166 / 191
ループ
165.シスター・タニアの思い
しおりを挟む
火の消えた公爵邸から聖職者達が出てくる様子を歯噛みしながら見ていたカサンドラは母親に泣きつけば良いのだと気が付いた。
(こんな長い時間見張ってる必要なんてなかったんだわ。だって、お母様が下さった魔石だし、教会だって王弟妃に抗議なんてできるわけないもの)
「誰か紙とペンを! いいえ、馬車の準備を、お母様のお屋敷に行くわ!!」
カサンドラが夢中で使用人に指示を出していた時、闇に紛れてニールの馬に便乗するローザリアの姿があった。
ローザリアはニールと一緒にエリサの迎えに行きナザエル神父達は教会へ帰って行った。教会の前で馬を降りたナザエル神父達に興奮気味の声が聞こえてくる。
「おい、シスター・タニアだ」
「あの浄化の光、あんな凄いの初めて見ました!」
「元聖女候補の力だな。聖女になれなかったなんて信じられんよ」
「今回の件で本部の意見も変わるんじゃないか?」
声に反応できないほど疲れているのだろうと聖職者達は無言のシスター・タニアを優しい目で見つめていた。
「しかし水の公爵邸に大量の闇の魔石があるなんてなぁ」
「その所為で魔力暴走に拍車がかかったんだろうか? 加護は水だろ? 爆発はともかく火事まで起きるとは思わなかったよ」
「全く人騒がせだよな」
貴族の考えることは理解できん⋯⋯と、夜を徹して働かされた聖職者が文句を言いながら教会へ入って行った。
賛美する声を苦々しい思いで聞き流しながらナザエル神父達の後をついて行くシスター・タニア。
「俺の執務室で話を聞かせてもらおう。疲れているなら後にするが、どうする?」
ナザエル神父の感情を押し殺した平坦な声にシスター・タニアが首を横に振った。
煤けたローブと乱れた髪のままでナザエル神父の前に立ったシスター・タニアは勧められた椅子を断った。
「さて、公爵邸に着いてからの報告を頼む」
ナザエル神父の後ろにはナスタリア助祭とジャスパーが立っている。ナザエル神父から指示を受けた後の状況を淡々と口にするシスター・タニアは感情が抜け落ちているように見えた。
「分かった。精霊師が浄化済みの魔石を回収してきたが、相当な量だったと聞いている。本部には浄化は完了したと報告する。ご苦労だった、下がれ」
机の上に報告用の書類を広げはじめたナザエル神父はジャスパーに耳打ちしたり引き出しから別の書類を取り出したりと、シスター・タニアを完全に無視している。
「⋯⋯あの子は」
俯いていたシスター・タニアが呟いた。
「あの子がやったんでしょう?」
「⋯⋯だとしたら何だ? 報告書には浄化が完了したと書く。後は本部が勝手に想像するだろうよ」
「あれは浄化なんかじゃない。私達が使う浄化とは別のものでした。教会として認めるわけにはいきません!」
「なら、魔石を確認すればいい。浄化できていない、若しくは問題ありとなれば浄化のやり直しをしてもらう」
「あの⋯⋯あの子は何か邪悪な方法であれをやったんだわ。そうに違いありません! だってそうでしょう? あの子は何の訓練もしてない! 私は⋯⋯私達は血を吐くような思いで訓練をしてきたのに、なんでよ!!」
ノックの後カチャリとドアが開きニールに連れられたローザリアが執務室に入って来た。ローザリアが腕に抱えているものを見たシスター・タニアが驚きに目を見張った。
「フィード!!」
「やっぱり、覚えているんですね」
がっかりしたようなローザリアの声にフィードが小さく『みゅ』と鳴いた。
「あんたは地下牢で生贄になったはずよ! アイツの力になって、役立たずになって朽ち果てるって⋯⋯」
「それを期待して笑ってたの?」
「そうよ、アンタの最後を想像したら楽しくてしょうがなかった! あたしを助けようとして身動きひとつしないで⋯⋯心配そうな顔をして引き摺られてくアンタがどうなるのか笑わずにいられなかったわ。漸く邪魔なニセ聖女が消えるって」
「私は前の時も今も自分が聖女だなんて思ってない。聖女がなんなのかも分かってないもの」
「当然よ! あたし達はね、何年も何年も血反吐を吐きながら訓練を続けて⋯⋯それでも力不足だって言われたのよ! アンタが何の努力もしないで『聖女様』ってチヤホヤされるのを見てたら反吐が出そうだった。
聖女なんてそんな簡単になれるものじゃない! なのにナザエル枢機卿もナスタリア神父もべったり張り付いてチヤホヤして!!」
「だから、ナスタリア神父を騙してナザエル枢機卿とニールを罠に嵌めたんだ」
「アンタなんて一人になったら何にもできないもんねえ。ナザエル枢機卿達のお陰で聖女に祭り上げてもらってただけだもの」
「でも、やり直しができてる。シスター・タニアには申し訳ないけど⋯⋯力はそのまま、知識も記憶もそのまま。前よりも断然上手くいってると思うし、ジンには負けない」
(こんな長い時間見張ってる必要なんてなかったんだわ。だって、お母様が下さった魔石だし、教会だって王弟妃に抗議なんてできるわけないもの)
「誰か紙とペンを! いいえ、馬車の準備を、お母様のお屋敷に行くわ!!」
カサンドラが夢中で使用人に指示を出していた時、闇に紛れてニールの馬に便乗するローザリアの姿があった。
ローザリアはニールと一緒にエリサの迎えに行きナザエル神父達は教会へ帰って行った。教会の前で馬を降りたナザエル神父達に興奮気味の声が聞こえてくる。
