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第1話 お前を抱く気がしないだけだ
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シャンデリアの明かりは抑えられ、ほのかなオレンジ色に包まれた夫婦の寝室。
キングサイズのベッドでアビゲイルは夫のローマンを待っていた。
教会で永遠の愛を誓ったばかりの夫とこれから初夜を迎える。
かれこれ1時間はこうしていたが、ようやく現れたローマンは寝衣ではなく、平服だった。
「俺はこれから出かける。勝手に休んでいろ」
「あ、あの、出かけるって、何かあったのでしょうか」
「お前を抱く気がしないだけだ。まあ、いずれ子供は産んでもらうからその時まで待っていろ」
そう言い放つと、振り返りもせずに部屋を出ていった。
「嘘でしょ……」
あまりの仕打ちにそれ以上言葉が続かなかった。
屈辱と怒りと情けなさで、横になっても眠ることなんかできなかった。そのまま、まんじりともせず朝を迎えた。
侍女が用意してくれた水で顔を洗っても少しもすっきりしない。
頭が割れそうに痛んだ。
「ローマンはどうしたのかしら?」
「旦那様は先ほど外出から戻られました。朝食のご用意ができております」
侍女に案内され、ダイニングへ向かう。
義妹のナオミはにこやかに迎えてくれたが、彼女がアビゲイルに話しかけようとすると義母のベラが食事中に喋るのははしたないと𠮟りつけた。
会話もない静かな朝食。
食欲などなかったが、無理やり口に押し込み飲み込んだ。
食事が終わるころ、義母は吐き捨てるように言った。
「やっぱり家族以外の人間がいると落ち着かないわ。アビゲイル、あなたは明日から遠慮してくれるかしら」
「えっ、……はい。かしこまりました」
「お母様!何を言っているの!お義姉さまは今日から家族じゃない」
ナオミは憤ったが、
「お黙りなさい!」
と娘の言葉を遮った。
義母は考えを改める気はなさそうだった。
アビゲイルは夫に目をやった。
目の前で起こっていることにまるで関心をしめさず、席を立った。
一度も新妻を見ようとしなかった。
まるで、そこに存在していないかのように。
「はぁ、まいったな」
自室に戻って、ソファにもたれかかる。
クッションを抱きしめながらため息をついた。
――――まさかここまで露骨に態度に出すなんて
アビゲイル・ボーフォート、ハンク・ボーフォート公爵の長女。
気のいい父親が領地のサファイア鉱山を悪徳業者に騙し取られ、ボーフォート家は没落した。
商売には向かない父親に代わって長男の兄が金策に走り回ったが、借金は一向に減らず、にっちもさっちもいかない状況に陥った。
そんな時にケッペル子爵から息子ローマンとアビゲイルの縁談の申し出があった。
支度金として借金を肩代わりするとも。
公爵家という家柄だけが目当ての露骨な政略結婚だったが、アビゲイルに選択の余地はなかった。
夫になるローマン・ケッペルとは結婚式が行われる神殿の控室で初めて顔を合わせた。
ローマンは、アビゲイルを上から下まで品定めするように眺め回すと、チッと舌打ちし、二度と目を合わせようとしなかった。
垢ぬけない田舎娘なのは自分でもわかっている。
ここ王都の女性たちのようにお洒落でもなければ洗練されてもいない。
貴族同士の政略結婚なのだから、もとより燃え上がるような情熱とか恋愛感情は期待などしていない。
アビゲイル自身、ローマンを愛しているかと言えばNoだ。
それでも、家族として、せめて友人のような関係くらいは作りたいと思っていた。
あの夫と、これから少しでも歩み寄れる可能性はあるのだろうか。
キングサイズのベッドでアビゲイルは夫のローマンを待っていた。
教会で永遠の愛を誓ったばかりの夫とこれから初夜を迎える。
かれこれ1時間はこうしていたが、ようやく現れたローマンは寝衣ではなく、平服だった。
「俺はこれから出かける。勝手に休んでいろ」
「あ、あの、出かけるって、何かあったのでしょうか」
「お前を抱く気がしないだけだ。まあ、いずれ子供は産んでもらうからその時まで待っていろ」
そう言い放つと、振り返りもせずに部屋を出ていった。
「嘘でしょ……」
あまりの仕打ちにそれ以上言葉が続かなかった。
屈辱と怒りと情けなさで、横になっても眠ることなんかできなかった。そのまま、まんじりともせず朝を迎えた。
侍女が用意してくれた水で顔を洗っても少しもすっきりしない。
頭が割れそうに痛んだ。
「ローマンはどうしたのかしら?」
「旦那様は先ほど外出から戻られました。朝食のご用意ができております」
侍女に案内され、ダイニングへ向かう。
義妹のナオミはにこやかに迎えてくれたが、彼女がアビゲイルに話しかけようとすると義母のベラが食事中に喋るのははしたないと𠮟りつけた。
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食事が終わるころ、義母は吐き捨てるように言った。
「やっぱり家族以外の人間がいると落ち着かないわ。アビゲイル、あなたは明日から遠慮してくれるかしら」
「えっ、……はい。かしこまりました」
「お母様!何を言っているの!お義姉さまは今日から家族じゃない」
ナオミは憤ったが、
「お黙りなさい!」
と娘の言葉を遮った。
義母は考えを改める気はなさそうだった。
アビゲイルは夫に目をやった。
目の前で起こっていることにまるで関心をしめさず、席を立った。
一度も新妻を見ようとしなかった。
まるで、そこに存在していないかのように。
「はぁ、まいったな」
自室に戻って、ソファにもたれかかる。
クッションを抱きしめながらため息をついた。
――――まさかここまで露骨に態度に出すなんて
アビゲイル・ボーフォート、ハンク・ボーフォート公爵の長女。
気のいい父親が領地のサファイア鉱山を悪徳業者に騙し取られ、ボーフォート家は没落した。
商売には向かない父親に代わって長男の兄が金策に走り回ったが、借金は一向に減らず、にっちもさっちもいかない状況に陥った。
そんな時にケッペル子爵から息子ローマンとアビゲイルの縁談の申し出があった。
支度金として借金を肩代わりするとも。
公爵家という家柄だけが目当ての露骨な政略結婚だったが、アビゲイルに選択の余地はなかった。
夫になるローマン・ケッペルとは結婚式が行われる神殿の控室で初めて顔を合わせた。
ローマンは、アビゲイルを上から下まで品定めするように眺め回すと、チッと舌打ちし、二度と目を合わせようとしなかった。
垢ぬけない田舎娘なのは自分でもわかっている。
ここ王都の女性たちのようにお洒落でもなければ洗練されてもいない。
貴族同士の政略結婚なのだから、もとより燃え上がるような情熱とか恋愛感情は期待などしていない。
アビゲイル自身、ローマンを愛しているかと言えばNoだ。
それでも、家族として、せめて友人のような関係くらいは作りたいと思っていた。
あの夫と、これから少しでも歩み寄れる可能性はあるのだろうか。
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