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#14 永遠と終三と広大 ―アクアリウムビリー―
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「ほんっと動かないんだよレイちゃん」
「へぇぇ、私も行けばよかったなぁ」
「写真はいっぱい撮ってきたよ」
「ずいぶん沢山撮ってきたのね……」
我が家に早々と戻り、『動かない人』を見ることができたこと、実は『動かない』んじゃなく『動かせる』ってこと、そんな今日知ったことのほとんど全てを、ママを交えてテーブルで姦しく情報共有する。
でも、帰り際にウィンクしてくれたことだけは言わない。だって、明らかにあれは『私だけ』にしてくれたものだと思ってるから。
「そういえば、おじいちゃんが明日、お店手伝えるか? って言ってたけど。永遠、できる?」
二口目のチーズケーキを口にした私に、ママが聞いてくる。
明日? 日曜日だし、午前中に来週の授業の予習をするくらいしか予定はない。ちなみに土曜日はほぼ毎週ツナ――時にコーちゃんも一緒――と何かしらで会うんだけど、日曜日はさすがにフリーにしてるんだ。もちろん誘われれば別なんだけど、高校は勉強もグッと難しくなったから、基本勉強してる。これでも私、意外と成績いいんだよ。
もぐもぐと数回ケーキを咀嚼、ごくりと飲み込んで応える。
「午後からなら大丈夫だけど、それでもいいなら」
「そう、わかった。それでね――」
普段のお手伝いと違って、どうやら力仕事みたいなんだよねと眉根をきゅっとするママ。なんとかしてくれない? と、その顔に書いてある。あぁなるほど。
言いたいことがわかった私はすぐにメッセアプリを立ち上げた。
【コーちゃん明日暇?】
要するに力自慢のコーちゃんの手を借りたい、と。
【暇で死ぬ】
すぐにメッセが返ってくる。うん、よほど暇なんだね。こんなはやく返事を寄越すくらいだし。
【1300からじじの店】
【手伝ってくれない?】
【おれのちからが必要になったか】
【まかせろ】
【ありがと。じゃあ明日お店で】
【りょーかい】
コーちゃんは、何度となくじじのお店の手伝いをしてくれてるから、自分が呼ばれた理由もわかってる。
「ママ、明日コーちゃん大丈夫だって。お店に直接行くように送っといた」
「助かるわー。あとでおじいちゃんに言っとくわね」
「だったら帰り際に私がZZに言っとくよレイちゃん」
「あらそう? ありがとねツナちゃん」
さすがツナ、家族同然。色々解ってらっしゃる。
「じゃあ私、そろそろ帰るね。夕ご飯のお買い物お母さんに頼まれてるから」
「うん、わかった。じゃあ明日コーちゃん借りるね」
「りょーかい。好きに使っちゃって!」
ありがとね、ツナ。ありがたきは親友とその彼氏なり、ってね。
✳︎ ✳︎ ✳︎
今日は朝から鈍色の空模様。傘は必要ないまでも、細かい霧雨が宙を舞う。
午前中にしっかりと予習を済ませ、軽めの昼食を食べる。このあとの重労働を考えると、満腹にはできないから。手伝い中に摂る水分だけ、ペットボトルを二つ用意。もちろん一つはコーちゃん用。これをナイロンのトートバッグに詰めて、よし、今日は頑張るぞと拳を握って家を出た。
――と言っても、じじのお店は家のマンションの一階です。というかこのマンション、じじがオーナーなんだよね。11階建のマンションで、一階は三店舗が入れるようになっている。一店舗はもちろんじじのお店。もう一店舗は今はテナント募集中になっていた。前はじじの同級生が法律事務所で借りてたんだけど。
「じじー。来たよー」
勘違いしないように言っておくけど。『爺い』じゃないからね。『じじ』って呼んでるだけだし。だってさ、『じぃじ』だと、なんか子供っぽいでしょ?
