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第1話
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警視庁特別捜査班第七係。
半年前に度会健人が配属になった部署だ。
特捜班は、迅速な事件解決のため組織の縦割りにとらわれることなく独自の捜査を行うことを許されている。
第七係は失踪事件を主に扱う。
失踪者の捜索、それは表向きの理由に過ぎない。
第七係、自称:怪奇捜査係
「おはようございます」
あくびを噛み殺しながら、健人は自分のデスクに荷物を置いた。
「遅いよ、若者」
先輩刑事が車のキーを投げてよこす。
久原薫子巡査部長、第七係の紅一点で健人の教育係であり相棒でもある。
座る間もなく課長の瀬尾警視から指示がでた。
「江東区で20代女性が失踪した。山口花梨、専門学校生だ。所轄から話を聞いてきてくれ」
「女性が姿を消したのは5日前の9月20日、18時頃になります。
山口花梨、20歳、美容学校に通う専門学生で家族と同居していました。
自宅から直線距離で200メートル離れたコンビニへ買い物に行くために15:30に外出しました。
2時間たっても戻らないため心配した両親が探しに出たところ、コンビニと自宅の中間点にある公園付近の路上に花梨さんのトートバッグと菓子類の入った買い物袋が落ちているのを発見しました。
両親はすぐ通報し、交番の警官が駆け付けました。
財布は手つかずで現金はそのまま、また争った形跡はありませんでした。
花梨さんの様子から家出の可能性は薄いため、誘拐か暴行目的の拉致の線で捜索していますが、いまだ手掛かりは掴めていません」
城東警察署の戸田巡査はここまで一気にしゃべると、上司の大林があとを引き継いだ。
「一応ストーカーでも調べていますが、いかんせん現場は住宅街の真ん中の小さな児童公園で、待ち伏せのため身を隠せるような生垣すらありませんし、道路から離れているから車にも連れ込みにくい。
人をさらうのに不都合な場所なんですよ。そこでもう一度所持品を洗いなおしました。バッグの内ポケットにこれが付着していました」
大林は小さな証拠袋を渡してよこした。
「これは」
薫子が息を飲む。
白い3センチほどの長さの繊維の束だ。
「羽……ですね」
健人が言った。
帰りの車を運転しながら健人が薫子に話しかける。
「やはり白羽の犠牲者なのでしょうか」
薫子は答えない。一点を見つめ考え込んでいる。
所用を済ませるという薫子を途中で降ろし、健人はひとり先に警視庁に戻った。
「課長、戻りました」
「おつかれ。どうだった」
「遺留品に白羽の矢の一部と思われる糸がありました。科捜研に回します」
「よし、鑑定結果が出たら教えてくれ」
「はい」
ノートパソコンをカバンから取り出し、書類作成に取り掛かる。
警察官になる前はテレビドラマの影響で靴をすり減らしながら町中を歩き回る仕事をイメージしていたが、意外とデスクワークが多い。
いつの間にか戻ってきた薫子も作業に加わり1時間で捜査資料のファイリングを終えた。
「あー疲れた」
戻ってきたのは和久井明巡査部長と佐伯大吾警部補だった。
「こっちはただの家出だった。俺たちが着く10分前に母親あてに電話があったらしい。帰りたいけど交通費がないから迎えに来いって。もう少し連絡が早ければ俺たちが出張る必要なかったのに」
なあ?と振られて佐伯が苦笑した。
「まあ、無事だったならよかったじゃないですか」
「第七係のみなさん、お届け物でーす」
「よ、榛名さん、さっすが仕事早いね」
薫子が声をかける。
「当然」
榛名は科学捜査研究所の主任研究員だ。
瀬尾に山口花梨失踪事件の遺留品の鑑定報告書を差し出す。
「やはり和弓の矢羽です。頬摺羽の一部でしょう。素材は猛禽類、おそらくクマタカだと思われます。」
「なぜ頬摺羽だと?」
「上皮細胞が付着していました。ただ微量ですので、DNA鑑定は難航するかと」
通常、矢には3本の羽が使われる。
矢を弦に番えたとき、上側で垂直になる羽が走羽。
手前下側にくる羽の頬摺羽、これは矢を引いてきたとき、頬に触れるためこう呼ばれる。
そして向こう側の下にくる羽の外掛羽。
人間の皮膚がついていたことから頬摺羽だと判断したのだろう。
「過去のサンプルと比較しましたが、同じ時期に作られたものとみて間違いないでしょう」
瀬尾は深くため息をついた。
「白羽の犠牲者か……」
「DNA鑑定のため皮膚片は培養しています。しばらくお待ちください」
「そうか、よろしく頼む」
健人は城東署から受け取った山口花梨の写真を見つめた。
一緒に写っている青年は高校時代からの彼氏らしい。
恋人が突然いなくてって青年はいまどれだけ苦しんでいるだろうか。
想像しただけで胸が締め付けられそうになる。
おもむろに立ち上がるとホワイトボードに山口花梨の写真をマグネットでとめた。
名前、年齢、失踪した日付をペンで書きこむ。
ホワイトボードには、ここ20年間の白羽の被害者と思われるすべての失踪者の写真が貼られている。
なかには健人がよく知っている顔もあった。
