30 / 32
第30話 ドゥーンと卵
しおりを挟む》
周囲の風景が元の岩場に変じ、そこにいたトワイ、ノエル、レイチェル、マティーファの四人を見て、俺は自分が過去から戻ってきたことを自覚した。
「……」
それでも未だ、俺の体には芯が抜けてしまったような感覚が残っていた。
過去。かつての俺。かつての俺のそばにいた「もの」。
脱力とも疲労とも違う何かが、周囲の気温が低いこととは関係なく、俺の指先を細かく震わせていた。
だが今は、あそこから帰ってこられたことを喜ぼう。
それに、うまく五人ともがあの「食事」を回避できていたならば、それはあの大魔獣の「糧」を奪い尽くしたことにもつながるはずだ。
そうであるならばきっと、「概念反射」は働かない。
攻撃のチャンスである。
俺は周囲の皆を見た。
「……帰って、きたようだな。むう。あまり思い出したくない記憶だったが」
そう言って頭を押さえるのはトワイ。
「いや、なんだろう。ふう。あー、たかぶる! 普通に楽しかったが!?」
そう言って、上気した顔で唐突に素振りを始めたのはノエルだ。
二人とも、発言を聞く限りはちゃんと「勝って」帰ってきたようだ。
おそらくは「勝ち」の定義も各々で異なるだろうから、一概にそうとも言えないのが不安要素ではあるが。
顔を横向ければ、そちらではマティーファが青い顔で口元を押さえていた。
「う、っぷ。あー、吐きそうだわぁ……なんか……勝った気もしないしぃ」
そう言っているとはいえ、特に魔獣の攻撃前と変化がないあたり、マティーファもまた「無事に」戻ってはきたようだ。
次いで俺は、右、そこにいるレイチェルへと視線を向けた。
そうして見えたレイチェルの横顔には、他のメンツとは違い特段表情や体調に変化が見られなかった。
腕組みをした偉そうな態度のままで、南に見える巨大魔獣の方向を黙ったまま見据えている。
レイチェルが言った。
「のうドゥーン。わらわちょっとききたいのじゃが」
「……なんだ?」
俺は嫌な予感を抱えつつレイチェルへと問いを放つ。
そしてレイチェルは言った。
「わらわ、どうしてスターオリオンの家を出たんじゃったかのう」
思いっきり「食われて」いた。
》
そこからの流れは早いものだった。
「!」
南、はるか遠くでこちらに目を向けていた大型魔獣が、唐突にこちらへと一歩を踏んだのだ。
一歩、とはいえそれは天を突くような巨体の話。地殻は踏み砕かれ、森は潰れ、ぎゃあぎゃあと聞こえてくる野生動物の鳴き声は、うっすらとここへと届くものですら尋常なものではない。
ご、と強風が通り過ぎた気がした。
それはしかし、魔獣の咆哮から生じた衝撃波だった。
以前、湿原に出没した個体も「とりあえず一丁」と放っていたものだ。
直近であれば部隊を壊滅させ、遠くで受けても、その威力は気流を乱して地面をめくる。
そこに攻撃の意思はなく、その咆哮はただ威嚇や息継ぎのような気軽さで放たれたものに過ぎない。
だが、
「弱い……!?」
明らかに前見たものよりは規模が小さい。
衝撃、というよりそれは突風で、攻撃力、というよりそれは頬をはたくような、気付けのような一撃だった。
と、その時、焦ったような「声」が周囲に響く。
──た──
──た、まご……!──
守るべきものが魔獣の足元で危機にさらされているのだから、精霊の焦りもごもっともだ。
しかし、ここで焦ってはなせるものもなされない。
俺は、精霊への呼びかけと共に、周囲へと指示を飛ばすように叫んだ。
「明らかに弱ェ……!『食事』が半端だったせいだ! まだチャンスはある!」
そう言ったなり、俺の背後から複数の気配が前方の空へと向けて飛び出した。
総勢十一名、翼人メンバーたちからなる高機動部隊「稲荷風」だ。
十名の影が前方へと向けた高速の飛翔を打ち、そこから少し遅れた最後尾からこちらへと声をかけてきたのは、よく見知った顔の炎髪鴉翼の翼人だった。
「私たちが魔獣の気を逸らすから、そのうちになんとかしなさぁい!」
マティーファが翼を広げながらそう叫び、俺は「偉い!」と思わず口に出しそうになり、
「……」
「な、なんなのよその曖昧な笑顔はぁ!」
それはちょっと俺にもわからん。
わかる前に、マティーファは前方の十人を追いかけるようにして、飛び去っていった。
》
前方の空で翼人たちが十一の方向へと散開し、その姿が豆のように小さくなっていく。
俺はそれを黙って見ていることをよしとせず、何を言うでもなく前方へと飛び出した。
山の中腹にあるこの岩場は、少し南へ踏み出せば急激に傾斜がキツくなる。
そこをすべるようにして降りながら、俺は自分の左右を見渡した。
そこには当然のような顔をしたノエルとトワイが俺と同じように飛び出してきていて、トワイがそうしている、ということは、それは「暮れずの黄昏」の意思だということだ。
およそ三十名の「黄昏」メンバーたちが、トワイに付き従うようにして崖を滑り降りていく。
トワイが言った。
「俺は何をすればいい?」
その隣ではノエルもまた大剣を肩に担ぎながら俺の言葉を待っており、ふたり共にやる気満々といった表情だ。
俺は言う。
「魔獣はもう動き出しちまったからな。こうなったらもう、『卵』がやられちまってないことを祈って、急いで回収に行くしかねェ」
「なるほど」
俺は精霊に語りかける。
「精霊! あンたの力で卵を回収することは……」
──たまご──
──でりけーと──
──にんげんとちがって──
なぜかまたディスが入って遺憾だが、ともあれやはり俺たちがなんとかする必要がある、ということらしい。
「魔獣はおそらく満足に食事を得られねェで弱体化してる。だから」
「一発いっとくか」
「……まァ最終的にはな」
だがその前に、
「『概念反射』が働いてるかどうか。働いてンなら、それがどれほど弱体化してるか。そのあたりを先に探る必要がある」
「なるほど。ならば俺の出番はそのあとか。だとしたら……」
「──俺たちの出番だぜ……!」
そう言いながら、俺たちとは違いもはや駆け抜けるように斜面を降りてきてこちらと並んだのは、上半身裸の無手空拳使い、ガトー・トールギスの姿だった。
》
ガトーが言う。
「前回は相まみえる機会がなかったがな!『概念反射』ってのは、つまりはあらゆる攻撃の威力をそのまま返しちまうんだろう!? だが……」
ガトーは己の拳を胸の前に掲げて、それを固く握りしめた。
「闘気も魔力もこもらない、純粋な拳であればどうだ!? 通じるんじゃねぇのか!」
それは、
「わかンねェ」
「どうだろうか」
「それで通じたら苦労はないんじゃないの?」