少し曇ったガラスのドアを開けて中に入ると、この業種独特の湿度の高さに少し息が詰まる。けど、この感じは嫌いじゃないし、私、それ以上にこのお店が大好き。だってここには私の好きなものがたくさんあるから。
「おー永遠、来たか。飯食ったか?」
「うん、済ませてきたよ。コーちゃんももうすぐ来ると思う」
今日も今日とていつも通りの格好で、小魚を掬う網を片手に出てくるじじ。ただ足元は、今日の作業が濡れることを想定してか、愛用のト◯ーラマのブーツじゃなく、グリーンの長靴装備だ。
さて、このお店は一体なんなのかといえば、このマンションを建てる際に、じじの趣味を反映させてオープンした『アクアリウムビリー』。つまり熱帯魚屋さん。この界隈は、近所に河があって、じじも小さい頃は釣りやエビを捕まえたりして、自然と『水に住む生き物』が大好き。以前は趣味として自宅で熱帯魚を飼育してたんだけど、これを機に、と『商売』としてこのお店をオープンさせてしまった。とはいえ、生活になくてはならないものじゃないから、正直商売としてはうまくいってないらしいんだけど。
でも、マンションオーナーとして家賃収入があるし、さらに言うと、我が神代家は、昔からの地主の家で、ここ以外にも土地や借家、貸駐車場なんかもあって、熱帯魚屋の赤字なんか物の数じゃないんだって。ついでに言うと、家《うち》も家賃は払ってない。身内だからね。だから、マンションのくせに私の家《うち》の部屋には『倉庫』という名の防音室がある、というわけ。カスタマイズし放題。
「広大《こうだい》が来てくれるんなら百人力だな」
「で、今日は何するの?」
「あぁ。それはだな――」
聞いて確かにコーちゃんが必要だねと首肯する。要するに、販売水槽の一部の模様替えだった。ほぼすべての水槽には、わかりやすく言うと『砂利』が入ってるんだけど、今日の手伝いは、水槽の一部の砂利を撤去して『ベアタンク』にすること、らしい。
ちなみに『ベアタンク』っていうのは、砂利なんかの底床を一切敷かない水槽のことで、主に大型魚、たとえばアロワナなんかで採用される方式のこと。あとは魚自体の綺麗さで楽しんだり、繁殖目的のディスカスなんかもベアタンクが主だね。
といった感じで、私こと神代永遠という人間は、パパの遠距離薫陶とじじの趣味とママの愛情、二人の親友の支えで出来ている、と思ってる。ギターと音楽と生き物と絵、そして私の周辺の皆が好き。
このお店も変わらないなぁなんて思いながら、店内をぐるりと見回す。もちろん開店当時とはレイアウトや器材なんかは変わってるんだけど、変わってないのは『品揃え』。ホームセンターの熱帯魚コーナーみたいに、なんでもいるわけじゃなくて、扱ってる魚がなんというかマニアックなのだ。初心者お断りな感じ?
もちろん初心者にも飼いやすい魚も扱ってるけど、その一方でマニア向けの種類がいたりして、遠方からのお客さんも結構いるんだって。
「永遠、来たぞー」
「今日はありがとねコーちゃん」
走ってきたのか、肩で息するコーちゃんにぽいっとペットボトルを投げ渡すと、一気に半分近く飲み干す。
「おー広大。今日はすまんなぁ。バイト代弾むからな」
「いいんだってそんなの。弾まなくていいってZZ」
さて、どれだけ重労働になるかわからないけど、頑張ろっかコーちゃん! あ、もちろん私も、だけどね。
「へぇぇ、私も行けばよかったなぁ」
「写真はいっぱい撮ってきたよ」
「ずいぶん沢山撮ってきたのね……」
我が家に早々と戻り、『動かない人』を見ることができたこと、実は『動かない』んじゃなく『動かせる』ってこと、そんな今日知ったことのほとんど全てを、ママを交えてテーブルで姦しく情報共有する。
でも、帰り際にウィンクしてくれたことだけは言わない。だって、明らかにあれは『私だけ』にしてくれたものだと思ってるから。
「そういえば、おじいちゃんが明日、お店手伝えるか? って言ってたけど。永遠、できる?」
二口目のチーズケーキを口にした私に、ママが聞いてくる。
明日? 日曜日だし、午前中に来週の授業の予習をするくらいしか予定はない。ちなみに土曜日はほぼ毎週ツナ――時にコーちゃんも一緒――と何かしらで会うんだけど、日曜日はさすがにフリーにしてるんだ。もちろん誘われれば別なんだけど、高校は勉強もグッと難しくなったから、基本勉強してる。これでも私、意外と成績いいんだよ。
もぐもぐと数回ケーキを咀嚼、ごくりと飲み込んで応える。
「午後からなら大丈夫だけど、それでもいいなら」
「そう、わかった。それでね――」
普段のお手伝いと違って、どうやら力仕事みたいなんだよねと眉根をきゅっとするママ。なんとかしてくれない? と、その顔に書いてある。あぁなるほど。
言いたいことがわかった私はすぐにメッセアプリを立ち上げた。
【コーちゃん明日暇?】
要するに力自慢のコーちゃんの手を借りたい、と。
【暇で死ぬ】
すぐにメッセが返ってくる。うん、よほど暇なんだね。こんなはやく返事を寄越すくらいだし。
【1300からじじの店】
【手伝ってくれない?】
【おれのちからが必要になったか】
【まかせろ】
【ありがと。じゃあ明日お店で】
【りょーかい】
コーちゃんは、何度となくじじのお店の手伝いをしてくれてるから、自分が呼ばれた理由もわかってる。
「ママ、明日コーちゃん大丈夫だって。お店に直接行くように送っといた」
「助かるわー。あとでおじいちゃんに言っとくわね」
「だったら帰り際に私がZZに言っとくよレイちゃん」
「あらそう? ありがとねツナちゃん」
さすがツナ、家族同然。色々解ってらっしゃる。
「じゃあ私、そろそろ帰るね。夕ご飯のお買い物お母さんに頼まれてるから」
「うん、わかった。じゃあ明日コーちゃん借りるね」
「りょーかい。好きに使っちゃって!」
ありがとね、ツナ。ありがたきは親友とその彼氏なり、ってね。
✳︎ ✳︎ ✳︎
今日は朝から鈍色の空模様。傘は必要ないまでも、細かい霧雨が宙を舞う。
午前中にしっかりと予習を済ませ、軽めの昼食を食べる。このあとの重労働を考えると、満腹にはできないから。手伝い中に摂る水分だけ、ペットボトルを二つ用意。もちろん一つはコーちゃん用。これをナイロンのトートバッグに詰めて、よし、今日は頑張るぞと拳を握って家を出た。
――と言っても、じじのお店は家のマンションの一階です。というかこのマンション、じじがオーナーなんだよね。11階建のマンションで、一階は三店舗が入れるようになっている。一店舗はもちろんじじのお店。もう一店舗は今はテナント募集中になっていた。前はじじの同級生が法律事務所で借りてたんだけど。
「じじー。来たよー」
勘違いしないように言っておくけど。『爺い』じゃないからね。『じじ』って呼んでるだけだし。だってさ、『じぃじ』だと、なんか子供っぽいでしょ?
