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ループ

165.シスター・タニアの思い

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 火の消えた公爵邸から聖職者達が出てくる様子を歯噛みしながら見ていたカサンドラは母親に泣きつけば良いのだと気が付いた。

(こんな長い時間見張ってる必要なんてなかったんだわ。だって、お母様が下さった魔石だし、教会だって王弟妃に抗議なんてできるわけないもの)

「誰か紙とペンを! いいえ、馬車の準備を、お母様のお屋敷に行くわ!!」

 カサンドラが夢中で使用人に指示を出していた時、闇に紛れてニールの馬に便乗するローザリアの姿があった。




 ローザリアはニールと一緒にエリサの迎えに行きナザエル神父達は教会へ帰って行った。教会の前で馬を降りたナザエル神父達に興奮気味の声が聞こえてくる。

「おい、シスター・タニアだ」

「あの浄化の光、あんな凄いの初めて見ました!」

「元聖女候補の力だな。聖女になれなかったなんて信じられんよ」

「今回の件で本部の意見も変わるんじゃないか?」

 声に反応できないほど疲れているのだろうと聖職者達は無言のシスター・タニアを優しい目で見つめていた。



「しかし水の公爵邸に大量の闇の魔石があるなんてなぁ」

「その所為で魔力暴走に拍車がかかったんだろうか? 加護は水だろ? 爆発はともかく火事まで起きるとは思わなかったよ」

「全く人騒がせだよな」


 貴族の考えることは理解できん⋯⋯と、夜を徹して働かされた聖職者が文句を言いながら教会へ入って行った。




 賛美する声を苦々しい思いで聞き流しながらナザエル神父達の後をついて行くシスター・タニア。

「俺の執務室で話を聞かせてもらおう。疲れているなら後にするが、どうする?」

 ナザエル神父の感情を押し殺した平坦な声にシスター・タニアが首を横に振った。


 煤けたローブと乱れた髪のままでナザエル神父の前に立ったシスター・タニアは勧められた椅子を断った。

「さて、公爵邸に着いてからの報告を頼む」

 ナザエル神父の後ろにはナスタリア助祭とジャスパーが立っている。ナザエル神父から指示を受けた後の状況を淡々と口にするシスター・タニアは感情が抜け落ちているように見えた。


「分かった。精霊師が浄化済みの魔石を回収してきたが、相当な量だったと聞いている。本部には浄化は完了したと報告する。ご苦労だった、下がれ」

 机の上に報告用の書類を広げはじめたナザエル神父はジャスパーに耳打ちしたり引き出しから別の書類を取り出したりと、シスター・タニアを完全に無視している。



「⋯⋯あの子は」

 俯いていたシスター・タニアが呟いた。

「あの子がやったんでしょう?」


「⋯⋯だとしたら何だ? 報告書には浄化が完了したと書く。後は本部が勝手に想像するだろうよ」

「あれは浄化なんかじゃない。私達が使う浄化とは別のものでした。教会として認めるわけにはいきません!」

「なら、魔石を確認すればいい。浄化できていない、若しくは問題ありとなれば浄化のやり直しをしてもらう」

「あの⋯⋯あの子は何か邪悪な方法であれをやったんだわ。そうに違いありません! だってそうでしょう? あの子は何の訓練もしてない! 私は⋯⋯私達は血を吐くような思いで訓練をしてきたのに、なんでよ!!」


 ノックの後カチャリとドアが開きニールに連れられたローザリアが執務室に入って来た。ローザリアが腕に抱えているを見たシスター・タニアが驚きに目を見張った。

「フィード!!」

「やっぱり、覚えているんですね」

 がっかりしたようなローザリアの声にフィードが小さく『みゅ』と鳴いた。



「あんたは地下牢で生贄になったはずよ! アイツの力になって、役立たずになって朽ち果てるって⋯⋯」

「それを期待して笑ってたの?」

「そうよ、アンタの最後を想像したら楽しくてしょうがなかった! あたしを助けようとして身動きひとつしないで⋯⋯心配そうな顔をして引き摺られてくアンタがどうなるのか笑わずにいられなかったわ。漸く邪魔なニセ聖女が消えるって」

「私は前の時も今も自分が聖女だなんて思ってない。聖女がなんなのかも分かってないもの」

「当然よ! あたし達はね、何年も何年も血反吐を吐きながら訓練を続けて⋯⋯それでも力不足だって言われたのよ! アンタが何の努力もしないで『聖女様』ってチヤホヤされるのを見てたら反吐が出そうだった。
聖女なんてそんな簡単になれるものじゃない! なのにナザエルもナスタリアもべったり張り付いてチヤホヤして!!」

「だから、ナスタリア神父を騙してナザエル枢機卿とニールを罠に嵌めたんだ」

「アンタなんて一人になったら何にもできないもんねえ。ナザエル枢機卿達のお陰で聖女に祭り上げてもらってただけだもの」

「でも、やり直しができてる。シスター・タニアには申し訳ないけど⋯⋯力はそのまま、知識も記憶もそのまま。前よりも断然上手くいってると思うし、ジンには負けない」

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