古谷菜摘(17)20XX年8月16日
健人の目の前で消えた少女。
半年前に度会健人が配属になった部署だ。
特捜班は、迅速な事件解決のため組織の縦割りにとらわれることなく独自の捜査を行うことを許されている。
第七係は失踪事件を主に扱う。
失踪者の捜索、それは表向きの理由に過ぎない。
第七係、自称:怪奇捜査係
「おはようございます」
あくびを噛み殺しながら、健人は自分のデスクに荷物を置いた。
「遅いよ、若者」
先輩刑事が車のキーを投げてよこす。
久原薫子巡査部長、第七係の紅一点で健人の教育係であり相棒でもある。
座る間もなく課長の瀬尾警視から指示がでた。
「江東区で20代女性が失踪した。山口花梨、専門学校生だ。所轄から話を聞いてきてくれ」
「女性が姿を消したのは5日前の9月20日、18時頃になります。
山口花梨、20歳、美容学校に通う専門学生で家族と同居していました。
自宅から直線距離で200メートル離れたコンビニへ買い物に行くために15:30に外出しました。
2時間たっても戻らないため心配した両親が探しに出たところ、コンビニと自宅の中間点にある公園付近の路上に花梨さんのトートバッグと菓子類の入った買い物袋が落ちているのを発見しました。
両親はすぐ通報し、交番の警官が駆け付けました。
財布は手つかずで現金はそのまま、また争った形跡はありませんでした。
花梨さんの様子から家出の可能性は薄いため、誘拐か暴行目的の拉致の線で捜索していますが、いまだ手掛かりは掴めていません」
城東警察署の戸田巡査はここまで一気にしゃべると、上司の大林があとを引き継いだ。
「一応ストーカーでも調べていますが、いかんせん現場は住宅街の真ん中の小さな児童公園で、待ち伏せのため身を隠せるような生垣すらありませんし、道路から離れているから車にも連れ込みにくい。
人をさらうのに不都合な場所なんですよ。そこでもう一度所持品を洗いなおしました。バッグの内ポケットにこれが付着していました」
大林は小さな証拠袋を渡してよこした。
「これは」
薫子が息を飲む。
白い3センチほどの長さの繊維の束だ。
「羽……ですね」
健人が言った。
帰りの車を運転しながら健人が薫子に話しかける。
「やはり白羽の犠牲者なのでしょうか」
薫子は答えない。一点を見つめ考え込んでいる。
所用を済ませるという薫子を途中で降ろし、健人はひとり先に警視庁に戻った。
「課長、戻りました」
「おつかれ。どうだった」
「遺留品に白羽の矢の一部と思われる糸がありました。科捜研に回します」
「よし、鑑定結果が出たら教えてくれ」
「はい」
ノートパソコンをカバンから取り出し、書類作成に取り掛かる。
警察官になる前はテレビドラマの影響で靴をすり減らしながら町中を歩き回る仕事をイメージしていたが、意外とデスクワークが多い。
いつの間にか戻ってきた薫子も作業に加わり1時間で捜査資料のファイリングを終えた。
「あー疲れた」
戻ってきたのは和久井明巡査部長と佐伯大吾警部補だった。
「こっちはただの家出だった。俺たちが着く10分前に母親あてに電話があったらしい。帰りたいけど交通費がないから迎えに来いって。もう少し連絡が早ければ俺たちが出張る必要なかったのに」
なあ?と振られて佐伯が苦笑した。
「まあ、無事だったならよかったじゃないですか」
「第七係のみなさん、お届け物でーす」
「よ、榛名さん、さっすが仕事早いね」
薫子が声をかける。
「当然」
榛名は科学捜査研究所の主任研究員だ。
瀬尾に山口花梨失踪事件の遺留品の鑑定報告書を差し出す。
「やはり和弓の矢羽です。頬摺羽の一部でしょう。素材は猛禽類、おそらくクマタカだと思われます。」
「なぜ頬摺羽だと?」
「上皮細胞が付着していました。ただ微量ですので、DNA鑑定は難航するかと」
通常、矢には3本の羽が使われる。
矢を弦に番えたとき、上側で垂直になる羽が走羽。
手前下側にくる羽の頬摺羽、これは矢を引いてきたとき、頬に触れるためこう呼ばれる。
そして向こう側の下にくる羽の外掛羽。
人間の皮膚がついていたことから頬摺羽だと判断したのだろう。
「過去のサンプルと比較しましたが、同じ時期に作られたものとみて間違いないでしょう」
瀬尾は深くため息をついた。
「白羽の犠牲者か……」
「DNA鑑定のため皮膚片は培養しています。しばらくお待ちください」
「そうか、よろしく頼む」
健人は城東署から受け取った山口花梨の写真を見つめた。
一緒に写っている青年は高校時代からの彼氏らしい。
恋人が突然いなくてって青年はいまどれだけ苦しんでいるだろうか。
想像しただけで胸が締め付けられそうになる。
おもむろに立ち上がるとホワイトボードに山口花梨の写真をマグネットでとめた。
名前、年齢、失踪した日付をペンで書きこむ。
ホワイトボードには、ここ20年間の白羽の被害者と思われるすべての失踪者の写真が貼られている。
なかには健人がよく知っている顔もあった。
古谷菜摘(17)20XX年8月16日
健人の目の前で消えた少女。
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