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#71 永遠と庸子と敦美 ―いい子じゃない―

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(あれ……? ここ……あぁそっか)

 薄目を開けると、視界が天井を捉える。

 ラノベ――私はほとんど読んだことないけど、よくある表現に『知らない天井だ』っていうのがあるらしい。けど、残念ながらここがどこだか知っている。この状況から察するに、ここは保健室だ。薬の匂いもほのかにするしね。そして私はベッドの上、と。

 さて、なんでここにいるのかと振り返る。
 確かいり君? って男子にあっちゃんが謂れのないことを一方的に言われて……冷静に仲裁してたヨーコさんが急に狼狽えちゃって……我慢できなくて言い合う二人に割って入って柄にもなく大声出しちゃって……。

 保健室で寝てるってことは、誰かが運んでくれたんだよね。普通に考えたらヨーコさんとあっちゃん二人がかりで、かなぁ? 

 あれこれ推察しながらゆっくり目を開けると、

「あっ! 永遠とわさん大丈夫!? どこか痛いところはない?」
「はぁぁぁ……やっと起きてくれた。このまま眠り姫になったらチューして起こさなきゃだったじゃん!」

 私の目の前、まさに眼前20cmにヨーコさんとあっちゃんの顔があった。うーん、このままじゃ私起き上がれないね。というか近い。そしてあっちゃん、私は姫でもないし、チューは大事な人のために取っておいてね。

「えっと……私起きるね?」

 その言葉の真意を見抜いた二人はスッと身を引いて、丸椅子に腰を落とす。
 なんか二人にはかなり心配かけちゃったみたいで、絵に描いたような憔悴を浮かべていた。

 そんな二人に最初の疑問を投げかける。

「私、なんで保健室で寝てたの……かな?」
「……え? 永遠さん覚えてないの?」
「うーん……入江君に『いい加減にしてください』って言ったところまでは覚えてるんだけど……」
「そこまでしか覚えてないの!? 本当?」

 うん、と一言だけ返して顔を上げると、二人は顔を見合わせてまた私に振り返り、事の顛末を簡潔に話してくれたんだけど……。

 とにかく入江君が口を挟む余地を与えないほどに、それでも饒舌に、しかも涙目で入江君を論破したらしい。そして苛立ちを抑えられなくなった入江君が私に掴みかかろうとした。それまでの様子をスマホで動画撮影していたコーちゃんが、さすがにこれはまずいと瞬時に入江君を羽交い締め、騒ぎを聞きつけた学年主任の先生が入江君の首根っこを掴み、生徒指導室に引きずって行った。呆然と立ち尽くす私は安心したのかその場で気を失い、倒れそうになったところをコーちゃんが抱きかかえ、お姫様抱っこで保健室まで運んだ。そしてコーちゃんはすぐに保健室から立ち去って今に至る。

 と、これが全容で……って、お姫様抱っこ!? なんか変な誤解されちゃわないかな!? これから私、平穏に学校生活送れるの!?

「それなら大丈夫。その場で私の人徳フル活用して『茶渡さわたり君は神代さんの幼馴染で、じゃない』ってみんなに説明したから、ご安心ください。ね?」

 おすまし顔でヨーコさんが言う。しれっと『私の人徳フル活用』とかおかしなこと言ってるし。私、ヨーコさんのこういう『お堅くない』ところ、大好き。
 とはいえ大丈夫なのかなぁ。うーんと頭を捻ると、あっちゃんがそこに補足する。

ようちゃんがその辺は丁寧に説明してたし、茶渡も彼女の画像その場でみんなに見せて勘ぐらせないようにしてたから、たぶん大丈夫でしょ。ってかあいつ彼女いたのか……」

 そっか、コーちゃんに助けられちゃったな。これで二度目だ。まぁ前の時はお姫様抱っこじゃなくておんぶだったらしいけど。

 私って、感情の昂りが閾値を超えると、気を失っちゃう体質なの? そんな厄介な体質嫌だなぁ……その都度周りに迷惑かけちゃうもん。うん、気を付けよう。

 とにかく今回、二人とコーちゃんに心配かけた事実は揺るがない。だって未だ彼女たちの表情は曇ったままなんだから。

「心配かけてごめんなさい……」
「謝らないで永遠さん。私たちを守ってくれたんだから、むしろ感謝だよ……それにしてもあんな永遠さん初めて見たけど、すごかったなぁ」
「うんうん、マジすごかった! 私もあそこまであいつ入江の奴には言ったことないもん」
「え……? そんなすごいこと、私言ったの?」
「うん。その様子、茶渡君が動画に残してるんだよ。あっちゃんに非がない証拠として念の為に撮ってたんだって」

