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【後日譚】幸せ貞操危機生活 〜ちゃすてぃてぃくらいしす・らいふ!〜
Days3.5『都合がいいので』
しおりを挟む―― side:グレン ――
政略結婚か……。
もし、子供の頃にベルンハルトと出会っていなかったら。
アルナイルがミルザムの配下でなければそういう未来もあったのかもしれない。
男爵家の嫡子とはいえ、魔王の瞳を持つ不気味な男にまともな婚姻は望めなかっただろう。
あてがわれるのは少し下位の、それも訳ありの令嬢。
俺はそんな訳ありの女と――それこそ、ロマンス小説のような生活を繰り広げる羽目になっていたかもな。
「はっ……」
我ながら寒々しい妄想だ。ゾッとしない。
「……ベル」
“戦場の狂犬に密かに想いを寄せていた令息“は、初夜とは思えない責めに疲れ果てて眠ってしまっている。
魔法で清めたシーツに包まる麗しい姿を眺めながら、手慰みに報告書をめくっていると、窓の方から女の声がした。
「――“戦の報酬として爵位と美しい妻を手に入れた戦闘狂“ってハマりすぎじゃない?」
「……魔王様ともあろうお方が、盗み聞きとは趣味が悪い」
ため息を吐いて顔を上げる。
「君が“お守り“と私の連携を解除し忘れてたんだよ」
「ああ……本当だ」
サイドテーブルの上のお守り――彼へと贈った蒼い宝石のイヤリングに手をかざす。
今日は少しだけ彼の傍を離れる必要があった都合上、このイヤリングとスピカも“繋いで“おいたのだ。
おかげで、会話が全て筒抜けだったらしい。
「もっと早くに教えてくれればよかったのに」
「だって、気づいたらおっ始めてたし。君、セックス中はベルンハルトくんのことしか考えてなくてテレパシー繋がんないから」
「……じゃあ、俺が悪いですね。わざわざありがとうございました。もう解除したのでお帰りいただいて結構ですよ」
帰る、といいつつ彼女はいつもどこに帰ってるんだろうか。まあどうでもいいんですけどね。
「ご先祖様に向かって薄情な……ああ解除といえば……〈契約〉も破棄しときなよ」
窓枠に前足を引っ掛けて身体を揺らしながら、彼女が言う。
「なんでですか?」
「ベルンハルトくんがさ……“傍にいるって〈契約〉結んでるけど、どれぐらい離れたらダメとか決まってるのかな?!“って心配してたから」
……見たかったな、それ。
想像しただけで可愛い。
「大丈夫です。ベルと結んだ〈契約〉は念のため全部破棄してあります」
万が一にも、契約を破った代償が彼に及んだりしたら嫌だから、ちゃんと全部……一方的にだけど、破棄してある。
「……教えてあげなよ」
「でも、ほら……“傍にいないと死ぬ“って思っててくれたほうが都合がいいので」
報告書を口元に当てて微笑むと、彼女は呆れたように嘆息した。
「腹黒~~」
「貴女に似たんですよ、ご先祖様」
「私は君みたいな権謀術数は苦手だよ。……で? “お見合い“は口実でしょ。メインはなんだったの」
「ああ……それは」
「――スピカ? なんでいんの」
声を潜めていたつもりだったのだが、ベルンハルトを起こしてしまった。
「あ、ごめんね。うるさかったね」
「すみません、ベル」
「いやいいよ……まだ夕方だろ。昼寝にしては寝過ぎたな……なんの話してたの?」
寝ぼけた様子で目をこすりながら身を起こす彼を支えながら、どう誤魔化そう、とそんな考えが頭を過ったが首を振る。
必要のない隠し事は止そう。
彼を安全な檻に閉じ込めないと決めたのは俺なんだから。
「……ベル、これを」
報告書を差し出す。
「これは……?」
「ブルーノ・ミルザムと、前ベネトナシュ公爵の現状についての、医師の所見です」
「…………そう」
ベルンハルトは動じない。
嘆くことも、笑うこともせずに書面に目を滑らせて頷いた。
「今日の“お見合い“は口実で、お前は彼らの様子を見に行っていたわけか」
医師の報告を疑うわけではなかったが、遠隔ではなくこの瞳でしっかりと――彼らを、ベルンハルト・ミルザムの心を壊した一因である“父親“たちの哀れな姿を見ておきたかったのだ。
そうして、嘲笑いたかった。
「ええ。……ごめんなさい。貴方は、知りたくないと、言っていたのに」
最も、彼は俺ほどには歪んではいなくて。ブルーノの行く末を知りたいとは願っていなかったのだから、これは俺の勝手なエゴイズムだ。
「……ごめんなさい」
謝ることしかできない俺に、ベルンハルトは笑う。
笑って、報告書を投げ捨て、俺の頬に手を伸ばした。
「知りたくなかったわけじゃない。どうだっていいんだよ……オレは、お前が傍にいれば、あんな奴ら、もうどうでもいいんだ」
その美しい笑みは天使にも悪魔にも見えて――いや、違う。
彼は彼だ。
俺だけの美しい、愛しい人。
「……好きです」
「っと……スピカ~……なにこの子、どうしたの」
押し潰すように抱きつくと彼が困惑している声が聞こえたが、もう言葉なんて発する余裕はなかった。
「あー……うん。グレンくんは来世も君と一緒にいたいらしいよ」
「いやなんの話……?」
そういう話です。
ベル……ごっこ遊びでも、嬉しかったですよ。
貴方が、俺に恋をしてくれて。
俺を選んでくれて。
こんなにも醜く歪んだ俺を受け入れてくれる貴方が大好きで、愛しくて、俺も他はどうだってよくなったんです。
「……よくわかんないけど、俺のためにありがとう、グレン」
「はい、ベル……」
きっと彼なら。
この先俺が彼を守るために誰を害したって、同じように笑ってくれるんだろう。
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