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第8話 カルヴィンの恋 -7-
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結婚してから初めての社交シーズンを迎えた。
今夜の夜会の主催者であるウェルズリー伯爵家とは曾祖父からの付き合いで、嫡男であるキースはアンディとカルヴィンの幼馴染でもある。
当然、兄夫婦にも招待状は届いていた。
向日葵色のドレスを着たミーシャは変わらず少女のように儚げで可愛らしかった。
「お義兄さま、お義姉さま。ご無沙汰して申し訳ございません」
挨拶の後は、エリーゼはアンディに積極的に話しかけていた。女好きなアンディは魅力的な義妹に親しげにされて機嫌よく応えている。
「いつ会ってもあなたは美しい。弟が羨ましいですよ」
「あら。お義兄さまは本当にお上手ですこと」
上手くアンディの関心を引いてくれている。もちろんこれは、カルヴィンがミーシャと話す時間を持てるようにというエリーゼの気遣いだ。
「ミーシャ、久しぶりだね」
「ええ、カル」
ミーシャはアンディには気が付かれないように、上目遣いでカルヴィンを見つめてきた。宝石のような瞳は潤み、上気した頬はほんのり薔薇色に染まっている。婚約していたころであっても、こんなに熱のこもったまなざしを向けられることはなかった。ミーシャの意外な表情に驚きつつも、カルヴィンも見つめ返し、視線を絡ませ合う。
しかし、想いを共有できたのはわずかな時間だけだった。ミーシャは兄に促され、知人たちへの挨拶まわりに行ってしまった。
エリーゼが悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「お義姉さまも旦那さまのことが気になるようですね」
「そんなことはないだろう。彼女は兄に夢中なんだ」
「もう、旦那さまったら、まるで女心がわかっていらっしゃらないんだから」
エリーゼは人差し指をカルヴィンの唇にあてる。
「わたしに任せてくださいな。お義姉さまには少しやきもちを焼いていただきましょう。わたしをダンスに誘ってくださいませ」
言われるがままに、妻の手を取りフロアに誘った。
踊りながら、耳元でエリーゼがそっと囁く。
「旦那さま、お義姉さまがこちらを見ていらっしゃいますわ」
「え?」
「だから、今は我慢してわたしだけを見てください。決してお義姉さまを気にしてはいけません。妻以外には関心のない夫としてふるまってくださいませ」
「ああ、でも、そんなことでミーシャが僕を?」
「恋愛においては女も狩人になる時があるのですよ。自分から旦那さまが離れていくと感じたら、必ずや取り戻そうとしますわ」
エリーゼのタンザナイトのような深みのある青紫の瞳がカルヴィンを見つめる。
「わたしから目を離さないで」
「ああ」
はた目からは、夫に甘える妻とそんな妻が愛おしくてたまらない夫に見えるだろう。
夜会の帰り際、カルヴィンはエリーゼに言われて、一人でホールに戻った。
「カル!」
名前を呼ばれ振り向くと、顔に喜色を浮かべたミーシャが走り寄ってきた。
「ねえ、カル、ひとりでどうしたの?」
サファイアの瞳はきらきらと輝き、声が弾んでいる。
妻の失くし物を探しに来たことを話すと、ミーシャはすこし唇を尖らせた。これは機嫌の悪い時にでる癖だ。
「あのね……」
人目をはばかりながら、ミーシャがそっと腕に触れてきた。
「アンディが来週から長期の出張に出かけてしまうの。ひとりで寂しいから、カルが話し相手になってくれないかしら。本邸に来て、お茶でもしましょうよ」
「ああ、もちろんいいよ」
「よかった! 嬉しいわ」
胸の前で両手を合わせて喜びを表す。子供のころから変わらない、カルヴィンはこの仕草も大好きだった。
ミーシャは誰に聞かせるともなく呟いた。
「エリーゼさんが羨ましいわ。どうしてわたし、あなたと結婚しなかったのかしら」
「何か言った?」
「ううん、なんでもない。待っているわね、必ず来てよ」
カルヴィンの手を取り、自分の頬に当てる。
「約束よ?」
「絶対に行くから」
帰りの馬車で、カルヴィンはミーシャにお茶に誘われたことをエリーゼに伝えた。
「旦那さま、よかったですわね」
自分のことのように喜んでくれている。
「君の言ったとおりになったよ。ありがとう」
ミーシャと二人きりで会える。ささやかな約束に、カルヴィンは自分でも呆れるくらい浮かれていた。
今夜の夜会の主催者であるウェルズリー伯爵家とは曾祖父からの付き合いで、嫡男であるキースはアンディとカルヴィンの幼馴染でもある。
当然、兄夫婦にも招待状は届いていた。
向日葵色のドレスを着たミーシャは変わらず少女のように儚げで可愛らしかった。
「お義兄さま、お義姉さま。ご無沙汰して申し訳ございません」
挨拶の後は、エリーゼはアンディに積極的に話しかけていた。女好きなアンディは魅力的な義妹に親しげにされて機嫌よく応えている。
「いつ会ってもあなたは美しい。弟が羨ましいですよ」
「あら。お義兄さまは本当にお上手ですこと」
上手くアンディの関心を引いてくれている。もちろんこれは、カルヴィンがミーシャと話す時間を持てるようにというエリーゼの気遣いだ。
「ミーシャ、久しぶりだね」
「ええ、カル」
ミーシャはアンディには気が付かれないように、上目遣いでカルヴィンを見つめてきた。宝石のような瞳は潤み、上気した頬はほんのり薔薇色に染まっている。婚約していたころであっても、こんなに熱のこもったまなざしを向けられることはなかった。ミーシャの意外な表情に驚きつつも、カルヴィンも見つめ返し、視線を絡ませ合う。
しかし、想いを共有できたのはわずかな時間だけだった。ミーシャは兄に促され、知人たちへの挨拶まわりに行ってしまった。
エリーゼが悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「お義姉さまも旦那さまのことが気になるようですね」
「そんなことはないだろう。彼女は兄に夢中なんだ」
「もう、旦那さまったら、まるで女心がわかっていらっしゃらないんだから」
エリーゼは人差し指をカルヴィンの唇にあてる。
「わたしに任せてくださいな。お義姉さまには少しやきもちを焼いていただきましょう。わたしをダンスに誘ってくださいませ」
言われるがままに、妻の手を取りフロアに誘った。
踊りながら、耳元でエリーゼがそっと囁く。
「旦那さま、お義姉さまがこちらを見ていらっしゃいますわ」
「え?」
「だから、今は我慢してわたしだけを見てください。決してお義姉さまを気にしてはいけません。妻以外には関心のない夫としてふるまってくださいませ」
「ああ、でも、そんなことでミーシャが僕を?」
「恋愛においては女も狩人になる時があるのですよ。自分から旦那さまが離れていくと感じたら、必ずや取り戻そうとしますわ」
エリーゼのタンザナイトのような深みのある青紫の瞳がカルヴィンを見つめる。
「わたしから目を離さないで」
「ああ」
はた目からは、夫に甘える妻とそんな妻が愛おしくてたまらない夫に見えるだろう。
夜会の帰り際、カルヴィンはエリーゼに言われて、一人でホールに戻った。
「カル!」
名前を呼ばれ振り向くと、顔に喜色を浮かべたミーシャが走り寄ってきた。
「ねえ、カル、ひとりでどうしたの?」
サファイアの瞳はきらきらと輝き、声が弾んでいる。
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