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#72 永遠と庸子と敦美と一香 ―ゼロワンのワンの方―

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「……そもそもヨーコさんっていい子じゃないもん」

 とは言ったものの、矛盾してるんじゃないかと自問が止まない。それが証拠に眼前の二人は絵に描いたように呆然としてる。だよね、自分の語彙の拙さが本当にもどかしい。

「うまく言えなくてごめんね。もちろんヨーコさんはいい子なんだけど、それだけじゃないでしょ? だって私にお願い事する時、結構悪戯な顔してるもん。だからヨーコさんはいい子じゃないよ」
「そ、そんな顔してるんだ私……」
「そんな顔のヨーコさんも私は好きだよ。……それでね、誠実で誰にでも優しくて、ちゃんと善悪の線引きもきちんと周りに惑わされずに判断できて……多分だけど、ヨーコさん『いい子』でいれば自分を守れるって思ってるんじゃないかって。違ったらごめんね?」
「あー……そうかも。私もようちゃん、時々無理してるんじゃないかなって思うことあるもん。だからそういう時はクラス委員の仕事、手伝うようにしてたんだよ」

 少し俯いたヨーコさんの顔が、あっちゃんの言葉で正面に起き上がる。
 憔悴している彼女の顔もやっぱり綺麗で……でも、それは私が見ていたいそれじゃない。

「あっちゃんまで気づいてたんだ……」
「そりゃあそうだよ。『生き物観察』は私の得意とするところだし。というか、僅かな変化を見抜けないと物言わぬ生き物の相手は出来ないんだよ」

 あっちゃん、人を他の生き物と同列に見るとかすごいな。
 でも、それって『全ての生き物を同じ目線で見ている』ってことで、つまりは『見かけだけじゃない、その生き物の本質』を見ているってことなんだと思う。

 その点、私はどうだろう。

『優しくしてくれる人には優しくする』だけじゃなかったか?
 ちゃんと相手の身になって考えているか?
 友達が少ないのを『人見知り』って安易な言葉で誤魔化してるだけじゃないか?
 私はきちんと友達の本質を見ているか?
 
「自分でも何言ってるか分からないんだけど……ヨーコさんがいい子でいることが辛かったり疲れちゃうんだったら、無理しないで。少なくとも私は『いい子のヨーコさん』を好きになったんじゃないよ……ううん、それも含めて『ヨーコさん』っていう女の子が大好きで、大切な友達なんだから、ね? もしこれから先も何かヨーコさんにあれば、今日みたいにまも……頑張るから」
「そ、そうだよ庸子ちゃん! 私もだからね!(相変わらず永遠とわちゃん臆面もなく好きとか言うんだなぁ……)」
「もう、二人とも……でも、永遠さん。頑張って今日みたいに倒れられちゃったら困るなぁ……ふふっ」
「だ、大丈夫だよ! ……多分」

 やっとヨーコさんの瞳に光が戻り、いつもの素敵な彼女の顔に戻る。
 うん、やっぱりヨーコさんはその笑顔が一番素敵……。

「ちょ、永遠さん何言い出すの!? 恥ずかしいよ……」
「永遠ちゃん、思いっきり心の声が口から漏れてるよ……」
「! あ……ごめんなさい」
「ふふっ。うん、いつも通りの永遠さんで安心した。そろそろ帰れそう?」

 ふと壁掛け時計に目をやれば、針はちょうど午後三時を差していた。
 すぐ下校出来るよう、私のリュックもあっちゃんが保健室まで持ってきてくれたらしい。軽く髪を整えて、さぁ帰ろうかとドアに手を掛けると、勢いよく先にドアがガラッ!! っとけたたましくスライドした。

「大丈夫か神代かみしろ? 茶渡さわたりから大まかには聞いたけど」
「あ……いっち「先生な?」」

 神妙な面持ちで保健室に現れたのは私たちの担任であるたついち先生。スレンダーで長身、厳しいけど生徒想いな彼女は、ベリーショートの黒髪も相まって、歌劇団の男役みたいな、どちらかというと女生徒に人気がある英語教師だ。

 実は私と一香先生は付き合いが長い。というのも、ママと彼女はこの高校で同級生だった。しかも生徒会では先生が会長、ママが副会長かつ大親友。二人の名零と一香をもじって生徒の間では『ゼロワンコンビ』と当時言われてたとか言われてないとか。ママが在学中に私を妊娠、堕胎せずに産むことを後押しし、退学を阻止するために奔走したのが当時の生徒会長、一香先生その人なのだ。
 つまり大袈裟に言えば彼女は私の『命の恩人』であり、物心着く前から可愛がってくれた『もう一人のママ』と言ってもいいくらいの存在。

