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#35 永遠と庸子そして刹那 ―Peggy Sue―

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「く、苦しいよ、二人とも……」

 こうやってぎゅっとされる行為、ツナはわりと頻繁にしてくるから、こちらとしては慣れっこなんだけど、それにヨーコさんが加わるだけでこの破壊力……というか結構マジで苦しい。
 どうにか捻り出した私の声に、二人のベアハッグは弛緩する。

「あ、ごめんごめん永遠とわ。久々に見たからつい」
「ごめんね永遠さん、私もつい……」

 いいのいいの気にしないでって二人を宥めてると、何かに気付いたツナが「それは?」とテーブルに向き直す。

 ハテナを帯びた視線の先にあるのは、さっきヨーコさんが『好きなもの』として教えてくれたジョ◯・レノンのソロアルバム『ロックン・◯ール』のCD。デッドベアの一件ですっかり忘れ去られたそれは、寂しそうに裏向きに置かれていた。

「あ。それね、ヨーコさんが『好きなもの』として持ってきてくれたの。だからこれ、聴こうと思ってたんだ」
「あ、そうなんだ。じゃあ二人で聴いてきたら? 私、レイちゃんのお手伝いしてくるから」
「えっと、私は手伝わなくていいの、かな?」

 ツナはうちに来ると、必ずママの手伝い――主に食事関係――をしてる。そもそも彼女は料理が好きで、それにさらに磨きをかけるべくママを手伝いながら色々教わってるから、言わば二人は師弟の関係みたいな状態なのだ。ツナがそこまで熱心な理由は『コーちゃんに美味しいご飯を食べてもらいたい』の一点。だから敢えて私はそこに参加せず、傍観者に徹している。

 一応自己弁護すると、決して料理ができないわけじゃない。ツナほどではないけど、最低限の料理はできます……たぶん。

「いいのいいのだいじょぶ。これは私の役目だから。だからさ、二人はもっと楽しむこと! これは主催者の私の命令、です!」

 はいはい邪魔者はあっち行って! と言わんばかりに私たちは『倉庫』のドアの前に追いやられてしまった。

「あ、そうだヨーコさん」
「ん? 何、ツナちゃん」

 いつになくさらにいたずらな顔を浮かべるツナ。これ、絶対何か企んでる顔だ。もう付き合い長いからね、そのくらいすぐに分かるんだよ。

「永遠はね……あと三回、変身を残しているんだよ……。しかも、最終形態は私も写真でしか見たことないんだよねぇ……」
「変身? え……なにそれこわい」

 変身。そうだね、確かにあと三回残してる。というかツナ、私のこと人外みたいに言わないで。

「ま、そんなビビることでもないから大丈夫だよヨーコさん。ちょっと驚くかもだけど。ね、永遠?」

『ね、永遠?』って言うツナの言葉に少しだけ勇気を貰う。ヨーコさんには知っていて欲しいもん、私のこと。大丈夫だよ、ちゃんと言うから。

「うん、大丈夫。ヨーコさんには知って欲しいんだ、私のこと」
「……うん、わかった。もう驚かないから。というかビリーさんとレイさんで既に驚きは使い果たしちゃったし、ね」
「ではでは、いってらっしゃーい!」

 と、ツナは『倉庫』のドアをぐいっと開けた。私たちは彼女に背中を押されて、よろけて中に入る。そしてあっという間にバタン! と勢いよく扉を閉められてしまった。なんか扱いが人質みたいだよこれじゃ。

 大丈夫と言われたのに、得体の知れない真っ暗な倉庫に閉じ込められて「ひえっ」っと怯えるヨーコさん。これじゃちっとも大丈夫じゃないので、慌てて明かりを点けた。

「えっと……ここも永遠さんのお部屋……なの?」

 きょろきょろを倉庫をくまなく窺うヨーコさんの視線をこちらに向けるべく声をかける。

「ここはね、部屋……といえばそうなんだけど、どっちかというと『私の好きなものが仕舞ってある倉庫』なの」
「ふむふむ、そうなのね……あ、ステレオがある。だからここに来たんだ」
「そうなの。この部屋、防音になってるからCDも結構大きい音で聴けるんだよ」
「っ! 防音室がある永遠さんの家がまず信じられないけど……大きい音で音楽聴くの初めてかも!」
「じゃあ聴こっか」
「うん!」

 アンプ・CDプレイヤーの電源を入れて、ディスクをセットすると、ジョ◯の歌声と共に小気味いいサウンドが倉庫を駆け巡った。
 一曲目。ちょっとスゥイングしたミドルテンポの曲につい体もスウィングしちゃう。「これはね、元曲はジーン・◯ンセントの曲でね――」と、曲を邪魔しない程度の解説をしてくれるヨーコさん。聞けばこの『ビー・◯ップ・ア・ルーラ』って曲は彼の代表曲なんだって。元曲はもちろん聴いたことはないけど。うん、カッコいい!

