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第10話
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連日の捜査で体力も限界にきていた第七係全員が瀬尾に休むように促された。
疲れた体を引きずり帰宅すると、マンションの玄関扉の前に白い和服姿の女性が立っていた。目線が合うと軽く会釈する。
「失礼ですが、度会健人さんですね」
あっと声が出そうになった。見覚えのある女性だった。警察学校時代、ランニング中に何度かすれ違った記憶がある。初めて会った時はこの世にこんな綺麗なひとがいるのかと思った。
「突然申し訳ございません。お邪魔してもよろしいでしょうか?」
男の一人暮らしに女性をあげていいのか躊躇したが、女性のまなざしに逆らえない意志の強さを感じた。
とりあえずダイニングに通し、テーブルに向かい合って座る。
「その、どんなご用件でしょうか」
「見ていただきたいものがございます」
女性は抱えていたふろしき包みを解くと桐の箱を健人へ差し出した。
「これは……?」
「刀です」
銃刀法違反ですよと喉元まで出かかったが飲み込んだ。
蓋を開けると、ひと振りの日本刀が収まっていた。押収品で見たことのある真剣とは比べ物にならないほどの重厚感。
慎重に桐箱から取り出す。柄を握ると、初めて触ったはずなのに何十年も使っていたかのように手になじんだ。
鞘から抜くと刀身が現れる。刃文は細かく波打ち、真冬の積雪のような独特な白い輝きを放っていた。
和服の女性は何も言わず健人を見つめている。
眼の高さまであげ、美しい刃に映った自分の顔を覗き込む。
そこには健人に似ているが、違う男の顔が映っていた。
長元三年(西暦1030年)ー
時任は懐紙をくわえ、拭い紙で愛刀雪華斬の手入れをしていた。
雪華斬は刀工の祖とされている伯耆国の刀匠、安綱の作刀である。豪壮ななかにも優美さを秘めた太刀姿はまさに名刀と呼ぶにふさわしい。
「近いな」
となりで惟光がつぶやく。
言われるまでもなく、時任も肌にひりつくような痛みを感じていた。どこからか流れてくる邪気が辺りに漂っている。
都から遠くはなれた武蔵の国までは水路と陸路でニか月の旅路だった。
鬼神五人衆のほか、惟光と時任の父の和治が先代より譲り受けた鬼神、東雲、明空、宝生も同行している。いずれおとらぬ弓の名手だ。
白羽の一行は廃寺でしばしの休みをとっていた。
和治が小走りに近づいてきた。
「斥候に出た犬君が戻った」
鹿蔵岳のふもとにある没落貴族の打ち捨てられた別荘に、大量の悪鬼の妖気を確認できたという。
「急襲する。出立の用意いたせ」
月明りもない夜の闇の中を一行は進んでゆく。
前方にうすぼんやりと明かりが見えた。あれがかつて別荘だった屋敷なのだろう。
小高い丘の上から様子をうかがう。
低い垣根はところどころ穴が空き、蔦が縦横無尽に絡み合っている。板ぶきの屋根は破れており、強い風が吹くたびに煽られていた。遠目からでも荒れ果てていることがわかる。
正面の門には篝火がたかれ、松明を持った数人の悪鬼が見回りをしていた。
東雲、明空、宝生が大弓を構える。
「射て!!」
和治の一声が夜のしじまを破った。
鬼神たちの放つ白羽の矢は、見張りに立っていた悪鬼たちを次々に仕留めてゆく。
時任らは丘を駆け下り、正門を目指す。
熊童子が鉈をふるい、閂を一撃で破壊した。
門をこじ開け一気に庭になだれ込む。
異変を察知した悪鬼や小鬼が母屋からわらわらと吐き出され、侵入者を排除しようと襲い掛かってきた。敵味方入り乱れての攻防戦となった。
「なんの騒ぎかえ?」
中ほどの御簾がめくりあがり、渡り度にひとり唐衣裳の女が歩み出た。
(女人……?)
ふいに雲が切れ、月明かりがさした。
黒々とした豊かな髪で覆われた女の頭部からは二本の金色の角が生えていた。
顔を隠していた檜扇を外す。
淀んで濁った黄色の目、耳まで裂けた大きな口、そこからのぞくとがった牙。
こやつが黒星丸か!!
