「隠れ有能主人公が勇者パーティから追放される話」(作者:オレ)の無能勇者に転生しました

湖町はの

文字の大きさ
上 下
39 / 93
第5章 ギルド壊滅

第39話「皇帝と勇者と人形公爵について」

しおりを挟む
 夢をみた。
 いや……これは、ベルンハルトの記憶だ。



 ◾️◾️◾️


 
 ベルンハルトの細い肩を、長身の男――ベネトナシュ公爵が抱いている。
 公爵は一人の青年を視線で示して、わざとらしい明るい声を出した。

「紹介しよう、ベルンハルト。これは私の次男だ」

「……クラウスです」

 青年は淡々と告げる。
 
 公爵はクラウスを紹介しておきながら、その存在を無視するようにベルンハルトに向かって微笑んだ。
 
「ベルンハルト。彼はいずれ君の義兄になるんだ。そして私が君の父になる」

 ――あに? 父……?

「とは言ってもクラウスは成人したら家を出るから、兄弟として過ごす時間はないだろうけどね」



 ◾️


 
 景色が歪む。
 今度は、クラウスと二人だった。

「ベルンハルト・ミルザム。君は、ここがどこだか理解しているのか」

 高圧的なクラウスに、ベルンハルトは顔も上げずにただじっと、ぬかるみに汚れる革靴に視線を落としている。
 
「ええ、クラウス様。ここはベネトナシュ公爵の……いいえ、“人形公爵“のお屋敷です」

「……三階には、行ったのか」

 うめくような低い声でクラウスが言う。問いを投げるというよりかは、嘆きのような響きだ。

「ええ。勿論。僕が公爵様の息子になった暁には、僕もあそこに並ぶのですから」

 対してベルンハルトは、よどみなく、当たり前のことを当たり前に言う調子で笑った。

「逃げる気は、ないのかい」

「おかしなことを……僕にとって、逃げ出して……そうして辿り着いたのが此処です。まるで楽園ですね」

「此処が……こんな場所が、楽園だって? 地獄だってもっとマシだろうさ。君は頭がおかしいんじゃないのか」

 クラウスの罵声に、ベルンハルトは顔を上げた。クラウス・ベネトナシュは今にも泣き出しそうに、公爵とよく似た顔を歪めている。

「ははっ……此処が地獄だなんて……。クラウス様は、幸せにお育ちになったのですね」

 ベルンハルトは嘲笑った。
 クラウスの無知を、そして人に縋ることのできない己を。



 ◾️◾️◾️



 ――クラウス・ベネトナシュって……王宮の、勇者担当の人、だっけ。

 目を覚ましたオレは、忘れないうちに、と当たり前のように隣に寝そべってオレの顔を眺めているグレンに訊ねる。

「なぁ、グレン」

「おはようございます、ベル。どうしました?」

「おはよ……昨日のクラウスって人……ベネトナシュ公爵家の人間か?」

 グレンは少しだけ驚いて、それからオレの目元に唇を落とした。

「……なにか、思い出しましたか」

「ああ……なんか、“人形公爵“がどうのって……」

 グレンは沈黙する。

「グレン?」

「すみません。……ベルンハルト。ベネトナシュ公爵は――」
 

 そして、意を決したかのように居住まいを正し、ベネトナシュ公爵とベルンハルトについてのことを語り始めた。



 ◇



 曰く――ベルンハルトは、ベネトナシュ公爵家に養子に出される予定だったらしい。

 ロニーが後継者であると正式に王家の承認を得た際に、つまりはベルンハルトがミルザム伯爵にとって不用品となったときに。
 
 伯爵は、ベルンハルトの身を公爵に売り渡す算段を立てていたのだ。


 ……政略結婚ですらないんかい。
 え?? 人身売買……てか、え??