「おめえらノリ悪いんだよ!」
だが、とガトーは言う。
「わかんねえ、ってことは試す価値がある、ってことだぜ! そうだろうギルドマスター!」
「それは……そうかもな。うん。その通りだ」
「おいおめえら聞いたか! 我らがマスターのお墨付きだ!」
そのガトーの言葉に対し、応、と叫んだのは、ガトー以下七名の武闘系戦闘職のメンバーたちだ。
だが、その人選を見る限り、
「マジの無手使いはガトー、おめェだけじゃねェか。大丈夫か? 無理させてねェか?」
俺の疑問に答えたのは、ガトーの後ろにつく武闘家たちの方だった。
「うっす! 大丈夫っす!」
「修行はねえ。まあ、してるからねえ」
「殴るだけ、ってなら特別な技術は──まあ人間相手ならいるけど、あれ相手ならどうにでもなるでしょ」
三者三様の答えが返ってきて、それを聞いたガトーはなぜか勝ち誇ったような笑み俺へと向けた。
「どうよ」
「……何が?」
わからんが、まあ嬉しそうなので放っておこう。
俺は言う。
「だったら、ガトーたち八人が先行して魔獣へと突っ掛ける! そンで『反射』があるならどうにか壊すか破るかして、ねェか壊すかしたらそこでトワイの出番だ!」
「なんか全体がふわっとしてないアニキ!?」
「文句あンなら対案!」
「すごいいい作戦じゃない? そうじゃない? ねえ?」
誰かれかまわず同意を求めにいって目を逸らされるノエルを横目に、俺はその隣を滑り降りていくトワイへと視線を送る。
そこにいた「勇者」と呼ばれた獣王武装の使い手は、すでに剣身に眩いばかりの光を溜め始めていた。
トワイが言う。
「……合図をくれれば、森のどこからであろうと命中させてみせる。だから……頼むぞ。ガトー、ランナ、リース、クレイブ、ヒューストン、ルルド、ミツバ、フェイ」
トワイがガトーとその後ろを走るひとりひとりへと呼びかけたなり、八人の格闘家たちは「応」と威勢よく応じるとともに、一斉に走る速度を上げて崖下へと飛び出していった。
それを見た俺は言う。
「残ったメンバーは、『卵』とやらの捜索だ! 証明すンぞ!『暮れずの黄昏』は、あらゆる任務において最優のギルドなのだということを!」
》
そうして、魔獣に対する足止めと撃破の任務が同時に進行する中。
ローラー作戦によって「空白地帯」を探索していた俺とノエルとレイチェルは、やがて森の中で、霧に満たされた広場を見つけていた。
0
お気に入りに追加
366
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界に行く方法をためしてみた結果
古明地蒼空
ファンタジー
動画配信をしている高校2年生の古明地蒼空。
いじめにあって生きることが嫌になり、タヒぬことを決意。
しかし、たまたまネットで見かけた「異世界に行く方法」に興味を持ち
どうせ最後だから...と試してみることに。
その後蒼空は異世界に行くことに成功して…!?

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。

食うために軍人になりました。
KBT
ファンタジー
ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。
しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。
このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。
そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。
父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。
それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。
両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。
軍と言っても、のどかな田舎の軍。
リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。
おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。
その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。
生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。
剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様
コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」
ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。
幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。
早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると――
「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」
やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。
一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、
「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」
悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。
なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?
でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。
というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!

もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる