異世界営生物語

田島久護

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相良仁、異世界へ転職!

ヨシズミシープとマゲユウルフ

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「御帰り」
「ただいま」

 宿まで辿り着くとベアトリスが宿の前で掃き掃除をしていて、こちらを見つけると駆け寄ってくる。だが余程難しい顔をしながら変な歩き方をしていたらしく、ベアトリスは近付いた瞬間吹き出した。

覆気マスキングをマスターするまでの辛抱だ。普通は場数をこなしたりして身に付くものを、無理やり身に付けようとしているんだから仕方ない。

ベアトリスがしていた掃き掃除を手伝い終えてからギルドへと向かう。ミレーユさんに挨拶すると昨日の件で話があると言われ、事務所の奥の応接間に通される。向かい合って座ると早速昨日の依頼の件についての話が始まった。

農家の人はどうやら自警団の兵士に言われてスライムに気付いたらしく、ギルドに依頼するよう勧められ何と依頼料まで貰ったと言うから驚きだ。ギルドや町で調べたが農家の人は白で間違いないらしい。

「前にジンを襲った商人だけど、あの人は前にヨシズミ国で子供を保護した時に仲介を買って出た国の人間だと分かったの。ギルドを通して事情聴取を申し込んだんだけど無視されたわ。表立って非難は出来ないけど、ギルドとしては情報を共有し今後彼とその仲間たちからの依頼を受けないようにしていく」

 どうやら色々複雑な事情が絡んでいるようだ。だが襲ってくるなら倒すしかないと伝えると、ギルドとしても常時護る訳にも行かないし自分で判断してくれて良いと言ってくれた。但しあくまでも自衛の範囲でと念を押されたが。

「ギルドとしては最近貴方が不利益を被る様な依頼が多いので、当面は指名を停止しフリーの物を受けて貰います。その代わりギルドから依頼料にプラスして少しだけど上乗せするから」

 それを聞いてベアトリスと見合い微笑んで喜びを露にする。損にならなければ今はそれで良い。早速フリーの依頼を探し今日は牧場の警備を請け負った。町の南に位置し首都に近いその牧場は国営となっていて、貴族が経営に携わっていると言う。

貴族と聞いてあまり良いイメージは無いがどうせ現場には居ないだろうし、何事もなく終わるよう祈りながら牧場へ向かう。

「やぁ! よく来てくれたね!」

 牧場を訪れると入口で柵を直している人が居たので声を掛ける。麦わら帽子に白の半袖シャツ、茶色のダボっとしたスラックスとブーツを履いた、金髪癖毛で目が垂れ目の三十手前くらいの人だった。

挨拶をしてから依頼で来たと告げ、冒険者証を提示し依頼書を見せると大きく頷き握手を求められたので応じる。

「私はクライド・イシワラと言う。一応貴族の一人だが対して力は無いから気を楽にして良いよ」
「クライドさんはここの経営者の方ですか?」

 ベアトリスと顔を見合い驚く。貴族が経営者と聞いていたので良くて近くの家の中、悪くて首都に居てここには居ないんじゃないかと思っていた。それがまさか町に居る人に近い格好で柵を直しているなんて。

「そうだ。ヨシズミ国は知っての通り首都は山に囲まれていて攻めにくくはあるが絶対攻められない訳では無い。なので建国以降貴族が牧場や農場を経営し万が一に備えている。高貴さは自ら示してこそ、だ。座って踏ん反り返る奴も居るが、私はそうしたくはないのでね」

 クライドさんは自らも牧場の仕事をしながらチェックをし家畜を育て出荷したりもしていると言う。特に国営の牧場で刈られるヨシズミウールは、高級繊維として市場でも取引されていた。艶も耐久性も一般のシープに比べて段違いに良いとアリアナさんに聞いた覚えがある。

国営なんだから兵士が警護に就くのではないかと思ったし実際数人見回りをしていた。クライドさん曰く人数にも限界があるし、冒険者ギルドを通して雇うと助成金が出ると言ってニカッと歯を見せて笑う。

それを聞いて驚きのあまり吹き出して笑ってしまい、クライドさんも声を出し三人で笑った。貴族と言うからテンプレな感じを想像したがとても逞しい人だなぁ。こういう人が国のトップなら過ごしやすいのに、と思ってしまう。

「さぁ早速仕事に掛かろうか。君たちには最近うちの子たちの柵近くをうろつくマゲユウルフを追い払って欲しいんだ」

 マゲユウルフ……何か一文字入れ替えたら面白い名前の狼になるなと思って吹き出しそうになるのを堪えながら柵の近くに行く。すると少し離れた先の木の陰にそれが見えてもう我慢出来なかった。なんと灰色の体毛で覆われているのに眉毛の部分が海苔を張ったように黒いのだ。

誰がこの名前を付けたのか見つけ出して称賛したいくらい面白い。意図してなかったら困るレベルだ。

「……? 彼は大丈夫か?」
「ああはい……おじさんなもので……」

 おじさんだから面白いのかな。あれ見て面白くないとは中々ヨシズミ国の人は侮れん。

「だ、大丈夫です追い払って来ますね」
「頼む。兵士はこの敷地からは出られんのだ。出てそれが一般の国民の目に触れると、何かあったのかと不安にさせてしまうからな」

 そういう事情かと納得しベアトリスと共に策まで移動して乗り越え、マゲユウルフに近付く。狼は獰猛だが用心深い生き物だと図鑑で見たが、それはこっちの世界でも変わらないらしい。素早く身を隠し森の中へと消えてしまう。だがあの一匹だけとは思えないので後を追った。

「あらジン、こんにちは!」

 光がこちらに向かって飛んで来て、俺の頭の周りをくるりと回ってから肩に停まる。見るとそれはシシリーだった。今日も綺麗なドレスに身を包み針を腰に差して現れた。

「シシリーこんにちは! 洋服は大丈夫だった?」
「まぁあれは仕方ないわ。何とか汚れを落として今乾かしているところよ。それより今日はどうしたの?」

「ああ、今日はマゲユウルフが牧場のヨシズミシープの柵に近付こうとしてるから、離れて貰おうと追い払いに来たんだ」
「ヨシズミシープか……それは私にとっても大きな問題ね」

「そうなの?」
「勿論よ! 貴女お名前は?」

「私はベアトリスよ。シシリーさん宜しく」
「シシリーで良いわベアトリス。それにしても私に驚かないなんて変わってるのね貴女」

「そうかな……そうかもね。色々あったから何があっても不思議に思わないのかもしれない」


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