「……貴方が思い出したのは、十二のときの頃の記憶でしょう。あの忌まわしい人形公爵との顔合わせに、引きずり出されていたはずです」

「…………“人形公爵“っていうのは……?」

 なんか嫌な予感するな~~!!
 そう思いつつも恐る恐る訊ねると、グレンは首を振った。

「忘れているなら、そのまま忘れておきましょう。ベル……忘却は、神が人間に与えた数少ない救いの最たるものです」

「まあ……そうかもね」

 死は救済なんて言うけど、忘却だって救済だ。ベルンハルトの記憶にないならそれは、グレンの言う通り思い出さない方がいいことなんだろう。

「とにかく……あのクラウスという男は、ベネトナシュ公爵家の次男。貴方の敵です」

「敵、ねぇ……」

 そうだろうか。
 ベルンハルトの記憶の中のクラウスは、どちらかと言えばベルンハルトの境遇に同情的だったように思える。

「なぁ、オレを勇者に選んだのはクラウスだよな?」

「……最終的な決定を下すのは王とギルドマスターですが、そうですね……彼は公爵家の人間ですから。それなりの決定権を持っていたのではないかと」

「そうか……」

 オレの予想では、クラウスはベルンハルトの敵ではない。むしろ味方寄りだ。

「仮定として聞いてくれ。――オレが勇者を辞めた後、ミルザム伯爵が再度オレをベネトナシュ公爵に売り渡そうとする可能性はあるか?」

「……考えたくありませんが、十分に。公爵が好むのは主に年若い少年ですが……貴方なら、まだあの男の射程圏内でしょうね」

 射程圏内ストライクゾーン……うん。やっぱそういう感じなんだね。

「はぁ……伯爵がやけに簡単に承諾したと思ったら……それが理由か」

 ベルンハルトが公爵の慰み者となるのを免れたのは、彼が十六歳で“勇者“になったからだろう。

 伯爵は、嫡男を公爵に売り渡す醜聞と、形だけでも誉ある“勇者“にさせることとを天秤にかけ――後者を選んだ。

 だが、どちらでもよかったのだ。

「オレは伯爵に、勇者を辞めた後は伯爵家を出ると言った。……伯爵は、それを“人形公爵のもとへ行く“とオレが決意したと捉えたかもな」

 オレが“勇者“の名を手放すと告げたとき、あの男はベルンハルトを頭の中で再度天秤に乗せ、そうして荷馬車へ詰め込むことを考えていたことだろう。

「っ……そう、でしょうね。あの男なら、そう考えるでしょう」

 グレンは舌打ちをこぼし、オレを抱き寄せる。

「当然、そんなことはさせませんが」

「知ってる。オレもそんな気はさらさらないよ。……昨日、お前がクラウスに見せていたあの書状の内容は?」

 ブルーノ・ミルザムの署名の入ったあの文書。クラウスはあれを見てから更に様子がおかしくなっていた。

「伯爵も、貴方が勇者を引退することを同意していると言う旨のものです」

 クラウスからすれば、それは――ベルンハルトを勇者に選定することで一度阻止した計略が、再び舞い戻ってきたようなものだったのだろう。

 そこまでわかれば話は早い。

 
「グレン。――オレのためにあと、少しだけ……その手を汚してくれ」

 首筋に指を這わせて、囁く。

「ええ。俺は貴方のためなら……なんだってします」

 グレンはひどく嬉しそうに微笑んで、オレの手を取り、甲にキスをした。


 普通に勇者を辞めるだけのつもりが、どうやらもう少しだけ悪役ムーブをしないといけないらしい。
 それがこの身体に――そういう運命の下に生まれ落ちた悪役、ベルンハルト・ミルザムに転生した者の宿命なのかもしれない。

 やれやれ……。

 ――やれやれ系主人公はそんなドナドナ危機に陥ったときにやれやれするんじゃないと思うよ。

 わかっとるわい。てかやれやれって動詞なの?

 ――知らない。しっかし、変なのばっかに好かれてるね。ベルンハルトくん。

 適当だな井上さん。……その変なの筆頭がグレンなんでその辺はノーコメントで。


「ベル……大丈夫です。俺以外の人間には、貴方には指一本触れさせませんから。なんだったら世界中の人間の指をへし折ります」

 変なの筆頭はまたなんか怖いことを言いながらオレを慈しんでいる。
 グレンくん、比喩ってわかるかな??

 やれやれ……愛されるのも楽じゃないぜ!
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

異世界転生した俺の婚約相手が、王太子殿下(♂)なんて嘘だろう?! 〜全力で婚約破棄を目指した結果。

みこと。
BL
気づいたら、知らないイケメンから心配されていた──。 事故から目覚めた俺は、なんと侯爵家の次男に異世界転生していた。 婚約者がいると聞き喜んだら、相手は王太子殿下だという。 いくら同性婚ありの国とはいえ、なんでどうしてそうなってんの? このままじゃ俺が嫁入りすることに? 速やかな婚約解消を目指し、可愛い女の子を求めたのに、ご令嬢から貰ったクッキーは仕込みありで、とんでも案件を引き起こす! てんやわんやな未来や、いかに!? 明るく仕上げた短編です。気軽に楽しんで貰えたら嬉しいです♪ ※同タイトルの簡易版を「小説家になろう」様でも掲載しています。

闘乱世界ユルヴィクス -最弱と最強神のまったり世直し旅!?-

mao
BL
 力と才能が絶対的な存在である世界ユルヴィクスに生まれながら、何の力も持たずに生まれた無能者リーヴェ。  無能であるが故に散々な人生を送ってきたリーヴェだったが、ある日、将来を誓い合った婚約者ティラに事故を装い殺されかけてしまう。崖下に落ちたところを不思議な男に拾われたが、その男は「神」を名乗るちょっとヤバそうな男で……?  天才、秀才、凡人、そして無能。  強者が弱者を力でねじ伏せ支配するユルヴィクス。周りをチート化させつつ、世界の在り方を変えるための世直し旅が、今始まる……!?  ※一応はバディモノですがBL寄りなので苦手な方はご注意ください。果たして愛は芽生えるのか。   のんびりまったり更新です。カクヨム、なろうでも連載してます。

【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい

おだししょうゆ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。 生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。 地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。 転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。 ※含まれる要素 異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛 ※小説家になろうに重複投稿しています

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

処理中です...