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第3章 ヒロイン登場

第19話「ベルンハルトは家に帰る」

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 ――ミルザム伯爵ことブルーノ・ミルザム(井上さんいわくモブレの似合う男)との会話は酷く寒々しいものだった。

 思い出したくもない。反吐が出る。


「ベル……っ」

 予想通り、グレンはずっと部屋の前で待機していたらしい。
 見張りのように睨みつけてくる使用人の視線など一切気にせず、抱きついてきた。

「悪い、待たせた。用は済んだから、行こう……っ」

 安心感からか、脱力して崩れ落ちそうになる。
 グレンが支えてくれたので問題はなかったけどね。は~スパダリ~!(井上さんが教えてくれた。使い方が合ってるかはわからん。)

「ベル……なにか、されたんですか」

「いいや。なにも……」

 ああ、また泣きそうな顔。
 お前は皇帝――望めば、この世界全てを手に入れられる男なんだぞ?
 
「だから、そんな顔するな」

「……行きましょう」

 グレンはオレを横抱きにすると、迷わず歩き出す。

「あれ……もう帰るんですか? 折角お越しになったんですから、もう少しゆっくりされれば良いのに」

 角で待ち構えていたロニーは、避けてもった言い回しで、“お前はもうこの家の人間ではない“と伝えてくる。

 きっと……ベルンハルトは、この男にも傷つけられてきたんだろうな。

「ベルンハルト様は先ほど、長居するつもりはないと貴方に言いましたよね? もうお忘れになったんですか。そんな記憶力で本当に領主が務まるのか……領民としては不安です」

 グレンくん、なんかここ来てからトゲトゲしい。まあ無理もないか。敵ばっかだし。

「問題ないよ。情報の取捨選択が得意なだけだからね」

「それはそれは……では、僕たちはこれで失礼します。ベル、ここに大事なものはもうありませんね?」

 うわ~……貴族ってこんな回りくどい嫌味の応酬合戦できないとやってけないのか。嫌すぎー……。

「ああ。なにもない」

 あばよ、ロニー……もう会うことはないだろうが、オレの代わりにこの冷たい屋敷の主人を立派に務めてくれ。


 オレの代わりに伯爵になる元従兄弟の義弟腹黒鬼畜攻め属性の顔を見ることはしなかった。エステルモブおじさんのアイドルにも……挨拶はいらないだろう。



 ◇



 屋敷を出ると、馬車が停まっていた。伯爵家の紋章の刻印された馬車だ。

 傍には執事が控えている。

「ベルンハルト様。目的地までお送りするように伯爵様から申しつけられております」

「……必要ない。見ての通り、オレは愛馬に乗ってここまで来たんでな」

 嫌味っぽい言い回しって難し~。
 これなんか、貴族っていうかSMプレイ中の女王様みたいな言い方じゃない? いや、女王様の言葉遣いとか知らんけども。

「ふふっ……」

 でもまあ。金の瞳をした黒毛の愛馬が、嬉しそうにオレの頬に唇を寄せてきたのでこれで正解だろう。

 ……麻痺ってきてるな。人前ですよ、グレンさん。
 人前でお前のこと馬扱いしたオレが言うなって話ですね。
 

 そうしてオレたちはミルザム伯爵邸を後にした。


「で、どこに向かえばいいんですか?」

 ああ、知らずに歩き出してたんだ。
 どうりで方向逆だと思った……。

「あー……別邸」

 目的地はミルザム伯爵家の別邸。さっきまでいた本邸から徒歩で約三十分ほどの場所にある。

 馬車乗ればもっと早く着くだろ、とお思いだろうが(誰が?)……オレには秘策があった。

「グレン。さっき言ってたワープ……使ってくれ」

「いいんですか? 別邸までなら……オレがこのまま抱えて行っても、さっきみたいに飛んでも、そう時間はかからないと思いますが」

「いい。あの場所なら、オレとお前が……ちゃんと、同じ景色を思い浮かべられるだろ」

 身体の一部が置き去りになる失敗とやらは発生しないはずだ……多分。

「ええ。――ベル、イメージして」

 グレンが目を閉じるのにならい、オレも瞼を下ろした。


 思い浮かべるのは、ミルザム伯爵家の別邸。
 その裏庭だ。

 地下で川へと続く湖。
 その上を泳ぐ水鳥。
 春には果実の実る大きな木。

 ――オレとグレンが幼い日々を過ごした場所。



 ◇



「着きましたよ、ベル。成功です」

 瞼を持ち上げる。
 思い描いていた通りの景色が、そこにはあった。

 湖の上にはもう水鳥は泳いでいない。
 大きな木はすでに切り倒されなくなっている。

 それでも、ここがベルンハルトの家だった。

 あの冷たく大きな屋敷ではなく、隠すように建てられたこの場所こそが、ベルンハルトが唯一幸せな時間を過ごせた空間。

 ――だって、“ベルンハルト“の記憶は、この場所のことだけは鮮明に教えてくれた。

 苦しみも痛みも伴わず……ここが、彼にとって大切な場所だったと、オレに伝えてくれたのだ。


「グレン。ここ別邸の使用許可は伯爵に取ってある。使用人は常駐していないだろうから多少埃っぽいかもしれないが……」

 ベルンハルトが家を出てからは使われていないはずだ。たまの掃除ぐらいはされているだろうが……どうだろう。

「ベル、俺たちは仮にも冒険者でしょう? 少しぐらい埃っぽいのなんか慣れっこですよ」

「……だな」

「まあ……あまりにも酷い様なら魔法で片付けますが。でも、ここが貴方の大事な場所だとわかっているはずなのにそんな杜撰な管理を許しているなら――先に貴方のお父様を片付けたいところですね」

 ……今日やっぱブラックですね、グレンさん。



 ◇◇◇



 屋敷内に人の気配はない。
 そしてそれなりに掃除はされている。

 ……命拾いしたね、伯爵。多分、グレンくんあれ本気だったよ。
 

「ねぇ、ベル……伯爵と、何を話したんですか?」

 オレをベッドに横たわらせたグレンは、シーツに顔を埋めながら、悲痛な声で問いかけてくる。

「勿論、言いたくなければ言わなくたって構いません。でも……俺は、貴方のことなら何だって知りたい。貴方の喜びだけでなく、苦しみも共有したい」

 語尾は掠れて、もはやただの呟きのようになっていく。答えを求めてはいないのだろう。

「……お前も、疲れただろ。ほら、入れよ」

 隅に転がって、グレンが眠れるぐらいのスペースを作る。
 まあ元から広いベッドだし、そんなに寄らなくても二人ぐらい余裕だけどさ。キングサイズってやつ?

「いいんですか?」

「いいよ。一人じゃ、寒いだけだから。ただしお前はただの湯たんぽ……あー……犬。犬な! 変なことは絶対にするな」

 わかってるよ。洞窟で使ってたあの魔法かけて貰えば一緒に寝る意味なんかないぐらい。そもそも寒いのも嘘だ。

「はい、ベル。誓います……誓って、寝ている貴方を襲うような真似はしません」

「起きててもダメだからな……いいから。少しだけ休もう。――それで、起きたらちゃんと」

 話すよ。全部。
 上手く伝えられるかはわからないけど。

「はい……おやすみなさい、ベル」

 
 額に落とされた唇は……まあ、ノーカウント手は出してないってことにしといてやるか。
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