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出立
中継地点の村
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「着いたわよ。」
黒狼がスピードを落として止まった。
「ほら、起きて。」
「……ここは?」
「最初の中継地点デスト村よ」
「……。」
放心状態だった俺の意識をカレンが起こした。
パチクリと目を開けて、眼前の景色を見渡す。
林道を抜けると、いつの間にか俺達は開けた大地にいた。
最初は広くのっぺりした平野だと思った。
だが、正気を取り戻していくうちにその光景が単なる殺風景な大地ではないとわかった。
360度展開する広い大地。
その中心を穿つように一直線に伸びた幅の広いあぜ道に俺達はいる。
脇を見ると道の外は土地が低くなっていて、畑か田かとにかくそこには耕地があった。
既に収穫時期を終えたのか、耕地にはシロツメクサのような植物が生い茂り、その草を家畜と思しき茶色の牛達が食んでいた。
黒狼の背中の上から道のずっと先を見つめると、田園風景の先に集落があった。
茜さす空の下で黒い豆粒のようなものが、そこかしかに点在している。
「さ、いきましょう。」
カレンが黒狼の太い首筋をポンポンと叩くと、主人の合図とともに今度は緩やかな速度でダイヤウルフは前進した。
高さはあるが、揺れは少ないためさっきとは比べ物にならないぐらいの安定感があった。
集落の家々が明確に見える距離まで進むと、いよいよそこは、人の住む村らしさを帯びていった。
漂う人の気配と生活感、そして家々を通り過ぎる度聞こえてくる生活音。
集落の家々は木造りで三角屋根の茶色い外壁、全て個を主張するような色や装飾はされておらず、本当に簡素な造りで、悪いイメージでは地味な家。
だがしかし、緑色の田園と鮮やかな野花に囲まれ、屋根は夕陽でオレンジがかったそれらの姿は、とても絵になり、どこかノスタルジックな雰囲気を感じさせる。
異世界の村の風景、どこか見慣れたような気がして悪くない感じであった。
「とりあえず、ここでおりましょう。」
そう言ってカレンは、村に入って少し進むと黒狼に合図を送って適当な場所で止まらせた。
すると、のっそりと黒狼は大地に膝をつけ、俺達が降りやすいように正に伏せの状態で待機してくれた。
こいつには、なかなか遊ばれたような気がするが、それも主人の命令にしたがっただけ、そう考えれば忠犬みたいな所があって、結構愛嬌もあるのかもしれない。
黒狼の背中から降りると、俺は顔に回って恐る恐る黒狼の大きく尖った鼻先に手を伸ばした。
すると、黒狼は口が裂けそうなほど大きく口を開き、鋭く尖った牙をギラつかせた。
「ひいっ……」
「大丈夫よ、ただ欠伸しただけだから。」
そう言ってカレンは、俺を安心させるようによしよしとダイヤウルフの頬を撫でて見せる。
「な、なんだ……ただ欠伸をしただけか。」
「もしかして……怖いの?」
震える俺の腕を見て、彼女は心配そうに俺の顔を窺ってくる。
「いや、乗っている時は平気だったんだけどね。
でも、正面から顔を見るとやっぱり少し怖いかなぁ……まぁ、はははっ……やっぱり男としては情けないね」
魔獣であるダイヤウルフ、何もかもが規格外な大きさ……それが俺の恐怖心をより一層煽っていた。
しかし、そんな俺をカレンは全くもって笑ったりも、幻滅したり、驚いたりもせず、俺の顔を優しく見つめてそっと手を寄せてきた。
「ううん、そんなことないわよ。
誰だって苦手な事はあるから……でも、貴方は今それを乗り越えようとしているでしょ?
