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【番外編】バック・ステージ
シャウラの双子③ ―最終話の舞台裏―
しおりを挟む―― side:ロニー ――
あれだけ色々なことがあったのに、僕はなぜか“ミルザム伯爵“の地位に収まった。
クラウス・ベネトナシュ――人形公爵の次男と、ベルンハルトが裏で色々と手回しをした結果らしいが詳しいことは知らされていない。
「細かいことはいいじゃん。お前伯爵になれたんだし。なりたかったんだろ?」
兄はそう言って僕の頭に書類を叩きつけてくる。
突然領主が僕のような若造に変わったミルザム伯領は混乱していて、執務が多い。
それを補佐するためにベルンハルト様が兄に命じてくれたようだが……彼は馬鹿だから、積み上がっていく書類を処理済みとそうでないものに分類するぐらいしかできないので、正直もう少し有能な人手が欲しい。
「やめてください。……ねぇ、兄さん。貴方は、僕が伯爵になるのが気に食わないんじゃなかったんですか」
ペンを走らせながら、呟く。
彼は、僕がミルザム伯爵の養子になることも最後まで反対していたし、シャウラの計画をベルンハルト様に漏洩し、失敗に追い込んだ。
全部――僕を、陥れるために。
贅沢なことだ。
貴方は、初めから全て持っていたくせに……僕の幸せを邪魔しようとしたんだ。
まあ、今となっては過ぎた話ではあるのだけれど。
兄は首を傾げる。
「あ? 別に。おれはただ、お前があいつらに近づくのが嫌だっただけだよ」
「……確かに、ろくなことになりませんでしたね」
僕は欲しかったものを手にはしたが、代わりにベルンハルト様の操り人形になった。
「だろ? だからお兄様の言うことちゃんと聞いとけばよかったのにさ~」
兄とて同じ状況のはずなのに、彼は妙に晴れやかに、楽しそうに笑っている。能天気な人だ。
◆◆◆
僕がミルザム伯爵になって半年が過ぎた。
屋敷も領地も平静を取り戻し、僕も含めて人々は皆、ブルーノ・ミルザムの存在を忘れつつある。
「ロニー。お前はなんで“ミルザム“が欲しかったの?」
そんなある日、兄が唐突にそんな問いを投げてきた。
――なんで?
伯爵に、領主になれば……僕は。
その先の望みはもう、とっくの昔に忘れてしまった。
「…………わからない」
「はぁ? わかんないのにあんなことしたのかよ! 馬鹿だなぁ」
兄は僕の返答に笑って。
伯爵家の執務室の椅子に座り慣れてきた僕の肩をガタガタと揺さぶった。
「兄さんに、言われたくない」
子供のような仕草にため息をついてその手を振り払うと、彼は今度は僕の肩に椅子越しに抱きついてくる。
そして、いつになく静かに言った。
「そうだよ。おれは馬鹿だから……なんにもわからない。だから、教えろよ。――お前がなに思ってて、おれはなにをしたらお前を笑わせられるのか」
いつの日か彼に言われた言葉を思い出す。
――“おまえ、変な顔で笑うようになったな“。
ずっと、ただの嫌味だとばかり思い込んでいた。兄よりも上の地位へ登りつめていく僕を妬んでそんなことを言うのだと、嘲笑っていた。
……ああ、でも兄さんは。
そんなことを考えられるような、考えるような卑劣で卑屈な人じゃない。
どうして、ずっと忘れていたんだろう。
「…………兄さんが、今すぐ白馬に乗って飛んでくれたら、笑いますよ」
「あ! お前、おれのスキル馬鹿にしてんだろ! あれ案外便利なんだからな!!」
兄はさっきまでの神妙な声音はどこへやら、途端にいつものように騒ぎ始めた。
「あははっ……兄さんは、本当に馬鹿ですねぇ。そんなので子爵なんて務まるんですか?」
――ああ、兄さん。
「弟のくせに……生意気なんだよ、お前。でも……いいよ。お前は、そうやって笑ってろ」
「……もう、変な顔じゃない?」
「ああ。ロニー……おれは、お前がちゃんと笑えるなら、もうなんだっていいんだ。他になんにもいらない」
兄さん。僕も……僕も、貴方が傍にいてくれればそれでいい。
貴方が僕を弟と呼んでくれるなら、僕はずっと笑っていられる。
「単純ですね、兄さんは……」
「そうだよ。馬鹿で単純な方が楽しいことばっかり考えて生きられるからお得だぜ?」
――僕はずっと、なにかに飢えていて。なにかを欲していて。
でも、僕が本当に欲しかったものは。
生まれる前から傍にあった。傍にいてくれたんだ。
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