上 下
48 / 55

第48話 ブヒブヒ

しおりを挟む
 「ローゼ、私に聖なる結界を張ってくれるかしら」


 ヘスリッヒが占い館【フルーフ】の店主なら、必ず聖女の香で部屋は充満しているはずだ。シュバインが教室棟別館の1階を魅惑の香で充満させていた時と同じ対策をしてから私は占い館【フルーフ】へ向かった。



 「ローゼ、無駄な争いは避けたいから王都民たちの呪いを解呪して」


 私たちは律儀に行列の最後尾に並ぶ。先に並んでいる王都民たちは全員が聖女の香によって心は支配されて自我はほとんどなく、ボットのような無表情で血色の悪い顔をしている。聖女の香によって傀儡された王都民たちは、ヘスリッヒが命令すれば抵抗することなく殺人マシーンと変貌するだろう。


 「わかりました」
 

 ローゼは両手を組んで祈りを捧げる。


 「浄化の神ライニグング様、私にお力をお貸しください。愚者の呪いにより体を蝕まれた迷い人に救いの手を差し伸べてください。邪悪の根源たる黒き力を光の力で打ち払い、傷ついた体と心を元の姿にお戻しください」


 ローゼが光魔法を唱えると辺りは眩い光に包まれて、ボットのような無感情だった王都民の顔が血色の良い生き生きとした表情に変わった。


 「……俺たちは何をしていたのだ」
 「なぜ?こんなところにいるのだ」


 並んでいた王都民は正常な思考に戻り、辺りをキョロキョロを振り返り疑問符を抱きながら帰宅する。


 「これでもう大丈夫でしょうか」


 ローゼは不安げな顔をする。


 「後はヘスリッヒを片付けてから全ての浄化をお願いするわ」



 最優先はヘスリッヒを打ち倒して聖女の香を経つことである。いくら王都民を浄化してもヘスリッヒが生きている限り同じことが繰り返される。
 並んでいた王都民たちは皆帰路につき、占い館【フルーフ】から出てきた男性も浄化して、残ったのは私たちだけになる。


 「次のバカ者、入るブヒ」


 聞き苦しいダミ声が耳に届くと、ベニヤ板を打ち付けられた扉がシャッターのように頭上に上がり、部屋の中から大きな黒い手が私の体を鷲掴みする。しかし聖なる結界が発動して黒い手が木っ端微塵に砕けてしまう。


 「傀儡の手が壊れたブヒ!どうなっているブヒ」


 扉の奥からまたしても聞き苦しいダミ声が聞こえてくる。


 「この口調はシュバインでしょうか?」


 イーリスは眉をひそめながら私に問う。


 「違います。語尾や声色は似ていますが、ヘスリッヒだと私は思います」


 私の予測は確信へと変わった。


 「リーリエさん、ヘスリッヒが中に居るのですね」
 「そうね。ローゼ、イーリスさん慎重に中に入りましょう」


 占い館【フルーフ】の中は薄暗くロウソクの明かりが1つ灯されていて、お香のような香りが鼻を刺激する。そして、再び黒い手が私を鷲掴みしようとするが木っ端微塵に砕けてしまう。フラムが占い館【フルーフ】へ訪れた時に吸い込まれるように部屋に入った理由はこの黒い手が犯人だった。私が黒い手の存在に気付いたのは、聖なる結界に照らされたからであり、もしも、聖なる結界を張っていなければ黒い手に気付くことはなかった。


 「どうなっているブヒィ――――」


 部屋の奥で怒鳴り声が響く。


 「イーリスさん、明かりを灯してください」


 2人は暗闇でも太陽の下のように明るく見えるが、私には視界が悪いので部屋に明かりを灯してもらう。


 「ライトニング」


 イーリスは光もどき魔法で部屋を明るくした。すると部屋の奥には、朽ちた木で作られた今にも壊れそうな椅子と6角形のテーブルとイスがあった。そして、ひどい猫背の姿勢で椅子に座り、黒のフード付きマントをまとい、フードで鼻のあたりまで顔を隠している怪しげな丸々と太った男性の姿が見えた。


 「ブヒブヒ、ブヒブヒ、ブヒブヒヒヒ、ブヒブヒブブ」


 太った男性の素顔は見えないが体格もシュバインとそっくりなのでヘスリッヒに間違いないだろう。


 「あなたはヘスリッヒさんでしょうか」


 イーリスが優しい声で話しかける。


 「ブヒィー、ブヒブヒブヒブヒ、ブヒヒヒブブヒヒ」


 ヘスリッヒはブヒブヒと述べるだけで言っている意味がわからない。


 「リーリエさん、ヘスリッヒさんは私とイーリスさんが、どうしてここに居るのか聞いています」
 「ローゼ、ヘスリッヒが何を言っているのか理解できるの」

 「はい。私の光の加護は翻訳機能もあるようです」


 ヘスリッヒの言葉をバフ効果と捉えて翻訳していると思われる。


 「わかったわ。ヘスリッヒには私たちの言葉は届いているようだし、詳しいことを聞いてみましょ」
 「ブヒブヒ、ブブヒヒブブ」

 「お前たちに話すことは何もないと言っています」


 ローゼは直ぐに翻訳する。


 「リーリエさん、ヘスリッヒは先ほどまで普通に喋っていたはずです。どうして、ブヒブヒとしか話さなくなったのでしょうか」


 イーリスは顔をゆがませて考える。


 「ブヒブヒブブブヒヒ」
 「興奮した時は、このような喋りになるようですと言っています」

 「そうなのね。それなら、興奮がおさまるまで待ってあげるわね」


 私たちは部屋の角に置いてある小さな椅子に座ってヘスリッヒの興奮がおさまるまで待つことにした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

婚約破棄され、平民落ちしましたが、学校追放はまた別問題らしいです

かぜかおる
ファンタジー
とある乙女ゲームのノベライズ版悪役令嬢に転生いたしました。 強制力込みの人生を歩み、冤罪ですが断罪・婚約破棄・勘当・平民落ちのクアドラプルコンボを食らったのが昨日のこと。 これからどうしようかと途方に暮れていた私に話しかけてきたのは、学校で歴史を教えてるおじいちゃん先生!?

変な転入生が現れましたので色々ご指摘さしあげたら、悪役令嬢呼ばわりされましたわ

奏音 美都
恋愛
上流階級の貴族子息や令嬢が通うロイヤル学院に、庶民階級からの特待生が転入してきましたの。  スチュワートやロナルド、アリアにジョセフィーンといった名前が並ぶ中……ハルコだなんて、おかしな

『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故

ラララキヲ
ファンタジー
 ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。  娘の名前はルーニー。  とても可愛い外見をしていた。  彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。  彼女は前世の記憶を持っていたのだ。  そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。  格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。  しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。  乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。  “悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。  怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。  そして物語は動き出した…………── ※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。 ※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。 ◇テンプレ乙女ゲームの世界。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げる予定です。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

ねえ、今どんな気持ち?

かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた 彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。 でも、あなたは真実を知らないみたいね ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

処理中です...