それって、勇敢ですごく大事なことだと思うのよ。
だから、私も貴方の努力に手を貸してあげるわ。
ほら、触ってみて? 大丈夫……魔法で性格は温厚になってるから、この子はそんなことで怒ったりしないわ。」
そう言って寄せた手で彼女は俺の震えていた手を優しく握って、黒狼の顔にそっと置いた。
カレンの手の温かさと、もふもふとした毛の柔らかさを感じる。
「そのまま撫でてみて……」
彼女に促されるまま俺は、皮膚よりも毛の上から恐る恐る黒狼を撫でていった。
「ねっ、大丈夫でしょ?」
彼女の言う通り、黒狼は何もしてこなかった。
というより寧ろ、触られたことに反応して顔を自ら、頬を当てる感じで俺の手に少し寄せてきたりした。
その時俺は、名状しがたい感動を覚えた。
ゾワッと体の内側から何かが走って、次第に嬉しさと興奮が沸きあがる。
「あぁ……本当だ、思ってたより大人しいな。
ありがとうカレン。」
すると、彼女は「どういたしまして!」と嬉しそうに答えた。
「ところで、みんな。
気づいてると思うけど、さっきから人の目が……」
「あぁ……うん、そうね。」
「……凄いですね、私達人気者みたいです……」
こんなにも大きな狼を連れて人里に入れば、注目され、人が寄ってくるのも仕方がなかった。
俺達の周りには好奇の目を向けた人々が何人も集まり、彼等はなんだ、なんだと一様に声を上げた。
長閑な集落は一時騒然となった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
俺達に関心を寄せて集まってきたデスト村の人々、いや、関心を寄せていたのはダイヤウルフの方なのだが、兎に角そのせいで凄い人だかりが出来た。
しかし、そんな彼等にシスターという、職業柄信頼のあるアリシアが状況を説明したことで騒然となった場をなんとか沈めたのである。
「すみません……私のせいで遅くなってしまいました。」
謝りながらそういう彼女。
夕暮れだった空は太陽がだんだんと西に沈みかけて、恐らく今は逢魔が時にさしかかっていた。
「いえ、考え無しにダイヤウルフを連れてきてしまった私のせいよ。
寧ろ、アリシアは私の為にその尻拭いをしてくれた、ありがとう……そして、こちらこそごめんなさいね。」
「いえ、いいんですよこれぐらい。
寧ろ、お役に立てたみたいで嬉しいですから。」
召喚魔法は対象を召喚した後も、使用者の魔力は消費されるらしく、消費された分は魔獣の凶暴な本能を矯正する為に回されるのだが、逆にそれで魔力を使い切ったり、ほかの魔法を使用して魔力を減らすと、矯正の維持が出来なくなり召喚した対象が人間を襲う可能性もあるので、召喚魔法の特徴の一つというか、安全装置的な意味で対象を消すらしい。
これは比喩的な意味で、実際は消すのではなく、対象が元にいた場所へと転移させるのである。
家へと帰らせるという言い方の方がわかりやすいだろうか。
だから、カレンが召喚したあのダイヤウルフは、今は魔法の作用で元の場所へ転移されてしまった。
恐らく、カレンは既に俺が与えた分の力を消費してしまったのだと思う。
元々、カレンのキャパでは不可能だった事。
それを無理やり超えて召喚を行ってしまったのだから、魔力を消費するのも早いはずだ。
前述の通り召喚魔法にはそういう仕掛けがあるというだけで、俺の力を使って呼び出そうと思えば、またあのダイヤウルフを召喚することもできるらしい。
しかし、それで1つ疑問に思ったのが、俺の場合はどうなるのかということ。
結論からいうと、俺が元の世界に転移されるという心配はない。
まずは、召喚後更に使用者の魔力を消費させるほど、俺には凶暴な本能はないのと……(性欲はあるが……)
魔獣の召喚(この世界の生き物を呼び寄せること)と俺に行った異世界召喚は構造やシステムとかそういう面で根本的に異なるから。
つまり、俺が消えるような心配はないということだ。
それを聞いて俺は心底ホッとした。
好きな人が出来て、その人と突然別れる事になったらとても辛い、きっと後悔する。
そんな俺を見て、アリシアとカレンは何か微笑ましげに言った。
「なになに、私達と離れるかもって心配になったの?」
「ふふっ、そうなんですか?
