かりそめの侯爵夫妻の恋愛事情

きのと

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第11話 カルヴィンの心変わり -1-

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 帰りの馬車の中でカルヴィンは自分の気持ちに当惑していた。

 ミーシャが間近にいても少しも気持ちがかき乱されることがなかった。それどころかキスされても何も感じなかった。

 ミーシャが兄を捨てて自分のところへ戻ってきてくれる。何度そんな都合のいい夢を見たかわからない。それほどまでに愛していたはずなのに、感情をどこかに置き忘れてしまったように、心に波が立つことがない。

 いったい、どうしたというんだろう。急な心の変化に説明が付けられずにいた。

 帰宅すると、いつも通りエリーゼが笑顔で出迎えてくれた。

「おかえりなさいませ、旦那さま」

 妻の顔を見て胸がじんわりと温まるのを感じる。

「ただいま」

 自然とエリーゼを抱き寄せて頬に口づけをしていた。

「あら、どういう風の吹き回しですか?」

「おかしかったかな?」

「いいえ、嬉しいですわ、旦那さま」

 部屋に戻り二人きりになると、エリーゼはカルヴィンに抱きしめられたまま濃厚なキスを返してくれた。
 
 舌を絡めあい唇を貪りながら、エリーゼのドレスの下に手を潜り込ませようとするカルヴィンを止める。

「今はダメ、先にお食事にいたしましょう。もうすぐ準備が整いますから」

 悪戯っ子に諭すように告げた後は、艶やかな声で耳元でささやく。

「夜はたっぷり時間がありますわ」

 湯あみを済ませ、遅れて寝室に来たエリーゼを待ちきれず、抱き上げてベッドまで運ぶ。

「僕につかまって」

 きゃっと声をあげてエリーゼはカルヴィンにしがみつく。

「もう、旦那さまったら! お酒はよろしいんですの?」

「ワインよりも先に君が欲しいんだ」

 細い首筋に舌を這わせながら夜着を脱がせると、ほのかな石けんの香りが鼻腔をくすぐった。

 鎖骨から胸元へ丹念に口づけを繰り返し、豊かな双丘を両手で揉みしだく。つんと固くなった頂に吸い付くと、陶磁器のような白い肌がだんだんと赤く色づいていった。エリーゼが漏らす途切れ途切れの喘ぎ声に、カルヴィンも体の奥底から欲望が突き上げてくるのを感じる。

 ねっとりと蜜で潤っているエリーゼに誘われるままにカルヴィン自身を挿し入れ、激しく腰を穿つと、蜜壺はどこまでも甘くカルヴィンを締め付ける。

 嬌声をあげるエリーゼの唇をキスでふさぎながら、彼女の膣奥で精を放った時にはもう、ミーシャのことは忘れていた。

「エリーゼ……」

 妻の名前を呼びながら、背中から抱きしめる。心地よい倦怠感と押し寄せるまどろみのなか、白いうなじに口づけした。


 また別の日にミーシャに呼び出された。

 アンディとの暮らしがいかに満たされないものか、つらつら語るミーシャを冷めた気持ちで眺めていた。

 以前だったら彼女に触れたくてたまらなかったのに、今はまるでそんな気が起こらない。枯れてしまった古井戸のように、もうミーシャへの愛情が湧いてくることはないと確信にも似た思いでいた。

「そろそろ帰るよ」

 一通り愚痴を聞き、席を立つと、ミーシャが胸に飛び込んできた。カルヴィンの背中に腕をまわし、華奢な身体をぎゅっと押し付ける。

「ダメよ、帰さない」

「ミーシャ?」

「カル、お願い、抱いて欲しいの。あなたの好きなようにして構わないから」

「……ミーシャ」

 カルヴィンはかぶりを振りながら、絡みつく細い腕をそっとほどき、体から離した。

「こんなことをしてはいけないよ。僕は忘れるから、なかったことにしよう」

 諭すようなカルヴィンの声に、ミーシャは泣き叫んだ。

「どうして? どうしてカルがわたしを突き放すの? 酷いわ! いつだってわたしのこと見ていてくれたじゃない! こんなの嫌よ、嫌! 絶対に認めないんだから!!」

 サファイアの瞳から大粒の涙がとめどなく溢れ出す。

「ねえ、カルはもう、わたしを愛していないの?」

「ごめん」

 そっとミーシャの頬をなでた。

「兄さんと離婚したいのなら君の力になる。その時は必ず助けるから頼ってほしい」

 激しく嗚咽するミーシャをその場に残したまま、カルヴィンは後ろを振り返らずに本邸を後にした。


 帰宅してからずっとため息をついているカルヴィンを心配して、エリーゼが声をかけた。

「旦那さま、お加減が悪いのですか?」

「いや、何ともないよ」

「それならいいのですが」

 ミーシャに会いに行ってたのを知っているのに、それに触れないのはエリーゼの思いやりなのだろう。何かあったことは察していても、カルヴィンから話さない限り、決して詮索したりしない。

「わたしが何かお力になれるでしょうか?」

「こっちに来て」

 ソファの隣に座った妻を抱きよせ、ほおずりをした。

「あらあら、旦那さまったら甘えん坊ですわね」

「ああ、君だから甘えたいんだ」

「可愛い旦那さま」

 手を伸ばし、カルヴィンの乱れた前髪を整える。

「エリーゼ、キスして」

 エリーゼは顔を寄せる。そして、ほんの軽く触れるだけのキスを落とす。

「もっと」

「ええ、旦那さまのお望みどおりに」

 花の蜜をついばむ小鳥のように、唇をはみ、舌でなぞる。カルヴィン好みのキスだ。

「いかがですか?」

「まだまだ足りないけれど、夜の楽しみに取っておくよ」

「少しは元気になられました?」

「うん。食欲もでてきた」

「安心しましたわ」

 エリーゼが相好を崩す。

「ありがとう、エリーゼ」

 もう一度体を抱き寄せると、今度は強く抱きしめる。

 最初はただ、エリーゼの肢体に溺れているだけかと思っていた。

 そうじゃない、彼女自身が好きだ。エリーゼの陽だまりのような明るさも、包み込んでくれる優しさも、何もかもが愛おしい。

 聡明な彼女なら、この気持ちの変化にも気づいているだろう。契約結婚などやめて、普通の夫婦にならないか、話してみようか。

 妊娠できないというならそれでいい。跡取りが必要なら親族から養子を取れば済むことだ。

 エリーゼとともに生きられるなら、それで十分なんだ。他には何も望まない。



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