「隠れ有能主人公が勇者パーティから追放される話」(作者:オレ)の無能勇者に転生しました

湖町はの

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第3章 ヒロイン登場

第20話「ベルンハルトは考える」

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 ――オレはミルザム伯爵家の長子として生まれた。

 ミルザム伯爵家は広い領地を治める古くからの名家。
 その家の当主の初めての子供であり、男児であったオレは待望の嫡男。世継ぎとなるはずだった子供だ。

 だが、オレの父であるミルザム伯爵はオレを嫌悪し――死を望んだ。

「お前の顔など見たくもない。お前など――生まれなければよかったのに」

 
 オレは、伯爵家の特徴である青い瞳を父から受け継いだ。繊細な美貌は母譲りだ。

 だが、この髪は輝く黄金。

 両親のどちらも、そんな色は持っていなかったと言うのに。


「お父様の言うことなんて気にしなくていいのよ、ベルンハルト。髪の色なんて関係ない……あなたは、あなたよ。誰よりも愛しい……私の、大切な息子」
 
 不貞を疑われた母は心身を病みながらもオレを慈しんでくれたが、生来の病弱さが仇となり、早逝。

 オレは伯爵家に――あの飾り立てられた牢獄に、一人取り残された。
 

 自分のことを“可哀想“だなんて思いたくはなかった。

 けれど、周囲はオレを憐れんだ。蔑んだ。

「本当に……貴方はあの人にそっくりですね」

「髪色は似ておらずとも……ご両親の特徴を、よく継いでおられる」


 オレが両親から受け継いだのは――神から与えられたものは。
 
 ――傲慢で、臆病な性格。
 ――美しいだけの、細く弱い身体。

 ――忌まわしい黄金の煌めき。

 ただ、それだけ。
 

 オレもまた、父と同じように自らを嫌悪していた。


「お母様……」

 ――オレが、生まれてこなければ。


 自らの死を、望んでいた。



 ◾️◾️◾️



 ――変な、夢……?

 いや、違う。

 ベルンハルトの両親についての設定……?
 でも……オレはそんなもの、書いた覚えがない。

 彼の髪を金色にしたのにも深い意味なんてなかった。ただ西洋イケメンのテンプレで作っただけ。

 でも――あれは、確かにことなのだ。

 夢でも幻でもない。本当の……ベルンハルトの、記憶だ。


「ベル、起きましたか」

 グレンが、ベッド端に腰掛けてオレを見下ろしている。……多分こいつ、先に起きてずっと寝顔見てたんだろうな。

「おはよ……どれぐらい経った?」

 ここに着いたのは日が沈みかけた頃だったはずだが、窓の外はカーテン越しでもわかるぐらいに明るい。

 ……これあれだな。完全に寝過ごしてる。ベルンハルト寝過ぎじゃない? 猫科なのかってぐらいずっと寝てるな……体力ないからか……。
 
「半日と、少しですかね。疲れていたんでしょう。お腹は空いていませんか?」

「あー……いや、別に……」

「何か食べたいものは?」

 問われて、思い出す。――米食べたい。

 さすがに卵かけご飯なんて無理だろうから、え~海外っぽい米料理……。

 頭の中でペラペラの料理本をめくる。

「リゾットか……ドリア」

 正直両者の違いはわからないし、ファンタジー世界に存在するのかもわからない。でも言ってみるだけならタダだし。
 
「わかりました」

 わかったんだ。じゃあいいや、お願いしよ……。

「食材を買いに行ってからになるので少し時間がかかると思います」

「うん、着替えとく」

「危ないのでこの屋敷全体と貴方個人に防衛魔法をかけますが、でも危ないので絶対にこの部屋を出ないでくださいね」

 そんだけバリア張れば危なくないでしょうよ。

「わかったって……あ、買い物行くならなんか甘いのも欲しいな」

「はい、わかりました。――行ってきます」

 おでこに軽いキスをして、グレンの姿は消えた。

 おお……すごい。ワープしたのかな……。
 てかなんだ今のキス……あいつあれか、挨拶の度にキスするタイプか。タラシめ……。

「ふあ……あ、〈洗浄ヴァッシェン〉してくれてる。ありがてぇ~」

 歯も顔も洗わなくていいのって楽だな。
 オレも覚えよ。

「ドリアかリゾット楽しみ~」

 甘いのはなんだろ。りんご……チョコ……ケーキ……って。

「あ」

 いや、昨日寝る前、と寝起き……めちゃくちゃシリアスな感じだったよね……?
 

