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第2章 スキル覚醒

第8話「勇者は現実逃避します」

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 状況がまだ飲み込めていないらしく(オレもだけど)困惑するセシリアとドロシーを置いて宿屋を出……。

「ベル」

 ――出たかったな~。

 グレンが離してくれないので無理でした!!!

 くそっ……訳分からん宣言して気まずいからさっさと身を隠したいのに……。

「言いたいことは沢山ありますが……とりあえず」

「うわっ」

 突然横向きに抱き上げられた。お姫様抱っこと呼ばれるあの小っ恥ずかしい体勢だ。

「おい! なんの真似だ!」

 いや……いくらベルンハルトの体格がオレを参考にした――コンプレックスを押し付けた――せいで貧弱で貧相で、グレンが叔父さん準拠で細マッチョだからってこれはさすがにちょっと傷つくんですけど。

 うわっ……オレの体重、軽すぎ……?

 あまりの情けなさにセシリアとドロシー(と、存在を忘れつつあった宿屋の主人)の顔は見れなかった。

「ベルンハルトさん。貴方……昨日ろくに寝れてないんじゃないですか? 一度休んだ方がいい」

 声だけは穏やかに、グレンは軽々とオレを横抱きにしたまま階段を登っていく。
 

 ……わ~かっこいい~……。

 なんかあれですね。井上さんの理想の“攻め“みたい。

 井上さんは“攻めたる者、受けの一人や二人抱き抱えられなくてどうする“派閥(他にどんな派閥があるのかは知らん)の人間らしく、彼女の書く小説には顎クイと同じぐらいお姫様抱っこが頻出した。


 往々にして、攻めが受けを抱き抱えて、優しい言葉をかけながら連れていくのはベッドの上。

 そしてそこで行われることと言えば当然――。

 ――っていや! オレは“受け“じゃないし……!!



 ◇


 
「ベルンハルト」

 オレはまたベッドの上、グレンを見上げていた。なにこのデジャビュ……。

「グレ、ン……」

 グレンの顔が近づいてくる。
 
 
 昨日のことを踏まえれば……この後に起こるのはああいう……あれだよなぁ。

 男同士、ベッドの上。何も起きないはずがなく……。


 覚悟してぎゅっと目を閉じる。
 ついでに念のため胸の前で手を組んで乳首もガードしておいた。

「熱は……ありませんね」

 ――のに。
 
 グレンはおでこをオレのおでこに押し当てて、体温を測りはじめた。

 け、健全~~!!! オレの覚悟返せ!!!

 
「ねぇよ……お前が変なことするから寝不足なだけ」

「変なことって?」

 余裕綽々に首を傾げて頬を撫でてくるその仕草はイケメンにしか許されない。

 グレンくんはイケメンだから許されるね。あ、今のオレもイケメンだったわ。今度やってみようかな……できるかな……。

「……触ったり、するやつ」

 ああ、ベッドに寝かされたせいで眠気が……。思考がほわほわしてくる。

 
「また、ベッド連れてこられたから……おんなじの、されるのかと思った」


 そんなほわほわ回路で口走ってから気がついた。

 あー……これ、ダメなやつだわぁ……。

 

「――誘ってる?」

 はい出た~。攻め語録~!

 状況を整理しよう転生主人公のやつと同じぐらい言う機会ないけど、これは別に言いたくないし言われたくない。

「誘ってない……休ませてくれるんじゃなかったのか」

「そのつもりだったんですけどね。貴方にそんな可愛いこと言われたら――我慢、できなくなりそうだ」

 攻め語録パート2……。大盤振る舞いですねー。

「我慢しろ……」

「勿論……貴方に、無理はさせませんよ」

 そう言われて“無理“させられてない受けくんをオレは見たことない。
 大体なんかすごい脚開かされたりしてるイメージなんだけど……オレ多分あんなに関節柔らかくないし、グレンの力でやられたら折れる気がする。

「っ、触んな……近づくな……」

 一応言ってみるが効果はなさそうだ。

 白のロングブーツから始まり、長く重い白のコート、防弾防刃(と肉のかさ増し)効果のある白のベスト、金のベルト……と次々にグレンの手で脱がされていく。

 ――さっき着てるときも思ったけど、ベルンハルトの衣装はほとんど白一色だ。異世界だしカレーを食べる機会はないとして、コーヒーとか飲むとき緊張しそう~。

 残された薄手のシャツとズボンも白。

「……緊張してるんですか」

 グレンの顔が近づいてくる。唇と唇の距離がどんどんなくなって――。


 すぐに、離れた。

 
「……は?」

 本当にただ触れるだけの軽いキス。昨日みたいに舌も入れられてない。

「え? なんで?」

「なんでって……無理はさせないって言ったでしょう」

 グレンは立ち上がって甲斐甲斐しくオレの身体をシーツで包んでいく。

 ああ、脱がせてたのって寝やすいようにだったんですね。こっちは息継ぎのタイミングとかさぁ……覚悟決めて色々考えてたのに……。

「はぁ……色々考えて損した」

 そうだ。なんかバグってたせいで忘れてたけど、グレンは人格者っていう設定なんだから、あからさまに体調悪そうなときにまで妙なことはしないか。

「……ベル、貴方。俺の自制心に感謝してくださいよ」
 
 髪を撫でながら不穏なこと言ってるけど。グレンくんは人格者……人格者だから……っ!!!
 

「しねぇよ……眠い」

「ええ、おやすみなさい」

 髪を撫でられると、なぜだかお母さんを思い出す。オレよりも大きな硬い男の手は、彼女のものとは似ても似つかないのに。

「ベル……愛してます」

 その触れ方の繊細さが、伝わる優しさが――似ているのだろうか。


「今はゆっくり休んでください。起きたら――色々、話してもらわないといけませんから」

 はい、前言撤回~。似てません!
 言い方が怖えよ!!! やっぱこの人ヤンデレだ。


 オレは寝てるオレは寝てる……何も聞いてません!!

 狸寝入りはきっと彼にはお見通しで、その上で見逃してくれていることを知りつつ、オレはシーツに顔を埋めて目を閉じた。
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