ハルトさん、とても純情で可愛いですね。
でも、そういう風に心配したり不安になってくれるのは……とっても嬉しいですよ。
私、ハルトさんの事ますます好きになっちゃいました。」
「えぇ、それは私も同じよ。
愛されてるって実感出来るもの。」
うーん……エッチの時以外で愛の告白を、堂々と宣言されるっていうのはやっぱり恥ずかしい。
「それで、今日はここで宿を取るんだよね?」
「はい、そのつもりですよ。」
アリシアは実に真面目にそう言うが、辺りには民家しかなく、宿泊施設のような建物は見つからない。
果たして……言ってはなんだが、このような耕地しかない田舎の村に宿なんてあるのだろうか。
場合によっては、野宿という可能性も……
「心配なさらずとも、ハルトさん大丈夫ですよ。
1泊2食付きでちゃんとお布団付きで宿泊できる場所がありますから!」
「1泊2食付きですか?」
「はい!」
自信ありげにアリシアは答えた。
「エルゼ様の神殿の付近にある村や街、都市には参拝で訪れる信者の方も多く、中にはエルの方もよく巡礼の為に来られるので、そういった方たちのために、無料で宿泊できる場所を個人で提供している家庭もあるんです。」
ええっとこれを掻い摘んで話すと、エルゼ様と呼ばれる神様を信奉した宗教(聖教)がこの世界にあり、この国ではそれを古くから国家宗教としているため、神様を祀った神殿や祠が国の各地に建てられたらしい。
また、寺院のようなそういった各地にある聖地を巡る事をエルといい、例えば四国八十八箇所巡りのお遍路さんのように特別な格好をして祈願や、開運のために信者の人は幾つもの霊場に参拝するのである。
そういった方達の旅の支援に、正に通夜堂や善根宿のような無償の宿泊所を提供している個人や団体もこの国では少なくないというのだ。
「でも、飽くまでもこれは宿屋のようにサービスとしてではなく、エルの方に対する接待の一環としてのご厚意なので、私達は丁寧に、泊めていただくという気持ちでお願いしなければいけませんよ。」
なるほど、そういった暗黙の決まりというか作法は善根宿などと変わらないらしい。
別にそういった場所でお世話になったことも、四国八十八箇所を経験した訳でも無いが、礼節に関しては社会人時代に嫌という程学ばされたから、失礼になるようなことはないと思う。
寧ろ、接待されたら逆にこちら側から接待を返すような気持ちで泊めていただく事にしよう。
そう心に決めて、アリシアに連れられて道を進んでいく俺。
これから自分の身に何が起きるのかも知らずに……
今思えば、この逢魔が時の薄気味悪い空の色合いが、この先の不安を示す予兆だったのかもしれない……
黒狼がスピードを落として止まった。
「ほら、起きて。」
「……ここは?」
「最初の中継地点デスト村よ」
「……。」
放心状態だった俺の意識をカレンが起こした。
パチクリと目を開けて、眼前の景色を見渡す。
林道を抜けると、いつの間にか俺達は開けた大地にいた。
最初は広くのっぺりした平野だと思った。
だが、正気を取り戻していくうちにその光景が単なる殺風景な大地ではないとわかった。
360度展開する広い大地。
その中心を穿つように一直線に伸びた幅の広いあぜ道に俺達はいる。
脇を見ると道の外は土地が低くなっていて、畑か田かとにかくそこには耕地があった。
既に収穫時期を終えたのか、耕地にはシロツメクサのような植物が生い茂り、その草を家畜と思しき茶色の牛達が食んでいた。
黒狼の背中の上から道のずっと先を見つめると、田園風景の先に集落があった。
茜さす空の下で黒い豆粒のようなものが、そこかしかに点在している。
「さ、いきましょう。」
カレンが黒狼の太い首筋をポンポンと叩くと、主人の合図とともに今度は緩やかな速度でダイヤウルフは前進した。
高さはあるが、揺れは少ないためさっきとは比べ物にならないぐらいの安定感があった。
集落の家々が明確に見える距離まで進むと、いよいよそこは、人の住む村らしさを帯びていった。
漂う人の気配と生活感、そして家々を通り過ぎる度聞こえてくる生活音。
集落の家々は木造りで三角屋根の茶色い外壁、全て個を主張するような色や装飾はされておらず、本当に簡素な造りで、悪いイメージでは地味な家。
だがしかし、緑色の田園と鮮やかな野花に囲まれ、屋根は夕陽でオレンジがかったそれらの姿は、とても絵になり、どこかノスタルジックな雰囲気を感じさせる。