少し曇ったガラスのドアを開けて中に入ると、この業種独特の湿度の高さに少し息が詰まる。けど、この感じは嫌いじゃないし、私、それ以上にこのお店が大好き。だってここには私の好きなものがたくさんあるから。
「おー永遠、来たか。飯食ったか?」
「うん、済ませてきたよ。コーちゃんももうすぐ来ると思う」
今日も今日とていつも通りの格好で、小魚を掬う網を片手に出てくるじじ。ただ足元は、今日の作業が濡れることを想定してか、愛用のト◯ーラマのブーツじゃなく、グリーンの長靴装備だ。
さて、このお店は一体なんなのかといえば、このマンションを建てる際に、じじの趣味を反映させてオープンした『アクアリウムビリー』。つまり熱帯魚屋さん。この界隈は、近所に河があって、じじも小さい頃は釣りやエビを捕まえたりして、自然と『水に住む生き物』が大好き。以前は趣味として自宅で熱帯魚を飼育してたんだけど、これを機に、と『商売』としてこのお店をオープンさせてしまった。とはいえ、生活になくてはならないものじゃないから、正直商売としてはうまくいってないらしいんだけど。
でも、マンションオーナーとして家賃収入があるし、さらに言うと、我が神代家は、昔からの地主の家で、ここ以外にも土地や借家、貸駐車場なんかもあって、熱帯魚屋の赤字なんか物の数じゃないんだって。ついでに言うと、家《うち》も家賃は払ってない。身内だからね。だから、マンションのくせに私の家《うち》の部屋には『倉庫』という名の防音室がある、というわけ。カスタマイズし放題。
「広大《こうだい》が来てくれるんなら百人力だな」
「で、今日は何するの?」
「あぁ。それはだな――」
聞いて確かにコーちゃんが必要だねと首肯する。要するに、販売水槽の一部の模様替えだった。ほぼすべての水槽には、わかりやすく言うと『砂利』が入ってるんだけど、今日の手伝いは、水槽の一部の砂利を撤去して『ベアタンク』にすること、らしい。
ちなみに『ベアタンク』っていうのは、砂利なんかの底床を一切敷かない水槽のことで、主に大型魚、たとえばアロワナなんかで採用される方式のこと。あとは魚自体の綺麗さで楽しんだり、繁殖目的のディスカスなんかもベアタンクが主だね。
といった感じで、私こと神代永遠という人間は、パパの遠距離薫陶とじじの趣味とママの愛情、二人の親友の支えで出来ている、と思ってる。ギターと音楽と生き物と絵、そして私の周辺の皆が好き。
このお店も変わらないなぁなんて思いながら、店内をぐるりと見回す。もちろん開店当時とはレイアウトや器材なんかは変わってるんだけど、変わってないのは『品揃え』。ホームセンターの熱帯魚コーナーみたいに、なんでもいるわけじゃなくて、扱ってる魚がなんというかマニアックなのだ。初心者お断りな感じ?
もちろん初心者にも飼いやすい魚も扱ってるけど、その一方でマニア向けの種類がいたりして、遠方からのお客さんも結構いるんだって。
「永遠、来たぞー」
「今日はありがとねコーちゃん」
走ってきたのか、肩で息するコーちゃんにぽいっとペットボトルを投げ渡すと、一気に半分近く飲み干す。
「おー広大。今日はすまんなぁ。バイト代弾むからな」
「いいんだってそんなの。弾まなくていいってZZ」
さて、どれだけ重労働になるかわからないけど、頑張ろっかコーちゃん! あ、もちろん私も、だけどね。
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