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第1章 パーティ追放

第3話「主人公が勝手にヤンデレになりました」

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 ――グレンをこの宿屋の下で朝一番に追放して、その後すぐに近くのダンジョンに向かった勇者達はS級モンスターに襲われる。
 
 普段なら難なく倒せるはずのその敵が中々倒せない。

 そして叫ぶ。

 クソッ……なんであの役立たず一人抜けただけでこんなに敵が強くなるんだ!

 
 ……ちなみにこれもまたあるあるなんで説明するのが恥ずかしいが、グレンの持つスキルはこの世界では軽視されている。
 
 攻撃を防ぐしか能のないタンク役――というのがベルンハルトの口癖だ。

 で、まあ。お決まりとしてグレンの【防衛】はただのエージスではない。

 通常のエージスはベルンハルトの言う通り盾としての役割しかないが(それもめっちゃ大事だけどね。ゲームとかしないのかな)、グレンのスキルは、味方の HPヒットポイントどころか MPマジックポイントの消費までもをゼロに抑え込むことができる。

 だから彼等は大掛かりな魔法をいくらでも使えたし、時間がいくらかかっても疲れを知らなかった。

 だが、グレンのスキルを知ろうともしなかった彼はグレンがいなくなった後も同じ戦い方を続け、周りから“無能勇者“と蔑まれるようになるのだ。

 パーティーメンバーセシリアとドロシーもそんな彼を見捨て去っていく。

 残されたベルンハルトは汚名返上のために、雪の草原と呼ばれる危険なダンジョンへ一人で挑み――雪の中、無様に死んでいく。
 

 一方。
 パーティーを追放されたグレンは、一人旅をする道すがらメインヒロインであるアイリと出会い、“皇帝“として、輝かしい真の勇者としての第一歩を踏み出す――。

 
 ……というのが、第一話で描かれます。

 
 お母さん曰く。
 
 これもうグレンくんがどうとかじゃなくて勇者への恨みが強すぎてそっちがメインになってない?
 ――え? グレンは勇者を恨んでないって? いやあんたは恨んでるでしょ。

 
 追放もの愛好家であり、ベルンハルト無能勇者の生みの親の叔父さんですらちょっと引きながら言った。

 ――蓮。これだとあんまりにもベルンハルトが可哀想じゃない……? なんかこう……もうちょっと温情をね……??
 
 
 うん。はい。おっしゃる通り。

 ここまでする意味がどこにあるんだと自分に聞きたくなるぐらいにオレはベルンハルトを肉体的にも精神的にもボコボコにし、その上実はベルンハルトはグレンオレに憧れていた……なんて設定まで付けて自尊心を満たしました。

 
 良いだろうが!! 学生が書く小説なんて全部自己満足なんだよ!!!(持論です)

 
「っ、グレン……それは……」

「わかってます。オレが、足手まといなことぐらい」

 
 足手まといどころかお前がこのパーティーのメイン戦力だよ。胸を張れって……。

 いやでも、自分の実力におごらず謙虚なのが主人公の美徳だもんね。(「あんたと真逆だね」と母が言っていましたが、グレンくんのモデルはオレです。ちなみに容姿は叔父さんを参考にしました。)

 
「でもベルンハルトさん……オレは、貴方の傍にいたいんです」

 あー……話がそっちに戻っちゃったよ。
 というかさっきからこれがよくわからん……。
 
 グレンってベルンハルトのこと好きだっけ?? いやいやそんな設定作った覚えない。

 
 読者の一人で、文芸部仲間の井上さん(数少ない友人で、オレへ間違った性知識の数々を与えてくれた)は「ベルンハルトちょっとグレンのこと好きすぎじゃない……? え、こっちがヒロインだっけ? こんなに可愛い子がノンケのはずがない……ねぇねぇ赤谷くんBL書かない⁉︎」とか大層興奮しておられましたが。

 井上さんの言葉を借りるなら……百歩譲って、ベルンハルトがグレンに惚れる方が自然だ。

 逆はありえない。

 
 この世界の創造者のオレが言うんだ。間違いない。

 
「俺は……貴方がいないと、生きていけない」

 
 間違いない……はずなんだけどなー……。

 
「好きです。命に変えても貴方を守ります。だから、これから先の未来も、ずっと貴方の傍にいさせて」

 
 なんでグレンはそんな切ない表情かおしちゃってるわけ?
 
 てか、その台詞、お前が最終回でアイリちゃんに言う予定のやつだから!! 
 まだ書いてないのに言わないで! 相手も間違ってるし……!!

 
「ベル……」

 幼少期、二人がまだ仲良しだった頃の愛称でベルンハルトを呼んで、グレンはオレの顎を持ち上げた。

 出たー! 顎クイだー!
 井上さんが書いてた小説に一回は絶対にノルマみたいに出てくるやつだー!