異世界の村の風景、どこか見慣れたような気がして悪くない感じであった。
「とりあえず、ここでおりましょう。」
そう言ってカレンは、村に入って少し進むと黒狼に合図を送って適当な場所で止まらせた。
すると、のっそりと黒狼は大地に膝をつけ、俺達が降りやすいように正に伏せの状態で待機してくれた。
こいつには、なかなか遊ばれたような気がするが、それも主人の命令にしたがっただけ、そう考えれば忠犬みたいな所があって、結構愛嬌もあるのかもしれない。
黒狼の背中から降りると、俺は顔に回って恐る恐る黒狼の大きく尖った鼻先に手を伸ばした。
すると、黒狼は口が裂けそうなほど大きく口を開き、鋭く尖った牙をギラつかせた。
「ひいっ……」
「大丈夫よ、ただ欠伸しただけだから。」
そう言ってカレンは、俺を安心させるようによしよしとダイヤウルフの頬を撫でて見せる。
「な、なんだ……ただ欠伸をしただけか。」
「もしかして……怖いの?」
震える俺の腕を見て、彼女は心配そうに俺の顔を窺ってくる。
「いや、乗っている時は平気だったんだけどね。
でも、正面から顔を見るとやっぱり少し怖いかなぁ……まぁ、はははっ……やっぱり男としては情けないね」
魔獣であるダイヤウルフ、何もかもが規格外な大きさ……それが俺の恐怖心をより一層煽っていた。
しかし、そんな俺をカレンは全くもって笑ったりも、幻滅したり、驚いたりもせず、俺の顔を優しく見つめてそっと手を寄せてきた。
「ううん、そんなことないわよ。
誰だって苦手な事はあるから……でも、貴方は今それを乗り越えようとしているでしょ?
それって、勇敢ですごく大事なことだと思うのよ。
だから、私も貴方の努力に手を貸してあげるわ。
ほら、触ってみて? 大丈夫……魔法で性格は温厚になってるから、この子はそんなことで怒ったりしないわ。」
そう言って寄せた手で彼女は俺の震えていた手を優しく握って、黒狼の顔にそっと置いた。
カレンの手の温かさと、もふもふとした毛の柔らかさを感じる。
「そのまま撫でてみて……」
彼女に促されるまま俺は、皮膚よりも毛の上から恐る恐る黒狼を撫でていった。
「ねっ、大丈夫でしょ?」
彼女の言う通り、黒狼は何もしてこなかった。
というより寧ろ、触られたことに反応して顔を自ら、頬を当てる感じで俺の手に少し寄せてきたりした。
その時俺は、名状しがたい感動を覚えた。
ゾワッと体の内側から何かが走って、次第に嬉しさと興奮が沸きあがる。
「あぁ……本当だ、思ってたより大人しいな。
ありがとうカレン。」
すると、彼女は「どういたしまして!」と嬉しそうに答えた。
「ところで、みんな。
気づいてると思うけど、さっきから人の目が……」
「あぁ……うん、そうね。」
「……凄いですね、私達人気者みたいです……」
こんなにも大きな狼を連れて人里に入れば、注目され、人が寄ってくるのも仕方がなかった。
俺達の周りには好奇の目を向けた人々が何人も集まり、彼等はなんだ、なんだと一様に声を上げた。
長閑な集落は一時騒然となった。
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俺達に関心を寄せて集まってきたデスト村の人々、いや、関心を寄せていたのはダイヤウルフの方なのだが、兎に角そのせいで凄い人だかりが出来た。
しかし、そんな彼等にシスターという、職業柄信頼のあるアリシアが状況を説明したことで騒然となった場をなんとか沈めたのである。
「すみません……私のせいで遅くなってしまいました。」
謝りながらそういう彼女。
夕暮れだった空は太陽がだんだんと西に沈みかけて、恐らく今は逢魔が時にさしかかっていた。
「いえ、考え無しにダイヤウルフを連れてきてしまった私のせいよ。
寧ろ、アリシアは私の為にその尻拭いをしてくれた、ありがとう……そして、こちらこそごめんなさいね。」
「いえ、いいんですよこれぐらい。
寧ろ、お役に立てたみたいで嬉しいですから。」
召喚魔法は対象を召喚した後も、使用者の魔力は消費されるらしく、消費された分は魔獣の凶暴な本能を矯正する為に回されるのだが、逆にそれで魔力を使い切ったり、ほかの魔法を使用して魔力を減らすと、矯正の維持が出来なくなり召喚した対象が人間を襲う可能性もあるので、召喚魔法の特徴の一つというか、安全装置的な意味で対象を消すらしい。