 そして、この手のオールディーズ50s~60sの曲たちはいずれも曲が短いのが特徴で、早くも次の曲へ変わる。

(あ、これは知ってる!)

 きっと誰しも聴いたことがあるんじゃないかってくらいのこの曲は『スタンド・◯イ・ミー 』。確かこれは同名の映画にもなってるよね。

「私ね、あの映画、私すごく好きなの」

 そう言いながら、目を閉じて想いを話してくれるヨーコさんの横顔はすごく綺麗で、まるで至高の美術品と勘違いしちゃうほどだ。

 そんな二人の想いはジョ○の歌声に溶けて、混じり合っていく。

 そして曲は次から次へと変わっていき、ここで私の細胞を揺さぶる曲に出会った。

 ドコドコドコドコと、ちょっと民族的といった感じのドラムの音。
 私、こういう『血が騒ぐ感じ』のドラム好きなんだよね。しかもコーちゃんがこの手のドラミングが大得意で、中学のころはよく叩いてもらってたっけ。それに合わせて私も好き勝手にギターを弾いて、横ではツナがタンバリンとかマラカスといったパーカッションを器用に打ち鳴らしてた。あの子、小さい頃にダンスを習ってたせいか、実はめっちゃリズム感がいいんだよね。

「ヨーコさん。私、この曲大好き。ありがとヨーコさん、好きな曲、増えちゃった」
「っ! ほ、ほんと!? 私もこの曲大好きなの! ……なんか、永遠さんがこの曲好きって理由、わかる気がする」
「理由?」
「そう。あのね、この曲って――」

 このアルバムの九曲目(ヨーコさん曰く『B面の二曲目』)のタイトルは『ペ◯ー・スー』って言って、オリジナルはバディ・◯リー。彼はのちのアーティスト達に多大な影響を与えたこと、22歳の若さで飛行機事故で亡くなってしまったこと、ジョ◯・レノンも彼の組んでいた『ク◯ケッツ』ってバンド名に影響されて自分達のバンド名を『ビー◯ルズ』にしたこと、眼鏡――バディの視力は0.025で極端な近視だったらしい――をかけてステージに出てもいいんだってジョ◯は感銘を受けたってこと。

 そんなことをこれまたすごい熱量で彼女は教えてくれた。

「――でね、この曲の歌詞って『ペ◯ー・スー』って女の子のことをひたすら好き好き! って歌ってるの」
「うんうん」
「永遠さんって、気づいてないかもだけど、自分の好きなこととか人とかにね、もう隠すことなく好き好きって言ってるんだよ、この歌みたいに」

 自分でも気づいてはいるけど、それってそんなに特別なこと? 好きなものは好きって、大事で当たり前の感情だよ?

「確かにそうだけど、なかなか永遠さんみたいに素直に『好き!』って言える人、あまりいないと思う。私がね、永遠さんとお友達になりたかった理由ってそれなんだよ」
「そ、そうなの? 私、それって普通のことで、考えたこともなかった」
「だからね、実は結構前から永遠さんのこと気になってたの」

(あー、そういえば私のこと『興味がある』って言ってたっけ。そういうこと、だったんだ……)

「まぁ端的に言うと……私ね、永遠さんのこと大好きなの」
「っ! だ、大好き?」
「あっ! えっとね、じゃなくてね、『神代かみしろ永遠とわ』っていう綺麗でスタイルが良くて、好きなものには躊躇いなく好きって言う、好きな人にはとびっきりの笑顔で優しくできる……そんな永遠さんのこと『人として』大好きになっちゃったの」
「ヨーコさん……」
「これが、永遠さんと友達になりたかった理由。改めて言うと、ちょっと恥ずかしいね」

 少し視線を落としてヨーコさんは頭を掻きながら伝えてくれた。だから私も伝えなきゃ。

「……私もね、クラスが一緒になってから、ずっと憧れてた……ううん、今も憧れてるの。誰にでも優しくて、コミュ力もすごくて気遣い上手、言葉遣いも綺麗で丁寧。お勉強もスポーツもできて髪の毛も艶々で、横顔も美術品みたいな造形で、私みたいな口下手な子にも何度も優しく話しかけてくれて……すごくすごく嬉しかったんだよ? だから『お友達になりたい』って言ってくれた時は、もう天にも登る気持ちだったんだ。だから、ほんとにありがとうヨーコさん。私、ヨーコさんとお友達になれて嬉しい。私もヨーコさん大好き。あとね、ヨーコさんの好きなところ――」

 なんて具合に、一気にヨーコさんへ私の想いを伝えようとしたんだけど。

「……ぃぃぃいやあぁぁぁ!! 永遠さんに褒め殺されるぅぅぅーーー!」

 って絶叫して、そのまま床に倒れてしまいました……。
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