 さすがコーちゃん抜け目ないと感心するものの、動画かぁ……正直気にはなるけど、見たくないなぁ。いや、見てみたい気持ちもあるんだけどね。怖いもの見たさ、みたいな。

 少しの時間が経って、やっと二人の心も落ち着いたみたいで、時折笑顔が浮かぶ。私も眠気は霧散して、色々と気になることを思い出す。

 あの出来事が四時間目終わりに起きて、今はというと午後二時半。ということはおおよそ二時間も保健室で寝てたわけだけど、期末試験が終わり、終業式までの一週間は全日四時間目で授業は終わり。つまり放課後に体調不良で寝てただけってことになる。だからサボりじゃない。私、授業はサボったことないからね。

 そして――私にとって最大の疑問は『どうしてヨーコさんは急に狼狽えたのか』である。

 いつも冷静で、普段も取り乱すようなことなどまずない彼女に、何が起きてそうなったのか気になって仕方がない。あの悲哀に飲まれた顔を思い出すと、途端に心は翳に覆われ、私もまた悲哀に飲まれそうになるのだ。
 だから、私で力になれるならいくらでも協力したいと口を開く。

「あのねヨーコさん」
「? 何? やっぱりどこか痛いの?」
「ううん……あ、やっぱり痛いかも……心が」

 心が痛い? と疑問を浮かべる彼女に向けて続ける。

「……あのね。ヨーコさん、急に言葉に詰まって狼狽えてたでしょ? なんでそんなことになっちゃったのか気になって……だってすごく悲しそうで、私……辛くて見てられなかったんだよ?」
「! え、えーとそれはね、なんというか……そ、そう! あれ――」

 私の言葉になぜかあっちゃんが慌てて答えようとする。どうやらヨーコさんの事情、あっちゃんは知ってるみたいだ。

「――いいよあっちゃん。私から話すから。永遠さん、聞いてくれる?」

 そう決意表明したヨーコさんの瞳はいつになく凛として、こちらを静かに見据えている。それにあてられた私も、それまでの姿勢から正座へと座り直す。
 そしてゆっくりと、ヨーコさんの独白とも取れる告白が始まった。

 ✳︎          ✳︎          ✳︎

「……これが狼狽えちゃった理由。却って心配かけちゃった……かな?」
「ううん、そんなことないよ。ありがと教えてくれて」
「庸子ちゃん頑張ったね……うん、庸子ちゃんは頑張った!」

 以前聞いた『中学時代の親友との辛い出来事』の詳細 ――『いい子ぶる』という言葉がトラウマになった――が、ヨーコさんをあんな風にした理由だったんだね。

 人は、思いもよらない言葉で傷ついたりするもの。改めて自分も気を付けなきゃと襟を正す。

 でも――それでいいのだろうか。

『いい子ぶる』って言葉。たった五文字のそれを、彼女の前で言わないように留意する、それだけでいいのかな。私にはどうにもそれが『最適解』とは思えないのだ。確かにその『彼女にとって忌むべき言葉』を彼女に向けて言わないこと、それ自体は簡単なことだけど、それだと根本的な解決にはならないよ。私たちはまだ17歳で、これから先、どんな出会いがあるかわからないし、常に私やあっちゃんがヨーコさんの側に居られるとは限らない。私の知らないところで彼女が傷つくのはいやだよ……。

 だから、私は敢えて踏み込んでみよう、私なりの方法で彼女の重荷が軽くなるのなら。拒否されてもいいよ。その時は、あっちゃんと同じように、全力で土下座するから!

「ヨーコさん……ヨーコさんはなんかいないよ」
「! と、永遠ちゃんそれはまずい――」
「……あっちゃん。私なら大丈夫、大丈夫だから」

 か細い声音で『大丈夫』と呟くヨーコさん。その二つの瞳は私の言葉を渇望しているようで、汲み取った私は私の言葉を総動員して誠意という糸を紡ぐ。

「……そもそもヨーコさんっていい子じゃないもん」

 二人の顔が疑問に染まり、盛大なハテナマークをいくつも浮かべた。
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