7 / 32
第7話 マティーファと新ギルドと謎の客人
しおりを挟む》
その報せは、私が執務室で仕事をしている際、唐突に舞い込んできた。
「ドゥーンが新しいギルドを?」
「はい……」
それは、数日かけて行った、各種公共機関への挨拶周りもひと段落し、改めてドゥーンの仕事の再割り振りを行っていた、午前中のことだった。
その報せを、私の執務室の西窓から直接伝えにきてくれたのは、一年ほど前に「黄昏」に加入した、身長三十センチほどの、妖精種の女の子だ。
多くの妖精種の例にもれず、魔術式の扱いに優れる彼女は、特に自己を対象とした補助系術式に長けていた。
戦場において大規模な攻撃術式を展開し、また他者を助ける連携を華とするのが、術師という戦種だ。
それがゆえにこの妖精種の女の子は、他のギルドで少々不当な立場を強制されていたのだが、私が見るに、その認識は間違いだった。
己を強化する術式は、つまりは生存能力の高さにつながる。
加え、妖精種としての身のこなしと、文字通り「自然と会話をする」能力を駆使すれば、この通り、貴重な情報収集員として彼女が機能してくれるのは、自明の理だったのだ。
ついで言えば、私に恩義があるこの妖精種は、ギルドの中でも特に私に忠実だ。そこのところも都合が良かった。
妖精の女の子が言う。
「どうやら、ドゥーン・ザッハークは、ノエルちゃんと一緒に、ギルドを抜けたその足で新ギルド申請に向かったそう、です……。それが受理されたのが当日。通常与えられる準備期間もすっ飛ばして、審査を受けたのが三日前。そして今日の朝一で、その結果が正式に認可されたそう、です……」
「なんてめちゃくちゃな……」
通常、新たなギルドの設立申請というものは、マスターの身辺調査など含めて最低一週間以上はかかる。
加え、設立審査というものは、場合によっては一月以上もかけてギルドの適性を図るものであるため、合計で三ヶ月以上もかかる、ということも、珍しくはないのだ。
そこのところをどうクリアしたのか──とも思ったが、あの男のことだ。何か卑怯な手段を用いたのだろう。
「しかし、ノエル・ザッハーク、ねぇ……確かに、あのドゥーンがギルドを作ろうと思ったら、彼女が必要不可欠だったろうけどぉ……」
それでも、この速度、この手際の良さは異常だ。
いかにドゥーンが、この五年をかけ、各局とのコネを形成していたのだとしても、それで通過できるほど、解決能力審査は甘くないはずなのだ。
だとすればやはり、ノエルが鍵、なのだろうか。
「やっぱり彼女まで出ていってしまったのは、想定内とはいえ正直痛いわねぇ……」
ノエルは、兄であるドゥーンに(心底信じがたいことに)心酔している。
ゆえに、ドゥーンを追い出そうと、トワイライトにセクハラ告発文書を届けた際にも、できればノエルはギルドに残したい、という旨を相談していたのだ。
しかしトワイライトが言っていたのは、
『それは心配ない。彼女はギルドに残るだろう』
とだけ。
それで結果、ノエルも出ていってしまったのだから、こちらとしては困惑するばかりである。
……あそこまで自信満々におっしゃるので、大丈夫だと思っていたのだけれど……うまくいかないものねぇ……。
加え、ドゥーンが追放処分となって以来、トワイライトはろくにギルドに顔を出さなくなっていた。
否、一日に一回くらいは顔を出すのだが、こちらが声をかけようとしても、「すまない、野暮用が済んでなくてな」と言って、どこかへと出かけて行ってしまう。
おかげで、こちらはドゥーンがやっていた仕事の引き継ぎや割り振り、新たな職員の募集などを一手に引き受ける羽目になり、てんてこまいなのだ。
……大体、書類仕事はまだしも、新メンバーの募集・面談などは、ギルドマスターとしての仕事ではなくてぇ?