 ちなみにこのことを知ってるのはこの高校ではコーちゃんしかいない。
 特に秘密にしてるわけじゃないけど、わざわざ言う必要もないからね。

「もう帰るのか?」
「はい。永遠さんも大丈夫なようなので」
「駅までは一緒だから私も付き添えるし平気だよ先生!」

 ヨーコさんとあっちゃんの暖かい言葉に頷けば、先生はポリポリと頭を掻きながら、

「あー……一応神代には聞き取りしろって学年主任が言ってるんだよ。悪いけど神代は少し残ってくれるか? 帰りは茶渡が付き添うって言ってるし、なか羽多野はたの、お前たちは今日は帰れ」
「あ、なるほど。そういうことでしたら私たちは帰ります。あっちゃん帰ろ? 茶渡君もいるし任せよう?」
「うん、わかった。じゃあ永遠ちゃん、また明日」
「うん。二人とも、今日はありがとう」

 保健室で彼女たちと別れ、私は一香先生の後を追った。

 ✳︎          ✳︎          ✳︎

「……さて。形だけでも今回の件、話してくれるか?」
「うん、わかった。えっと――」

 特に隠すこともないし、悪いことをした覚えもないので記憶にあるだけの事実を伝える。ちなみに今いるのは生徒指導室で、ここには私たちしかいない。他の生徒や先生がいない時だけ、私は先生を呼び慣れた『いっちゃん』と呼び、彼女も『永遠』と呼び捨てる。まぁ公私の区別はつけましょう、ということだ。

「まぁチャド茶渡に聞いたのと一緒だな。動画も見せてもらったし、永遠には全く非がないのはわかった。でも随分無茶したなぁ」
「だって、あっちゃ……羽多野さん――」
「呼びやすい方でいいぞ」
「……あっちゃんもヨーコさんも大事な友達だもん。二人を助けたかったから……」

 いっちゃんの凛々しい面持ちが柔らかくなると、スッと私の頭に手を置いて、ゆっくりと優しく撫でる。

「そっか……。永遠もやっとあの二人チャドとツナ以外に友達って言える存在ができたんだな。学生時代の友達は、これから先もずっと友達でいられることが多いんだ。大事にするんだぞ」

 いっちゃんはツナとコーちゃんのことも当然のように、それこそ小学生の頃からよーく知っている。中学生の頃は、三人とも英語を教えてもらっていた。それのおかげで私たちの英語の成績はすごく良かったのだ。

「うん、もちろん大事にするし、大事にしてもらってるよ」
「よかったな。にも散々言われてたからな。先生ホッとしたよ」

 ママと先生はお互いを名前で呼び合って、今でも時々お茶したり時にはうちに遊びに来て、すごく仲良さそうにしてるのを側で見ていて羨ましかった。私も大人になったらツナやコーちゃん、ヨーコさんとあっちゃんともそんな時間を過ごしたい。

 いくつか取り留めのない話をしているうち、夏休みの話題になる。
 夏休みといえば、と急にあることが頭をよぎり、相談とも言えないことを聞いてもらう。

「あのねいっちゃん。私、二学期から素のままで登校しようって思ってるんだ」
「素のまま? あぁ……髪色と眼のことか?」
「うん……どう思う? いっちゃん」

 言われていっちゃんは顎に手を添え、窓に視線を移しながら少し考えた後、私に向き直って、

「そもそも永遠は『目立ちたくない、いじめられたくない』から隠してきたんだよな? 確かに小さい頃は見た目だけで標的になることはあるし、実際お前は標的になった……残酷だよな」
「……」
「でもな。流石に高校生にもなって見た目でいじめる奴はいないと先生思うんだけどな。少なくとも私のクラスにはそういう生徒はいないと信じてる。ましてや今は中見や波多野もいるし、チャドもいる。もちろん先生もだ。永遠が自分で決めたなら止めないし、万が一何かあったら全力で守ってやるさ」
「……うん。ありがと、いっちゃん」

 そろそろブロンド翠眼の永遠も見たいからな、と私の顔を覗き込み少し嬉しそうに話すいっちゃん。その目は先生というよりも娘を見るそれだった。
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