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第5章 ギルド壊滅

第40話「皇帝と勇者とクラウスについて」

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「こんにちは、ベネトナシュ卿」

 几帳面に整えられた執務室の窓枠に腰掛け、彼を出迎える。
 
「ベルンハルト様……なぜ、ここに」

 クラウスは突然現れたオレに驚き、腕に抱えた書類を落とした。

「すみません、驚かせてしまいましたね」

 拾ってやるために彼の方へと歩みを進める。彼は身じろぎ一つせずにオレを見つめた。

「どこから……入ったんです」

「秘密です。ねぇ、ベネトナシュ卿……いいえ、クラウス様」

 立ち尽くす彼の腕へ書類を押し付けながら、微笑む。

「どうかオレの話を、聞いてくださいませんか?」

 

 ◇◇◇



「――わかりました、ベルンハルト様。すべては貴方のご随意のままに」
 
 クラウスは拍子抜けするほど素直だった。
 オレの要求を全て受け入れ、その上でこちらには何一つ求めない。

 ……正直、いかがわしいことセクハラされるんだろうな~ぐらいの覚悟はあったから、あえてグレンは連れずに一人で来たんだけど。

 杞憂だったね、オレ。BLの読み過ぎだよ……みんながみんな男に惚れるわけないじゃん。

 
「では、クラウス様。オレはこれで……」

「ま、まってください……ベルンハルト様!」

 去ろうとしたオレの腕を、クラウスが掴む。

「……どうか、なさいましたか」

 おっと……杞憂が杞憂じゃなくなるのか……??
 いやまあ、グレンが“お守り“くれたから大概の事態には対処可能なんだけど、あんまり気分が良いもんではないことには変わりないし、できれば穏便に終わって欲しい。

「その……烏滸がましい、過ぎた願いだとはわかっています……ですが、その、どうか……最後に一つだけ、私の願いを聞き入れてはくださいませんか?」

「……なんでしょうか」

 キスさせろとか、それ以上だったら殴るぞ……絶対に殴るからな……!!

 オレがそんな決意を固めているとは知らないであろうクラウスは、顔を赤くして唇を噛み締め、それからおずおずと申し出た。

「わ、私のことを……“お兄様“と呼んでください!!」


 ……ん???


「は……? お、おにいさま……???」

 混乱したまま反芻すると、クラウスは感極まったように大粒の涙を流し始める。

「……っ!! あ、ありがとうございます……これでもう悔いはありません……貴方のために、貴方が幸せで平穏に過ごせるように尽力します!!」

 お、おう……そうか……。
 今のでいいんだ……。

 
 ――新しい種類の変態だったね。ああでも、赤谷くんも“エステル“に“主人公“のこと「おにいさま」って呼ばせてたか。

 井上さん、やめてください。人の性癖黒歴史を蒸し返すのは……。
 仕方ないんだよ。血の繋がってない兄弟(姉妹)は全人類(主語がでかい)の夢だから。

 
「ありがとうございます、クラウスお兄様。では……」

 掴まれた腕をそっと外し、窓の方へ向かう。

「ベルンハルト様……!!」

 クラウスが焦ったように止めてくるのも構わずに、そのまま窓の外へと――飛び立った。



 ◇



 白い翼をはためかせながら、空を飛ぶ。

「おお……すごい、異世界ファンタジーだ……」

 なにを今更、と言う感じだが。

 オレの背中には羽がある。
 純白の天使の羽。それで空を飛んでいるのだ! 
 これぞファンタジー……!!

「ベル」

 とはいえ、飛ぶのは一瞬だけだ。
 窓のすぐ近くで、オレを待ってくれていたグレンが、白馬にまたがったままこちらに手を差し出す。
 
 ……やっぱ白馬の王子様じゃんか。かっこいい……好き……抱いて(昨日も抱いてもらったけど)……。

「ありがと……これ、クラウスとか、他の人には見えてないんだよな?」

「ええ。ちゃんと目眩しの魔法をかけてあります」

 さっきまでいた、クラウスの執務室の方へ視線を遣ると、彼は突然消えたオレの姿を探して窓の外へ身を乗り出している。……危ないよ。黄色い線の内側へお下がりください。

「しかし、案外便利だな……エステルの馬」
 
 誰にも見咎められずにクラウスの執務室に入れたのも、この空飛ぶ白馬とグレンの目眩しの魔法のおかげだ。
 
 正攻法だとクラウスが会ってくれない可能性があったから、仕方なくそうしたんだけど……。
 王宮に無断侵入って、普通に犯罪だよね。

 うん……バレないし。大丈夫。
 オレまだ勇者だし!!!