御簾の向こうからさらに多くの悪鬼が現れ、襲い掛かってきた。
白羽一族の武術からすれば、悪鬼1体1体は強いわけではないのだがいかんせん数が多すぎる。
和治や東雲らも駆けつけ、弓から太刀に切り替えて応戦しているが状況は変わらない。
「埒が明かぬわ!熊童子、犬君、行くぞ!本丸を討つ!」
時任の命令に熊童子が走り、犬君が続く。
黒星丸までの最短距離を駆ける。
「邪魔立てするものは切る!」
熊童子が山刀をたたきつけ、犬君は槍を振り回し、悪鬼や小鬼を叩き潰し、時任に道を作る。
そして、女主人を守るように黒星丸の前に立つ二人の巨漢を、熊童子が渾身の力でなぎ倒した。最後の砦も消え、遮るものは何もない。
犬君が疾風のごとく加速し、槍で黒星丸の腹を貫いた。
「がほぉっっ!!」
黒星丸の動きが止まる。
時任は地面を蹴り跳躍すると黒星丸の懐へ飛び込む。
「覚悟いたせ!」
月光を浴びた雪華斬が一閃、左から右へと水平に弧を描いた。
根元から切り落とされた馘が宙に跳ね上がり、どす黒い血をまき散らしながら石砂利の庭を転がっていった。
頭部を失った体躯は切り倒された大木のように仰向けに倒れた。
疲れた体を引きずり帰宅すると、マンションの玄関扉の前に白い和服姿の女性が立っていた。目線が合うと軽く会釈する。
「失礼ですが、度会健人さんですね」
あっと声が出そうになった。見覚えのある女性だった。警察学校時代、ランニング中に何度かすれ違った記憶がある。初めて会った時はこの世にこんな綺麗なひとがいるのかと思った。
「突然申し訳ございません。お邪魔してもよろしいでしょうか?」
男の一人暮らしに女性をあげていいのか躊躇したが、女性のまなざしに逆らえない意志の強さを感じた。
とりあえずダイニングに通し、テーブルに向かい合って座る。
「その、どんなご用件でしょうか」
「見ていただきたいものがございます」
女性は抱えていたふろしき包みを解くと桐の箱を健人へ差し出した。
「これは……?」
「刀です」
銃刀法違反ですよと喉元まで出かかったが飲み込んだ。
蓋を開けると、ひと振りの日本刀が収まっていた。押収品で見たことのある真剣とは比べ物にならないほどの重厚感。
慎重に桐箱から取り出す。柄を握ると、初めて触ったはずなのに何十年も使っていたかのように手になじんだ。
鞘から抜くと刀身が現れる。刃文は細かく波打ち、真冬の積雪のような独特な白い輝きを放っていた。
和服の女性は何も言わず健人を見つめている。
眼の高さまであげ、美しい刃に映った自分の顔を覗き込む。
そこには健人に似ているが、違う男の顔が映っていた。
長元三年(西暦1030年)ー
時任は懐紙をくわえ、拭い紙で愛刀雪華斬の手入れをしていた。
雪華斬は刀工の祖とされている伯耆国の刀匠、安綱の作刀である。豪壮ななかにも優美さを秘めた太刀姿はまさに名刀と呼ぶにふさわしい。
「近いな」
となりで惟光がつぶやく。
言われるまでもなく、時任も肌にひりつくような痛みを感じていた。どこからか流れてくる邪気が辺りに漂っている。
都から遠くはなれた武蔵の国までは水路と陸路でニか月の旅路だった。
鬼神五人衆のほか、惟光と時任の父の和治が先代より譲り受けた鬼神、東雲、明空、宝生も同行している。いずれおとらぬ弓の名手だ。
白羽の一行は廃寺でしばしの休みをとっていた。
和治が小走りに近づいてきた。
「斥候に出た犬君が戻った」
鹿蔵岳のふもとにある没落貴族の打ち捨てられた別荘に、大量の悪鬼の妖気を確認できたという。
「急襲する。出立の用意いたせ」
月明りもない夜の闇の中を一行は進んでゆく。
前方にうすぼんやりと明かりが見えた。あれがかつて別荘だった屋敷なのだろう。
小高い丘の上から様子をうかがう。
低い垣根はところどころ穴が空き、蔦が縦横無尽に絡み合っている。板ぶきの屋根は破れており、強い風が吹くたびに煽られていた。遠目からでも荒れ果てていることがわかる。
正面の門には篝火がたかれ、松明を持った数人の悪鬼が見回りをしていた。
東雲、明空、宝生が大弓を構える。
「射て!!」
和治の一声が夜のしじまを破った。
鬼神たちの放つ白羽の矢は、見張りに立っていた悪鬼たちを次々に仕留めてゆく。
時任らは丘を駆け下り、正門を目指す。
熊童子が鉈をふるい、閂を一撃で破壊した。
門をこじ開け一気に庭になだれ込む。
異変を察知した悪鬼や小鬼が母屋からわらわらと吐き出され、侵入者を排除しようと襲い掛かってきた。敵味方入り乱れての攻防戦となった。
「なんの騒ぎかえ?」
中ほどの御簾がめくりあがり、渡り度にひとり唐衣裳の女が歩み出た。
(女人……?)
ふいに雲が切れ、月明かりがさした。
黒々とした豊かな髪で覆われた女の頭部からは二本の金色の角が生えていた。
顔を隠していた檜扇を外す。
淀んで濁った黄色の目、耳まで裂けた大きな口、そこからのぞくとがった牙。
こやつが黒星丸か!!
御簾の向こうからさらに多くの悪鬼が現れ、襲い掛かってきた。
白羽一族の武術からすれば、悪鬼1体1体は強いわけではないのだがいかんせん数が多すぎる。
和治や東雲らも駆けつけ、弓から太刀に切り替えて応戦しているが状況は変わらない。
「埒が明かぬわ!熊童子、犬君、行くぞ!本丸を討つ!」
時任の命令に熊童子が走り、犬君が続く。
黒星丸までの最短距離を駆ける。
「邪魔立てするものは切る!」
熊童子が山刀をたたきつけ、犬君は槍を振り回し、悪鬼や小鬼を叩き潰し、時任に道を作る。
そして、女主人を守るように黒星丸の前に立つ二人の巨漢を、熊童子が渾身の力でなぎ倒した。最後の砦も消え、遮るものは何もない。
犬君が疾風のごとく加速し、槍で黒星丸の腹を貫いた。
「がほぉっっ!!」
黒星丸の動きが止まる。
時任は地面を蹴り跳躍すると黒星丸の懐へ飛び込む。
「覚悟いたせ!」
月光を浴びた雪華斬が一閃、左から右へと水平に弧を描いた。
根元から切り落とされた馘が宙に跳ね上がり、どす黒い血をまき散らしながら石砂利の庭を転がっていった。
頭部を失った体躯は切り倒された大木のように仰向けに倒れた。
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