「おい、シスター・タニアだ」
「あの浄化の光、あんな凄いの初めて見ました!」
「元聖女候補の力だな。聖女になれなかったなんて信じられんよ」
「今回の件で本部の意見も変わるんじゃないか?」
声に反応できないほど疲れているのだろうと聖職者達は無言のシスター・タニアを優しい目で見つめていた。
「しかし水の公爵邸に大量の闇の魔石があるなんてなぁ」
「その所為で魔力暴走に拍車がかかったんだろうか? 加護は水だろ? 爆発はともかく火事まで起きるとは思わなかったよ」
「全く人騒がせだよな」
貴族の考えることは理解できん⋯⋯と、夜を徹して働かされた聖職者が文句を言いながら教会へ入って行った。
賛美する声を苦々しい思いで聞き流しながらナザエル神父達の後をついて行くシスター・タニア。
「俺の執務室で話を聞かせてもらおう。疲れているなら後にするが、どうする?」
ナザエル神父の感情を押し殺した平坦な声にシスター・タニアが首を横に振った。
煤けたローブと乱れた髪のままでナザエル神父の前に立ったシスター・タニアは勧められた椅子を断った。
「さて、公爵邸に着いてからの報告を頼む」
ナザエル神父の後ろにはナスタリア助祭とジャスパーが立っている。ナザエル神父から指示を受けた後の状況を淡々と口にするシスター・タニアは感情が抜け落ちているように見えた。
「分かった。精霊師が浄化済みの魔石を回収してきたが、相当な量だったと聞いている。本部には浄化は完了したと報告する。ご苦労だった、下がれ」
机の上に報告用の書類を広げはじめたナザエル神父はジャスパーに耳打ちしたり引き出しから別の書類を取り出したりと、シスター・タニアを完全に無視している。
「⋯⋯あの子は」
俯いていたシスター・タニアが呟いた。
「あの子がやったんでしょう?」
「⋯⋯だとしたら何だ? 報告書には浄化が完了したと書く。後は本部が勝手に想像するだろうよ」
「あれは浄化なんかじゃない。私達が使う浄化とは別のものでした。教会として認めるわけにはいきません!」
「なら、魔石を確認すればいい。浄化できていない、若しくは問題ありとなれば浄化のやり直しをしてもらう」
「あの⋯⋯あの子は何か邪悪な方法であれをやったんだわ。そうに違いありません! だってそうでしょう? あの子は何の訓練もしてない! 私は⋯⋯私達は血を吐くような思いで訓練をしてきたのに、なんでよ!!」
ノックの後カチャリとドアが開きニールに連れられたローザリアが執務室に入って来た。ローザリアが腕に抱えているものを見たシスター・タニアが驚きに目を見張った。
「フィード!!」
「やっぱり、覚えているんですね」
がっかりしたようなローザリアの声にフィードが小さく『みゅ』と鳴いた。
「あんたは地下牢で生贄になったはずよ! アイツの力になって、役立たずになって朽ち果てるって⋯⋯」
「それを期待して笑ってたの?」
「そうよ、アンタの最後を想像したら楽しくてしょうがなかった! あたしを助けようとして身動きひとつしないで⋯⋯心配そうな顔をして引き摺られてくアンタがどうなるのか笑わずにいられなかったわ。漸く邪魔なニセ聖女が消えるって」
「私は前の時も今も自分が聖女だなんて思ってない。聖女がなんなのかも分かってないもの」
「当然よ! あたし達はね、何年も何年も血反吐を吐きながら訓練を続けて⋯⋯それでも力不足だって言われたのよ! アンタが何の努力もしないで『聖女様』ってチヤホヤされるのを見てたら反吐が出そうだった。
聖女なんてそんな簡単になれるものじゃない! なのにナザエル枢機卿もナスタリア神父もべったり張り付いてチヤホヤして!!」
「だから、ナスタリア神父を騙してナザエル枢機卿とニールを罠に嵌めたんだ」
「アンタなんて一人になったら何にもできないもんねえ。ナザエル枢機卿達のお陰で聖女に祭り上げてもらってただけだもの」
「でも、やり直しができてる。シスター・タニアには申し訳ないけど⋯⋯力はそのまま、知識も記憶もそのまま。前よりも断然上手くいってると思うし、ジンには負けない」
18
お気に入りに追加
603
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
【完結】私を虐げる姉が今の婚約者はいらないと押し付けてきましたが、とても優しい殿方で幸せです 〜それはそれとして、家族に復讐はします〜
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
侯爵家の令嬢であるシエルは、愛人との間に生まれたせいで、父や義母、異母姉妹から酷い仕打ちをされる生活を送っていた。
そんなシエルには婚約者がいた。まるで本物の兄のように仲良くしていたが、ある日突然彼は亡くなってしまった。
悲しみに暮れるシエル。そこに姉のアイシャがやってきて、とんでもない発言をした。
「ワタクシ、とある殿方と真実の愛に目覚めましたの。だから、今ワタクシが婚約している殿方との結婚を、あなたに代わりに受けさせてあげますわ」
こうしてシエルは、必死の抗議も虚しく、身勝手な理由で、新しい婚約者の元に向かうこととなった……横暴で散々虐げてきた家族に、復讐を誓いながら。
新しい婚約者は、社交界でとても恐れられている相手。うまくやっていけるのかと不安に思っていたが、なぜかとても溺愛されはじめて……!?
