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第1章 パーティ追放

第5話「主人公がよくやってるアレをやってみました」

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 夢を見た。

 夢だと明確にわかったのは、そこが何もない白い空間であったことが一つ。
 加えて。もう会えないはずのその人――お母さんが、目の前にいたからだ。

「お母、さん……」

 母は、亡くなった日も、葬儀の日もオレの夢には出てきてくれなかった。だから、会うのは随分と久しぶりだ。

 夢でも幻でもいい。もう一度会いたかった――。

 駆け寄る。
 お母さんはオレの肩に手を置くと、真剣な眼差しで語りかけてきた。

「蓮、よく聞きなさい」

「……うんっ」

 ああ、感動の再会だ。

「――エロ漫画はファンタジーよ。乳首は触られただけで感じたりしません」


 ……感動、の……再会???


「え? 遺した一人息子に言うことがそれ?」

 流しかけた涙が引っ込んだ。

「だってあんたも死んだんでしょ。それに今更、他に言うべきことなんかないよ。ちゃんと色んなもんの暗証番号も通帳やらなんやらの場所もメモして渡してあったでしょ!」

「あ、はい。それは感謝してます……叔父さんが手続きも葬儀も滞りなく……」

「うんうん。私が死んだらあんたのこと頼むって言っておいたからね」

 そうなんだ……。
 改めて叔父さんには悪いことしたなぁ。今頃どうしてるんだろ。

 ああ……なんかしんみりしちゃったけど……うん。それどころじゃないな。


「――いや、でもやっぱり再会の第一声が乳首についてなのはおかしい」

「おかしくありません。私はあんたを嘘を嘘と見抜けないような人間に育てた覚えはないんですからね……!」

 引き続き真剣な表情。
 重ねて言うが議題は乳首だ。

「お、オレだって乳首は飾りだと思ってたよ……」

「男に限りよね? あのね、女の乳首は基本的には実用品だから。現にお母さんもあんたを育てるのにしか使ってません」

 いきなり生々しいな、おい。
 
 というかオレって母乳で育ったんですね。
 この状況じゃなかったら、「あの弱々しいお母さんが自分の身を削ってオレを頑張って育ててくれたんだな……」って浸れたのにな!!!
 
「でもお母さん……井上さんは、乳首は性感帯だって言ってた」

 そうそう、そもそものエビデンス責任の所在は井上さんの発言だ。
 彼女が乳首は性感帯だと事あるごとに主張するせいで、オレもそれを信じかけていたのだから。

「開発したら、でしょ? 大体の人は開発なんかしてないから」

「……じゃあ、やっぱりベルンハルトは開発を……?」

「……そうね。その可能性が高いわ」

「そんな……お母さん、オレ……これからどうすれば……っ」

 縋るように見上げると、母はようやくオレを抱きしめてくれた。
 
 今かよ!!!

「大丈夫、蓮。蓮が乳首開発に勤しんでても……あなたは、私の大事な息子よ」

「いやしてないしてない!!! あとしてるのはベルンハルトであってオレじゃない……っ」

「今はあなたがベルンハルトくんでしょ? 受け入れなさい。お母さんもあなたの全てを受け止めるからね」

 聖母のように微笑んで、その姿は光の中に消えていく。

 ああ、待って……待ってくださいお母さん――‼︎

 
「お母さん……オレはっ――乳首の開発なんかしてないから……ッ」
 

 してないから……から……から――。
 
 エコーする声だけが夢の中で虚しく取り残され。


 オレは、目を覚ました。



 ◇◇◇


 
「変な夢……」

 こういうのって普通、もうちょっとかっこいい夢見たときに言わない……?
 
 なんかほらこう……異世界の女神が夢の中に現れて「勇者様、どうか世界を救って! あなただけが頼りなんです」とか言ってさ。


「ベルンハルトさん、起きましたか」

「……グレン」

 
 そっか。今まさにオレは勇者様なんでしたねぇ……。

 こうして起きるまではワンチャン夢の可能性も考えてたんだけど、もうその希望はなさそうだ。夢にしてはリアルすぎるし、長すぎる。

 あとオレは登場人物が“これは夢だ“って思い込み続けて話が進まないタイプの小説とか漫画が嫌いなので、オレもちゃんと『追放皇帝』この物語のキャラクターとして、現実を受け入れて話を進めよう。


「うなされてましたが……大丈夫ですか」

 そりゃあんな変な夢みたらうなされるわな。

「あ? 気のせいだろ。着替えるからこっち見んな。先に下行ってろ」

 吐き捨てると、すでに身支度を終えていたグレンは小さくため息を吐いて部屋を出ていった。

 
 さて――。
 
 一人になった部屋の中。オレは“これから“を考えるため、宿屋の備え付けの紙とペンを拝借することにした。

 転生した主人公(オレは当て馬だけど)がよくやる、“さて状況を整理しよう“ってやつだ。

「さて……状況を整理するか」

 一生に一回言ってみたかったので口にも出してみる。まあ死んで二回目の人生なんですけどね。



 ◇



 ――うん。完璧なプランができた。

 オレはメモを眺めながら自画自賛して頷く。

 
 言語はベルンハルトの記憶によって自動的にこの世界のものへと変換されるようで、オレが書く文字は日本語じゃなく知らない文字だ。
 まあ読めるのだから問題はない。
 言葉も……きっと日本語じゃないんだろうが、話せるし聞けるから深く考えなくていいだろう。


 さて、と立ち上がる。
 タイミングよく、ノックの音がした。

「――勇者様」

「セシリアか。入れ」

 促すと、パーティーのヒーラー回復役であるセシリアが姿を見せる。

「おはようございます」

「ああ」

「おはよ、勇者さま」

 セシリアの後ろから小柄なツインテールの少女、ドロシーも顔を覗かせた。

だね」

 彼女は頬を紅潮させながら、オレのマントを引いて笑った。加虐心を感じさせる、嫌な笑顔。

「楽しみですわね、勇者様」

 セシリアも、豊満な胸でオレの腕を挟むように抱きついて、同じように笑う。


「ああ、そうだな。――行こうか」


 彼女たちを左右に従えて、階段を降りていく。
 

 ――さあ……『追放皇帝』第一話の幕開けだ。
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