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第5章 ギルド壊滅

第39話「皇帝と勇者と人形公爵について」

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 夢をみた。
 いや……これは、ベルンハルトの記憶だ。



 ◾️◾️◾️


 
 ベルンハルトの細い肩を、長身の男――ベネトナシュ公爵が抱いている。
 公爵は一人の青年を視線で示して、わざとらしい明るい声を出した。

「紹介しよう、ベルンハルト。これは私の次男だ」

「……クラウスです」

 青年は淡々と告げる。
 
 公爵はクラウスを紹介しておきながら、その存在を無視するようにベルンハルトに向かって微笑んだ。
 
「ベルンハルト。彼はいずれ君の義兄になるんだ。そして私が君の父になる」

 ――あに? 父……?

「とは言ってもクラウスは成人したら家を出るから、兄弟として過ごす時間はないだろうけどね」



 ◾️


 
 景色が歪む。
 今度は、クラウスと二人だった。

「ベルンハルト・ミルザム。君は、ここがどこだか理解しているのか」

 高圧的なクラウスに、ベルンハルトは顔も上げずにただじっと、ぬかるみに汚れる革靴に視線を落としている。
 
「ええ、クラウス様。ここはベネトナシュ公爵の……いいえ、“人形公爵“のお屋敷です」

「……三階には、行ったのか」

 うめくような低い声でクラウスが言う。問いを投げるというよりかは、嘆きのような響きだ。

「ええ。勿論。僕が公爵様の息子になった暁には、僕もあそこに並ぶのですから」

 対してベルンハルトは、よどみなく、当たり前のことを当たり前に言う調子で笑った。

「逃げる気は、ないのかい」

「おかしなことを……僕にとって、逃げ出して……そうして辿り着いたのが此処です。まるで楽園ですね」

「此処が……こんな場所が、楽園だって? 地獄だってもっとマシだろうさ。君は頭がおかしいんじゃないのか」

 クラウスの罵声に、ベルンハルトは顔を上げた。クラウス・ベネトナシュは今にも泣き出しそうに、公爵とよく似た顔を歪めている。

「ははっ……此処が地獄だなんて……。クラウス様は、幸せにお育ちになったのですね」

 ベルンハルトは嘲笑った。
 クラウスの無知を、そして人に縋ることのできない己を。



 ◾️◾️◾️



 ――クラウス・ベネトナシュって……王宮の、勇者担当の人、だっけ。

 目を覚ましたオレは、忘れないうちに、と当たり前のように隣に寝そべってオレの顔を眺めているグレンに訊ねる。

「なぁ、グレン」

「おはようございます、ベル。どうしました?」

「おはよ……昨日のクラウスって人……ベネトナシュ公爵家の人間か?」

 グレンは少しだけ驚いて、それからオレの目元に唇を落とした。

「……なにか、思い出しましたか」

「ああ……なんか、“人形公爵“がどうのって……」

 グレンは沈黙する。

「グレン?」

「すみません。……ベルンハルト。ベネトナシュ公爵は――」
 

 そして、意を決したかのように居住まいを正し、ベネトナシュ公爵とベルンハルトについてのことを語り始めた。



 ◇



 曰く――ベルンハルトは、ベネトナシュ公爵家に養子に出される予定だったらしい。

 ロニーが後継者であると正式に王家の承認を得た際に、つまりはベルンハルトがミルザム伯爵にとって不用品となったときに。
 
 伯爵は、ベルンハルトの身を公爵に売り渡す算段を立てていたのだ。


 ……政略結婚ですらないんかい。
 え?? 人身売買……てか、え??