「グレン……?」

「俺も怖かった。ベルが、どんどん遠くに行ってしまうのが……貴方が、俺から離れていくのが……」

「……わかってるだろ。オレたちはもう子供じゃない。ずっとそばになんて……無理なんだよ! オレはもうお前とは一緒にいられない。――いたく、ないんだ」

 
 だってグレンチート主人公に会ったらアイリちゃんはそっちに惚れちゃうだろうし。

 
 そう言えば……。
 このままグレンを追放しなかっただけだと、オレがアイリちゃんに出会うのは無理では……??

 え! 困るんだけど……!

 元の世界の愛莉ちゃんとは名前呼ぶどころか目も合わせてもらえないような関係性なんだから、せめて異世界で結ばれたいよぉ……。

 オレにもちょっとぐらい異世界転生の旨みを味合わせてくれ!!!

 
「なんで……? 俺、もっと強くなるから……」

 そんなオレの想い下心を知らないグレンは必死に、縋り付くようにオレを見つめた。
 
「だから――勇者ベルンハルト。俺を、これからも貴方のお傍に置いてください」

「グレ――っ」

 返事をするよりも先に、グレンの唇が――オレの唇を塞いだ。

 ホワッツ??? マウストゥーマウス?!!!

 え、キス……キス!!!!!?????

「っ、う、あ……ッ」

 キスって、いつ息継ぎすればいいの……?

 よだれで口元ドロドロだし、グレンが相変わらずすごい強い力で抱き締めてきてるせいで苦しいし……。

 ファーストキスってもっと素敵なものじゃなかったんですか?

「や……グレ、ン……」

「俺を追い出さないって約束してくれないと……この先も全部、最後までするよ」

 ぜんぶ……全部??? 最後まで? とは?

 
 ――って、そういうこと???

 
「ん……っ、グレ……」

 約束を要求する割に、グレンはオレに喋らせる気はないのか中々唇を解放してくれない。

 逃げ惑う舌を追われて、絡められて――そうしているうちに、オレの身体は何故か熱を帯び始めた。

 ……なに? なんで?

「あ……やだ、なに……っ」

「気持ち良くなってきた? 男には興味ないって言ってたのに……身体は正直なんですね」

 シャツが捲り上げられ、また……ベッドに組み敷かれる屈辱的な体勢に逆戻り。

「綺麗な肌……」
 
 日に晒されることのないベルンハルトの肌は、常は不健康までに青白い。

 けれど――汗ばんだその肌は今、仄かに赤く染まっている。

「ベルンハルトさん……ずっと、貴方にこうして触れたかったんです」

 グレンの指が細い腰のラインを辿って、胸元へと滑り込んだ。
 目的は薄い胸板の上の慎ましいピンクの突起だったらしく、指先はそこを執拗に責めたてくる。

「え、っあ……やめ、そんなとこ、触っても……ッ!」

 気持ち良いはずがない、と抵抗しようとする声は甘く溶けてその先を紡げなかった。

 
 井上さんとの会話を思い出す。

 あれは確か、彼女が書いていた小説を部室で読まされていた時のこと。
 
 “受け“なるポジションの少年が乳首を摘んだり舐めたりされてアンアン言っている描写にオレは苦言を呈した。
 
 ――男の乳首って無意味だと思うんだよねぇ……何が言いたいかと言うと、こんなちょっと触られたぐらいで……興奮しないと思います。

 彼女は机に拳を打ちつける真似をしながら答えた。
 
 ――いやいや。乳首は立派な性感帯ですよ。開発すればちゃんと感じるようになるって偉い人が言ってたし!

 ――それ、偉い人っていうかエロい人じゃない?

 なんて軽口を叩いていたあの時のオレに言いたい。

 乳首は確かに今は無意味かもしれないが、いずれ意味を持つ性感帯になり得るかもしれない。


「はっ……あ、ん……」

 いやいや断じて感じてるわけじゃないけどね? 
 声が勝手に……!

「可愛い……ベルンハルト……ベル……」

 グレンの吐息が肌をくすぐる。
 生暖かいそれは本来なら気味が悪いはずなのに、身体はどんどん高まっていった。

 なに? ベルンハルトの身体が感じやす過ぎるの??
 
 ……開発してた??
 この乳首で勇者は無理でしょ。

 いやいや……確かにオレはベルンハルトに惨めな設定自分の嫌いな部分をたくさん押し付けた。
 
 が……オレは別に乳首の開発なんかしてない!!!

「ちが、ちがう……こんな……」

「何が違うんですか?」

 グレンの膝がオレの股間に軽く触れる。

「あっ……!」

 たったそれだけの刺激で……出た。
 触られても、ないのに。ただ乳首舐められたり摘まれたりしてただけなのに。

「うう……ちが、開発とかしてないから……っ!」

「開発?」

 グレンは首を傾げた。
 
 そうだね。オレの(綺麗な部分の)生き写しのグレンくんはそんな変な単語知らないね!

「自分で弄ったりとか、してない……!」

 ああ。なんかこれ墓穴な気がする。客観的に聞いたらただの自白じゃない?