これは比喩的な意味で、実際は消すのではなく、対象が元にいた場所へと転移させるのである。
家へと帰らせるという言い方の方がわかりやすいだろうか。
だから、カレンが召喚したあのダイヤウルフは、今は魔法の作用で元の場所へ転移されてしまった。
恐らく、カレンは既に俺が与えた分の力を消費してしまったのだと思う。
元々、カレンのキャパでは不可能だった事。
それを無理やり超えて召喚を行ってしまったのだから、魔力を消費するのも早いはずだ。
前述の通り召喚魔法にはそういう仕掛けがあるというだけで、俺の力を使って呼び出そうと思えば、またあのダイヤウルフを召喚することもできるらしい。
しかし、それで1つ疑問に思ったのが、俺の場合はどうなるのかということ。
結論からいうと、俺が元の世界に転移されるという心配はない。
まずは、召喚後更に使用者の魔力を消費させるほど、俺には凶暴な本能はないのと……(性欲はあるが……)
魔獣の召喚(この世界の生き物を呼び寄せること)と俺に行った異世界召喚は構造やシステムとかそういう面で根本的に異なるから。
つまり、俺が消えるような心配はないということだ。
それを聞いて俺は心底ホッとした。
好きな人が出来て、その人と突然別れる事になったらとても辛い、きっと後悔する。
そんな俺を見て、アリシアとカレンは何か微笑ましげに言った。
「なになに、私達と離れるかもって心配になったの?」
「ふふっ、そうなんですか?
ハルトさん、とても純情で可愛いですね。
でも、そういう風に心配したり不安になってくれるのは……とっても嬉しいですよ。
私、ハルトさんの事ますます好きになっちゃいました。」
「えぇ、それは私も同じよ。
愛されてるって実感出来るもの。」
うーん……エッチの時以外で愛の告白を、堂々と宣言されるっていうのはやっぱり恥ずかしい。
「それで、今日はここで宿を取るんだよね?」
「はい、そのつもりですよ。」
アリシアは実に真面目にそう言うが、辺りには民家しかなく、宿泊施設のような建物は見つからない。
果たして……言ってはなんだが、このような耕地しかない田舎の村に宿なんてあるのだろうか。
場合によっては、野宿という可能性も……
「心配なさらずとも、ハルトさん大丈夫ですよ。
1泊2食付きでちゃんとお布団付きで宿泊できる場所がありますから!」
「1泊2食付きですか?」
「はい!」
自信ありげにアリシアは答えた。
「エルゼ様の神殿の付近にある村や街、都市には参拝で訪れる信者の方も多く、中にはエルの方もよく巡礼の為に来られるので、そういった方たちのために、無料で宿泊できる場所を個人で提供している家庭もあるんです。」
ええっとこれを掻い摘んで話すと、エルゼ様と呼ばれる神様を信奉した宗教(聖教)がこの世界にあり、この国ではそれを古くから国家宗教としているため、神様を祀った神殿や祠が国の各地に建てられたらしい。
また、寺院のようなそういった各地にある聖地を巡る事をエルといい、例えば四国八十八箇所巡りのお遍路さんのように特別な格好をして祈願や、開運のために信者の人は幾つもの霊場に参拝するのである。
そういった方達の旅の支援に、正に通夜堂や善根宿のような無償の宿泊所を提供している個人や団体もこの国では少なくないというのだ。
「でも、飽くまでもこれは宿屋のようにサービスとしてではなく、エルの方に対する接待の一環としてのご厚意なので、私達は丁寧に、泊めていただくという気持ちでお願いしなければいけませんよ。」
なるほど、そういった暗黙の決まりというか作法は善根宿などと変わらないらしい。
別にそういった場所でお世話になったことも、四国八十八箇所を経験した訳でも無いが、礼節に関しては社会人時代に嫌という程学ばされたから、失礼になるようなことはないと思う。
寧ろ、接待されたら逆にこちら側から接待を返すような気持ちで泊めていただく事にしよう。
そう心に決めて、アリシアに連れられて道を進んでいく俺。
これから自分の身に何が起きるのかも知らずに……
今思えば、この逢魔が時の薄気味悪い空の色合いが、この先の不安を示す予兆だったのかもしれない……
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