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第11話 聖女だって嫉妬することはある
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西の大陸の多くは赤茶色の砂で覆われているが、このあたり一帯のバルハーラ砂漠は白い砂漠だ。
遠目では、さらさらの粉雪が降り積もったように見える。
キノコ岩とよばれるマッシュルームのような形をした巨大な奇岩がいくつも見られ、ほかの砂漠にはない独特の雰囲気を醸し出している。
バルハーラは古代文明発祥の地のひとつと言われ、数多くの古代遺跡が存在している。
そして、三つ目のクリスタルはその古の神殿の中に眠っている。
ディルイーヤ王国の第三の都市ハムラトは学問の街として名高い。
大学や国の重要な研究機関なども置かれている。
そんなイメージとはうらはらに、ハムラトの街は大通りから小径にいたるまで、色とりどりの花が華やかに飾られていた。
通りのあちこちで民族楽器を演奏する奏者と、音楽に合わせて踊る街の人たち。
浮かれた楽しい雰囲気が伝わってくる。
サリッドが意外そうに言う。
「学問の街というから、もっと堅苦しい感じかと思っていたのに」
「私もよ」
市街地に足を踏み入れると、たくさんの黄色いバラを入れたカゴを持った女性が駆け寄ってきた。
「旅の方ですか?」
「ええ。初めて来たのだけれど、素敵なところですね」
「今日は女神さまの感謝祭なんです。ぜひ参加してくださいね」
この地域では、学問の神アシッドと、恋愛と結婚を司る女神ナイーマを信仰している。
今日は、ナイーマ女神のお祭りで、女性から男性を誘ってもいい日なのだ。
女性は黄色いバラを気に入った男性に渡し、お祭りのパートナーに指名する。
そういえば、道行く男性の多くが胸に花を飾っている。なるほど、あれは女性から選ばれた男性たちなのか。
「よかったらどうぞ。お祭りは夕方から始まりますよ」
「ありがとう」
私は差し出されたバラを受け取った。
宿を確保し、さっそく市場に買い物に出かける。
人通りが多い場所に出ると、女性たちからの視線を感じるようになった。
あちらこちらから熱いまなざしがサリッドに注がれている。
他者からの恋慕の情に疎いサリッドでもさすがに気づいたのか、落ち着きなさげだ。
保存食と薬草を買い込んだところで、私は買い忘れに気が付いた。
「ごめんなさい、急いで行ってくるわ。ここで待ってて」
一人で薬店に引き返し、店主に希望の商品を伝える。
しかし、店頭に在庫がなく、奥の倉庫にまで取りに行ってもらったため、思いがけず時間をくってしまった。
「お待たせ」
小走りに先ほどの場所に戻ると、案の定、サリッドが女性たちに囲まれていた。
なかには腕を絡ませ、体をぐいぐい押し付けている女の子もいる。
私は嫉妬でムッとなったが、聖なる乙女たるものジェラシーなんてネガティブな感情は持ち合わせていませんのよホホホというスタンスで行くべきなのか、それとも聖女の仮面を脱ぎ捨てて一人の女に戻ってやきもちを焼いた方が可愛いのか、思考が行ったり来たりしていた。
結局は、私に気付いたサリッドが自力で女性たちを振り切り、こちらへやってきた。
「困っていたのに、眺めていないで助けてくれてもいいじゃないか」
騎士様はおかんむりである。
「あら、きれいな女性たちに囲まれるなんて殿方としたら嬉しいんじゃないの? お邪魔したらいけないかと思って」
サリッドが悪くないのはわかっているけど、嫉妬心からつい意地悪を言ってしまった。
少しの沈黙のあと、場の空気を変えるようにサリッドが切り出した。
「それより、レイシーはその花をどうするの?」
そういえば、さっき受け取ったバラをバッグに仕舞いっぱなしだった。
とりだして指先でくるくる回しつつ、通りに目をやる。
「そうねえ、この街の男性ってみんなカッコよくて目移りしちゃうわ」
「えっ? まさか男に声をかけるつもり?」
普段、めったなことでは動じないサリッドの驚いた顔は貴重だ。
私はバラを差し出す。
「そこの素敵な騎士様、今宵は私をエスコートしてくださる?」
サリッドは悪戯っぽい表情を浮かべると、その場に跪き、花を受け取った。
「聖女様の仰せのままに」
おぉ!これぞ全宇宙の乙女の憧れのシチュエーション!