無論、自分でなくてもこなせる仕事は、己を慕うメンバーなどを中心に、適度に割り振っている。
しかし、「暮れずの黄昏」は、末端まで含めれば、100人をも悠に超える大規模ギルドだ。
その全ての任務状況や戦闘訓練、物資やシフトの融通など、多岐にわたる仕事を全てこなし続けるのには、やはり専門の事務職員の採用が、必要不可欠なのだと思えた。
……まぁ、新たな職員の選定ももう終わるのだしぃ? トワイライトが戻ってくれば、単純に手間は半分。どうにかなるわよねぇ。
しかし、
「マティーファさぁん!」
執務室の扉を蹴破る勢いで開け放ち、入ってきたのは、やはり己を慕ってくれるメンバーの一人である、茶色の髪を持った、人間種の女の子だ。
戦種は闘気法。ポジションは遊撃手。
戦場において、勇猛果敢に大型魔獣の攻撃を受け止める女の子は、しかし今、目尻に涙を浮かべて執務室に飛び込んできていた。
「あ、あ、あ、あのジジイ信じられません! こっちがせっかく持っていった手土産のタオルセットを、『うひょう! 女の子ちゃんが持ち込んだタオル!? とんだご褒美だね!』とかなんとか言って、その場で服を脱いで」
「あー、待って、待って。聞きたくないわぁそれ以上」
情報局との密なやりとりは、他の前線都市の情報や、魔獣の討伐状況を得る上で不可欠である。
ゆえにこの数日、あのクソジジイの元には都度人を送っていたのだが、色々省いて言うとこれで三人目であった。
……今度からは男性を送りましょう。というか、最初からそうしなかった私が馬鹿ねぇ……。
子飼いの男性メンバーはそう多くないため、そのほとんどは進行中の討伐任務や、戦闘訓練に同行させている。
あのクソジジイも、女性メンバーの方が御しやすいだろうとも思ったのだが、ここ数日、まともな情報のやり取りも、それどころか前任のドゥーンが依頼していた、いくつかの仕事の結果も、一切受け取れていないような有り様だ。
……あの男、あのクソジジイ相手に、どうやってまともに仕事していたのかしらぁ……?
考えても栓なきことではあるが、そんなことに、数が限られたリソースを割かずにはいられない。
未だ、我が思考の一角にあり続けるドゥーンという男の存在に、私はだんだんと、苛立ちを募らせつつあった。
私はどうにか茶髪の女の子を宥め、妖精種の女の子といくつかのやり取りをして、それからようやく、本来の仕事に戻ることができた。
扉を閉めた翼人の女の子の足音が、館の階段方向へと遠ざかって行くのを聞き、一息をつく。
と、その時だった。
「もし」
こんこん、と。
開け放たれた扉を、右手の甲で叩きながら話しかけてくる、一人の少女の姿が、目に映った。
少女が叩いていたのは、たった今、茶髪の女の子が閉めていったはずの、その扉だった。
》
……は?
その姿は、若い女性のものだった。
少女、と言っていい風貌だ。
スカイブルーの長髪と、同じ色の瞳を爛々と輝かせた、生気に溢れた雰囲気をまとっている。
しかしその一方で、顔に貼り付けられた表情には起伏がない。
整えられた形のいい眉は、自然なカーブを描き、すっと通った鼻筋と、引き締められた唇は、間違いなく美人の部類だが、そのどれからも、感情というものを読み取ることができなかった。
服装は、どこか軍服めいた意匠を施した、黒の膝丈ワンピースだ。
ポイント程度に施された金刺繍も、腰に刷かれた細剣も、軍人じみた印象に拍車をかけている。
しかし、それらの特徴を差し置き、ひときわ際立つのが、
……灰色の翼……。
少女はどうやら私と同じ、翼人種のようだった。
》
白系の翼は、神の寵愛を受けた証とされたため、はるか昔には、白翼の翼人を己が血に取り入れ、縁起を担ごうとする動きが、権力者たちの間で流行したことがあるらしい。
しかしその結果は、ただいたずらに半端な色の翼を増やすだけにとどまり、白に劣らず珍しいとされていた灰色の翼を、市井に溢れさせる結果となったのだという。
結果として、今の世で灰色の翼は、黒のそれと同じくらいありふれた色として知られている。
要は、フツーだということだ。
だが、それ以上に気になることがある。
「あなた……いつの間にそこにいたのぉ?」
私は、これでも前線で現役を張る開拓者だ。
魔獣の種類と能力は十人十色。常に奇襲や狙撃を警戒しなければならない現場も珍しくはないし、感覚のアンテナは常に張っている。
ここ最近の話に限って言えば、それを超えてきたのは、言わずもがな私より格上のトワイライトか、幽鬼系の友人たちくらいの──いや、そういえば数日前クソジジイにやられたっけ。なんなんだアイツホント。
「ああ、驚かせてしまったようじゃの。すまんすまん」
……じゃの?
