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第二章・アイゼンリウト騒乱編

第45話 民の血を吸いし王

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 夜を迎えたアイゼンリウトの首都アイル。ダンディス達は首都の中へは入らずに、追撃があるかもしれないと門の前で待機していた。
それにコウの到着が遅いのも気になっていた。あれから半日が経つ。
救援に行くかどうか口には出さないものの、皆迷っていた。

「夜になりましたね」

 姫が重苦しい空気を絶ち切ろうと口を開く。

「ああ。アイツらが迷って無ければ良いが」
「ファニーが一緒なら平気でしょう。それよりも問題は俺達の後ろだ」

「気味が悪いほど静かだな」
「今日くらいは城下町も静かな夜を迎えたいのでしょう」

 姫は不安を振り切るように言う。その時だった。地面が唸りを上げる。

「地震か!?」
「いや、前の方は揺れて無い。揺れているのは」

「城周辺ですね!」
「待て!」

 城下町に入ろうとする姫をリードルシュは制止する。

「何か嫌な予感がする。収まるまで待て」
「しかし城下の人々が」

 中を除くと異変に気付いた市民達が、それぞれの家から外へ出て門へと向かってきた。それを誘導するべく姫は手を振る。市民はその姿を見て安堵し、門へと走る。
 
 後一歩と言う所で、地面に市民達は吸い込まれていく。

「手を!」

 姫は近い人だけでも救おうとしたが、何かが飛んできてそれを遮る。絶望に満ちた市民の顔を、姫は涙を流しながら見送るしかなかった。そして完全に飲み込まれると、飛んできた方向を見る。

「余計な事をするでない。これはほんの始まりにすぎぬのだから」

 中に浮かぶ者は姫にそう告げる。

「お前は誰だ!?」
「ほう、よもや父親の顔も忘れたと見える……と言うのも酷か。何せ今の我は身体の絶頂期に戻り、あの頃より精強になったのだから解らぬのも無理は無い」

 姫はその輝く深紅の髪に細面の精悍な青年が誰なのか解らなかったが、父親と言う言葉を聞いて

「ま、まさか父上なのですか!?」
「ああ、お前も兄も我が手で育てて居ないのだから、我のこの姿を知らぬのも無理からぬことよな。そなたとキチンと会ったのは生まれた時と、成長して戦場に赴く事になった時だったな。記憶にあるのは白髪の我だけ」

 王は上半身裸で宙に浮いていたが、ゆっくりと門の手前に降り立つ。黒い炎を纏っては居ないが、その何もない静けさに、戦闘経験の多いダンディス達は金縛りにあったように動けなかった。

「ふむ……流石だの。我を見て動かないのは流石歴戦の勇者たちだ。不用意に動けばお前達の首が飛んでいよう」

 王は顎をさすりながらニタリと笑う。

「さて、我は主賓を迎えるにあたり、相応しき舞台を用意した。だが生憎主賓は不在の様だな。よもやあの程度の魔族相手に後れを取るまいが、そなたたち呼んでまいれ。我が十全な状態で全力を出しても壊れぬ相手は、そなたたちでは力不足だ。今我は気分が良い。逃亡を許すぞ?」
「父上……どうなさったのですか!? このような事をして、自らの民に一体何をしようと言うのですか!?」

「どうにもなっておらん。元々こういう人間……もとい魔族なのだからな。民など我にとっては贄よ。王に捧げるのであれば、民も満足だろうよ」

 ふふふと不敵に笑う王に対して、姫は涙しつつも竜槍を指すつもりで突き出した。

「良い突きだ。流石武勇においては我が父に匹敵すると言われるだけのものがある。だが何度も言わすでない。そなたたちでは力不足だと言っているのだ」

 竜槍は王の手前で阻まれた。見えない何かによって。

「……どうやら言っても解らんようだな」

 王は見下した眼で姫達を見る。誰一人として場を去ろうとせず、武器を抜いたダンディスらの行動は理解不能だった。

自分ならこんな無謀な真似はしない。しっかり逃げていつかその首を掻き切るまで耐え抜き、そうして今がある。コイツらは恵まれた者たちだから、それが出来ないのだろうなと思うと哀れですらあった。