「……貴方が思い出したのは、十二のときの頃の記憶でしょう。あの忌まわしい人形公爵との顔合わせに、引きずり出されていたはずです」

「…………“人形公爵“っていうのは……?」

 なんか嫌な予感するな~~!!
 そう思いつつも恐る恐る訊ねると、グレンは首を振った。

「忘れているなら、そのまま忘れておきましょう。ベル……忘却は、神が人間に与えた数少ない救いの最たるものです」

「まあ……そうかもね」

 死は救済なんて言うけど、忘却だって救済だ。ベルンハルトの記憶にないならそれは、グレンの言う通り思い出さない方がいいことなんだろう。

「とにかく……あのクラウスという男は、ベネトナシュ公爵家の次男。貴方の敵です」

「敵、ねぇ……」

 そうだろうか。
 ベルンハルトの記憶の中のクラウスは、どちらかと言えばベルンハルトの境遇に同情的だったように思える。

「なぁ、オレを勇者に選んだのはクラウスだよな?」

「……最終的な決定を下すのは王とギルドマスターですが、そうですね……彼は公爵家の人間ですから。それなりの決定権を持っていたのではないかと」

「そうか……」

 オレの予想では、クラウスはベルンハルトの敵ではない。むしろ味方寄りだ。

「仮定として聞いてくれ。――オレが勇者を辞めた後、ミルザム伯爵が再度オレをベネトナシュ公爵に売り渡そうとする可能性はあるか?」

「……考えたくありませんが、十分に。公爵が好むのは主に年若い少年ですが……貴方なら、まだあの男の射程圏内でしょうね」

 射程圏内ストライクゾーン……うん。やっぱそういう感じなんだね。

「はぁ……伯爵がやけに簡単に承諾したと思ったら……それが理由か」

 ベルンハルトが公爵の慰み者となるのを免れたのは、彼が十六歳で“勇者“になったからだろう。

 伯爵は、嫡男を公爵に売り渡す醜聞と、形だけでも誉ある“勇者“にさせることとを天秤にかけ――後者を選んだ。

 だが、どちらでもよかったのだ。

「オレは伯爵に、勇者を辞めた後は伯爵家を出ると言った。……伯爵は、それを“人形公爵のもとへ行く“とオレが決意したと捉えたかもな」

 オレが“勇者“の名を手放すと告げたとき、あの男はベルンハルトを頭の中で再度天秤に乗せ、そうして荷馬車へ詰め込むことを考えていたことだろう。

「っ……そう、でしょうね。あの男なら、そう考えるでしょう」

 グレンは舌打ちをこぼし、オレを抱き寄せる。

「当然、そんなことはさせませんが」

「知ってる。オレもそんな気はさらさらないよ。……昨日、お前がクラウスに見せていたあの書状の内容は?」

 ブルーノ・ミルザムの署名の入ったあの文書。クラウスはあれを見てから更に様子がおかしくなっていた。

「伯爵も、貴方が勇者を引退することを同意していると言う旨のものです」

 クラウスからすれば、それは――ベルンハルトを勇者に選定することで一度阻止した計略が、再び舞い戻ってきたようなものだったのだろう。

 そこまでわかれば話は早い。

 
「グレン。――オレのためにあと、少しだけ……その手を汚してくれ」

 首筋に指を這わせて、囁く。

「ええ。俺は貴方のためなら……なんだってします」

 グレンはひどく嬉しそうに微笑んで、オレの手を取り、甲にキスをした。


 普通に勇者を辞めるだけのつもりが、どうやらもう少しだけ悪役ムーブをしないといけないらしい。
 それがこの身体に――そういう運命の下に生まれ落ちた悪役、ベルンハルト・ミルザムに転生した者の宿命なのかもしれない。

 やれやれ……。

 ――やれやれ系主人公はそんなドナドナ危機に陥ったときにやれやれするんじゃないと思うよ。

 わかっとるわい。てかやれやれって動詞なの?

 ――知らない。しっかし、変なのばっかに好かれてるね。ベルンハルトくん。

 適当だな井上さん。……その変なの筆頭がグレンなんでその辺はノーコメントで。


「ベル……大丈夫です。俺以外の人間には、貴方には指一本触れさせませんから。なんだったら世界中の人間の指をへし折ります」

 変なの筆頭はまたなんか怖いことを言いながらオレを慈しんでいる。
 グレンくん、比喩ってわかるかな??

 やれやれ……愛されるのも楽じゃないぜ!
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