な騎士の罠に掛かるまでの恋物語 執筆済みで完結確約です。

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

処理中です...