サリッドにか出会ってからずっと、数えきれないくらいドキドキきゅんきゅんさせられてきたけど、この一撃は刺さりまくった。
この世界に転生できて、うん、本当に良かった。
遠目では、さらさらの粉雪が降り積もったように見える。
キノコ岩とよばれるマッシュルームのような形をした巨大な奇岩がいくつも見られ、ほかの砂漠にはない独特の雰囲気を醸し出している。
バルハーラは古代文明発祥の地のひとつと言われ、数多くの古代遺跡が存在している。
そして、三つ目のクリスタルはその古の神殿の中に眠っている。
ディルイーヤ王国の第三の都市ハムラトは学問の街として名高い。
大学や国の重要な研究機関なども置かれている。
そんなイメージとはうらはらに、ハムラトの街は大通りから小径にいたるまで、色とりどりの花が華やかに飾られていた。
通りのあちこちで民族楽器を演奏する奏者と、音楽に合わせて踊る街の人たち。
浮かれた楽しい雰囲気が伝わってくる。
サリッドが意外そうに言う。
「学問の街というから、もっと堅苦しい感じかと思っていたのに」
「私もよ」
市街地に足を踏み入れると、たくさんの黄色いバラを入れたカゴを持った女性が駆け寄ってきた。
「旅の方ですか?」
「ええ。初めて来たのだけれど、素敵なところですね」
「今日は女神さまの感謝祭なんです。ぜひ参加してくださいね」
この地域では、学問の神アシッドと、恋愛と結婚を司る女神ナイーマを信仰している。
今日は、ナイーマ女神のお祭りで、女性から男性を誘ってもいい日なのだ。
女性は黄色いバラを気に入った男性に渡し、お祭りのパートナーに指名する。
そういえば、道行く男性の多くが胸に花を飾っている。なるほど、あれは女性から選ばれた男性たちなのか。
「よかったらどうぞ。お祭りは夕方から始まりますよ」
「ありがとう」
私は差し出されたバラを受け取った。
宿を確保し、さっそく市場に買い物に出かける。
人通りが多い場所に出ると、女性たちからの視線を感じるようになった。
あちらこちらから熱いまなざしがサリッドに注がれている。
他者からの恋慕の情に疎いサリッドでもさすがに気づいたのか、落ち着きなさげだ。
保存食と薬草を買い込んだところで、私は買い忘れに気が付いた。
「ごめんなさい、急いで行ってくるわ。ここで待ってて」
一人で薬店に引き返し、店主に希望の商品を伝える。
しかし、店頭に在庫がなく、奥の倉庫にまで取りに行ってもらったため、思いがけず時間をくってしまった。
「お待たせ」
小走りに先ほどの場所に戻ると、案の定、サリッドが女性たちに囲まれていた。
なかには腕を絡ませ、体をぐいぐい押し付けている女の子もいる。
私は嫉妬でムッとなったが、聖なる乙女たるものジェラシーなんてネガティブな感情は持ち合わせていませんのよホホホというスタンスで行くべきなのか、それとも聖女の仮面を脱ぎ捨てて一人の女に戻ってやきもちを焼いた方が可愛いのか、思考が行ったり来たりしていた。
結局は、私に気付いたサリッドが自力で女性たちを振り切り、こちらへやってきた。
「困っていたのに、眺めていないで助けてくれてもいいじゃないか」
騎士様はおかんむりである。
「あら、きれいな女性たちに囲まれるなんて殿方としたら嬉しいんじゃないの? お邪魔したらいけないかと思って」
サリッドが悪くないのはわかっているけど、嫉妬心からつい意地悪を言ってしまった。
少しの沈黙のあと、場の空気を変えるようにサリッドが切り出した。
「それより、レイシーはその花をどうするの?」
そういえば、さっき受け取ったバラをバッグに仕舞いっぱなしだった。
とりだして指先でくるくる回しつつ、通りに目をやる。
「そうねえ、この街の男性ってみんなカッコよくて目移りしちゃうわ」
「えっ? まさか男に声をかけるつもり?」
普段、めったなことでは動じないサリッドの驚いた顔は貴重だ。
私はバラを差し出す。
「そこの素敵な騎士様、今宵は私をエスコートしてくださる?」
サリッドは悪戯っぽい表情を浮かべると、その場に跪き、花を受け取った。
「聖女様の仰せのままに」
おぉ!これぞ全宇宙の乙女の憧れのシチュエーション!
サリッドにか出会ってからずっと、数えきれないくらいドキドキきゅんきゅんさせられてきたけど、この一撃は刺さりまくった。
この世界に転生できて、うん、本当に良かった。
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