上 下
58 / 75
第二章・アイゼンリウト騒乱編

第55話 リードルシュの足跡

しおりを挟む
 リードルシュはダンディスとレッサーデーモンの戦いを、仰向けになりながら聞いている。戦場で神狼の戦う音が聞けるとは、感慨深いと思っていた。
 
 エルフの里の中でもリードルシュの家は伝統を重んじ、里の中核を成す家だった。小さい頃から何不自由なく暮らし家庭も問題無かった。すくすくと育ってきたリードルシュは、当然のように家を継ぐものだと思っていた。

 そんなある日、エルフの里に迷い込んできたドワーフがいた。里で協議をする間、リードルシュの家で監視されながらも持て成された。
 そこでリードルシュは外界に初めて触れる。工房を見せてほしいと頼まれドワーフに自分の家の工房を見せると、一宿一飯の恩義だ言って剣を作り始めた。その何かが乗り移ったかのような姿に、若いリードルシュは魅せられてしまう。

 伝統を重んじそれを護るのみに注力している一族。その姿にこのドワーフのような姿は見られず、リードルシュの同族を見る目が変わった。護るのがダメではないが、変わらぬ今を維持のみに固執する一族には未来があるのだろうか、と考え始める。

 暫くしてドワーフの放逐が決まり、ドワーフとしても異存は無かった。リードルシュは是非同行させてほしいと頼むも断られる。自分の技術は普通の技術で教えるほどのものではない、今日まで見ていたお前なら自分で出来るだろうと言って去って行った。

 それからリードルシュは親の目を逃れて鍛冶に打ち込む。レイピアから始まり、剣へと移るのに時間はかからなかった。鉱石集めに里を抜け出す事も多くなる。

 だが力でドワーフに及ばないリードルシュは苦悩する。自身が打った剣は、ドワーフが残して行った剣より脆い。打ち方はドワーフと同じ。足りないのは力なのか。ドワーフが普通の技術と言っていた技術は果たして本当なのか。リードルシュは里の外へ興味が沸く。

 そして鉱石集めから、街へ行くのにそう時間が要らなかった。街へ出て鍛冶屋を覗くと、そこにはあの時のドワーフが居た。この偶然を天啓と捉えたリードルシュは、ドワーフに再度師事を願う。

 しかし認められない。

一週間ほど通い詰め、ドワーフの頑固さに勝ると言う言葉と共に弟子入りを許されたリードルシュは鍛冶に打ち込む。その間に剣術の指南も受けていた。

ドワーフと言えば力技だと思われがちだが、手先の器用さもエルフと変わらないものを師匠は持っており、師匠は抜刀術を得意としていた。一気に力を解放して一刀でケリをつける。ドワーフらしいと言えばドワーフらしい。
 
 そして月日が経つ。

 だがリードルシュの作る剣は一向に重くならない。軽く丈夫な剣は女性の冒険者や初心者にはウケが良かったが、それ以外には見向きもされない。師匠であるドワーフはそれでも並のエルフでは無いと褒めてくれた。しかしリードルシュは魅せられた師匠の剣に近付きたいのだ。エルフの里に毎日帰っては古文書を漁り、使えそうな技術を盛り込む。

 でも足りない。

そんなある日の事。黒いローブを着た一人の女性魔術師が師匠の工房へ訪ねてきた。人間だと思うがエルフに勝る美貌の持ち主の魔術師はリードルシュの剣を手に取り念入りに見た後で呟く。

「勿体無い」

 それを聞き逃す訳が無い。魔術師に問うと答えをあっさりと教えてくれた。エルフの術が知らない内に込められているが故に軽い剣が出来ていると。魔術の基礎を学び応用すれば重い剣が出来るだろうとも言った。

 リードルシュに躊躇いは無かった。師匠に隠れて工房での仕事が終わると、その魔術師に師事し魔術の基礎を学び、魔術の原理を習得した。物質と物質を魔術によって繋いで強い剣が作れるようになる。
 
 リードルシュの剣は師匠に近付いた。ただ魔術を用いたのがバレて破門を言い渡されてしまう。リードルシュは師匠に今までの礼として給金の全てを渡し去ろうとした。

 その時に師匠から餞別として渡されたのは袋に入った黒曜石だった。産出量が多くない希少なものを大量に渡され涙する。一礼して去ると魔術師の元へと訪れ礼をする。その時に魔術師からも餞別として自分では扱いきれないものだからと隕鉄を渡される。

空から降ってきた、未知の鉱物で値は付けられない。売れば巨万の富が得られる代物だ。リードルシュは断るが、これを使って何時か相応しい者に渡す為の剣を作って欲しいと頼まれ強引に渡された。

 こうして街への行き来が終わると、リードルシュは自分の家で鍛冶に没頭する。そして一年が過ぎた時、完成したのが黒隕剣だった。誕生の喜びにうち奮えたが、工房へ押し寄せたエルフの兵隊に捕縛される。