 
 ◇



 服を着替えた。
 白一色の勇者の服はもう着るのが面倒だったので、クローゼットに残されていたやけにレースの多いブラウスと、細身のスラックスを選んだ。

 ベルンハルトがもうちょっと子供の頃に着てた服だろうから入らないかな~と思いつつ着てみたら、普通に入った。

 彼がこの家を出たのは十六歳前後、二年ほど前のはずだが。
 
 ……成長期、終わるの早かったんだね。
 オレと一緒……いや、オレはまだ伸びる予定だったし、この身体もまだ伸び代あるって。


 着替えて気分を切り替えたところで。
 ソファーに座り、膝の上に両肘をついて両手を組むいかりのポーズ(本当は机につきたかったんだけど、ローテーブルだから無理だった)。
 
「……久々にやるか」

 二回目だけど恒例の“さて……状況を整理するか“だ。
 
 グレンに“全部話す“と言ったって、そもそもオレが理解していないと意味がないしな。うん。

「さて……状況を整理するか」

 言ってみただけなので今回はメモはいらない。前回も意味なかったし。
 
 
 ――わかったことがある。

 実はもっと早く気付いていたのかもしれないが目を背けていた大きな問題だ。

 
 ここは、『追放皇帝』の世界じゃない。

 
 じゃあなんなんだと言われると難しいが……とにかく違う。
 この世界はオレの創った『物語』と酷似しているが、根幹が違っているのだ。

 ――ヒロインのアイリがいない。
 ――グレンがベルンハルトに執着している。

 この二つが『追放皇帝』との大きな違い。
 
 そもそもオレが『物語』を書いたのは、現実では成し得ない理想を――完璧なハッピーエンドを叶えるためなのだ。

 オレにとっての完璧なハッピーエンドとは。

 “完璧なヒーロー主人公“が脅威となる存在魔王を倒し、世界を救う。そして“完璧なヒロイン“と結ばれて、世界から讃えられ、認められる。

 そういう結末だ。だから。

 “主人公“が、絶対に死ぬ運命を背負った無能勇者に懸想している時点で、ここは『追放皇帝』オレの物語の世界ではない。

「あー……うう……アイリちゃん……」

 他にも細かな差異をあげていけばきりがない。
 
 エステルが男。
 ロニーが性悪。
 ブルーノが生きている。
 ベルンハルトが生家で冷遇されている。

「あ、あとあれだ……忘れてた。“スピカ“」

 無謀にもラノベ作家デビューを目指していたので、オレは“スピカ“というマスコットキャラを作ったはずだ。アイリと行動を共にすることになった少し後に二人の前に現れる銀色の毛と金の瞳を持つ猫。

 スピカは実は魔王の手下の魔獣だ。
 猫耳の生えた少女(ちな、のじゃロリ)にもなることができるのでマスコット兼ヒロインなのだが……まあ、それはもういいだろう。

 この世界にはヒロインオレの妄想の産物はいない。そう考えておくべきだ。

 ……でもいいよな、ケモ耳美少女……。会いたかったな……。

 スピカは魔王の手下ではあるのだが、魔王よりも強い魔力を持つグレンに惹かれ、魔王を裏切りグレンの仲間になる。そして彼を「皇帝陛下」と呼んで慕うようになるのだ。

 あ~~痛い痛いギブギブ……。
 スピカの原案(キャラデザ)は叔父さんだけど、性格とか役割とか考えたのはオレだから罪はオレにある……叔父さんは猫耳が好きなだけだ……。

 メインヒロインは理想の(欲張りセットな)女の子。
 第二ヒロインは理想の(血の繋がっていないから色々合法な)妹。
 マスコット兼ヒロインは理想の(ちょっとエッチな)ペット。

 ……性癖の客観視やめよ。死んじゃうわ、これ。


「はぁ……どうしよ」

 ため息をついて身体をソファーに沈ませる。

 先が見えない。
 これまでは、多少の違和感がありつつも、ここがオレの創った世界だという余裕を持っていたからこそ行動できた。

 その確証が揺らいだ今、オレは動けない。

 下手に動くとベルンハルトは死ぬ。ここが『物語』じゃないとしても、彼が――オレが、死ぬ運命を背負ってることに変わりはないのだ。

「助けて……お母さん、叔父さん……」

 嘆いてみるが当然返事はない。

「助けて~井上さ~ん……」

 当然返事は――。

 
「なんでぼくだけ猫型ロボットみたいに呼ぶのさ、赤谷くん」

 あった。


「……そういう井上さんこそ、“赤谷くん“のイントネーションとか、一人称とか声とか色々寄せてるじゃん」

「フリには応えるのがオタクってもんだからね」
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