「愚かな……ならばその身で知るが良い。我こそは覇王」

 言葉が終わると同時にダンディスが斬り込む。このまま攻められれば防戦一方どころか瞬殺される可能性が高い。

何とか一撃凌げても恐怖で竦んで動けなくなる。ならば攻めてそれを防ぐ他無い。そう考えて、軍人として自らが養って来た野生の勘による恐怖をねじ伏せた。

「フフッ」

 だがそれすらも王は涼しい顔をしながら、ポケットに手を突っ込み冷笑しつつ見る。ダンディスの後ろで体を隠しながら近付き、王の背後に回ったリードルシュは、抜刀術を連続して叩きつける。だが王は振り返りもしない。

「うおぉぉっ!」

 その叫び声と共にダンディスの背後からビッドが、ハンマーを降りかぶり突進してきた。そして力の限り叩きつける。

「うむ。良い心地だ。そして狙いも悪くない。恐らくリードルシュが背後で気を引きつつ、強烈な一撃で我の見えぬものを破壊し、直接傷を負わせようという狙いだったのだろうが」

 まるで埃を払うように王はビッドのハンマーを払うと、その動きで生じたであろう衝撃はによって、森の入口付近まで吹き飛ばされた。

「最初に言ったはずだ。お前たちでは力不足なのだ。主賓なら可能性は一分位あったであろうに。お前達は自ら命を捨てに来たのだぞ? 勝てる戦を捨てたのだ」

 軍人として戦場を駆けた男や宮廷でも屈しなかった男なら、自分の様に耐えられない筈が無い、いやもっと忍び耐えられただろうに。

王は悲しさを抱きながらダンディスの首を掴むと、地面に叩きつけて頭を突っ込ませた。次に襲いかかってきたリードルシュの斬撃を全てかわし、前蹴りというよりは手が塞がった状態でドアを開ける様に、ゆっくりリードルシュの腹を押す。

だがそれはリードルシュをビッドの飛んだ方向へ砂煙を上げながら吹き飛ばした。

「貰った!」

 その一瞬の隙を突いて、姫は竜槍で突く。だがその絶妙なタイミングの攻撃すら綺麗に小さな動作で避けられてしまい、王はその竜槍の柄を脇に挟むと

「そう言えばお前とは遊んでやる事が無かったな。では遊んでやろう。そらそらそら」

 高笑いをしながら王は竜槍を脇に挟みつつ、姫を振りまわす。そして飽きた後、放り投げた。

「解らぬな……何故無駄な真似をする。お前達は我に一撃すら入れるなど叶わぬと知っていよう?」

 王は空を見上げながら、大きなため息を吐いた後、首を横に振る。虚しい……とても虚しい。偉大なる父も名を馳せた親類も勇者も全てを急襲してしまったが故に、もうこの国では誰も相手にならなくなってしまった。

やはりあの竜が逃げるのを黙って見過ごしたのは失敗だったか……いやまだあの男がいる。これであの男もこの程度なら興ざめも甚だしい。

そうなれば周辺の国を攻め、それらを飼育し生贄として吸収し続け永遠に王として君臨する他無い。次の勇者を待ちながら。

王は退屈な可能性を考えもう一度深く溜息を吐いて地面に視線を下ろす。

「それはどうかな」

 吹き飛ばされた姫は、不敵に微笑む。

「何だと?」

 王は冷笑し娘を見た後、はっとなる。脇を見ると、切り傷が付いていた。

「無駄かどうかは我らが決める事だ、王よ」

 リードルシュは起き上がりながら構える。

「そうだ。アンタのそれは攻撃すると隙が生まれる」

 ダンディスは頭を一生懸命もがいて抜いて言った。

「そういう手合いはその一瞬に攻撃を加えるしかない」

 ビッドは森の入口から走ってきつつそう叫ぶ。

「そして私なら、この竜の鱗を用いて作られた竜槍で素早く突けば、ダメージを与えられると踏んだのだ」

 姫の言葉を聞き終わるか終わらないか辺りで、王は爆笑した。終いには腹を抱えて呼吸困難になる。

「す、凄いなお前達。一瞬でそこまで算段するとは。姫が我の血を継いでいるからというのも加味しての事であろうが……。良い、実に良い。気に入ったぞお前達。主賓には全く及ばぬが、主賓が来るまで我を楽しませよ! 場合によっては我を倒せるかもしれぬぞ!」

 王は一頻り笑った後、満面の笑みでそう告げた。姫を始め一同は王を囲み挑む。心から待ち焦がれる者の為に、少しでも道を切り開きたい。その為に命を掛けた戦いが始まる。
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