リードルシュは周りが見えないほど鍛冶に没頭していた。その怪しさに保守的なエルフ達は危険視し、隙を窺っていたのだ。

 長老に種族に対して危機をもたらそうとしたとして、エルフと名乗れぬようにと罰を与えられた結果容姿が変わる。だがリードルシュは満たされて居たので罰を与えられても恨みは無かった。

 アイゼンリウトへ招かれたのは、首都アイルから離れた街で工房を開き、武器を懸命に打ち評判を得た時のことだった。王はリードルシュの打った剣を気に入り、是非兵士達にと頭を下げた。

 保守的なエルフとは違うその器の大きさに魅せられ、リードルシュは晴れて王室御用達となる。中でもアグニスは王の傍で戦う為に、強い剣を欲していた。毎日通い、手に馴染み強度の高い剣をリードルシュと共に日々調整した。

 ダンディスと出会ったのもそんな時だった。アグニスに紹介された獣族は、どこか影のある兵士に見えた。

 会う度に武勲を重ねて戻ってくるも、宮中の評判は芳しくない。それをダンディスに伝えるも、仕方ないと諦めたようだった。王が、アグニスが居ることで成り立っている軍であり、二人が欠ければエルフの里と何も変わりが無いとリードルシュは落胆した。

 王が亡くなり興味が失せたリードルシュは流浪の旅に出た。目的も無く人との接触も最低限にし野宿も得意になった。胸の乾きが癒えない。さまよい歩いていた時、エルツの肉屋が高く買い取りをしてくれて、冒険者の間で信頼を得ていると言う話を聞き、何か予感がしてふらりと寄ってみた。

「旦那!」

 懐かしい顔だった。兵士であった頃とは別人のような爽やかな笑顔で迎えてくれた旧友に、安心した。

「旦那もこの街で見つけてみたらどうかな」
「何を?」

「旦那の剣を、王やアグニス、俺以外に託せる相手が居るかどうか」
「居るとは思えないが」

「解らないぜ。ここは冒険者の出入りも激しく、活発で生き生きした連中が多い。その中には変わりモノが一人くらい居るだろう」

 そう久しぶりに杯を交わした時に言われ、路銀を蓄える為に少しだけ
居ようと思って工房を開く。確かに活発だったが、誰も自分が手抜きで打った剣を見抜けなかった。 

ここでもリードルシュは落胆し、いつしかこの世界に自分が望む持ち手など居ないのではないかと思い、引きこもった。

 怠惰の中で過ごす日々の中で出会ったへんてこな男。明らかに自分より高等な種族を引き連れた人間は言った。

「ええ、でも残念なことに俺の力に耐えられそうなものが無いんで、取り合えず服だけで」

 その言葉にカチンと来た訳ではない、心の中で自らが鍛冶に打ち込んでいた姿とその音が鳴った気がした。試しに打ちあうと言葉通りで剣を見る目もあったのが嬉しかった。真っ向から否定されたがそれが何よりも心を震わせる。

 この男なら託せる。
この男の為に打ちたい。

そう思わせてくれた。

 アグニスから竜を連れて去ったのがコウだと聞いた時、得も言われぬ嬉しさで笑顔になる。そういう男だと思った。期待通りだった。

 そしてアイゼンリウトを救う為に戦うと言う。敵は魔族に身を落とし魂を食らった化け物と化した王。前王よりも強く自分では歯が立たなかった。

 王と戦うべく進んだコウの背中と黒隕剣の覚醒。それは自身の予想を超えた者であり、この先どうなるのか誰よりも見たかった。位も望まず報酬も望まずただ冒険者の生活を取り戻す為、ただそれだけの為に剣を進化させたおかしな人間。

王との決着がつく時、その場に居なければならない。それが鍛冶屋として貫いた自分の一章の終わりだとリードルシュは思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

あ、出ていって差し上げましょうか?許可してくださるなら喜んで出ていきますわ!

リーゼロッタ
ファンタジー
生まれてすぐ、国からの命令で神殿へ取られ十二年間。 聖女として真面目に働いてきたけれど、ある日婚約者でありこの国の王子は爆弾発言をする。 「お前は本当の聖女ではなかった!笑わないお前など、聖女足り得ない!本来の聖女は、このマルセリナだ。」 裏方の聖女としてそこから三年間働いたけれど、また王子はこう言う。 「この度の大火、それから天変地異は、お前がマルセリナの祈りを邪魔したせいだ!出ていけ!二度と帰ってくるな!」 あ、そうですか?許可が降りましたわ!やった! 、、、ただし責任は取っていただきますわよ? ◆◇◆◇◆◇ 誤字・脱字等のご指摘・感想・お気に入り・しおり等をくださると、作者が喜びます。 100話以内で終わらせる予定ですが、分かりません。あくまで予定です。 更新は、夕方から夜、もしくは朝七時ごろが多いと思います。割と忙しいので。 また、更新は亀ではなくカタツムリレベルのトロさですので、ご承知おきください。 更新停止なども長期の期間に渡ってあることもありますが、お許しください。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。

▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ...... どうしようΣ( ̄□ ̄;) とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!! R指定は念のためです。 マイペースに更新していきます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...