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湯けむりと異世界と

11話 外交官サラの本音

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   ほんの少し前まではサラさんと話すことが、最初に会ったときの強烈な印象と衝撃もあって、どう話したものか、自分の話が果たして彼女に理解されるのか?と初めて海外で外国語を話す時のようにまごまごとしていたが、今ではそんなよそよそしさも不安もすっかり解消されていた。

温泉の内で曝け出せるものというのは、お互いの体だけではなく、心とそして、溜め込んでいたストレスも全てであり、それらはまた湯とともに流されて、相手に伝わっていく。

だから、彼女が日頃何を感じて、何をしていたのか自然に彼女の方から語り出されて、それが自分が押し殺していたものと一致すれば、次第に打ち解けあっていく。

「実は、10年前にこの公爵様の領主、アイネルの内政方に務めさせていただいてから、こんなふうに心から安らげるような時間はありませんでした。
正直こんな事を言っては忠誠心がない不真面目女だ、と非難されると思いますが、領内での政務が重圧になっていたりしていました。
日々、地味で単純。
それでいて、妙に仕事量の多い雑務ばかりを課されて、勿論雑務しか任されていませんから、賃金は他の方々よりもよっぽど低くて、以前は心労と不安が耐えませんでした。」

突然そう切り出された話に俺は少しあっと驚かされたが、やがてその話を聞いていくうちに自分の過去や境遇と少し似ている所があって、気づけば俺はその話にじっくりと耳を傾けていた。

「そんな時に突然、領主様から外交官としての職務を任されて、最初はどうして私みたいな地位も能力もないダークエルフ何かが国益と国の威信に関わるような重要政務を?  と自分でもかなり卑屈に思いながらそんなふうに疑問を抱いていましたが、今ではそんな葛藤も不安も何もかも些細な物に思えてきました。」

そうして、どこか翳りが差していた顔を浮かべていたサラさんであったが、やがて徐々にその陰は消えていき、すっとそこに光が照らしはじめ、彼女の表情はもう以前の明るさを取り戻していた。

「私、外交官になれてよかったです。
日本の皆さんは私が思っていたより、ずっと優しくて、私が言わずとも親切にもほんの些細な事にも気をかけてくれました。
それは、私が外交官であるからで、だからそういう風に皆さんは接してくれて、扱っているのだと人に言われずとも十分理解しています。
でも、同時に私は四月一日さんのような優しい男性のお方と何年かぶりの安らぎを気づけば、こうしてすっかり楽しむ事が出来ています。
あまり人に言えたことではありませんが、私は趣味も娯楽すら知らないので、一人ではここまで寛ぐことは出来ませんでした。
若しかしたら、四月一日さんが知らずに、私に温泉の醍醐味というものを教えてくれたからでしょうか?」

「い、いいえ、自分で言うのも恥ずかしい限りですが、私はサラさんが言うほど気遣いのできる人間でも無ければ、そのように思慮深く行動出来るほど、優れた人間ではありませんよ。」

突然、サラさんの話の間に俺に対する評価が挟まれていたので、また、その評価はわかり易いほどシンプルな褒め言葉であったが、彼女の真剣な表情が素直な評価である事を何よりも象徴していたから、俺はただそれがお世辞とは思わず、本気で捉えては慌てて直ぐに否定した。

それは恥ずかしいとか、そういう小中学生の可愛げな理由ではなく、ただ自分がそんな大層な評価を受けるほどの人間では無いと心から思っていたからだ。

だが、そんな卑屈にも思われるような控えめな態度はサラさんにも似た部分があって、俺と同様にその事に気づいたサラさんはクスクスと悪戯な笑みを零しながら、それを指摘した。

「初対面の四月一日さんにこういうのも少しおかしな話ですが、私達凄く似ていますね。
酷く謙虚なところが……」

卑屈ではなく、謙虚。
サラさんはそんな風に言い換えて、それがお互い何処か滑稽に思えて、俺達はケラケラと止むことのない笑みをそれが俺達の会話であるように、ずっとそうして交わしあった。

「でも、四月一日さんが優しい男性だと言いましたが、私は本心からそう思っているのですよ。」

「えっ?」

それはほんの一瞬の間に告げられた言葉であった。

目の前を小さな虫がそれこそ、聴き逃してしまいそうなほんの幽かな羽音を立てて、1秒とかけず飛び去っていくような刹那的な出来事だった。

「私達のこの茶色肌は一般には不吉で野蛮な色に見えるようでして、ですから私も普段ここ以外では肌を人の目に触れないように顔を布で覆って、全身は肌を晒さないように長ものの服装を着ているのです。
だから、人前でこれほど肌を晒すのは今回が初めてなのです。」

そう言うと、サラさんは今更恥ずかしそうに顔を赤く染めて、身体に巻いていた白いタオルをさしてこれ以上伸びるはずはないのに、糸がほつれそうなほど太腿辺りまで出ていたタオルの先を強く伸ばした。

「でも、少なくとも四月一日さんは私のこの肌を見て、酷く毛嫌いしないどころか、その……
先ほどから、何処か興奮された目で覗かれているように感じるのですが……」

俺はその言葉に図星をつかれてドキッと胸を高鳴らせた。
そして額にはだんだんと冷や汗が垂れ始めてきていた。

「こんな事を聞くのは変ですが、その……四月一日さんには本当は私の肌はどう見えているのですか?」

サラさんは上目遣いにそう真剣な表情でたずねてきた。

とはいえ、俺もどう答えるか迷った。
あまりに突然で、予想外、そんな質問に対して当然適切な返答なんて用意していないわけで、俺はキラキラと金剛石の粒のように光る水滴が彼方此方に散りばめられているサラさんの褐色肌を見て、どう答えれば良いのか、俺はとことん困り果てた。

「確かに、それは本心で言えば、サラさんは凄くいい身体をしてるし、何よりも特徴的な茶色の肌が白い光をよく吸収していることもあって、綺麗で美しい身体をはっきりと引き立てている。
だから白肌とはまた違った魅力もあるわけで、俺がサラさんみたいな褐色肌を好きにならない理由が何処にも見あたらない。」

「えっ?あ、あの四月一日さん!?」

「あっ、」

気づいた時には遅かった。

心の中で、独りごちていたサラさんの魅惑的な肌ともとい、完璧な美しさを備える抜群の肉体の感想であったが、どうやらそれは隣に座るサラさんにもしっかり聞こえるほど、最早声に出てしまっていたようだ。

「西田さんが仰っていた通り、四月一日さんは少し変わったお人です。」


「いや、あのこれは……」

俺は自分が暴露してしまった、セクハラとも捉えられてもおかしくない変態発言をどうにか訂正しようと、慌てながらも覚束無い口調で必死に言葉を投げた。

だが、否定しようとすれば、サラさんが何処か暗く、悲しそうな表情をするので、その様子が何処か可哀想に思えて、俺は常套手段であるハハハと苦笑をして、お茶を濁すしか出来なかった。

すると、そんな俺を真っ直ぐに見ていたサラさんはやがてぷいっと自身の顔を全く別の方に向けて、少し不貞腐れた顔で「四月一日さんはずるい人です」と最後にそう零した。

しかし、素っ気なく何処に向かれてしまった顔にはちらっと桃色に熟れた頬がのぞいていて、俺はそれに温泉の熱とは違った、根源的な温かさの篭った熱を感じて、それが俺の心をじーんとあったかくしていた。


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