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#21 永遠と庸子と広大そして刹那 ―ヨーコさん―

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「おーい永遠とわー!」

 聞き慣れたその声は案の定ツナだった。この暑い中全力疾走してきたのか、JKらしからぬ量の汗を掻いている。ツナって普段からちっちゃいハンカチしか持ってないんだよね。だからこの季節、いつでも私は二枚タオルを持ち歩くようにしてる。今回みたいなことがあるから。

 そんなツナもわかってるのか、タタタッとボックス席まで来ると、中見なかみさんがいるのもおかまいなしに顎をあげて首を差し出してくる。もうちょっと『年頃の女性の振る舞い』ができれば、私的には満点の女の子なんだけどな。

 とは言うものの。私の手には既にタオルが握られていて、肌を傷つけないようにぽんぽんと叩くように彼女の汗を処理する。そして微香性の制汗剤をぱたぱたしてあげて、乱れた髪を軽く整えたら、ようやくいつもの可愛いツナの出来上がり。

 というかなんでツナがここに? あ、コーちゃんだな。

「ツナ、随分早かったな」
「だって超Bダッシュしたもん! みんなに会いたくて!」
「ってかはよ座れって」
「あ……じゃあ私の席座って?」

 気遣い上手の中見さんはスッと席を立って、空いている私の隣に静かに移動した。そしてぽっかり空いたコーちゃんの隣に、ドサっと座るツナ。

「そんな気ぃ遣わなくてもいいのにー」
「だって、あなた……茶渡さわたり君の彼女さんの……砂山すなやまさんですよね?」
「うん、そだよー……あ、広大こうだいちょっと前向いて」
「? おう」

 それまでツナの顔を見ていたコーちゃんの右に向いた顔を前に向かせて……ってもしかして!?

「ちゅ」
「!!!」

 あーやっちゃった。

 この二人、私がいても気にせずちゅっちゅしちゃうんだよね。流石に『口づけ』はしないけど。まぁ私は二人のラブラブっぷりはよーく知ってるから構わないんだけど、今は中見さんもいるし、他のお客さんもいるんだからね?
 ほら、中見さん固まっちゃったじゃない。というか彼女クラス委員だよ? 俺クラス違うから関係ないとかそういう問題じゃないよコーちゃん! 私ガッコ違うしーじゃないよツナ! って、ああぁ中見さん目がぐるんぐるんしてる!

「……」
「ごめんね中見さん。この二人、いつもこうなの」
「ワ、ワタシハナニヲミサセラレタノデショウカ……オツキアイシテイルノデスカラトウゼンデショウ……エェソウデスキットソウデス……カンキョウニアワセテサイキドウヲカイシシマス……」
「「あ、壊れちゃった」」
「二人とも!」

 ✳︎          ✳︎          ✳︎

 ようやく再起動した中見さんは、自己紹介しますねと席を立つ。

「こほん……さきほどは取り乱しました。私、神代さんのクラスメイトで、中見なかみ庸子ようこといいます。茶渡君とは一年の時に同じクラスで、一緒にクラス委員も務めていました。今日はよろしくお願いします」
「おおぅ……広大からそのお噂、聞き及んでいるでござります。ご丁寧なご挨拶、誠に恐縮でござりまする次第でそうろう
「ツナ、敬語がおかしなことになってるよ?」
「だって普段敬語なんて使わないもんっ! うーん……じゃあ敬語はナシね。私、永遠と広大の幼馴染で大の仲良し! 砂山すなやま刹那せつな! 二人からは『ツナ』ってずっと呼ばれてるから、ツナって呼んで!」

 なんというコミュ力。こんなの私には無理。

「……じゃあ、私のことも「ちょっと待って」え?」

 中見さんの言葉をツナは大鉈振ってぶった斬る。これもいつものツナだけど……はぁ。中見さん、ポカンとしてるよ、もう。

「永遠。永遠は中見さんのこと、なんて呼んでるの?」
「私!? えっと……」
「「じゃあ永遠はなんて呼びたい?」」

 仲良しラブラブカップルが目を輝かせてハモる。

(……私は中見さんをなんて呼びたいんだろう)

 彼女とちゃんとお話したのは今日が初めて。でも、なんというかもう少し彼女と色々なお話がしてみたいな。そして彼女のこともっと知りたいって思う自分に少し驚く。少し大人っぽい綺麗な容姿でみんなに優しい、コミュ力も充分で。そんな中見さんにある種の憧れがあるんだと得心した。

 だから。

「えっとね……私……中見さんのこと、『ヨーコさん』って呼びたい」
「っ!」
「あー……なんかわかるかも」
「永遠、それカタカナで『ヨーコさん』だろ?」
「うん!」

 庸子ちゃんでもなく庸子でもなく『ヨーコさん』。私の心臓がこう呼べって言ってるんだもん。信じるしかないよ、自分の心臓を。

「い、いいかな……? 中見さん」
「うん! もちろんいいよ。じゃあ私も『永遠さん』って呼ぶね」
「? ヨーコさんは呼び捨てしてもいいよ? 二人にはそう呼ばれてるし」

 私に合わせなくてもいいんだよって返すと、「そう呼ぶのが『私にとって最適解』だからそう呼びたい、呼ばせて!」って食い気味に言われてしまった。

「じゃあ、私も『ヨーコさん』ってのがすごいしっくりきたからそう呼ぶね!」
「うん、私も『ツナちゃん』って呼ぶのが『最適解』だと思ったからそう呼ばせて」

 おぉ……なんか楽しい。私、JKっぽいことしてる? できてる?

 みんなの顔をキョロキョロ見回すと、コーちゃんが「そろそろいいか?」って目線を寄越す。それに小さく首肯で返すと、コーちゃんはそれまで閉じていた口をゆっくり開いた。

「なぁ中見。どうして永遠と友達になりたかったんだ?」
「あ……そ、そうだね。それが今日の主題だったよね」
「主題ってほど大袈裟じゃないけどな。てか俺は知ってるんだけど」

 なんでコーちゃんが知ってるの? あ、そうか、一年の時クラス委員一緒にやってたんだから、知ってても不思議じゃないか。いつの間にそんな話してたのかな。

「二年の始業式のあと、クラスで自己紹介したの覚えてる?」
「うん、覚えてる。ヨーコさんきちんと自己紹介しててすごいなって思ったもん」
「そんなことないよ……でね、その時のみんなの顔覚えてる?」

 どうだったかなと記憶を引っ張り出す。
 あ、なんかみんなの目が『珍獣をみるような目』で見てた、かも。
 まるで私の心を読んだかのように、ヨーコさんはクイっと眼鏡を上げる。

「そう。ほら、私こんな眼鏡かけてるでしょ? だからだと思う」
「確かにJKらしからぬ眼鏡だもんね。私も広大から来た画像見て、最初『昆虫みたい』って思っちゃったもん。でも、実際見ると似合ってるし、『ヨーコさん』って感じするよ」
「……やっぱり永遠さんのお友達「私ももう友達!」っ! そ、そうね」
「ツナ、ちゃんと人の話は最後まで、ね?」

 ふと外を見れば、少し空が茜色を帯びてきて、人々やビルの影がぐーんと伸びていた。

 私たちの顔も、それに染まりほのかに赤みを帯びている。そしてヨーコさんは静かに話を戻すのだった。
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