⭐︎全三十九話、すでに完結まで予約投稿済みです。11/12 HOTランキング一位ありがとうございます!⭐︎
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
【完結】公爵家のメイドたる者、炊事、洗濯、剣に魔法に結界術も完璧でなくてどうします?〜聖女様、あなたに追放されたおかげで私は幸せになれました
冬月光輝
恋愛
ボルメルン王国の聖女、クラリス・マーティラスは王家の血を引く大貴族の令嬢であり、才能と美貌を兼ね備えた完璧な聖女だと国民から絶大な支持を受けていた。
代々聖女の家系であるマーティラス家に仕えているネルシュタイン家に生まれたエミリアは、大聖女お付きのメイドに相応しい人間になるために英才教育を施されており、クラリスの側近になる。
クラリスは能力はあるが、傍若無人の上にサボり癖のあり、すぐに癇癪を起こす手の付けられない性格だった。
それでも、エミリアは家を守るために懸命に彼女に尽くし努力する。クラリスがサボった時のフォローとして聖女しか使えないはずの結界術を独学でマスターするほどに。
そんな扱いを受けていたエミリアは偶然、落馬して大怪我を負っていたこの国の第四王子であるニックを助けたことがきっかけで、彼と婚約することとなる。
幸せを掴んだ彼女だが、理不尽の化身であるクラリスは身勝手な理由でエミリアをクビにした。
さらに彼女はクラリスによって第四王子を助けたのは自作自演だとあらぬ罪をでっち上げられ、家を潰されるかそれを飲み込むかの二択を迫られ、冤罪を被り国家追放に処される。
絶望して隣国に流れた彼女はまだ気付いていなかった、いつの間にかクラリスを遥かに超えるほどハイスペックになっていた自分に。
そして、彼女こそ国を守る要になっていたことに……。
エミリアが隣国で力を認められ巫女になった頃、ボルメルン王国はわがまま放題しているクラリスに反発する動きが見られるようになっていた――。
死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります
みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」
私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。
聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?
私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。
だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。
こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。
私は誰にも愛されていないのだから。
なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。
灰色の魔女の死という、極上の舞台をー
妹に婚約者を奪われ、聖女の座まで譲れと言ってきたので潔く譲る事にしました。〜あなたに聖女が務まるといいですね?〜
雪島 由
恋愛
聖女として国を守ってきたマリア。
だが、突然妹ミアとともに現れた婚約者である第一王子に婚約を破棄され、ミアに聖女の座まで譲れと言われてしまう。
国を頑張って守ってきたことが馬鹿馬鹿しくなったマリアは潔くミアに聖女の座を譲って国を離れることを決意した。
「あ、そういえばミアの魔力量じゃ国を守護するの難しそうだけど……まぁなんとかするよね、きっと」
*この作品はなろうでも連載しています。
理不尽に抗議して逆ギレ婚約破棄されたら、高嶺の皇子様に超絶執着されています!?
鳴田るな
恋愛
男爵令嬢シャリーアンナは、格下であるため、婚約者の侯爵令息に長い間虐げられていた。
耐え続けていたが、ついには殺されかけ、黙ってやり過ごすだけな態度を改めることにする。
婚約者は逆ギレし、シャリーアンナに婚約破棄を言い放つ。
するとなぜか、隣国の皇子様に言い寄られるようになって!?
地味で平凡な令嬢(※ただし秘密持ち)が、婚約破棄されたら隣国からやってきた皇子殿下に猛烈アタックされてしまうようになる話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる