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第2章 スキル覚醒

第7話「勇者は普通の男の子に戻ります」

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「ベルンハルト様! 何言ってるんですか……! 私たちは“勇者パーティー“なんですよ⁉︎ 貴方がいないと……!」

 確かに、勇者が勇者パーティーから脱退ってなんかあのコピペみたいだよなぁ……。
 勇者が勇者パーティーから脱退を表明。勇者パーティーは勇者脱退後、勇者パーティーという名前を――。

 もしくはあれだ。某C and A今から殴りに行く人達からAが脱退ってそれもうただのCのソロじゃん、みたいなね。

「そ、そうよ勇者さま! 大体、前の夜話し合ったじゃない! この“役立たず“を追放しようって!」

 セシリアの言葉を援護するように喚いたドロシーは、役立たず――こと、真の勇者でありこの世界の主人公、グレンを指さし睨み付けた。

「そうです……っ、勇者様考え直してください。私たちに……パーティーに必要ないのはこの男でしょう⁉︎」
 
 セシリアもグレンを睨む。

 図らずも、構図だけなら正史物語にかなり近くなった。

 ただやっぱり、中心にいるグレンの反応は設定にないものであったが。

「――ベルンハルトさん」

 本来のグレンは、追放を宣告されてすぐ荷物をまとめてここを去る。
 
 その姿は寂しげで弱々しい――。

 
「昨晩の〈契約〉フェアトラークを――破ったんですか」


 はずだが。
 
 目の前に実際にいるグレンくん(設定無視常習犯、同い年の十八歳)はオレの肩を力強く掴んで、恐ろしく低い声で訊ねてくる。

 なにこれ尋問?

 てかほんと怪力自覚してくんないかな??? なんかあれだっけ、筋力増強スキルとか持ってた? いやいや、今はまだイージスだけだよね。


「……放せよ、グレン。もう決めたんだ」

 グレンとベルンハルトの間には約十センチの身長差があるので、至近距離で見上げると彼の前髪の隙間からその目がチラチラと見える。

 美しい金色の瞳はギラギラと光り、血走って……うん、普通に怖い。これは魔王ですわ。

「お前との〈契約〉は、“パーティーから追放しないこと“――だろ?」

「だから……貴方自身がパーティーから抜けるのは、契約違反にはならない、と……そういうわけですか」

 グレンは悔しそうに唇を噛む。
 
 食い込む指の力が更に増して、骨張った華奢な肩が悲鳴を上げそうだ。そしてオレの心もギブアップ寸前だ。

「そう言うことだ。話が早くて助かるぜ、グレン」



 ◇◆◇



 遡ること数十分前――。


「はい、状況整理……状況整理……」

 ペンを手に取ると、紙にまずは人物関係図を書いてみた。

 グレン→ベルンハルト(inオレ)
 オレ→アイリちゃん
 アイリちゃん→グレン(予定)

 ……なんの成果も得られない。
 全員の想いが一方通行なのが可視化されただけだ。

「あー……あとあれだ。覚えてることを書き出すやつ……」

 その一。ここはオレが書いた小説の世界。
 そのニ。オレは無能勇者ベルンハルトに転生した。
 その三。グレンはベルンハルトが好き。
 その四。オレはアイリちゃんが好き。
 その五。アイリはグレンを好きになる(多分)。

「……さっきと一緒じゃねぇか!!!」

 思わずペンを放り投げた。

 
 あ~~どうしよ~~!!! 
 転生主人公達って頭良かったんだなぁ。状況整理って何から書けばいいのか全然わからん……。

 文芸部仲間の井上さん乳首開発アナリストに、「赤谷せきやくんは眼鏡キャラのわりに要領悪いよね」と言われたのを思い出す。

 キャラっていうか必要だからかけるもんだよ、眼鏡は。

「眼鏡も乳首も飾りじゃないよ……」

 ヤケクソになって机に突っ伏す。

 このままだと、オレはあのよくわからんキャラチェンジをしたグレンと、井上さんの書く小説のようなボーイズラブを繰り広げることになってしまう……。

 それだけは避けなければ。

 別に同性愛に偏見はないが、オレ自身は異性愛者、というか愛莉あいりちゃん一筋なので……。

「あ~愛莉ちゃん、オレの葬式きてくれたかなぁ……」

 お母さんの葬儀には少しだけ顔を見せてくれたが、オレの方は怪しい。
 
 幼なじみ……と呼べる程の交流はもはやオレと彼女の間にはなかった。

 ただのご近所さん。幼稚園から高校まで、偶然同じ場所に通ってただけの人。
 彼女のオレに対する評価は多分そんな感じだ。いやもっと酷いかも……。

「愛莉ちゃん……アイリ……」

 幼稚園の頃の、陽やら陰やら男女やら気にせず遊んでいたあの頃が懐かしい。

 優しくて、いつも笑顔で、オレよりも背が低くて……綺麗な黒髪ロングだった愛莉ちゃん。

 高校生になった彼女が髪を染め、化粧もするようになったのは知っている。スカートは中学の頃からずっと短かった。

 でもオレは必死にその現実から目を背け、『追放皇帝』のメインヒロイン、アイリを作ったのだ。

 
 ――アイリはオレの理想のヒロインぼくのかんがえたさいきょうのヒロイン
 オレのファム・ファタル。

 彼女と結ばれることができるなら、オレはきっと幸せになれる。


 けれど、ベルンハルトがアイリと結ばれることはない。
 
 なぜなら、主人公とアイリが出会うのは、追放後の一人旅の道中なのだから。
 
 そして仮に偶然出会うことができたとしても、隣にグレンがいれば彼女はグレンを選ぶ。(昨晩グレンと交わした〈契約〉がある以上、オレはグレンと離れることができないので、一人旅はできない。)

 
 ――詰みだ。
 
 ベルンハルト無能勇者にハッピーエンドはない。
 この世界は、そういう風にオレが作った。

 
「ああ……オレがちゃんと主人公に転生できてれば……」

 そしたらこんなにややこしくならなかったんだ。

 手元のちっとも参考にならないメモを眺める。ちっとも……参考に……。

「いや……待てよ」

 
 わかった。

 そうだ――オレが、主人公になればいい。
 

「グレンを追放することは〈契約〉がある限りできない。でも……オレ自身を追放することはできる!!!」

 慌てて放り投げたペンを拾い上げ、文字を書き殴った。

 主人公イコールグレン
  =パーティーから追放される
  =一人旅
  =アイリと出会える
  =アイリと結ばれる
  =主人公

 A.オレが追放もの主人公になる=アイリと結ばれる
 

「……完璧だ……キューイーディー……」

 ――計画プランは完成した。


「あとは……実行するだけだ!」



 ◇◆◇



 いや、どこが完璧なんだ!!! 
 オレのバカ!!! 低血圧!!!!

 ああいう作戦立案はなぁ……ちゃんと頭が冴えてる時間にやるもんなんだよ!!!!


 ――オレが完璧だと自画自賛した計画は、目がようやく覚めてきた今になって考えると穴だらけだ。


 まず、アイリちゃんに会えたからと言ってそれがイコールでアイリちゃんとの恋愛に繋がるとは限らない。

 だってアイリちゃんが好きになるのはグレンだけだ。

 完璧清純ヒロインアイリちゃんが、他の男になびくはずがない……っ!


 あと……。

 別に追放されたからって主人公になれるわけじゃない。
 主人公っていうのは、追放されても一人でやっていける実力があるから主人公なんだよ。

 わかるか? オレ。
 

 こんな風に後悔しても後の祭り。吐き出した言葉はもう今更撤回できない。

 
「とにかく! オレは今日限りで“勇者サマ“辞めるんで!!! 解散!!!!」

 大声で情けなくそう宣言するしかなかった。
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