「グレン、クラウスとの交渉は無事に成立だ。後は王都ギルドの……ギルドマスターだっけ?……の、承認をもらえたら無事に勇者引退」

「ええ。お渡しした“お守り“から全て聞いていましたので……知ってます」

 グレンはなぜか不機嫌そうに、オレの耳元で揺れる青い石でできたイヤリングを撫でた。


 グレンが、クラウスとの交渉にはオレ一人で行くと言い張ったら与えてきたブツだが……これがとんでもない代物なのだ。
 
 グレンの魔力とかスキルとか……なんやかんやが付与されていて、携帯電話みたいに使ったり、遠隔でグレンが魔法を放出したりとか、大概のことができるらしいまさにチートアイテム。
 
 こんなバランスぶっ壊れ性能の武器出したら物語は崩壊するけど、ここは現実なんでそんなもん知らん。

 
「ああ、そうなんだ……そういう機能もあるんだね」

 後で外しとこ。
 会話も丸聞こえとかプライバシー/Zeroないじゃん。

「そんなことより、ベル。俺は怒ってます」

 そうだろうね……。

「うん。なんで?」

「まず、腕……掴まれてましたよね」

「ああ。でも別にあの人そんなに力強くないし、痛くなかった」

 お前の方がよっぽど痛いからね?? 自覚して???

「そういう問題じゃないんですが……まあそれはこの際後回しです。ベル。――“お兄様“って、なんですか?」

 あー……あー……聞こえない……聞こえない……!!

 逃げ出したくなるが、あいにくとここは空の上。逃げ場がない。

「えっと……あれじゃない? オレが勇者にならずにベネトナシュ公爵の養子になってた場合、クラウスはオレの兄だったわけだから」

「でも違いますよね?! なのに呼ばせるって、あんなのただの変人……いや、変態じゃないですか!!」

 おまいうお前が言うな……。

「いや……別に害はないし、いいじゃん」

 オレにも“血の繋がらない妹が欲しい願望“はあるので、クラウスのことをとやかく言えない。
 歯切れ悪く目を逸らすと、グレンに顎を持ち上げられた。

 おお……久々の顎クイだ。

「なら、俺のこともお兄様って呼んでみてください」

 ……めちゃくちゃイケメンなのに言ってることめちゃくちゃだよぉ……。
 
 強引系イケメンってそういうことじゃなくない??
 “お兄様呼び強要系“なんて、いくら最近のイケメンが多種多様とはいえラインナップにないから!!!!

「いや、オレたち同い年だし……兄弟じゃないし」

「あの男とも違うでしょう?」

「可能性はあったから……でもお前とはないじゃん。もはやそれはなんか別の感じになるって……」

「プレイでもなんでもいいので呼んでください」

 こいつ……折角オレが濁した言葉をはっきりと言いやがった。

「なんでもよくない……大体、別にお前オレにお兄様とか呼ばれたくないだろ」

「呼ばれたいですけど?? 俺は!! 貴方の奴隷で、父で、友人で、全てなんですから、兄でもあるはずですよね??!!」

「落ち着けって……!! ここ空!! 人前!!!」

「見えてないんですからいいでしょう!! ほら、呼んでください。お兄様……いや、お兄ちゃんでもいいですから」

 なんで妥協してる風にハードル上げてんだよ!!!

「いやいや……オレとお前、昨日も色々ヤったばっかりじゃん?? なのにお兄様とか言ってたら完全にそういうアレプレイになる!!!」

「俺はベルとだったらなんだってしたいです。兄弟プレイでも、なんでも……」

 キラキライケメンオーラ出しても無理だよ……さすがにその発言のヤバさは相殺できないって……。

 
「とにかく! 地上に!! 降ろせ!!!」

「嫌です。ベルが俺のことお兄ちゃんって可愛く呼んで無邪気に笑いかけてくれるまで降ろしません!!!」

 またハードル上がってる……!!!


 堂々巡りの攻防はそれから小一時間続いた。
 どちらが折れて終わったのかは……オレの名誉のために封印しておこう。
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