えらく古風な言葉を落とした少女は、軍服めいた服装に、わざわざあつらえたような、うやうやしい仕草でお辞儀をした。
「わら……我の名は、レイ。レイ・ホープ。ゆえあってこの『暮れずの黄昏』を訪れたのじゃが、返事がなかったものでな。こちらから声がしたので、勝手ながら上がらせて頂いた所存じゃ」
と、そのようなことを言った。
……レイ・ホープ?「希望の光」? どんなキラキラネームよぉ? そんで今、「わらわ」って言いかけたぁ?
そうして言い直した結果が「我」なのが、なんとも間抜けな話だ。
わらわ、も我、も、ついでに言うならジジイ語尾も、常識に当て嵌めるなら、まともな言葉遣いではない。
そもそも勝手に上がった、というのも、誰か人が出てくるのを待てばいい話だ。
それすらしなかったのは、よほど急いでいたか、それともよほど常識がないのか。
どうにも、後者のような気がひしひしとしている。
「ああ、こ挨拶どうもぉ。私は、マティーファ・ギブソン。それで、ええと、ホープさん? いかに返事がなかったからといって、勝手に入ってきて、扉まで開けてくるのは、ちょっとぉ……」
「む。ああ、やはり失礼だったじゃろうか。いや、こちらから人を訪ねる、というのは、わら……我の人生の中でも、とびきりクレイジーな出来事なものでな。勝手がわからんかったのじゃ。まことに申し訳ない」
そう言って少女は、また頭を下げた。
……どうにも調子が狂うわねぇ。
何せこの少女、古風な喋り方の割に、妙に砕けた話し方をする。そのふたつが両立しているのもよくわからないことだが、とにかくなんと言うか──独特だ。
喋りかたに似つかわしい、貴種らしい佇まいといえばそれはそうなのだろうが、今や王家の人間も、「元」貴族の係累も、王都に住んでいるか、さもなくば「前線都市」とその周辺を統治する、領主として据えられているくらいのものなのだ。
ブルーフレアの領主は、翼人ではあるが、紛れもない純白の翼もつ本物のお偉いさんだ。
と言うかそもそも、彼は見た目年齢40前後の男性なので、この少女は間違いなく違う。
ならばなんなのだ、この少女は。
「ああ、まあ……勝手に上がってきたことは、もういいわぁ。それで? わざわざこのギルドを訪ねてきた、ってのは、どういった用件かしらぁ? 依頼であれば、団体にしろ個人にしろ、統括局を通す必要があるけれど」
「ああいや、そういうのではなくてな。ちょっと、人を訪ねてきたんじゃよ」
ああ、と私は思った。
これは、この展開は、市井に出回っているフィクション小説や漫画で、見覚えがある展開だ、と。
「ドゥーン・ザッハークという人物が、このギルドに所属しているはずなのじゃが」
「……いないわ知らないわ帰ってちょうだぁい!」
何か私の叫び、オチ担当になっていやしないだろうかと、そう思わずにはいられなかった。
0
お気に入りに追加
367
あなたにおすすめの小説
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編
転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜
西園寺わかば🌱
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。
どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。
- カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました!
- アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました!
- この話はフィクションです。
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
月が導く異世界道中
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。
S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった
ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」
15歳の春。
念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。
「隊長とか面倒くさいんですけど」
S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは……
「部下は美女揃いだぞ?」
「やらせていただきます!」
こうして俺は仕方なく隊長となった。
渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。
女騎士二人は17歳。
もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。
「あの……みんな年上なんですが」
「だが美人揃いだぞ?」
「がんばります!」
とは言ったものの。
俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?
と思っていた翌日の朝。
実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた!
★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。
※2023年11月25日に書籍が発売しています!
イラストレーターはiltusa先生です!
※コミカライズも進行中!
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる