上 下
7 / 42

第7話 女が押して押して押しまくればたいていの男はモノにできる

しおりを挟む
 2日前に王都では、ルシータの悲痛な願いを聞き届けてくれたような大雨が降ったけれど、本日はそれが嘘だったのかのようにすこぶる晴天だった。

 窓から見える薬草園には本日も白衣を着た研究員たちが、調薬のための薬草を選別している。時折「ギャー」と女性の悲鳴が聞こえるのは、最近植えた新種のマンドラゴラだろう。

 じゃんけんをしながら、それを引っこ抜く研究員たちの目は皆真剣だ。多分それは、製薬に対する熱意ではなく、絶対に自分は抜き役に廻りたくないという人間らしい感情からくるもの。

 そんな様子を窓から見下ろすルシータの表情は10回マンドラゴラの抜き役を担当したそれより沈鬱なものだった。

「ねえミラン、今日、これから雨が降る確立はどれくらいかな?」
「そうですね……祈祷師の力を持ってしても、今日中は無理でしょう」
「……そうよね」

 カーテンを握りしめながら、恨めしげに空を見つめるルシータは、その表情とは裏腹にとてもめかし込んでいた。

 初夏の季節に合わせたシルクと麻を混ぜ合わせた若草色のドレスは、レースもリボンもないシンプルなデザインのもの。
 だけれど、陽に当たった部分だけ萌木色に変化する不思議な生地のせいで、とても華やかな印象になる。

 ほんの少し動けば、生地の色の変化でレオナードの瞳の色にもなるのが憎らしい。
 そして、ドレスに合わせた靴はヒールは高いけれど、足首にリボンを通すデザインのものなので、まだ辛うじて歩けるもの。これも憎らしい。

 そんなふうに素直に喜べないのは、これがすべてレオナードからの贈り物だからだ。
 きっと......いや、絶対に高価だったのだろう。触れただけでトロリと指先から滑り落ちる生地は、この部屋には相応しくないけれど、お茶会にはきっと相応しいもの。

 ルシータは敢えてドレスの裾を乱暴に叩いて皺を落とす素振りをしてみる。

 上質な生地はちょっとやそっとじゃ皺にはならないことは知っているけれど、八つ当たりのためにしているので、別に構わない。

 レオナードは今日のお茶会をとても楽しみにしているのは、本気のようだった。わざわざこんなものを送り付けてくるくらいに。

 それともルシータが、そういったよそ行きの服を一着も持っていないことを危惧してのことだったのだろうか。
 もしそうなら、悔しいが正解だ。

 現在ルシータのクローゼットは、本棚と化していて服の方が申し訳なさそうにぶら下がっている状態。そして、その服らも、清潔さと丈夫さ重視で、貴族令嬢の普段着とは言えない代物だった。 

 レオナードは侯爵家だ。上位の貴族だ。
 そんな彼の婚約者が、みすぼらしい格好をしてお茶会に出席するのが耐えられないのだろう。

 ───なら、誘わなきゃ良いのに。
 思わずルシータは心の中で悪態を付いてみる。

 でもそれを口に出すことはせず、別のことをミランに向かって言った。

「ズーボルテルテ、役に立たなかったわね」
「まぁ迷信ですから」

 そっけなく答えたミランは、もと研究者。とびきりの現実主義者だ。だから、おまじないなど端から信じていない。
 
 ちなみに「ズーボルテルテ」とは、東洋の晴天を願うおまじないの「てるてる坊主」を逆さ読みしたもの。
 そしてそれを逆さ吊りにすれば、雨が降ると言われている。
 
 もちろんそれは眉唾モノ。ルシータとてわかっている。でも藁にもすがりたい気持ちだったのだ。

 そしてルシータは、この非の打ち所がない晴天を目にしても諦めることができない。奇跡が起こることを信じている。

「あー……誰でも良いから、そこら辺の貯水塔を爆破してくれないかしら。そうすれば物理的には雨っぽくなるでしょ?」
「ですが王都は大騒ぎになります。そして真っ先に疑われるのは、ここ研究所です」
「そ、そうね。また何か不可思議な薬品を作ったのかと警護団が詰めかけてき───……あ、嫌だ。レオナード様が……」
 
 到着してしまった。しかも、予定より20分も早いご到着だ。

 これはきっとお茶会当日になってもルシータが往生際悪くゴネることを予期してのことなのだろう。

 悔しいけれども、これもまた正解だ。

 でも、行きたくないものは行きたくない。例え、大人気ないと言われても。

「部屋の鍵でもかけておこうかしら」

 8割本気でそう言えば、ミランは困ったように眉を下げる。

「でも、合いカギはカイルドが持っております」
「……ああ、そうだった」

 たくさんの侍女にかしずかれる高位の貴族令嬢には、プライバシーは無い。
 
 ルシータにかしずいてくれる侍女は居ないし、そんなもの不要だと思っているけれど、プライベートが無い共通点だけ同じなのは少々腑に落ちない。

 けれど約束は約束。

 ルシータは恨みがましく空を見つめてから、廊下へと出ようとする。だが、なぜかここでちょっと待ったとミランに呼び止められてしまった。

「ルシータさま、お守り代わりに、これをどうぞ」

 そう言って差し出されたのは、手のひらに乗る小さな小瓶が二つ。

「試作品ではありますが、お持ちください。どちらも無味無臭です。数滴、飲み物に含ませてお使いください。ちなみに茶色のほうは即効性があります。そして薄紫色のほうは2、3日してから効果が出ます。状況に応じて使い分けてください」
「……ミラン、ところでこれ、何?」

 肝心なところを端折った侍女に対して、ルシータは恐る恐る問いかける。

「下剤でございます。副作用はございません」
「ありがとう。ミラン。是非とも、持っていかせてくださいっ」

 奪うように二つの小瓶を侍女の手からかっさらったルシータは、素早くポケットにそれをしまう。

 さすがミラン。もと研究者で、現実主義者。
 おまじないなんかより、こっちの方が確実に頼りになる。

 あらゆる感謝の言葉と共に、そんなことをミランに向かって言いながら、ルシータはさっきよりも足取り軽く、玄関ホールへと向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【本編完結】美女と魔獣〜筋肉大好き令嬢がマッチョ騎士と婚約? ついでに国も救ってみます〜

松浦どれみ
恋愛
【読んで笑って! 詰め込みまくりのラブコメディ!】 (ああ、なんて素敵なのかしら! まさかリアム様があんなに逞しくなっているだなんて、反則だわ! そりゃ触るわよ。モロ好みなんだから!)『本編より抜粋』 ※カクヨムでも公開中ですが、若干お直しして移植しています! 【あらすじ】 架空の国、ジュエリトス王国。 人々は大なり小なり魔力を持つものが多く、魔法が身近な存在だった。 国内の辺境に領地を持つ伯爵家令嬢のオリビアはカフェの経営などで手腕を発揮していた。 そして、貴族の令息令嬢の大規模お見合い会場となっている「貴族学院」入学を二ヶ月後に控えていたある日、彼女の元に公爵家の次男リアムとの婚約話が舞い込む。 数年ぶりに再会したリアムは、王子様系イケメンとして令嬢たちに大人気だった頃とは別人で、オリビア好みの筋肉ムキムキのゴリマッチョになっていた! 仮の婚約者としてスタートしたオリビアとリアム。 さまざまなトラブルを乗り越えて、ふたりは正式な婚約を目指す! まさかの国にもトラブル発生!? だったらついでに救います! 恋愛偏差値底辺の変態令嬢と初恋拗らせマッチョ騎士のジョブ&ラブストーリー!(コメディありあり) 応援よろしくお願いします😊 2023.8.28 カテゴリー迷子になりファンタジーから恋愛に変更しました。 本作は恋愛をメインとした異世界ファンタジーです✨

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

英国紳士の熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです

坂合奏
恋愛
「I love much more than you think(君が思っているよりは、愛しているよ)」  祖母の策略によって、冷徹上司であるイギリス人のジャン・ブラウンと婚約することになってしまった、二十八歳の清水萌衣。  こんな男と結婚してしまったら、この先人生お先真っ暗だと思いきや、意外にもジャンは恋人に甘々の男で……。  あまりの熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです。   ※物語の都合で軽い性描写が2~3ページほどあります。

エリート騎士は、移し身の乙女を甘やかしたい

当麻月菜
恋愛
娼館に身を置くティアは、他人の傷を自分に移すことができる通称”移し身”という術を持つ少女。 そんなティアはある日、路地裏で深手を負った騎士グレンシスの命を救った。……理由は単純。とてもイケメンだったから。 そして二人は、3年後ひょんなことから再会をする。 けれど自分を救ってくれた相手とは露知らず、グレンはティアに対して横柄な態度を取ってしまい………。 これは複雑な事情を抱え諦めモードでいる少女と、順風満帆に生きてきたエリート騎士が互いの価値観を少しずつ共有し恋を育むお話です。 ※◇が付いているお話は、主にグレンシスに重点を置いたものになります。 ※他のサイトにも重複投稿させていただいております。

紡織師アネモネは、恋する騎士の心に留まれない

当麻月菜
恋愛
人が持つ記憶や、叶えられなかった願いや祈りをそっくりそのまま他人の心に伝えることができる不思議な術を使うアネモネは、一人立ちしてまだ1年とちょっとの新米紡織師。 今回のお仕事は、とある事情でややこしい家庭で生まれ育った侯爵家当主であるアニスに、お祖父様の記憶を届けること。 けれどアニスはそれを拒み、遠路はるばるやって来たアネモネを屋敷から摘み出す始末。 途方に暮れるアネモネだけれど、ひょんなことからアニスの護衛騎士ソレールに拾われ、これまた成り行きで彼の家に居候させてもらうことに。 同じ時間を共有する二人は、ごく自然に惹かれていく。けれど互いに伝えることができない秘密を抱えているせいで、あと一歩が踏み出せなくて……。 これは新米紡織師のアネモネが、お仕事を通してちょっとだけ落ち込んだり、成長したりするお話。 あるいは期間限定の泡沫のような恋のおはなし。 ※小説家になろう様にも、重複投稿しています。

【完結】ひとりぼっちになった王女が辿り着いた先は、隣国の✕✕との溺愛婚でした

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
側妃を母にもつ王女クラーラは、正妃に命を狙われていると分かり、父である国王陛下の手によって王城から逃がされる。隠れた先の修道院で迎えがくるのを待っていたが、数年後、もたらされたのは頼りの綱だった国王陛下の訃報だった。「これからどうしたらいいの?」ひとりぼっちになってしまったクラーラは、見習いシスターとして生きる覚悟をする。そんなある日、クラーラのつくるスープの香りにつられ、身なりの良い青年が修道院を訪ねて来た。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】もったいないですわ!乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢は、今日も生徒会活動に勤しむ~経済を回してる?それってただの無駄遣いですわ!~

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
内容も知らない乙女ゲームの世界に転生してしまった悪役令嬢は、ヒロインや攻略対象者たちを放って今日も生徒会活動に勤しむ。もったいないおばけは日本人の心! まだ使える物を捨ててしまうなんて、もったいないですわ! 悪役令嬢が取り組む『もったいない革命』に、だんだん生徒会役員たちは巻き込まれていく。「このゲームのヒロインは私なのよ!?」荒れるヒロインから一方的に恨まれる悪役令嬢はどうなってしまうのか?

処理中です...