 あー……もういい。もういいです。オレは乳首を自己開発してる変態勇者として明日から生きるんだ……。

「自分で……ここを、ですか?」

「あっ、やめ……ッ、してない……してないから、気持ちよくなんか、ないし……っ! も、触るな……」

 羞恥と混乱で涙が溢れてきた。
 
 空気を読まずにピンっと尖っているそこと、ズボンの上からでも濡れそぼっているのがわかる股間を隠すようにシャツを必死で伸ばす。
 
「じゃあ、なんでイっちゃったんですか?」

「うるさい……っ! 知らない……!」

 ぐずぐずと鼻をすすって、覆い被さってきているグレンの腹を蹴り上げた。

 どうだ、痛いだろう!

 オレには経験がないが腹を蹴られるのはダメージがすごいらしい。
 
 相手が蹴りのモーションに入ったら腹筋(オレにはない)に力を入れておくと少しダメージが軽減される(ってネットで読んだ)が、今のは不意打ちだ。

 相当痛かったに違いない、とドヤ顔で鼻を鳴らしてみたが。

「はぁ……。貴族のくせに足癖が悪いですね」

 グレンはため息を吐くだけだ。

 そうだ……ベルンハルトとは違ってグレンには硬い腹筋があるし、そもそもチートなのでダメージなんか入らないんでした。そうでした。

「お前だって一応貴族だろ……なぁ、グレン」

 さっきまでの妙な空気が無くなったので――とりあえず下肢の気持ち悪さには目を瞑り――身を起こす。

「なんですか?」

 で、聞くべきことを聞いてみた。
 

「――これって、オレへの復讐? ちょっと謝られるぐらいじゃもう許せないから身体を差し出せ的なアレ?」

 
 沈黙が流れる。

 さっきまでとは違う意味で空気が変だ。

 
 き、気まずい……。でもだってそれしか考えられなかったんだもの……。

 謝罪の代わりに肉体(と書いてカラダと読む)を捧げるのは定番だって井上さんも言ってたし……。

 グレンはそんな陰険なキャラじゃないはずだけど、オレがモデルだから多少暗めで卑屈なところがあるし、ちょっと間違った方向に暴走してるのかなー……って。

 
「ベルンハルト」

「はいっ!!??」
 
 グレンはオレの肩に手を置いて、その美しい黄金の目(「あなたの瞳は忌まわしい邪眼などでではないわ。綺麗よ、とっても」ってアイリちゃんが言ってくれてからグレンのコンプレックスじゃなくなります)で真剣に見つめてきた。というか睨みつけてきた。
 

「俺の話、聞いてました? 俺、貴方が好きだって言ったんですけど。貴方の傍にいたいって言ったんですけど。貴方が憎いなんて、復讐したいなんて一言も言ってませんよね!!!」
 

 グレンは珍しく声を荒げ、叫ぶ。

「馬鹿なんですか? いや知ってましたけどね。ベルンハルトさんが馬鹿で鈍感で馬鹿なのは!」

「なんでバカって二回も言うんだよ! グレンのくせに生意気――」

 オレもつられて言い返しかけ、慌てて口を抑えた。

 危ない危ない……。ここでグレンを罵ったら、オレの『グレンへの態度を改めて清純イケメン勇者としてアイリちゃんとのハッピーエンドを目指そう計画』が頓挫してしまう。

「はぁ……もういいです。とにかく! ほら、復唱してください。――“ベルンハルト・ミルザムはグレン・アルナイルをパーティーから追い出しません“」

 グレンは手から魔力を出している。
 
 あ……〈契約魔法フェアトラーク〉だ。
 
 
 〈契約〉は基本的な魔法で、魔力を持っている人間なら大体が使えるが、破った者には制裁が与えられるので取り扱いは慎重に――と、この世界の教本には綴られている。

 ……ちなみに、この魔法は厄介なことに契約の破棄は双方の同意がなければできない。
 
 かつ、与えられる制裁の内容は術の発動者の魔力量によって左右される。

 つまり……。

 
「ベルンハルト」

 
 魔王に次ぐ――いや、魔王を凌ぐ魔力を持つ“皇帝“グレンとの契約を破れば、オレは死ぬ。

 
 グレンはまだ自分の魔力量の異常さを理解していない。
 
 そして幼い頃の二人はよく些細な〈契約〉を繰り返し戯れていた(のが後の伏線となってベルンハルトの父親は第三話で死ぬ)のでこんな気軽に促してきているのだろうが……。

 ああ……断りたい。でも断ったら……その、どうにか未遂で終わった“最後までする“の方が実力行使される可能性があるんだよなぁ~……。

「あ~……はいはい。わかりましたよ。――“ベルンハルト・ミルザムはグレン・アルナイルをパーティーから追い出しません“」

 グレンの手から立ち昇った魔力が互いの胸に刻印を焼き付け、そして吸い込まれる。

「フェアトラーク、完了ですね」

「……これで満足かよ」

「ええ」

 グレンはオレの手を取ると、甲に唇を落とし微笑む。

「嬉しいです。俺は……死ぬまで、貴方の傍を離れませんから」

 その言葉は〈契約〉じゃない。
 なのに、何故かずっしりとオレの肩にのしかかった。
 

 ……グレンって、こんなヤンデレキャラじゃなかったはずなんだけどなぁ~!
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